第四章 16話 聖と呪
【起】
穏やかな昼頃、居室で私達はお互いの時間を大切に共に過ごしていた。珍しく会話はせず沈黙としているけど、その閑静すらも私達は心落ち着く。
私は、最近よく嗜んでいるフルーツティーを片手に、絵本を開いて次の読み聞かせ用にと厳選中だ。
ケイラくんの方も本を手に取って開いているけど、その分厚い本は書庫で見かけたことは無い。大凡自室から持ってきたのか、やたら小難しそうな本を読んでいた。
「どうしたの?そんなに本ばかり見てると、僕この本に嫉妬しちゃうよ?」
「ふふっ、なにそれ!ケイラくんはどんな本を読んでいるのかなって、気になっていたの!」
「んー、御伽噺に近いかな。古代書なんだけどね、無駄に厚い見た目だけど内容はそこまで難しくないよ」
「古代書! すごい……!」
古代書なんて、私とは程遠い話だ。絵本や漫画などの本は好きなんだけど、学校の図書館にあった歴史書などは読むことが苦手だったな……。
ケイラくんが読んでいた本をチラリと垣間見ると、ページに文字が端から端まで、難解な言葉が綴られていた。難しくないと言っているけど、到底私には読めそうにない。
「蒼空はこの世界の文字が読めないんだよね? 僕が教えてあげようか。」
「ほんと!?お願いします!」
「はい、お願いされました! あはは、やっぱ蒼空と一緒に居るの好きだな……」
こうして二人で楽しい読書の時間を送っている、しかしケイラくんの熱は未だ健在だ。だがどうやら今日はケイラくんの熱は安定していて、本当は安眠に着いた方がいいのだろうけど、昨日や一昨日のように寝たきりではなく会話が出来る幸せに浸かった。
今日一日私はケイラくんの傍に付きっきりだ。昨日の夜スカーから伝えられたこともあり、側にいてあげることが私が今彼の為に出来ることだと信じて。
何故昨日、ケイラくんが急に体調が良くなったのか分からないけど、結果オーライということで気にしない。この調子で、熱を下げようと試みるまで!
ケイラくんのことを思うと私まで嬉しくなって、また元気に過ごせるんだと明日に期待が広がる。そう一人浮かれていると、ある目標を思い出した。
「あ、そういえばケイラくんにお願いしたいことがあるの」
「! 蒼空の話なら、なんでも聞くよ!」
ケイラくんにお願い事をしようと切り出したはいいものの、また直ぐに思い悩んだ。
一度悩むと、言葉にするのは難しく会話が続かなくなり新たな間が生まれた。それでもケイラくんは私を見つめて、口を開くのを待ってくれている。
まず、何故こうも私は口にするのを悩ませているのか、そう思った成り行きから話させていただこう。
昨日、スカーとの会話で、呪いが原因である以上薬を頼ったり人に診てもらうことは無理だと知った。しかし、それでも栄養には気を配りたかった。
やはり、問題なのは食事だ。これはケイラくんだけでなく、自分の為でもある。そう!私はお肉が食べたい!
お肉を摂取して、骨や筋肉を構成しないと! ケイラくんに初めて抱きつかれた時、ケイラくんが自分よりも細いんじゃないかと思った。ケイラくんの年齢的に、今は食べ盛りの成長期のはずだから、尚更心配が増す。
だからお肉を探しに出掛けたくて、街に行こうと考えていた。
でもいざ、話に出すとしたら出来なかった。それは、今までケイラくんと過ごしていたからわかる。長いこと森の暗い所に籠っていたケイラくんにとって、明るい外の世界はケイラくんの身の危険を晒すことにほかならない。
そして、ケイラくんが呪われていることは周知の事実だと前に言っていた。街の人がケイラくんのことをどう思っているか分からないけど、少なくとも好意的な人は限られているのだろうと、今までのケイラくんの話にそう予想した。
ケイラくんは気づいていないかもしれないが時々、他の人の話に対して冷たい節がある。そうよく思っていない人達がたくさん居るなんて、肩身が狭いに違いない。そんな酷なことをやはり、強容させる訳には……! やはり先程の発言はなかったことにしてしまおう。
「嗚呼、言い難いことなんだね。僕は大丈夫、ちゃんと受け止めるから吐き出して欲しいな。」
「そ、の……森の外に出たいの。あのね、別に此処から出ていきたいって意味では違うの!」
想像していた通り、ケイラくんの明るい表情が暗く沈み始めた。
嗚呼、やっぱりそうだよね、無理だよね──
「……。それもいいね!」
「へ……?」
もしもの最悪の想像に辿りつきそうになっていたら、まさかの肯定という、予想もしていなかった応えに変な声が溢れた。
一帯どうゆうことなのだろうと、俯きがちの顔を目線だけ上へ覗くと、ケイラくんは先程の暗い表情はどこか行っており、いつも通りの明るい笑みを浮かべていた。
「そうだね、そうだね! 僕、蒼空と外に出て見たかったんだ! とてもいい提案だね!」
「い、いいの? 外出て大丈夫!? あの、その日光とか……」
「あぁ。嗚呼、呪いのことならなんとかなる! はず! フードを被れば、身を隠せるし、日光も目に入らない。これが一石二鳥ってやつだよ!」
なんとか……なるのだろうか? ちょっと不安になってきた、本当に大丈夫だろうか!?
決してケイラくんの言葉を信じていないってことでは無いけど、ケイラくんがまた自分を傷つけていないのか怖いのだ。
ケイラくんは自分の事などどうなってもいいような、自分を大切にしない。それは彼の発言と行動から、私は悟ってしまった。
「流石に今日は今から準備出来ないし、明日一緒に行こうね!」
「え、明日!? 待って! ケイラくんまだ熱下がっていないだよ?」
「大丈夫大丈夫!多分明日には治るよ!」
「ぇぇ、本当に治ったらいいのだけど……、ごめんね、ケイラくん。本当は行き方を教えて貰うだけでよかったの、ここまでしてしもらって」
私がそう告げた瞬間、彼の表情からヒュッと感情が抜け落ちたような、真顔を晒す。
スカーもそうだけど、彼らの感情の変化は激しくわかりやすい。だからこそ私はすぐ反応してしまい狼狽えた。
この発言は、彼にとって無神経だったのかもしれない。私は知らず内にケイラくんを傷つけてしまったのだろうか。
「蒼空言ったでしょ。一人で外へ出るのは危険だよ。蒼空は光石を持っていないんだから」
「あ、それなら多分、光石持っているよ……?」
「は?」
私はお守りのようにずっと持ち歩いていた物を取り出す。それはスカーに渡されたペリトッドの光石。
昨日は反応はしてくれなかったけど、あの時夜から私を帰してくれたのはこの光石に変わりない。
「へぇ、それどこで手に入れたの?」
「えと、森の外で転がっていたのを拾って……」
苦し紛れの言い訳に、私は顔を上げることが出来なく床を見つめる。
流石に無理があっただろう、でも瞬時に出てきたのはこの言い分だった。
「嗚呼、ありがとう拾ってくれて。でも光石があったとしても蒼空独りじゃ不安だし、僕も明日外出たいからね!! 置いていかれたら僕悲しくて泣いちゃうよ!」
謎に感謝されたけど、ケイラくんはご機嫌に戻ったようだ。そしてまた子供のような事を言い始める。
彼が外に出ても大丈夫だと許可が下りて、一緒に出掛けたいと言うなら、明日本当に熱が下がったら一緒に出掛けたらいい話。それに、外の出方を教えてくれるのはケイラくんでもある。私一人だと道は分からないのもあるが、他を頼るとしたらスカーとなるが、対価を要求されそうで怖い。
「う、うん。わかった、本当に熱が下がったら明日一緒にお出かけしよう?」
「やった!」
せっかく外に出るんだったら、準備をしないと。
まずお金がないことには何も始まらないから、この世界にはアルバイトのようなことは可能だろうか? 出来ることなら、自分のお仕事も探しておきたい。
お肉もそうだけど、自分の服なども買いたいのだ。
外の出方を教えてもらい、お仕事を見つけて、お肉など買って栄養を取れる食事を作ってあげたい。
そんな計画を脳内で設計しながら再び互いの時間に戻ると、外は更に闇を深めてそして夜が来た。嗚呼、そろそろスカーとの約束の時間だ。
***
「スカー、スカーどこにいるの?」
階段を登り、小声でスカーに呼びかけた。理由はケイラくんがまだ起きているため、一階に聞こえないよう声量を小さくするしか無かった。
私は寝るねと、心痛むが嘘をつき居室を離れて、スカーに会いに来れたのはいいけども、ケイラくんもしっかり寝て休んでね、と伝えたけど彼は未だ眠る気配はなかった。
ケイラくんのことを寝かしつけようと試みるのも一つの手ではあるが、あのままだと私も一緒に眠らせる勢いだったためこうこっそりと会いにいくしかなかったのだった。
ケイラくんが起きているから呼び掛けに答えてくれるか少し不安だが、今日はスカーに色々と問い詰めるつもりだ。この機会を逃す訳にはいかないから、スカーは早く出てきて欲しい。
「嗚呼、ここだよ聖女様?」
わっと、脅かすような声と共に耳元で囁かれて、叫びそうになるものの寸前の所でスカーに口を塞がれ、悲鳴は彼の掌に消えていった。
「おっと、叫んだらあいつにバレてしまうだろう?」
「スカーがこうやって脅かすから……!」
スカーは昨日から反省の色はなく、いつもと同じ悪びれもない態度で私を遊び始めた。人は玩具じゃないと、昨日伝えたはずなのに!
一度でいいから、あの余裕そうな笑みを崩してしまいたい。ケイラくんを見習って欲しいものだ、と思ったがケイラくんも私を揶揄ってくるんだった……!
「とりあえず、此処では話しづらいし場所を変えよう」
そう言ってスカーは扉を開けて私を招く。あたかも自室のように振る舞っているスカーだけど、そこは一応私の部屋になのだけど……。
私が部屋に入ることを確認すると、スカーは後ろ手で扉を閉めた。
「それで、何から聞きたい? 俺の好みは辛いものだ」
「聞いてないから!」
辛いものなんだ、ケイラくんと真反対だ。ケイラくんは大の甘党だから。
コホン、話を戻して。スカーに聞きたいことは山ほどあるけど、いざなにから聞くか悩む……。どんな質問にするか決めとけばよかった、えーと。
「呪いを癒すことが出来るって、言ってたよね? それは、具体的にどうするの?」
「いきなり本題からだな。明日のお出かけがそんなに楽しみか?」
やはりスカーに届いていたか。
スカーは頭をポリポリと搔き、苦い顔で口を開く。
「祈りを捧げて、聖力を使うことだ。けど、神に一度祈るだけで、これまで夜にオレと行っていた聖力を枯らす行為を、一瞬で無に返す事が出来る。」
「日頃の行っているものは、正しく堕天へと近づく為の道のりだ。堕天、それは神への冒涜そして裏切り。」
「嗚呼、だけどそうえば本当はもっと効率がいい方法があった」
「え!? じゃあ、何故それをもっと早く教えてくれなかったの? 」
蒼空がスカーに疑問視すると、スカーは横目に瞳を狐を描いて蒼空を一瞥した。そうして、訝しむ蒼空の視線を受けて不敵な笑いが、スカーの口から溢れてやまない。
「ククク、嗚呼それはな──オレがお前の聖力を上書きして、こちらへ堕とす。それが一番簡単かつ最高に楽しい方法だ」
「うぐっ──!?」
スカーが最後の言葉を告げると同時に、彼の左手が私の首元に伸ばす。喉を鷲掴みしされて、器官が狭ばったようで苦しい。
今のスカーの行動も戯れだと、心の中ではわかっていても、突然の暴行に動揺する。そして疑念を抱く。本当にこれは、いつも通りふざけているだけなの?
あぇ、どうして──。
「すまんなァ、もっと早くこうしていればお前も悩み苦しまずすんだのに」
唐突に全身に電流が走ったかのような、ビリビリっと肌が震える。そして身体全体に電気が回ったあと、体の力が抜けていくような感覚に陥る。
だけど心は燃えるように熱く痛く、怖い。涙が込み上げ、視界を濡らす。
「大丈夫だ、痛いのは一瞬だけだ」
痛みで私の首を掴むスカーの左腕を、僅かな抵抗で爪で立て、耐えるよう引っ掻いていたが、スカーの言葉通り徐々に痛みが薄らぐ。
寧ろ、全身の血が沸騰して、心が興奮で思考が緩む。
「馴染んできたか。ふむ、新しい力に高揚してきているな」
「私になにを、したの……?」
未だ、首元を掴まれているから喋りずらく、途切れ途切れスカーに問いかける。
不安なのだ。心が昂ってふわふわと、自らの意志を保つ精神がやっとだ。
「おっと、悪い。苦しかったな」
パッと、漸く首元から手が外れ、解放から床に崩れそうになった体は、先程首を掴んでいたスカーに左腕に支えられる。
私はやっと息が吸えると、呼吸を落ち着けようと夢中になる。
「聖女様の力は思ったよりも繊細なようだ。唯、少し力を吸い取っただけなのに、もう草臥れるとは」
「嗚呼でも、それにしても甘いな……。これが聖女」
妖艶とした雰囲気を纏ったスカーに、身の危険を感じて踵を一歩後ろの方へ後退る。
話が違う。なんでこんなことに……!
高揚しているのはスカーの方だ! 早く目を覚まさせてないと、これからどうなってしまうか分からない。
「スカー! 答えて、何故こんなことをしたの!」
「ん……ぁあ、忘れてた。オレが今お前にしたのは、一時的な堕落だ」
「どうして急に!?」
「──お前を引き留めるため」
赤と黒の瞳に見下ろされ、その眼光から逃れたくて目線を外した。
私はスカーの肩を軽く押すと、スカーはすぐ離れてくれた。
「立てるか?」っと手を貸して支えられる。
「気をつけろ、馴染んだばかりなんだから」
「馴染む?」
「嗚呼、オレがお前の聖力を吸い込む前に、オレの力をお前に少し混ぜた」
ではあの時の痛みは、スカーの力ってこと? 私の血液を伝って流れる、溶岩を思わせるような熱い力……。その時はあの熱に燃やされてしまうのかと怖かった。
だけど今、その力は私の中で昂り続けている……! 自分の感情を制御出来ないほどに、バクバクと心が激しく高鳴った。経験したことはないから想像だけど、この感覚は酒に酔わされているようだと思った。
「聖力と呪いの相対の話は昨日したよな。それは普通の人間だから起こりうる危険だ」
「けど、お前は聖女様だ! それに、オレの力はオレが制御しているから、もしものことは起きない。安心していい」
「ありがとうございます……? だけど、やっぱり分からない。どうして突然……」
「本当に、分からないか?」
……。
何故彼が、突然こんな行動を起こしたのか。
──魔力と呪いの相反する二つの力。
──制御。
──癒し。
「私が、スカーが私にした反対のことをケイラくんにすればいい……?」
「ケイラくんが聖力と呪いの相対に苦しんでいるなら、私が呪いを抑えて聖力を馴染ませることが出来る……!」
正解を見つけたようで、声が自然と弾む。おかしいな、先程の興奮がまだ抜けていないのかもしれない。
けど、嬉しくて堪らない。私がケイラくんに出来ることがまだある!
「あーあ。気づかないで何も知らないままだったら、引き留めるのことに成功したのに残念だ。思った以上に、意志はあいつの事を捨てられないのか──」
「スカーありがとう!!」
「お礼なら、まだオレを捨てないでくれ。それとオレは、強いてお前を堕とすことが出来ると、忠告も忘れるなよ?」
「わかった!」
「本当にわかっているのか? ……ああ、もう聞こえていない。少々力を与えすぎたか、都合がいい脳だな。」
気分が高潮として、スカーが何かを伝えてようとしているのに頭に入ってこない。
落ち着かないといけないのに口角は下がらず、ふわふわと幸せな夢を見ているような心地。
「聞きたいことはそれだけか? そろそろ、あいつが此処に来るからオレはもう行く」
「チャンスを与えたのはこの一度だけだ。あいつの手を取るならば、オレはオレの為に動く」
「けど、まだ元の世界に帰る気があるなら、ちゃんとオレの影を辿ってくれ……お前のことを助けてやれなくなる。選択するのは、お前次第だ」
──何時でも揺れてもいい、その分沢山悩んで、そして最後はオレの所へ
──堕ちてきてしまえばいい。




