第四章 19話 白の告
青や黄色などカラフルに彩られた市場、ガヤガヤと賑わう人々の話し声、屋台でお肉が焼ける芳ばしい匂い、そして並ぶ多種の素敵な品物。
人々の中には、高級そうな服を着た人が従者と思わしき人を連れて品定めしていたり、恋人同士であろう二人組が互いに花を贈りあったり、この町出身の幼い子供たちが屋台の食べ物を目一杯頬張っていたり、色んな所で沢山の人達がそれぞれ形は違えど楽しんでいた。
目の前に広がる街の景色は、森とは異なる新鮮さと、お祭りのような懐かしさを感じ、私も目が回りそうなくらい色んなものに視線が釘付けになっていた。
「うわぁ、すごい! 人がたくさん賑わっている」
「そうだね、この時期だと星贈りが始まっているのかな?」
「星贈り? どんなイベントなの?」
「えっとね、大切な人に星を贈るというその名前の通りのイベントだよ」
「星を贈る!? え!? 本物の星を?」
「あははっ、流石に規模が大きすぎるかな。僕の言い方が意地悪しちゃったね」
異世界ならありえそう……! と思っていたが揄われた!
ケイラくんは私が拗ねたことに気づいたのか、頭に優しく右手をポンと置いて、私の尖った口を解す。
そうすれば私の機嫌が直ると確信しているのか、ケイラくんの優しい笑みを浮かべる。
単純な私は、すぐに気分を切りかえて星贈りについて知りたくなり、ケイラくんを見上げた。
「星、この街では大切な物を星と呼んで例えているんだ。この祭りでは、一番好きな食べ物だったり、恋人への贈り物など。この街の子供達も星に値するんだ」
「星贈りと言うけど、星を食べるのもよし、商人が売る星を買うのもよし、星に贈り物をするのもよし。小さな星達はこの祭り一番の主役で、誰にも振り回されずに自由に星贈りを楽しむんだ」
「この祭り一帯が星となるために、皆それぞれの星を堪能するんだ」
嗚呼、だから皆あんなにも幸せそうに楽しんでいるんだ。高級な服を着ていた人の品を見る目線は真摯で、恋人の二人組は互いを見つめる瞳は慈しむように帯びている。星と呼ばれる子供達は、無邪気に美味しい物を食べて笑っている。
無意識に私は髪の留められた重みに触れる。
今日も朝に、お守りとしてケイラくんに付けてもらった贈り物は、未だその正体は拝められていないけど、どんな物なのか期待が高まる。
「ふふ、そうだよ。それは僕が蒼空に贈った星だよ。どんな物かは、今夜のお楽しみ。」
「ぁ、嬉しい!ありがとうケイラくん!」
「ああ!もちろん僕にとって、蒼空も僕の星だよ! だから、だからね。もっともーっと!蒼空に大切な思い出をプレゼントしたいんだ」
「ふふっ、ありがとう!私も貴方に、星を贈りたい」
髪留めに触れる私の手にケイラくんの手が優しく重ねられる。
ケイラくんの熱の篭った視線が、息を飲むほどまじまじと注がれる。その視線は優しさが含まれ、胸にじんわりと暖かい感情が広がった。
私も、ケイラくんに星を贈りたい。大切な思い出も勿論、私しかあげられないものを何か贈れたらいいな……。
「ふふ、なら一緒に! 一緒に星贈りを楽しもう! 此処からもっと人が増えるから、逸れないよう手を繋ごうよ蒼空」
「うん! 行こう、ケイラくん!」
いつものようにケイラくんの左手を取ると、いつもと違い奥深く指の間にギュゥゥと、手を絡め取られる。その事に驚く間もくれず、ケイラくんは私の手を引いて歩く。
気にしたら負けだと、思いながらもいつも以上に冷たいケイラくんの指先を感じ、私の熱が奪われている気がして更に頬が紅潮してしまう。
「蒼空、ほら! ほら見て! あそこ行こう!」
「へ!? あそこって」
ひとりでにケイラくんの事を意識していると、そのケイラくん突然話をかけられ、おかしな声が溢れてしまった。
ケイラくんが指さしたのは、行列の出来ている屋台だった。
あれは! 先程から芳ばしい匂いを放っていたお肉のお店だ! 何日ぶりかのお肉に、私のお腹はぐぅと音を漏らす。心做しか、涎が垂れた気がする。
「さっきからチラチラとあのお店に目移りして、あれが気になるの?」
「あ、大丈夫だよ! 確かに気になっていたけど、ケイラくんが行きたいとこ行こ?」
「んー、やだ。蒼空ったら、今ですらそんなに目を輝かしてあのお店を見ちゃって……ふふ! いいよ、あれ食べに行こっか! 蒼空こっちこっち!」
「え、えっ!? でもあんな行列並ぶと、せっかくの一日が待ち時間で終わっちゃうよ!」
「待つのも楽しい思い出になるからさ! ほらほら、並ぼう! 代わりにあれ食べたら、次は僕に付き合ってね!」
「それは全然構わないけど……。ありがとうケイラくん」
そうして並び始めて約半分ほど経過した。私達の後ろにはまだ行列が続いているけど、列は段々と前へと近づいていっている。
これほど賑わっていると、お店の方も大変だなと。アルバイトしていた頃を思い出す。
過去と呼ぶにはまだ浅い記憶だからか、覚えていることはかなり限られている。それでもピーク時はとても印象的で、あの時の忙しさが脳裏に浮かび、お店の人に心の中で合掌をした。
「列、かなり進んだね! あともう少しだ! ついでに僕の探し物も売っていたらいいな〜」
「ケイラくんの探し物ってどんな物なの?」
「ん〜それは、秘密! その時のお楽しみだよ!」
「お楽しみかぁ。ふふっ、なら期待しちゃうよ?」
「あはは! 絶対蒼空も気に入ってくれるよ! とっても美味しいんだから!」
「えーと、美味しいってことは、食べ物なんだね……!」
「あー! ダメ! これ以上は絶対秘密だから!」
「うん、わかったよ。もう聞かないから、楽しみに待っているね!」
──あと数十分近くでお目当ての物にありつけそうな時、事件は起きた。
並ぶ列に喧騒が混じった。
ザワザワや、コソコソと話す人達。彼らの視線は段々と私達の方向へ振り向いていく。
何故ならその視線を一身に浴びている人物が、こちらへと少しづつ近づいてきているからだ。
なんだろう? 前の世界だと、有名人が現れたような騒ぎ様だ。
たくさんの騒音の中では「騎士」や「調査」などの言葉が飛び合い、偶に「ニール様」と人名を呼ぶ黄色い声が聞こえた。
調査はともかく、騎士って先程の二人組のことだろうか? ニール様とは、その騎士の名前なのだろうか?
情報が足りない。言葉が入り混じって、聞き取ることがやっとだ。
「ニール──」
「……ぁ、ケイラくん知ってるの?」
「え? あ、嗚呼。いや、その……」
言いづらそうに言葉を濁すケイラくんに、私はあまり聞かれたくない話を振ってしまったのだろうか。それなら、無理に話してもらわない方がいい。
未だに口を開き言い出そうとするも、またすぐに口を閉ざして、言葉を探すケイラくんの左肩に右手を置いて制する。「嫌なら話さなくてもいいよ」と言ってみるがケイラくんの表情は煮え切らなく、何とも言えない顔をしていたので、更に不思議に思う。
どうしたんだろうか? 話したくないのか、伝えたいのかよく分からない。
「ぁあ! なんでそんなにも言葉に詰まっているんだ? 早く言ってしまえばいいのに、私とケイラは親友だとさあ! 」
「んんん!!! ……蒼空、僕こいつのこと本当に知らない人だよ? ほら! ほらこいつなんて無視して、列待とうね。あ! もう少しで僕達の番だね!」
「え、えぇ!? えっとぉ……?」
「コラコラ。彼女、え、としか喋れなくなっているじゃあないか。ちゃんと説明してあげましょうよ」
「……」
「あ、のぉ……貴方は?」
「うん? あぁ、私の事ですよね? 私は、ニール・マドラーだ。ニールと是非とも呼んでくださいね。よろしく頼みますよケイラの彼女」
「彼女!? ちちち違います! そ、そうゆう関係じゃ……!」
「ううん? いったい、どういうことだ? そうゆう関係ってなんでしょうね、ふむ」
「嗚呼、ごめん蒼空。彼女ってこいつの二人称だよ、ほんと相変わらず変な口調」
「ぁあ! やっと私の存在を認めたな? はぁ、私達の仲じゃあないか、いきなり知らないフリをされて悲しかったんですよ?」
二人称? 「ケイラの彼女」なんて言い方、少し……いや、これ以上深く気にするのはやめにしよう。
思えば二人とも彼女という言葉にピンと来ていないようだし、前の世界の言葉だ。この異世界にはきっと、彼氏彼女なんて言葉は知らないのだろう、意味も。
単なる私のはやとちりで、これ以上痴態を晒したくない。私とケイラくんの関係は幼なじみのように姉弟のようなもの、そう!
突然現れたのは、ニールと名乗った白い聖服のような服装の青年が、ケイラくんの右肩に腕を組み顔をひょっこり覗かせた。
改めて観察すると、一見女性に見間違いそうなほど艶めくほど梳かれた肩程に長い髪は、粉雪が降っているように白く風に靡く。顔つきも雪山にいるあの女性のようなほど真っ白で、眉間に皺を寄せながら白い眉毛を下げて、蠱惑的な笑みを浮かべている。パサパサとした長い睫毛は雪が積もったみたく白。女性のような儚さを纏いながらも、意外と体格もよくて、目線が合わせるのが大変なほど高身長。
私の顔を上から見下ろして、交差した瞳すらも透明なガラスみたいだけど、透き通っているように見えて、ガラスは曇って瞳は何も映していなかった。初めてケイラくんに会った時のような、得体の知れないなにかを感じて、少し身を逸らし一歩たじろいた。
第一人称は、雪のように真っ白で、妖艶な雰囲気を纏った美しい人だった。
じっくりと観察していた私が突然身を引いた事が気になったのか、ニールさんは顔をグイッと私に近づけた。
ニールさんはガン見というほど私の視線を絡め取って離れない。瞳孔が大きく開き、ニールさんから視線を1ミリたりとも外させないような無言の圧で私を押し潰した。
だけど何故か彼と目が合っているのに、彼の瞳に私の姿が映ることはなかった。
視線と沈黙に、もう耐えきれない! と私が瞬きを一回打つと、ニールさんは満足いったのかニッと目を吊り細めて私に微笑みかけた。
そして同時に私とニールさんの間に手が割って入り、ニールさんの顔を私からグイッと離された。
「蒼空から離れろ、変人!」
「ああ! 痛いとも、離してくれないか? 私の顔が傷ついてしまいます」
「もっと痛めつけてあげよっか?」
「ケイラくんどうどう」
今にも掴みかかりそうなケイラくんを、馬をなだめるようにケイラくんを両手で制した。
ケイラくんとニールさんは仲良し? なんだよね……?
今もガルルっと犬のようにニールさんを威嚇しているケイラくんを見て、動物園の遠足を思い出した。いつも、変な所でおかしな記憶を思い出す自分の脳はどうかと思う。
私がいった動物園は、行った当時は幼かったからなんとも感じなかったけど、今思えば異常なほど不思議なところだった。動物園であまりお目にかかれない動物や、動物達の普通ではありえない組み合わせで共存していた動物もいたな。流石に、狼と兎が同じスペースに居た時は子供の私でもヒヤヒヤした。でもその心配は杞憂に終わり、二匹は互いに仲良くしていたな。ペロっと長い舌で兎の毛並みを整える狼なんて、もう二度と見れないだろう。異世界なら、ありえるのかな?
回想もさておき、この状況から早く動けないだろうか。そんな私の願いが叶ったのか、時が止まっていた行列がやっと少し動き出した。
「おや、ここの屋台に並んでいるのか? 残念ですが、ケイラが好きなキチュシャは此処にはないですよ?」
「ヴヴヴッ! 聞いていないよ! 教えてくれて、あ り が と ね!!」
「いえいえ、どういたしまして」
ニッコリ満面の笑みのニールさんに、今にも舌打ちをしてしまいそうなほど、珍しくピリピリしているケイラくん。二人の温度差が激しくて、風邪を引いてしまいそう。
「うぅ、蒼空……、僕の探し物は此処にはなかったよ」
「あぁ、ケイラくん。ほら、元気だして、また次は一緒に探そう? あと少しで、列も終わりそうだし!」
「ケイラ、キチュシャは普通、市場には売っていないですよ? そもそも、一般庶民がありつけるものではないからな」
「ニール、もう黙っててほしいよ。僕のお願い聞けるよね?」
「あぁ、悲しいけれどそれは無理だ。私はもう、ケイラの命は聞けないのですから」
「命?」
「あああ! 蒼空はまだ知らなくていいよ! 大丈夫大丈夫、いずれ話すからその時まで待ってて?」
「あ、うん。わかった」
「そうですね、これは私とケイラの話だからな──むぐっ」
ケイラくんは両手でニールさんの口を塞いだ。そのせいか、雪のような彼の肌が更に青白くなる。ケイラくんは私にいつも以上にお手本みたいな笑みを向けているけども、ケイラくんの両手を叩くニールさんにしか意識を取られそれどころでは無い。は、早く離してあげたほうが……! ニールさん、呼吸出来てないよ!?
「それよりニール。ニールは何の用で僕を探していたんだ」
用? 探していた?
私は久々に会えた友達同士の再会なのだと思っていたけど、違っていたようだ。どうやら、ニールさんはケイラくんを探していたのか。
忘れていたけど、騒がれていた騎士とはニールさんの事だろう。ニールさんを呼ぶ黄色い歓声も聞こえてきてたし。服装的には騎士というより、司祭さんのように見えるけども。
他へと視線を盗み見れば、今も尚この街の人々達がチラチラと私達に視線を移して、噂話をするようにコソコソと会話していることを知り危機感を覚えた。やたらと目立っている。気づいたってもう手遅れだけど。
確か彼らが話し合っていた時の会話には、ニールさんや騎士の他にも調査という単語が出ていた。
てことは、ニールさんはなにか調査しにこの街に訪れ、ケイラくんに用があった。調査は多分、ケイラくんの事だろう。
胸騒ぎする言葉並びだ。冷や汗が背をツゥーと伝って垂れた、その感覚が今までの嫌な予感と同じで、汗が不快だ。今まで嫌な予感は全て、不穏な出来事を引き起こした。だから、ダメ。せっかくの大切な思い出が!
「はい、私はケイラが此処に居ると言う話をお聞きしてこの街に舞い降りました。そして、ケイラの言う通り私は探していた彼を」
──第一皇太子、ケイラ・グロード様。只今より、お迎えにあがりました。
──では、ケイラ皇子様。我々にご同行して頂くことを要求致します。
──チッ
静かに落とされた告事に、舌を打つ乾いた音が辺り一帯に響いた。複雑感情が混ざったその音は、私の耳にも届いた。
この場には先程のように、苦虫を噛み潰したような表情をしたケイラくんと、物腰柔らかに瞳を伏せ、右手を胸元に置き目礼するニールさん。
そして零れ落ちそうなほど、瞳を大きく見開く私。まるで世界に私達しかいないように、周りの騒々しい声が私の世界から切り取られた。




