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第三章 3話???

 蒼空……、蒼空何処にいるの?

 

 夜目が効く僕でも何も見えないくらい、暗くて黒い闇の中。

 僕にとって暗闇は、際も落ち着く場所だった。

  だけど最近は、優しい光が僕の隣に居たから、今は誰もいない独りに気づいてしまった。自分を見失いそうになるほど大きな影に覆われて、その影が僕にずっと付き纏っていた孤独感が、昔のように心の奥から滲み出てくる。

 

 あぁ、嗚呼! 光よ、僕の光よ。ねぇ、何処に居るの?

 ねぇ、僕を照らして。そして蒼空の傍に戻る帰り道へと導いて欲しい。

 他にも帰る場所がある? そんなはずは無い。僕の帰る場所は、蒼空の傍だけだ。

 なら、他に僕は何処に帰ればいいの。森? それとも、家族(・・)の所?

 違う。

 

 この森はいつ僕を裏切るか分からない。家族(・・)なんて……ハッ、笑えるよ。

 僕をここに追いやったのは、紛れもなくその家族(・・)なんだから。


 ねぇね、僕。うん、そうだよ僕。僕は孤独には慣れているよね?

 大丈夫。蒼空が迎えに来てくれるまで、この静寂に耐えていればいい。

 僕を包む光の存在を知ってしまえば、何時間も、何日も、何年だって待っていよう。少し肌寒くなるかもしれないけど、信じる心は神の信教──そうだよね?

 蒼空は僕を裏切らないと信じているよ。大丈夫、これは僕が死ぬまでの束縛。その後は青空へと自由に羽ばたいて。

 

 虚無の中を突っ立っていると、足元に冷たい霧が漂う。その霧はムクムクと沸き立ち、僕を呑もうと膨れる。

 それには僕も危機感を感じた。浸り、汗が伝った。

 ああ、これはダメ。また僕の心を凍らせるの? 漸く溶けたのに。

 あの温もりを知ってしまえば、心が暖かくなることが幸せだと気づけたのに!

 

 ──嫌な予感がする。

 

 今まで通り耐えるだけじゃダメだ。抗わないと、僕の心をもう一度動かすために!!

  なんでもいい、この氷から抜け出せるのなら!


「蒼空! 蒼空、何処にいるの?」

「お願い。いかないで!」

「ダメ、絶対ダメ! 許さない……いや、大丈夫。蒼空は戻ってくる、信じよう」


 情緒不安定に激しく感情が揺れ動く。期待、不安。絶望、希望。

  その思いを何度も、何度も何度も繰り返す。バキ、バキッ、と凍る身体を無理やり動かそうと、自身を傷つけて一生懸命足掻いた。

 封じさせない、僕を酔わせる感情達を。仕舞い込むのは──希望も絶望も全て最後まで味わったあとだ──。




 バチリ。電流が回ったかのように飛び起きる。

 身体の体温が今までにないくらい向上して、汗で肌が潤い滴る。

 ベッタリと張り付く髪も服も、今は目がいかない。

 唯、感じるのは目が覚めても止まない孤独感、それだけ。

 どうして? どうして、蒼空が何処にもいないの?


 人の気配の無い家。感じる音は、浅い僕の呼吸音とバクバクと痛めつける心臓の悲鳴。

 居ない。何処にも、部屋にも!

 生まれからか、異常なほど人の気配に過敏だった。だから、今なにも感じないことにこれ以上ないほど焦りを抱く。

 張り付いては乱れた服を整えないまま、自身の部屋から飛び出して二階へ繋がる階段を駆ける。

 ノックは二回。焦りで叩きつけるように訪ねたが、扉の外は無音。取手を捻れば簡単に扉は開き、中はがらんどう。


「光石! おい、何処だよ! 今すぐ、僕の命に応じろ、そして蒼空の場所を示せ!」


 いつもと違う強い語尾には、威圧感を与える。それは威厳を持ち、 指揮を執る者のそれで、何者も従わせる力があった。

 彼の命の通り、光石が一瞬キラリと光。それだけで隅に転がっていた光石を見つけ、ガッと鷲掴む。

 光石を手にすると、彼の足先は迷いなく進み始める。歩みに合わせて、石の光も強弱に輝き出した。

 階段をおり向かう先は外の世界へ、玄関の扉を開けると空から月は姿を消していた。

 森はどこに木があるのか判別できない程いつも以上に真っ暗で、一歩もその黒に足を踏み入れられない。見えない壁に阻まれているようで、先程までの調子はどこへやったのか、身体がピクリともせず微動だにしない。違う動こうとしていない。


 この状況はまるでさっき見た夢のようで、現実に戻ってきても僕はまた──黒い暗い独り。 

  また夢の時のように耐えればいい? 待っていたら、蒼空は帰ってくる?

 探しに行った方が早いと普通は思うだろう……けど、僕はこの一歩を踏み出せるのかな? 自ら影の中に身体を放り込むなんて、無謀だ。だってほら、僕の敵だよ? ──




 ──昔僕に仕えていた人は、森で影に襲われたと言った。それ以降、僕の場所を訪れる人が減ったのは事実。そして僕は、本当に独りになった。

 当時その人の話によると、僕宛に食料を届けた夜の帰り道。それを届けた使用人は森の中で重傷を負い、怪物に襲われたという証言を残して、死にかけの状態で帰ってきたと伝えられた。それが一人目。


 ──そして一人目の次に送られた二人目の使用人は森の中に囚われた。帰ってくるまで一週間の時を掛けた。暗闇の中で精神が崩壊し、今は仕事を辞めて家の中で閉じ篭っている。


──三人目の騎士は、怪奇現象を目撃した。森の中道に彷徨い、たどり着いたのはとある泉だった。長時間歩いた影響か喉が渇き、水を飲もうと泉を覗き込んだ時に、黒い水に写りこんだ自分に戦慄する。それ以降、狂人のように否定を叫ぶ騎士は夜明けにやっと森から抜け出せた。その帰り道に通りかかった路地裏で、血まみれで倒れている誰かの死体を発見した。刺殺だった、犯人はまだ見つかっていないが、その死体を目撃した騎士は次の日、どういうわけか突然逃走した。何から逃げていたのか、理由は分からないまま逃げ回る騎士を捕え、調査した結果、その騎士は裏で多岐にわたる違法行為を働いていた。


 ──そして四人目は、僕とは全く無関係の村の老人。その老人は不治の病を背負っていた。 病気を改善しようと尽力していた老人は、神の食事に目が眩んだのか立ち入りを禁止されている森の中に忍び込み、ウルの実を手にした。だがそれを口にした瞬間、その老人は他界した。死因は判明しておらず、何も分からず死んだ。


 一人目の時、森に怪物が居ると都内に噂が広がった。

 二人目で、神聖な森が呪われた場所に変わってしまっていたことが実証される。

 三人目の騎士が否定を続ける時発した譫言を、皆信じ教えとなった。

 四人目、この森をおかしくしたのは僕だと民は僕を恐れ、僕はこの森に閉じ込められた(逃げ込んだ)


 僕が訪れてから森全体を覆う影が現れ、神聖さに溢れた場所は僕の呪いによって腐ってしまった。それも全部、僕が呪われてしまった所為。

 僕はじわじわと、森や僕自身が侵食される度に感じていた。


 ──次は、僕の番だと。


 でもそれは、ずっと前から覚悟していた。

 だけど、どうしよう。僕の呪いの所為で、蒼空の身に危険があったら!

 それこそ、後僅かな命でも生きる希望が無くなる。人として生きている心地を失う。

 何より怖いのが、蒼空が戻ってこないこと。


 それは森の影響ではなく、僕を恐れて去ってしまっていないかの不安。

 ウルの実を蒼空に与えてから、蒼空とは少し距離が生まれた気がした。可笑しい、あんなにも美味しそうに食べていたはず。ウルの実に、身を食されるのは 不純な心を持っている人だけなのに。

  きっと他に別の理由があるはずだ。例えば、影か……。

  蒼空の顔つきは悪く、お昼に一緒にいる時たまに上の空な時があった。

 僕はいつも夜は眠気に襲われてしまっているから知らなかったが、ここ暫く蒼空は眠れていないのだろう。

 悪夢を見ているのだろうか、僕の呪いが蒼空を苦しませているのかな。

 

 夜の森が怖い、今此処は呪い()の無法地帯だ。蒼空を探しに行ったとしても、そこに蒼空が居なかったらと考えるのが恐ろしい。

 信じないと……、お願い。お願いお願いお願いお願いお願い!

 

「蒼空……! 蒼空! 僕の所に帰ってきてよ!」


 夜の風が吹く。冷たい風が、僕の肌を通って心臓に届いているようなヒヤリと心が凍る。

 あぁ、夢で見た通りだ。信じないと、孤独に負けないように。

 寒さで、心臓を刺すような痛みが走る。耐えるよう唇を噛み締め、扉に背を預けしゃがみ込む。

 自身の冷たい体温では氷を溶かすことは出来ないが、あの光の温もりを思い出して全体を覆うように身体を丸める。

 影が広がる視界に、影が笑っているかのように思考は幻覚を生み出す。黒を見続けると、変に悪い思考へと向かっていく。それが 錯視だとして、不安は強まる。

 影が段々と人の形を象っているのように思えて、大勢の人が僕を呼び指して笑っているんだと過剰に思い込みが始めり、脳はその状況を生み出すため幻覚を見せる。

 ギュッ、と瞼を強く瞑り、視界を閉ざすが脳は音の幻聴まで作り出した。嘲笑だ、高い音が耳に入り僕を痛めつける。

 頭がフラフラと、重くなり耐えきれず膝に額を押し当てた。


「どうしてケイラくんがここに……」


 沢山の雑音の中、一つのソプラノを捉え、脳に届き僕は悪夢から目覚めることが出来た。


 ……あ、帰ってきた。

 ほんとうに? ──ほんとうに! 蒼空が僕の所へ帰ってきてくれた!!!


 ぶわぁっと、心を閉ざそうとしていた冷たさが、興奮で急上昇し熱で溶けていく。

 信じて、そして願いは届けられた。

 始めてだった、期待が成功したことが。それだけで僕は、覚醒していく。

 もう大丈夫だ、もう大丈夫だよ僕。蒼空は帰ってきてくれた、だから次は僕が強くなる番だ。

 消えない信頼を知ってしまえば、なにも怖いものが無くなった。僕はもう、恐れたりしない。

 

 氷が全て溶ける前に、蒼空に聞きたいことが沢山ある。

 嗚呼、それじゃぁ、信頼の証に互いの事を知っていこう? 僕はもう蒼空に何も隠さない、全部知って受け入れて欲しいんだ。

 蒼空が僕ことを信じてくれるように、僕頑張るね。

 酔いが回ったように、頭がまたフラフラと目眩を起こすけど、その酔いすら気持ちがいい。クラクラして、今はこの幸福に浸っていたい。




 

 あ゛あ゛、なのに! 眠気が僕の邪魔をする、またあの暗い夢に返そうとするのか? 黒い夢──家族が僕をこの森へ追いやった時のように、全て奪っていくんだろ! 独りの夢なんて見たくない!

 嫌だ、僕は起きている。この時間を死のように眠り続けていたくない! 幸せを、今を起きているんだ!


 だけど、どうして僕はこうもあっさり負けてしまうんだ……! やっと、決めたはずなのに! 早く、早く! 強くならなければ、蒼空がどこかへ行ってしまう。

 蒼空と二人の時間を共に過ごすために、邪魔者は排除しないと。



 ***



 あの後結局寝てしまい、静かな暗い自室でまた独り目を覚ました。

 蒼空の気配は感じるものの、不安になりある程度見た目を整えたあと自室を出て階段を上る。

 階段を上る時、足元が心做しかふらついた気がしたが、早く蒼空に会いたい衝動で爪先に力を入れて、転倒しないよう耐えてその場に踏み止まる。

 最後の段を登りきり、蒼空の部屋の前に立つが中は物静かだ。まだ寝ている? それとも、居ない? いや、そんなはずは無いと、蒼空の優しい気配を身に一心に感じながら、三度軽く扉を叩き蒼空に呼びかける。

 昨日の後だからかやけに不安は消えず、断りを入れて取手を捻ると、扉は簡単に僕を招き入れた。不用心だなと思いながらも、僕は部屋に踏み入れた。

 部屋に入ると、布団に丸まった小さな生き物が目が入る。スゥ、と気持ちよさそうに聞こえるか聞こえないかくらいの吐息が気になって、その生き物に近づく。

 本当は蒼空が居ることを確認してすぐ帰ろうとしたものの、布団から覗く微笑ましい寝顔に魅入る。怒られるだろうなと覚悟しながらも、動こうともしないでじー、と寝顔を眺めている。

 流石に見すぎてしまったのか、寝返りを打たれた挙句そっぽを向かれて、僕は拗ねたような気持ちになる。

 ──少しくらい意地悪してもいいよね?




 僕のいたずらは大成功に終わった。あの後飛び起きた蒼空に満足していると、部屋に勝手に入ったことより、違うことで蒼空に叱られた。

 その事に更に蒼空の優しさを知って、そして愛らしくなった。なんて伝えたらまた怒ってしまいそうだと、クスクスと内心楽しくなる。


 嗚呼でも、蒼空の話によると、どうやら僕は熱を出したらしい。

 らしいと言っているのは、僕にはその実感がないからだ。

 このふわふわと心地よい酔いが、熱なんて。幸せで浮かれているだけだと思うんだけどな〜。蒼空の顔が面白いくらい顔が青くなるから、今は大人しくしているけども。

 蒼空はどうしても僕をベットで眠りつけさせたいようだけど、僕はそうは簡単にいかない。

 決めたから、僕は独りで寝ないって。蒼空がどこか行ってないかと、不安で全く寝付けないよ。そんな僕は、蒼空の目には子供のように写ってるだろうね。

 確かに僕は見た目も心も幼いままだけど、それは呪いが僕の時を止めてるからで、実際はかなりの年月が過ぎている。この森にいると体感が狂い過ぎて、正確には覚えていないけど、もしかしたら蒼空よりも年上だったりして? 蒼空を甘やかせるなら、それもいいな。




 我儘に、蒼空にお願いしているのは分かっている。だから蒼空が部屋から去った時、呆れられたかなと怖くなった。だけど蒼空は両手でトレーを持ってきて戻ってきた。その上に置かれていた、蒼空が作ってくれた食事を喉に通す。

 食べやすいサイズに切られた食事に、蒼空の優しい気遣いを感じられてまた幸せに浸かる。

 蒼空が食事を作るようになってから、僕は普通を思い出す。蒼空の食事がどれも美味しく、今まで果物で過していた過去の自分を嘲笑ってしまいそうだ。可哀想に。

 もう蒼空の食事じゃないとダメかもなんて、冗談ではない。本当にそう思えた。昔は普通じゃ食べられない程の高価な食事を食べていたかもしれないが、それとは比べられないほど好きな人の料理は別物のように特別だ。幸せを噛み締めていると視線を感じて、視線の方向へと目を向ければ丸々とパッチリとした瞳と目線が合う。その事がもっともっと愛しく感じた。


 蒼空は本当に僕をダメにしていくよね、甘えたくなってしまう。これは、他の人に渡したくないな、僕だけの特別がいい。

 それで何となく、蒼空に他の兄弟は居るのか尋ねていると思いかげぬ言葉が返ってきた。

 ふーん……。一個下の幼なじみ、ね。血の繋がっていないようだけど、姉弟のように仲がいいってことは、男か。

 危険だな……、他の情報を聞き出そうとしたけど、残念ながら蒼空は話してくれなかったや、ちぇ。


 どうしても僕のことを寝かせたい蒼空は、粘る僕に蒼空はとある物を取りに部屋から離れ、その後すぐに戻ってきた。

 そして幼い頃僕が好きだった絵本を取りだした。まさか、この本までも運ばれていたとは。使用人達は優秀だなっと、軽く鼻で笑った。皮肉も含めて。


 まぁ結果、こんな幸せな事が起きているからよくやったと褒めてあげてもいいね。

 蒼空が奏でる話は、とても優しい音色だ。耳によく透き通り、眼前に絵本の内容が目に浮かぶようだ。つい、心が踊りはしゃいでしまう。蒼空の好きなことが知れたのが、一番嬉しいよ! ほら、今だって蒼空は頬を紅潮させ柔らかい笑みを浮かべている。喜びで満面の笑顔で、僕まで嬉しくなった。此処は、世界で一番幸せな場所だよ。


 だけどふと、この絵本の内容について考える。幼い僕はこの本を気に入っていたけど、今聞けば少し思う節がある。蒼空の読み聞かせは、そりゃもう完璧だよ。

 でも話の内容が、僕は少し修正したいかな。だって少年が傍に居たいのは、夜空ではなく青い空だ。どうにか、青い空のままで少年とずっと一緒に居られないのか? それに何故月と一緒なの?


 そうこう悩んでいたが読み聞かせが終わると僕の思考はパッと消して、幼い僕が好きだった所を蒼空と語り合う。まぁいっか、蒼空の読み聞かせを聞ければ内容なんてなんでもいいや。さて、次はどんな話を聞かせてもらおう?




 漸くして、蒼空が先に折れた。僕の粘り勝ちだ。

 流石に駄々を捏ね過ぎたが、それでも蒼空は僕を見限らず寄り添ってくれた。その事に尚更甘えてしまいそうだ。

 意地悪を言いすぎたから、蒼空に悲しい顔をさせてしまったことには心が痛むけど……やっと捕まえた!

 嗚呼、嗚呼! 今日は特別な夜になりそうだ。次もまたお願いすることは難しいかな? 機会があったら、もう一度一緒に添い寝しようね、蒼空。

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