竜の棲む石降る山へ
剣が交わる音が、空気を切り裂いた。
ラティアが口を開くより速く、エレナは構えた体勢のまま踏み込み、剣を閃かせると、
ラティアも即時に応じ、二人の刃が火花を散らす。
無言のまま剣戟が交差し、ラティアは素早く後方へと飛んだ。
すると彼の剣は風を切り、宙を裂く。
その瞬間、エレナの剣が見えない何かを断ち切る様に振るわれる。
黄金の塵が宙に舞い、魔力の残滓がきらめいた。
「なるほど、お前の真実すら創り変えるジュリアランギルディレンアルマで、私の纏う魔法障壁のみを切り裂いた事にしようとしたと言う訳か。」
エレナの鋭い声が響く。
剣によって改変された事実さえ彼女の剣は切り裂いた。
刃が事実の歪みを弾き飛ばし、事実を改変するはずだった魔力が金に変えられ、魔力が地に降り注ぐ。
ラティアは荒い息を吐きながら、剣を地面に突き立てた。
「はぁ……はぁ……。そもそもキミを切るつもりなんて無いからね……。少しはボクの話くらい聞いてよ、エレナ……」
エレナは剣をゆっくりと下ろし、盾へと納めた。片手で柄を握り、深く息をつく。
目を閉じたあと、再びその瞳が鋭くラティアを突き刺す。
「……これで何度目だと思っている?お前の提案が良い方に転がった試しなど一度もない。」
ラティアは苦笑いを浮かべ、地に刺した剣を指で軽く叩いた。
「竜にこの剣が抜けるか試してもらえばいいのさ。そうしたらきっと、すぐに諦めてくれるはず……」
エレナは無言のままラティアを見つめる。
そして、二人は同時に、竜の方へと目を向けた。
そこには、エレナとラティアの視線に気付いたローラアイリーンの姿があった。
彼女は竜の顔を見上げながら、なにやら言葉を交わしている。
竜はと言うと、まるで長年の友と語るかのように彼女の言葉に耳を傾けていた。
「あっ、終わった……?この竜……名前はルザギアって言うらしいんだけど……ルザギアはね、ロルトザイラに降る石に迷惑してる他の仲間達を助けたいんだって……。
それで、ラティアの創闢瀾瑞剣の噂を聞いて……その剣なら、なんとか出来るかもって思ってここまで来たみたい……。」
ラティアとエレナが再び目を合わせると、
エレナは眉をひそめ、ラティアは肩をすくめて見せた。
剣を地面から抜き取り、竜の元へ歩き、ぺたんと座り込む。
「……はぁ……。そんな理由なら最初からそう言ってくれれば良かったのにさ……こっちはただでさえ疲れてるのに……勘弁してよね……」
目を閉じて、両腕を広げながら肩をすくめると、
ふてくされた様に文句を言うラティアだった。
竜は前足を地に付き、静かに口を開いた。
「人間は話が通じないと聞かされていた、語りかけても、取り合ってもらえぬのではと思ったのだ。」
ルザギアの声はどこか申し訳無さそうだった。
ラティアはしばし言葉を飲み込み、
肩の力を抜いてふっと笑う
「まぁ、間違いじゃないかもね。でもさ……そう言えばなんだけど……この剣の噂は、どこで聞いたの?」
そう言って、ラティアはそばに立てた創闢瀾瑞剣を軽く指さした。
猫のような耳がピクリと揺れる。
ルザギアは一呼吸置いて、静かに語った。
「ある日ロルトザイラに、得体の知れぬ者が訪れた。困窮していた我らの様子を見たその者は、こう告げたのだ。
『どこかに、石の降る山にすら秩序をもたらす事の出来る、神が鍛えし剣、創闢瀾瑞剣ジュリアランギルディレンアルマが隠されている……。それを見つけ出し、報告せよ』と命を受けたのだ。
だが……我には今すぐその剣が必要だった。
横取りされる恐れがある以上、報告するよりも先に自らの手で使うのが最も賢明だと判断し、命に背いた。
その剣は一万年前、楽園の星がエルカに平和をもたらす事を望んだ派閥の神々がどこかに封じたとその男から聞いた。
歴史の記録によれば、その神々の庇護を受けていたのが、人間の王国アルディシア。
ならばそのどこかとはきっとこの国だと……我は推測したのだ。
……だが、まさか創闢瀾瑞剣の持ち主が直々に会いに来るとは、想定外だった。
我にその命を下した男は、黒き装いに身を包み、顔を仮面で覆っていた。」
その言葉に、ローラアイリーンは目を見開いた。
後ろで腕を組んでいたエレナもわずかに表情を動かす。
ラティアは目を細め、すぐに立ち上がった。
剣の柄を握り締めた手が、ほんの僅かに震えている。
「神が鍛えた……?この剣が……?
でも、神なんて居る訳……それに……その男がそんな事を知ってたのは……?本当だとしたら神話は……王の言葉は……」
言葉はそこで途切れた。
ラティアはただ、創闢瀾瑞剣を見つめる。
その瞳に、迷いと戸惑いが色濃く浮かんでいた。
すると、すっと寄り添う気配。
ローラアイリーンが優しく微笑みながら、静かに問いかけた。
「今すぐ帰って、王に聞いてみる……?」
ラティアは首を左右に振る。
「今はそれより先にやる事があるよ……。ロルトザイラの石の雨を止めに行かなきゃ……!」
本当は今すぐにでも確かめたい気持ちをぐっと抑え、
自分の頬を両方から挟む様にしてぺちっと叩き、気持ちを切り替えるようにラティアは前を向く。
それを聞いたローラアイリーンは心配そうにしながらもくすっと笑い、首を傾げ、指を顎に添えて考える様なしぐさをした。
「うん……石の雨だけなら……私がなんとか出来るかも!」
ルザギアが驚いた様に身を起こし、声を上げた。
「本当か……!だが……いいのか?我は……無礼を働いて……」
言葉に詰まる竜に対し、エレナがズカッと足を前に一歩踏み出す。
その眼差しは鋭く、声もまた真っ直ぐだった。
「……待て。私も同行しよう、何をしでかすか分からん。」
その言葉を聞いてふふっと笑い、からかう様に言った。
「あれれ?もしかしてぇ〜、ボクとローラが心配だったりぃ……?」
エレナはしばしラティアを見下ろしたまま沈黙する。
次の瞬間、目を閉じ、手に持ったエストラーティギアークアスタレイスを魔法陣へと戻した。
「……ロルトザイラへ案内しろ、行くぞ。」
その一言に、ラティアとローラアイリーンは顔を見合わせ、にっこりと笑う。
そして三人は竜・ルザギアの背を追って空へと舞い上がる。
飛翔の魔法《飛行》が空気を撫でて、淡い光が三人を包む。
大空を滑るように進む彼らの頭上では、ルザギアが大きな翼を広げ、悠然と風を切っていた。
その時、不意にラティアが何かを思い出した様に呟く。
「そう言えば、報告しろって言われたって言ってたけど……その男は今日も来るの?」
草原を越え、森に影を落としながら羽ばたく。
問い掛けに、ルザギアは羽ばたきを一つ強めながら応じた。
「分からん。だがその可能性はある。……待ち伏せて問い詰めるか?
お前たちならば、力ずくで白状させるのも容易いだろう。」
ローラアイリーンが柔らかな表情で微笑み、エレナの方へと視線を向けた。
「じゃあ……初めて三人で協力して戦うことになるね。
エレナと一緒に動けるの、なんだか嬉しい……いつも団員さんと行動してるし、ラティアとぶつかってばかりだったから……」
エレナは黙ったまま、ただ前を見つめながらルザギアの背を追っていた。
その様子に、ラティアも目を細めて微笑む。
「エレナってさ……嘘付けない人だから、こういう時黙り込むよねっ?」
すると、エレナは目を閉じて、静かに一言だけ返す。
「面倒な問いには答えない様にしているだけだ。」
——そして一時間後。
竜の棲む石の降る山へと辿り着く。
そこは石の雨が降る異常地帯——《ロルトザイラ》
標高五千メートルの険しい山脈で、
物質構成の性質を持つ魔素が濃く渦巻いている。
その影響で質の良い鉱石が自然と形成されるこの山は、多くの旅人や鉱夫の注目を集める。
だがここロルトザイラは、濃すぎる魔素が雲粒さえ石に変えてしまい、石の雨を降らせる危険地帯。
秩序が失われたこの星では、こうした異常環境は珍しくない。
ルザギアは悠然とした仕草で周囲を見渡し、澄んだ声で高らかに告げた。
「皆の者、帰還したぞ!」
その声に呼応する様に、背後から別の竜の怒声が響く。
「ルザギア!!」
驚いて振り向く二人と、ゆっくりと目線を向けるエレナ。
そこには先程ローラアイリーンがさり気なく治癒していた、瀕死だったはずの竜たちの姿があった。
爪を立てて、着地するや否や、声を荒らげて詰め寄って来る。
「おい、どういうつもりだよルザギア、そいつら……人間だろ!?」
茶色の双眸がエレナを真っ直ぐ見つめた。
「俺、さっき見てたぞ。そこの金髪の女、山をぶった切ってたじゃねえか!下手したらロルトザイラ潰されるぞ!」
一体の竜が腕を広げて抗議すると、
残りの四体が翼を広げて三人の前に立ち塞がり、
警戒を露わにしながら睨み付ける。
そんな空気の中、ルザギアは体を竜たちに向け、一歩、前へと進み出た。
低く、確かな声音で言葉を紡ぐ。
「人間は話が通じないとばかり思っていたが、我らの勘違いだった様だ。彼らは言った。
この山の石の雨を止める、と。」
ルザギアの背後には、岩肌の裂け目や洞穴から、数多の竜たちが顔を覗かせ、ルザギアと三人の来訪者を息を呑んで見つめていた。
すると、ルザギアですら見上げるほどの、更に一回りも二回りも巨大な竜が空を翔け、羽ばたきと共に巨大な影を落とした。
重く威厳のある声が響く。
「汝らよ、このロルトザイラに何用ぞ。……ルザギア、応えよ。」
居並ぶ竜たちは、即座に頭を垂れる。
ルザギアもまた、深く一礼し、その声に応えた。
「父上……彼らは、このロルトザイラに秩序をもたらしてくれると、狼藉を働いた我に救いの手を差し伸べてくださったのです……。」
黄金の双眸に三人が映り、巨大な竜は地を揺らしながらゆっくりと三人へ近付いてゆく。
「我の名はギゾナ・ヴォティラ。ルザギアの父にして、このロルトザイラを統べる者。
だがルザギアよ、いつから貴様はその様な阿呆になったのだ。
この様な人間ごときに、そんな真似が出来ると……本気で信じているのか。」
ルザギアはなおも頭を垂れ、目を閉じたまま、静かに応える。
「はい、父上。彼らは尋常ならざる力をお持ちです。
黄金の髪をした彼女は、我が目の前で、人間の国アルディシアの前に聳える山を一刀で断ち切って見せました。
桜色の髪と獣の耳を持つ彼女は、その力と拮抗した、"創闢瀾瑞剣"の持ち主。
そして、緑の髪をした彼女は、名をローラアイリーンと言い、 切り裂かれた山をまるで何事も無かったかのように、元通りにして見せたのです。
この御三方は……」
「ちょっと待った!!」
ルザギアの言葉を遮る様に、ラティアが眉をひそめて声を上げた。
「"彼女"って……ボク男の子なんだけど!?」
その場に一瞬、沈黙が落ちる。
「こら……ラティア、今お話中でしょう……?」
ローラアイリーンが慌てて慌てて止めに入るが、口元はどこか困り笑いだった。
ミスがあったので編集です……申し訳ない。
なろう初心者なので多目にみてちょ