壊れた救世主【短編】
ある人は言う。あれは厄災だと。
またある人は言う。あれは復讐者に違いないと。
彼女の行動の真意について、その真実を知り得る者は存在しない。
そう、誰も彼女が世界を救ったことを知らないのだ。
血の味がする。
先程の戦いで舌か何かが切れたのだろう。けれどもそれを気にしている暇はない。
護らなきゃ、みんなの笑顔を。
壊さなきゃ、私の家族を殺した敵を。
肺がやられた。呼吸をするだけで胸が痛い。疲れた。休みたい。
…今ここで私が休んだら、みんなが死んじゃう。これ以上失うのは嫌だ。
戦うんだ。
忘れるな、血の海に沈んだ両親の姿を。
刻みつけろ。護りきれなかった私を傷つけまいと、最期の最期まで私に笑いかけていた、その笑顔を。
もうあんな悲劇を起こしてなるものか。
私のような運命を歩むのは、私1人で十分だ。
救世主だとか、そんな立派なものにはなれないけれど。
私はみんなの最後の希望なんだ。
壊れても戦い続ける。そう決めただろう?
みんなが敵に怯えずに暮らせる、何気ない日常が帰ってくるまで。本当の平和が訪れてるその日まで。
斬って斬って斬りまくるんだ。
目の前で剣戟が飛び交っている。
さながらアニメのワンシーンかのような激しい戦い。
その主役たる彼女は、あれは一体、どのような表情なのだろうか。
泣いている?それとも笑っている?
わからない。
わかるのは、彼女が我々の味方であるということだけだ。
敵の波が途切れた際、彼女は時折、祈るように手を合わせる。
何を祈っているのだろう。何を願っているのだろう。
彼女は、一体何のために戦っているのだろうか。
群れのボスと思わしき、一際巨大な怪物の咆哮と共に、今までの比ではない軍勢が押し寄せる。
少女は少しこちらを見てから、剣を正眼に構え、群れに向かって突っ込んだ。
少女は、群れの中心で美しい剣舞を舞ってみせる。
それは型に嵌った剣術ではなく、実践の中で培われたであろう荒々しい剣術。
齢20にも満たないであろう少女が、一体どれ程の死線を潜り抜ければああなるのか、私では理解が及ばない。
少女が吹き飛ばされる。
ボスに気を取られた隙の、死角からの攻撃。
肋の4.5本は行ってそうな威力で壁に叩きつけられても、彼女の表情は変わらない。何事もなかったかのように立ち上がり、例の不思議な表情を浮かべている。
その様は、まるで壊れた人形のようだった。
戦いが終わり、彼女は去っていった。
引き止める間もなく、少しこちらを振り返りながらも、歩みは真っ直ぐと。
短い間の、それも一方的な観察だけでわかってしまった。きっと彼女は、こんなことを一生繰り返すのだろう。
全てを失い、敵を滅することのみを為す哀れな亡霊。
彼女は私では救えない。役不足だ。
けれども、せめては感謝を。私にできうる最上級の御礼を。
そして願わくば、彼女がこれ以上傷つくことがないよう、彼女を理解してくれる人が現れるように、その仕草を倣い、天に祈った。
さようなら、少女。そして、ありがとう。
【完】
ありがとうございました。