第四章 18話 星の噂
ケイラくんはいつもの道とは違い、その反対側へ踵を返した。この道は少し見覚えがある、雨で視野は悪かったけど昨日私が通った道だ。
段々と自分の口角が引き攣っていく感覚がした。
「ケイラくん、もしかしてこっちの方向が街へ続く道なの?」
「ん? そうだね。いつもの分かれ道は、どちらの道も森の中心部に繋がっているんだ。だから、その反対側が外に出る道ってことだよ! 」
嗚呼、一昨日の私って街へ行く道惜しかったんだな……。自分にかけてあげられるのはその言葉だけだった。
段々と悲しくなっていく……、またしても私は辿り着けなかった。何故異世界に来てから、私はいつもこうなんだ。
見知らぬ道だからだよね? 元々方向音痴な訳じゃないはず……。自分の思い込みなだけで、もしかしたら前の私は迷子になりやすい体質だったりしたら遂に泣き出してしまう。自分の記憶を疑った。
……んん!! いや、違う!
私が光石を持っていないから、こんなにも道に迷っているに決まっている!
そうだ、そうだ! と自身を慰めて、街へ向かう道なりを覚えようと暗い森を眺めた。
街へと近づいているのか、薄暗い森は次第に景色が明るくなっていく。
その事にケイラくんは大丈夫なのかと横目見ると、フードを目元まで塞ぐように奥深くに被っていて、前が見えているのか不安になったが彼の日光対策は完璧だった。
それにちゃんと前が見えているようで、足場が悪い道を避けて私の手をしっかりとリードしてくれる。
だけど目に光が当たらなくとも、明るい景色が苦手なのか会話はなく、黙りとした長い静寂が周辺に広まる。
私は久々に日光に浴びたからか、それとなく、ある日の影の話を思い出して、そっと地面に視線を向けた。
だけど私は地面──正確に言えばケイラくんの影を見て息を呑んだ。
──ないのだ、ケイラくんの人影が……!
……やはり、あの時スカーが言っていた通り、ケイラくんは神から影を取り上げられた者なのだろう。今目にした、ケイラくんの影がないことがその証拠だ。
だけど胸が痛むが見ないふりをしなければ、せっかくのお出かけなのに暗い雰囲気でいたくない。何故今になってあの話を思い出したのだろうか、私にとってケイラくんは少し不思議なところもあるが至って普通の男の子に変わりない。
異世界に来てから常に悲観的に考えてしまう自分は後悔を繰り返してしまうが、今日は気を楽に行こう!ケイラくんが大丈夫だと、外に一緒に出かけたいと言ってくれたんだ。私がそのことを止めたらケイラは悲しんでしまうし、従ってお出かけを辞めてしまう。
それに過保護になりすぎては、ケイラくんも鬱陶しいだろう。
出来る限り、日光からケイラくんを遠ざけてあげることが、今日私がケイラくんにしてあげれる最前の事。
ケイラくんは日光が眩しいのか、暑いのか、それかどちらもそうなのか、フード越しだと顔色は伺えないが彼の足取りは重い。
いつもより歩くペースが落ちているから、疲れているかもしれない。
「ケイラくん大丈夫? 少し休む?」
「ん、嗚呼。大丈夫だよ、蒼空。蒼空の方こそ辛かったりしない?」
「あ、私はその全然」
「そっか、よかった。着くのはまだだから、もう少し一緒に頑張ろうね」
「うん」
「……。」
「……。」
そしてまた無言の空間が続いた。
私のバカ、会話を続けるのが下手すぎる! うん、以外にも他の返し方や、または話の転換など出来たらどれほどよかったか。私にこの手の気の利かせ方は無理だった。
いつもはケイラくんから話しかけてくれることが多いけど、こんな時こそ私がなにか楽しい話へと場を盛り上げなければ!
なにか。
なにか、話題を…………あ!
前にケイラくんの熱が下がったら、幼なじみの話をすると約束していた! これだ!
「えと、ケイラくんお出掛け出来るなんて、楽しみだな! あの、えっと、幼なじみともよく一緒に買い物行っててね……その、その時を思い出すよ!」
……。酷すぎる!!
あまりにも話題の振り方が不自然すぎるよ私……。口下手な私から話しかけることは基本なく、いつも話しかけてもらう側だったからその有難みを思い出す。その時はスマート迄いかないけどある程度返せていた。
さて、ここからどうやって話題を続けよう……、話しかけたのはいいけど続け方がやはり難しい。ケイラくんとは家族のように仲良くなったのに、こんなにも気軽に話せない自分に絶望する。
「あの、それでね……! ケイラくんと同じで幼なじみも甘党で、その……」
「……ふーん。ねぇね、蒼空その幼なじみくんは、どのお菓子が好きなの?」
「!! 幼なじみはどのお菓子も好き好んで食べてるから、特に一番はないの。お陰でよくお菓子を買いすぎちゃってて、私が見張ってないとかごには大量のお菓子を詰め込んでいて大変だったな」
ケイラくんのカバにーより、話題が繋がり。会話のキャッチボールが成立した。
その事が嬉しくて、少し饒舌になった。こんな私、始めてだ。
やはり自分のことより、身内の話題の方が話しやすい。
「嗚呼、気持ちはわかるよ! 僕も甘いものならなんでも大好きだよ! あーでも羨ましいな、僕もスイーツに埋もれたいや」
「ふふっ、確かに甘い物に囲われるの幸せな夢だね! 私も幼い頃は、お菓子の家とか憧れていたよ」
「お菓子の家! なにそれ、いいな! いいな! 作ってみたいよ」
この世界にはお菓子の家の童話はないようだ。あの話はとても好きだ。
よく絵本に書かれていて、作者によって色んな解釈をされていてとても面白い。
お菓子の家は一度作ってみたい、調理場には使い切れないほど砂糖の袋が詰め込まれていたから材料が揃い次第、挑戦してみようかな……?
ケイラくんくんも気になって仕方ないのか、目をキラキラと輝かせて、ケイラくんの瞳に光が戻ってきたように見えた。
「扉も家具も屋根も、全部お菓子でね! どこも甘くて美味しくて全部食べられるの! 小さいサイズなら、頑張れば作れるかな?」
「大丈夫! 絶対絶対、蒼空なら作れるよ! 」
「そうかな? ありがとう!」
先程までの辛気臭かった空気も、甘い話題によって明るくなり、互いの表情に笑みが乗る。
ケイラくんは、目を細めて右の小指を私の顔前に突き出した。
──今度一緒にお菓子の家作ろうね、約束! 約束だよ!
私は頷き、ケイラくんと小指同士を絡めて約束を結ぶ。また楽しみが増えてしまった。
会話もケイラくんが更にアシストしてくれたおかげで盛り上がり、続く。
本題の幼なじみの話とはかけ離れて、甘い物の話題になってしまったけど、楽しければなんでもいい。幼なじみの話ならいつでも出来るから、この記憶がある限り。
そうこうと、話題に花を咲かせていると暖かい光が目にかかった。
眩しいと、反射的に右手を上へと翳して光を視界から遮る。
外に近づいたのか、葉から陽光が漏れ出ていて、またしても意識せずともチラチラとケイラくんのことを気にしてしまっていた。
「ケイラくん大丈夫? 無理していない?」
「んん、ありがとう蒼空。無理もしてないし、この程度なら大丈夫。それよりも蒼空、少し静かにしていてね」
心配だと顔に全面に出している蒼空の唇に、ケイラは右手の人差し指一つをあてることで蒼空の動きを止めた。
動かず喋らずで事を見送っていると、外からこちらに近づくザッザッと草を踏む複数の足音と、ここでは聞こえずらいが人の話声が僅かだが耳に届く。
その事に他にも人が……! と嬉しくなった。
喜びで明るく色付いた顔をケイラくんへ向けるけど、そんな私とは反してケイラくんはいつも以上に真剣な表情をして唇を薄く引き結んでいる。
その二人組は此方へと段々近づいてきて、何かしたわけではないがケイラくんの様子が異質で、私の心を焦らせた。
私達の存在が周知される前に、私達が身を潜めている木より二本手前にある木の周辺で、その足音は止んだ。
どうやら、その木の辺りで休憩を取り始め彼らは近くで雑談を繰り広げる。
「あー、今日も平和だな」
「ふわぁ、寝みぃ……、先輩なんで俺らはこんな人気もない森の見張りをやらされてるんすかね」
「あー、なんだったっけな? うーん……、あー! この森に人を入れないためだった、忘れていた」
「先輩のその適当なとこ直した方がいいっすよ」
「あー、そうゆう性分だからしょうがないだろ?」
木の影からケイラくんが顔を覗かせ、彼らの様子を観察している。
私もケイラくん越しに遠目から彼らの動向を見聞きした。
盗み見や盗み聞きとなってしまって申し訳ないけど、聞こえてしまっているからしょうがない。見てしまうのは、気になってしまったから私が悪いです。ごめんなさい!
そう心を痛めていると、気がかりな話が耳に入ってきた。
「そうすねー、確か9年前でしたっけ? その頃から、森が封鎖されたのはやはりあの噂のせいですか?」
「おいおい、若造。噂は本当だぜえ? だから、これ以上被害を増やさないために、俺らがここに回されているんだよ」
「その大事なことを平和ボケして忘れていたの先輩じゃないっすか! 今日だって寝坊したし、それに昨日俺と一緒にサボりましたよね?」
「あぁ。もうこの辺りは平和だ、俺らは必要ない……てことで飯行くぞ後輩」
「勿論、先輩の奢りっすよね? いやー、いい先輩を持って俺は幸せ者です」
堂々とサボり現場を目撃してしまった。
糸目の青年と顎にガサツに髭を生やした男性は、二人とも丈夫な鎧と本物の槍を持っていて、始めての異世界名物、騎士を拝められた。
だけど民を守る騎士が、まさか早速仕事を放棄している所を見てしまうと、あまりこちらの世界と変わらないんだなと苦笑いする。仕事をサボる人間はこの異世界でも、ちゃんと居るんだな。
テンポよく会話する彼らの話にはとても興味があった。まさか、この森が立ち入り禁止だったとは……。
私、大丈夫なのかな? 異世界出身ではあるものの、法律とか心配になる。
それに噂ってなんだろう? もっと話の続きを聞かせて欲しかったと、不躾ながら思ってしまう。
9年前……、立ち入りを禁止にされたのはケイラくんの呪いだろう。だとしたら9年もこの森で、ケイラくんは一人だったの?
何歳の時からこの森に居るんだろう……。止めようとしていたのにまたしても、深く考えてしまうのは私の悪い所だ。人によって、探られたくないこともあるのに、流す事がやはり私には上手くできない。
「やっとあの二人行ったね」
「ケイラくん……」
「あー、大丈夫大丈夫。彼らの言う通り確かに僕は10歳の時に、この森で暮らし始めたんだ」
「えっ!? 10!?」
「ん? あはは、そっかそうだった──。蒼空、……僕ずっと独りで寂しかったんだー。だから今日のお出掛けで、その年月を埋めるほど僕を楽しませてね?」
「に、荷が重い……!!」
ケイラくんの言葉は私に混乱を生み出した。ケイラくんは、頭にたくさんの疑問符を浮かべる私に気づき、納得したように笑ってコロッと表情と話題を変えた。私の疑問に肯定も否定もせず、繋がってる私の右手に頬擦りをしているケイラくんを蚊帳の外に、私は脳内会議を開いた。
実年齢は分からないけどケイラくんは多分中学生ほど。仕草が幼いのは、その10年の長い年月をまともに人と触れ合っていなかった所為だろう。
だけど、あの二人組は森が閉鎖され始めたのが9年前と言った。だとしたらケイラくんは、今は19歳となる。
私より年上? そっとケイラくんの顔を下から覗き込む。ケイラくんは私の視線に気づき、私に甘えるように首を傾げたのを見ると、それは間違いだと思った。
確かなんて言葉を使うくらいだから、あの二人組はうろ覚えだったのだろう。きっと4年と9年を間違えている。
彼らとケイラくんを天秤にかけると、当然のようにケイラくんの方へ傾き、実際サボるような彼らの言葉は信用出来ない。なんて、失礼にもそう考えついた。
「蒼空落ち着いて、今はそんなに深く考えなくても大丈夫だから。ゆっくり時間をかけて、僕が蒼空に教えていくから」
反応がないまま目まぐるしく百面相を続ける蒼空に、ケイラはふと一瞬考えた後、大変な事になっている蒼空の頭に優しく左手を置き、左手は蒼空の髪に柔らかく沈んだ。
ケイラくんの言葉と優しい左手の温度に安心を得られ、私は思考回路を動かす事をやめる。気になって仕方がないけど今は深く考えないで、ケイラくんから話してくれる時まで待とう。きっと、それが正しい選択なのだ。




