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第一章 2話 迫る影

 手を引かれて隣り合わせで歩いていると、私の歩き方に違和感を覚えたのかケイラくんがこちらに振り向いて足を止める。

 私も彼に合わせて、歩みをやめた。


「……ん? 蒼空、もしかして怪我してる!? 」

「あ、そういえばケイラくんと出会う前に左足を捻って……。でも、大丈夫だよ! 今はもう痛みは引いてるから」

「いや、よくないよ! 怪我してたのに、歩かせちゃったじゃん!? ちょ、もう歩くの禁止!」


 ちょっと失礼するよ。

 彼は、蒼空がこれまで怪我して歩いていた事実に顔を青くして、蒼空の前に跪き怪我している方の足首を観察しながら判断を下す。


「赤くはなっているけど、まだ黒っぽくなっていないね。よかった、これなら明日にはすぐ治るかな……?」

「とりあえず、今は固定することしか出来ないけど……」


 ケイラくんは、何故持ち歩いているのかわからないけど、大量の包帯がカバンから出てくる。

 蒼空の左足を掬い取り、優しく丁寧にそして少しきつい位に包帯をクルクルと巻き付けて、慣れた手つきでケイラは怪我の応急処置をする。


「きつかったり、動かしにくかったりしない? 」


 問いかけるケイラくんに、頷きながらも私は疑問を抱いていた。

 おかしい──。

 無理して歩いていたから、その後に怪我が赤黒い色へ悪化していたのを、私は確認したはずだ。

 ──なのに怪我がよくなっていってる……?

 そう簡単に、治るものなの? 今はもう歩けるし、あまり大した怪我じゃなかったのかな。


「よし! 早く治すためにも、蒼空は僕が運ぶから安心してね。てことで! 蒼空は抱っこか、おんぶ。どっちで運ばれたい?」


 なにも、安心出来ないのですが!!?

 ケイラくんは、今日一番のニコニコとした笑みを浮かべる。本気で、このまま私のことを運ぶ気だ。

 流石に、自分より年下の子に運ばれるのは……、と気が引ける。しかも、今日が初対面の子だ。


「本当に大丈夫だから! 私一人でも歩けるよ?」

「うん、うん! 分かった、抱っこにするね! 僕もそっちの気分だし!」


 抱っこの気分ってなんですか!?

 狼狽える私を気にせず、ケイラくんは頷いて、一人で納得している。

 ほぅら、と急かされてはやむなく、私はケイラくんへ手を伸ばす。

 ケイラくんは、首に手が回されたのを確認して、軽々と私を持ち上げた。

 細身な彼に、どこからそんな力が……!?


「よいしょっと。ゆっくり、安全運転で運ぶから蒼空は安静にだよ? 暴れたりなんてしないでね?」

「暴れないよ!!」


 ケイラくんはニコッと私を揶揄う。大袈裟に反応してしまう私もなんだけど……。

 結果私は、ケイラくんに横抱きにされて運ばれている。

 ケイラくんの有無を言わせない圧に、そのまま流されてしまった。


 だ、大丈夫かな。私、重くないかな?

 誰かに抱っこされるなんて、思い出せないくても久しぶりなはず……。

 うぅ、変に緊張してしまう。


 ケイラくんは、ご機嫌なようで鼻歌を歌いながら薄暗い森の中をゆっくりと歩いていく。

 あんなに夜になることを恐れていたはずなのに、今は独りじゃないことに安心感からか眠気に襲われた。

 ケイラくんが歩く度に揺れるリズムが心地よいことも、その要因だろう。段々と、瞼が下がっていく。


「蒼空眠いの? ずっと森で独りで頑張っていたもんね。大丈夫だよ、僕が傍にいるから眠っていて」


 おやすみ。

 囁かれた声の後に続く、心地よい鼻歌に流され、おだやかな眠りに落ちていく。



 ***



 温かい……。

 ぱちくりと、目を開けたら冷たい森の中……ではなく、知らない天井が飛び込む。

 温もり包まれ、布団の中で目を覚ましたことに、心の底から安心した。

 だけどやはり、異世界に来てしまったんだなと再び悟る。

 夢を見ているわけでもなく、元の世界に帰って全ての記憶を思い出していることもない。──本当の異世界


 あぁ、今は何時なんだろう……? 憂鬱な落胆から切り替えて、今の時刻を予測する。

 部屋には窓はなく、蝋燭の小さな灯りだけで薄暗い。

 体感、朝では無いのだろうと予想する。最後の記憶から時間が経つとすると真夜中だろうか。


 ケイラくん、起きているかな……?

 喉が乾き、水を飲みに行こうと物音を立てないようにベットから立ち上がる。

 左足をトントンと足踏みして、調子を確認してみて痛みはない。

 ケイラくんは明日と、言っていたけどもう怪我は治っていた。流石にもう歩いても大丈夫だよね?誰に確認する訳もなく、自分にそうに聞いた。


 蝋燭の微かな光を頼りに、静かに歩みを進めていく。

 扉の前に立ち止まり、取手を捻ってゆっくり扉を引くとギィ、と木の軋む音が響くと同時にスッ、と冷たい風が流れて肌を撫でつける。

 扉の先へ顔を覗かせれば、自分が居た部屋とは違い、廊下に明かりはなくひたすら暗闇だけが広がっていた。


 途端に、ドクン、と心臓が強く脈打つ。

 ケイラくんと出会えなければ、今頃、私は夜の森中に居たのだろうか……。

 暗闇が、まるで森の中の出来事を連想させ、背筋に冷たいものが這いずり落ちる。

 今は、あの時と同じで私独りしかいないと気づき、再び孤独感に苛まれた。

 森をずっと歩き続けたみたいに、この先を進めば私はまた出口のない迷路に彷徨うんじゃないかと、暗い廊下がとても恐ろしく感じた……。

 本能的に指先が細々と震えて、歯がカタカタと音を立てる。


 一旦、部屋に戻ろう。水は朝になったら飲めばいい。夜が明ける迄、もう一度眠りに落ちよう。

 そう決意して、引き返そうと部屋に一歩足を下げた時、背後から強い光が放ち、目の前に影を作り出した。


「えっ!?」


 驚き、反射的に後ろを振り向き部屋を確認すると、蝋燭の炎がまるで夜の太陽を思わせるほど膨大に燃え上がっていた。


「待っていた、聖女サマ……」

「……っ!?」


 耳元で後ろから囁かれる冷たい低音に、バッと廊下の方へ視線を戻す。

 声の主の姿を見た時、私は声にならない悲鳴を叫びそうになったが、息とともに飲み込んだ。


 まただ、あの時と同じ……。

 森と同じ二度目の出来事に遭遇し、私は再び沈黙を選んで慎重に事を見る。




 森の中で会った怪物(・・)のような、黒い大きな()が、片目を赤くギラつかせ私を見下ろしている。

 あの時の怪物(・・)は狼の姿をしていたが、目の前の影は人のような形をしていた。けど、怪物(・・)と同じ強い迫力を感じる。それ以上にこの()は、ただならぬ威圧感を放ちこの場を支配する。

 身動き一切許されないデジャブを実感しながら、心の中で涙を流した。


 あの時と違って、この場にケイラくんは居ない。多分寝ているのだろうか。

 叫んで助けを求めないと……、でも声が出ない。


 嗚呼、そうだ! きっとゲームだったら人型だとあの怪物(・・)よりも上位の存在……。どうしよう、ゲームは幼なじみが遊んでるのを見ているだけだったから、上位種に会った時にどうしていたのかわからない。

 この状況をゲームのように例えて、現実逃避をする。

 咄嗟に逃げた思考でも、この状況から抜け出す答えは見つからず、ただ心持ちを楽にしただけだった。

 それでも、落ち着けるなら試みるだけ得だ。幼なじみがそう教えてくれから間違いない。物事をゲームで例えると冷静になると!

 あの時は諦めてしまったけど、今回はちゃんと落ち着くんだ……大丈夫。


「聖女」


 その言葉に現実に戻される。

 聖女……? 

 黒い()は確かに聖女という言葉を発した。


「……、私のことですか?」


 私はキョロキョロと周りを見渡したがこの場には私しかいないから、もしやと思い影に問うと()はコクりと頷いた。多分あっていたのだろう。


 ()の言葉に思案する。

 聖女とは私が思っている特徴なら、治癒の力を持つ女性、または勇者と共に世界を救う救世主。

 後者だと、お決まりの結末は魔王を倒したら元の世界に帰れる物語が多い。 私の知ってる漫画と同じ認識なら、元の世界に帰るヒントになりそうだ。

 意識を目の前に佇む影へと戻した。

 ()はなにかと聖女と私について詳しく知っていそうだった。ここからは勇気を出さないとなにも掴めない気がする。貴重な手がかりを逃さないために意を決して、そして無意識に問い詰める。


「あの! 私のことをご存知なんですか? 聖女っていったい……?」

「私はなんの為にこの世界に呼ばれたのでしょうか? それに、なんで私は元の世界の記憶が無いの……。忘れたくないのに思い出せないのはなぜ!?」

「……教えてください! 元の世界に帰る方法を!!」


 答えを教わる前に疑問ばかり聞いてしまい、これでは返せたものじゃない。

 ケイラくんと出会えた、けど、会話が成立していないことに気づかないくらいに、心の奥底では不安が拭いきれなかった。

 喋り続けて息が辛くなろうとも、問い続ける声は止まらない。

 森で目を覚ました時から今も、ずっと誠実に願っていた。


「ただ、帰りたいんです……」


 声に覇気を失い、弱々しく消えていく。ようやく声は止まったが、問えば問うほど自分の状況を思い知って苦しい。

 それでも希望を与えられることに縋ってしまったんだ。

 問えば、望む答えが返ってくることを信じて。

 目を閉じ、()の答えを待つ……。




「……ククッ」


 ……?

 押さえ込んでいたような、くぐもった笑い声が聞こえて、不思議に思い私は目を開いて見上げる。

 紅い色をした瞳とは正反対の冷たい視線が私を射抜いた。

 それは、背中を這いずっていた汗が凍るような冷酷さを宿していて、まるで、冷たい炎のようだ。

 私が怯えていることに気づいたのか、()はニコッと笑顔を貼り付ける。

 その微笑みに、僅かな希望を抱いて、私は右手を伸ばした。


「あはハっ! ……あーァ、かわいソ」


 それまで寡黙だった()が唐突に、耐えきれないとでも言うかのように、高らかに嗤い出した。

 私は、急変した()の反応をいまだ呑み込めず混濁する。瞳が左右に揺れて、目の集点に合わせられない。

 希望へと伸ばしていた右手は、中途半端に宙に止まり、その手を握りしめることしか出来なかった。

 蒼空の双眸には、この影が悪魔のシルエットを象っていた。


「教えてあげルよ、聖女サマ。知ってることぜ〜ンぶ」


 ()は行き場を失くした蒼空の右腕を掴み、自分の方へと引き寄せる。

 至近距離にいる、影に塗りたくられた顔が三日月を描いて笑っているのだと感じ取れる。


「聖女トは、多分思っテいる認識であっているヨ。ソうお前が、その魔王を倒シ世界を救ウ救世主! 聖女サマだ」

「ハハッ、ヨかったね! 皆が望んでいる救世主だ。誰モがお前を歓迎スるだろう」


 カタコトだけど、()は明るい声を出して言葉を楽しそうに並べる。

 そして口を閉ざす。そして少しの間を空けてからニッと口角を上げて、蒼空に笑いかけた。


「……でも、それじゃダメなんだよ。」


 一息置いてすぐさまに、ドッと室内の温度が下がるほどの低音が脳に轟く。()は笑顔という仮面を外すと、黒いインクを被ったのように、顔が真っ黒に塗りたくられていた。

 あ、れ……?

 異常な状況に、目眩でくらっと倒れそうになるも、掴まれた右手が私を引き上げて足を地面に貼り付ける。まるで、影の手で踊らされているようだ。


「カワイソウに、それだと聖女サマは元の世界に帰れない。逃スはずないだろう? このセカイの光を」

「そう、誰もガ望んでいるんだよ。光を手に入レることを。この世界ノ歴史で元の世界に帰れた聖女は、誰ヒトリ存在しない。」

「でも、安心しテ。他の聖女サマは幸せに王子サマと暮らしていたよ。お前もソう望むなら悪くは扱われナいだろうが、違うダろ? 帰りたいンだろ? 」


 人形のように吊らされて立たされるままボーッ、と脱力し()の話を唯唯、脳に届かせる。

 ……そう、私は帰りたい。



「アア、そうだよな。記憶ヲ失っていたのは予想外だが、イイだろう記憶を取り戻す手伝いをしてアげよう」

「この先、聖女サマはどうするカ、選択肢をするんダ」

「……選択肢?」


 ()の言葉を繰り返し、辿って意味を理解する。そして疑問に口を開け、影に問うた。

 選択肢なんて必要あるの?

 私はもう、帰ることしか考えていないのに……?

 それを、嘲笑うかのように()が笑顔を描く。


「聖女サマに残された運命は二択ある。魔王を倒し、民に称えらレ、賞賛サれ! 第二の人生(・・・・・)をコの国に捧げるか。」

「……それか、全てを投げ捨てテ元の世界へ逃げ帰ルか」

「捨てるって……、一体何を? 」

「この世界ノ全てノ命だよ」


 っ、ハッ……?

 強い衝撃に、正気に戻る。そして息が詰まった、呼吸の仕方を忘れてしまいそうになる。


 私は、ごく普通の人間だ。

 過去のことは覚えていないけど、普通の人生を過ごし、代わり映えしない日常を送ってきた、と思う。

 それは記憶がない今も変わらないと、そう、思っていた。

 でも、突然命というとても重い、重い、重荷を背負う。それも、この世界の全ての人の命。


「あァ、すまんすまん。酷ナ言い方をしてしまったが、事実だろウ? デも、誤解しないでほしい。オレはお前の味方サ」

「元の世界に帰るため二は、この方法しかないンだ。世界を滅ぼセとは言わない……、簡単ナことでいい。ただソの、お前を苦シめる聖女の力を無くせばいイだけけだ」


 ()は、確かに私を哀れんでいた。普通の少女が、聖女という重い運命を背負うことに。

 甘い言葉を囁き、大丈夫だと言う。この異世界を捨てたって、元の世界に帰れば関係ないのだと。


「普通の少女に戻ロう? そしたラ、何も背負わなくてイい。世界も、命モ」

「オレと手を組もうヨ聖女サマ。こノ腐った世界にお前を連れてきた神二反逆シ、元の平凡な日常を取り戻そソう」


 差し出された希望は、黒く暗い影の中にあった。

 聖女という役目を全うすべきなのか、普通の日常に帰るのか。

 どちらも重く、そして捨てがたい選択で。揺らぐ今の私には、一体どちらを選べばいいのかなんて……。


 あぁ、頭の中が真っ黒になる感覚に陥る。

 あれほど帰りたかったのに、今はどこかへ逃げ出したい。


 返事は明日の夜、この暗闇の中で待っている。

 ()は廊下の奥を指さして姿を消す。足元に大きな影を作り、水溜まりを踏むようにパシャリと影の中へ身を沈ませ、()は完全にこの場からどこかへ行ってしまった。

 私しか居なくなった部屋は、フッと蝋燭の炎が消えて目の前に闇が広がるのだった。

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