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第三章 15話 戯れ事

「お前が夢で見た人物は、昔のケイラの特徴と一致しているから間違いないだろう」


 二人して思考の海に沈んでいると答えを見つけたのか、スカーが先に目線を上げる。

 そして冒頭のことを述べた。だけど、その後また頭を俯かせて額に左手を当て、悩ましげに話を続けた。


「だけど、妙だな? あの泉が過去を映すものだから試しに落としてみたが、夢を見るという話は聞いたことない。それに……」

「まって? スカー、その試してみようで私を泉に落としたの!?」

「あ、やば」


 聞き捨てならない言葉に、私は即座にスカーの説明に割って入る。

 スカーから出た言葉は表情にも浮かんでいて、隠し事をバレた子供よりもタチの悪い。

 お試しで人を殺めかけたの!? 普通、泉に落とされたら溺れる危険があるはずだ。

 というか、「全て知っていた。」や「影から見ていた」と言っていた気がするけど、経緯を辿って見れば私を落とした元凶ではないか!


「いや、その可能性も配慮してオレがお前を泉から引きあげた!そしてあいつの所へしっかりと帰したじゃないか! あの泉に手を突っ込んで、助けたオレにむしろ感謝して欲しいくらいだ!」

「突き落とした人が言う台詞じゃありません! それに、突然泉の上に落とされてびっくりしたんだから!」

「……悪かった。でも、だって効果はあっただろ……ですよね?」


 悪かったと言いつつも、言い訳のようなことを抜かし始めたスカーに圧をかけつつ考える。

 でも、どうやって泉の上に私を落としたのだろうか謎だ。前から思っていたけど、スカーはただならぬ力を持っているようだし、超能力に近いことをしたのだろうか。

 それと確かに、認めたくは無いけども、お陰で過去のピースを手に入れられた。この泉以降、あの夢達を見始めたのも事実。


「いや、それがだな……。あの泉は過去を映し懺悔をする場所だったが、先程も言ったように夢とは無関係なんだ」

「あれか? 泉に落としたせいだからか?」


 一旦スカーの頭を軽く叩いて、その考えに私も一理あるなと納得する。

 でも思考を深めていくうちにあの夜のことを考えてゾクリと体が震えた。思えば、私は泉に過去が映らなかった。

 その時は、本意では無いが花を選んでいた時に、泉の近くに私は立っていたから泉に自然と視線が通り、水の中を覗いてしまった。泉の奥深くは黒く荒んで、底が見えない恐怖を抱いた。

 でもその底が、私の過去だとするとやはり記憶は黒く塗りつぶされていたとなる。


「……。ひとまず、この話はまたあとにしよう。頭痛くなってきたし帰るか」

「あ、そうだね」

「オレのことを知りたいなら、また夜会いに来てくれ。お前には知る権利がある、 だからもう一度考え直せ」


 スカーはそう言って、私に左手を差し出した。

 掴めってことだろう。口頭で伝えてくれてもいいのに、素直じゃないとでもいうのかな?

 いつも私の掌には、ケイラくんやスカーの手が置いてあるので、寂しいと思ってしまってる私も、この行為に満更ではないけども。

 でも今回は違った。


 いつものようにスカーの掌に左手を置こうとしたが、その前に差し伸ばした私の手首を掴んで、あの時のように私を宙に吊らした。

 私はじぃとスカーを眺めて返事をしたが、その反応に面白くなかったのかつまらなそうに地に足を帰してくれた。

 前も思ったけどこの体制、爪先立ちで足がフラフラと身体のバランスが崩しそうになって、スカーの手に縋らないと保てないから辛い。私より身長が高いスカーを恨めしく思う。


「はぁ、つまんないな。縋ってくれたらいいのに、甘くないな」

「勝手に人を玩具にするのやめてよ、スカー」

「やだ、お前を揶揄うのがオレの仕事。ククッ……辞められるわけないだろう? こんな面白いことを」

「そんなお仕事はありませんし、全く面白くないから!」

「オレが許してるからいいの、これも契約の内の一つだ!」


 その言葉に私は辟易したのを察したのか、ふんと鼻を鳴らして手を二回叩く。

 その時、頭が酔いが周り目が回り、一体この数秒で何が起きたのか現状を上手く把握出来なかった。


「あらら、あの時は酔わなかったのにどうしたんだ? ほら、顔を上げろよ。見て驚くな?」


 スカーに言われるがまま、その時俯いてしまった顔を上げて状況を理解した。

 泉に居たはずの場所は、一瞬で家の前まで来ていた。


「ど、どうゆうこと!?」

「これが前、お前にした影移動だ」

「影移動……?」

「下を見てみろ」


 私は足元に視線を向けると、黒い泉の上に立っていた。正確には、影だった。

 影は大きな水溜まりのように広がり、慌ててその影から離れたら自身の人影が私の後を追って来たことに安心した。

 でも、この状況が未だよく分かっていない。

 そんな私を楽しげにスカーが笑い、またしても手を二回叩いた。


「この影は、他の影と繋がっている扉のようなものだ」

「どこでもドア……」

「コホン。それは何か知らないが、違う。影移動だ!」


 スカーの説明を、他の物で例えるとストンと納得が言って仕組みを理解した。

 スカーが両手でパタンと手を叩いて閉ざすと、その影はスカーの人影へ象って彼の元へ戻った。


「どうだ! この完璧な人影、いかにも人間と同じように見えるだろ?」

「なんか意味が違う気もしれないけど、そうだね?」

  「まぁ、この影もオレの一部であるし、飾りみたいなものだけどしっかり着飾らないとな」


 相槌を返したけど、私は意味が全くもって分かっていない。

 スカーにとってファッションってことなのかな? うーん……?

 まぁ、突然目の前が泉になった理由はわかった。私は気付かぬ間に、スカーによって影移動? をしていたってことかな。

 今移動したのは一瞬だったけど、私はかなりの時間、左側の道のりを走っていたはず。


「ふっふー、それは影晦ましだ!」

「おお〜、ならその影晦ましとは何か教えて欲しいな」


 子供の相手をするようおだててスカーの対応をする。私よりも身長が高くても、まだそういう技名をつけたい年頃なのかな、分からなくもないけど。

 あと私の心を、あたかも普通に読むのはやめてほしいです。


「簡単に言うなら幻覚を見せるだ!」

「説明ありがとうね」


 なるほど、私は幻覚を見せて左ではなく右の道へ散々歩かされたのか。多分、そうなのではないかと考察していく。

 私も左だと思って右の道行ってるとは、段々と悲しくなってきた。そして泉から引きあげたあと、私を影移動でケイラくんの所へ送ったってことかな。


「そうだ、大体あっている!」

「付け足すなら……幻覚で道を変えただけなのに迷って辿り着く気配がないお前に、オレが影移動で泉の目の前に移動させてあげた」


 褒めてほしそうに見つめてくるけども、スカーが行ったことは全く褒められるようなことでは無い。

 何気、さらっと貶されたし。元々私は方向音痴じゃなかった、この事は記憶がなくても私は確信している!

 だから、迷ったのは見知らぬ道だったからしょうがない……。スカーと泉に行く時は、泉までの道はきちんと道が作られていたから、辿るだけで簡単に着くとしても初めてだったから仕方ない!


「そうだな、その幻でもしっかり一本道だったんだけどな。まさか、最初の一歩で道を踏み外すとはあれは面白かった!」

「そ、それは! 怪物(・・)に追われて、道へと意識がいかないくらい必死に走っていたからです!」

「あ! こいつらの所為にする気か? 可哀想だろう?」

「ひえ!?」


 気付かぬうちにあの時の怪物(・・)がスカーを囲っていた。それも一体ではなくて複数。

 本当にいつの間に!?


「嗚呼、別に襲ったりしない。こいつらには、オレの意思でしか動かないからな。自我などない。」

「それと、怪物って認識じゃ不憫だろう。とりあえず、こいつらのことは影狼とでも呼んどいてくれ」


 スカーの言う通り、その影狼の鋭い目つきに感情が宿っていなく、無機質のようで不安になる。


「触ってみるか?」

「えっと……失礼します」


 スカーの言葉に頷き、そおっと毛並みに右手を当てた。

 ──モフッ


 刺々しいと思っていた毛並みは、思っていた以上に柔らかく優しかった。冷たいけど確かに生を感じられる体温がそこにはあった。

 その流れで私は不躾ながらも、毛並み越しに耳を当てるとトクトクと一拍一拍ほのかに打つ心臓の音を聞き取る。

 トクトク、と心地よく打つ音に、私はホッと胸を撫で下ろす。


「大胆だな」

「!?」


 影狼と二人だけの世界を作っていると、横から声が聞こえ心臓が跳ね上がる。それに、それこそ不躾な発言で顔が真っ赤になる。

 スカーは口をヒューと笛を鳴らして、その顔は口角を上げてニヤついてて酷いものだ。見ていられない。


「前から思っていたけど、オレへの扱い冷たくないか? 泣いてしまう」

「なら、もう少し可愛げを身につけてきて出直してきてください!」


 パタパタ右手を仰いでも紅が治まらない顔を隠すように背け、今度こそスカーに置き去って家の扉を開けた。

 扉が閉じようとした時、私へスカーが言葉を投げかける。私はチラリとスカーに向き直り言葉を返す。


「おやすみ、蒼空また明日。」

「……、スカーもおやすみなさい」


 風によって扉が一人出に締まり、私はその音を聞いて後ろ手に鍵をかけた。閉ざされた扉に、背中を置き全身を支えてもらってなんとか立っていられる。しばらくの間、扉から身体を動かせなかった。


 嗚呼、でも嬉しいな。

 あんな酷い裏切りをしたのに、スカーはまだ私の事を助けてくれる気なんだと、罪悪感を抱きながらも、やはり心は安堵をしてしまっていた。


 ──スカーは雰囲気に流されているが、彼の家も此処なことを二人して忘れて、互いに別れを告げていた。



 ***



 部屋へ戻る前に、ケイラくんの様子を見に彼の部屋へ向かう。扉の前に立つと、寝てると思っているけど念の為ノックと声かけをしてみたけど返事は無い。

 返事のない静けさに、寂しさが急上昇する。寝ていることに安心するべきか、不安になるべきか。

 いや、目を覚まないことに不安に胸が埋め尽くされる。かといって、起こそうと気にもならない。


「ケイラくん入るね……、っえ?」


 そおっと扉を少し開けると、暗闇から手が伸びてきて深淵に引き摺り込まれる。

 真っ暗な視界に、温もりに包まれていることだけを強く意識させた。


「ケ、ケイラくん?」

「……。」


 私と向き合うように閉じこめる両腕にそう問うと、その両腕はさらに強く私を締め付け、私の思考は確信に変わった。

 顔を上げて正体を確かめたいが、強い力で抱きしめられ、目の前の肩に顔を埋めてしまい身動きが取れない。

 じっと大人しく閉じ込められていると、私を包み込んでいた両腕の片腕が動き出し、囲いが緩くなる。その片腕は私の顎下に手を置き優しく持ち上げる。

 そこで、暗い環境で夜目に慣れた私の瞳と目線が絡んだ、気がした。やはり暗くて見えづらいから、確証は無いけど。


「うん、僕、僕だよ蒼空。おはよう」


 先程おやすみと交わした後に、この時間にすることのない挨拶をするケイラくんにパッチリと黒目が丸くなる。

 よかった、ケイラくん目を覚ましたんだ! と喜んだのも束の間。この状況にどう収拾をする?


「悲しいな、ほんとうに悲しいよ。また僕を置いて外に出たんだね」

「そ、それは!」

「うん、わかってる。分かっているよ。僕のことを心配して、薬を探しに行ったんでしょ?」

「何故それを……!?」

「ふふっ、実は意識はあったんだ。起きれなかっただけで、よくある事だから独り言には気をつけてね?」


 僕に聞かれてもいいなら。

 スカーに続き、ケイラくんにも揶揄われ。どうやら、今のケイラくんは本調子のようだ。


「そういえば、雨大丈夫だった?今さっき起きたけど、外見たら酷く降っていたようだし。本当は探しに行こうと思ったけど、ごめんねまだ病み上がりで迎えに行けなかったよ」

「あ」


 ケイラくんは眉を下げ悲しそうな表情を浮かべながらも、それ以上に雨に濡れていない私を可笑しいと思ったのか、不思議そうに言われて気づく。──何時から雨は止んでいたのだろうか?

 言われるまで全く気づかなかった。

 気になりはするけども、申し訳ないけどこの話は流させてもらおう。深く触れられてしまえば、ボロを出してしまいそうだ。


「えっと、実はすぐ止んだの! だからあまり雨に濡れていないからすぐ乾いたのかな?あはは」

「そんなことよりもケイラくん、熱はどう? 落ち着いた?」

「んー、まだ体調悪いから蒼空もっと構って?」

「!? いけない、早くベットに戻ろ」


 私はケイラくんの腕から抜け出して、立ち上がろうとしたがキュッと強く抱かれて押さえ込まれた。

 どうしたんだろうと、また私は顔を上へ持ち上げて様子を下から伺った。


「あーあー! 嘘だよごめんね。熱はかなり下がったから!」

「でも、治ってはないんだよね?」


 蒼空の問にケイラは何も返さないのを見れば、答えは明白だろう。

 その反応に蒼空の顔の血を引き、どちらが患者か分からなくなる前にケイラは動き出した。


「わかったよ、ベッドに戻るよ。ごめんね、突然抱きしめちゃって、久々に体温が恋しかったんだ。ずっとベッドの温もりに浸かっていたから」

「んん、いいよ慣れたから」


 その言葉にケイラが次の瞳が、丸々と開かれる。蒼空は数秒遅れて、自身の発言に気恥しさで後悔した。


「そっか、ならたくさんしてもいいだね!」

「ちが、そうとは言ってない! それに、突然はやめてね!? 私の心が持たないから!」

「わかった、これからは事前に知らせるよ」


 私には受け入れるという選択以外に、何も無かった。私は、弱い……!

 ゲーム思考の脳は現実逃避を行いつつ、手はケイラくんのことを看病しようと動いていた。

 ベッドに体を沈ませるケイラくんに、布団を肩までかけてあげた。これは、この一週間で蒼空が見についていた行動だったから、ケイラはぽかんとまたしても唖然とされるがままだ。


「蒼空、また人をダメにすることをするね」

「ダメってなにケイラくん!? 不快にさせちゃった?」

「んん、嬉しいくらいかな」


 ケイラくんはずっと目をニコニコとさせ、大人しく布団に包まれた。

 一緒に寝ない、とまたしても誘われたけども、遠回しに断ると今回はあっさりと引いてくれた。

 名残惜しそうに私に手を振るケイラくんに、おやすみと挨拶し私はやっと部屋に戻った。今の時刻はあまり知りたくないけども、朝が近づいてきていることは間違いないだろう。




 蒼空が去った後扉の隙間から見えた廊下の影を見つめた。今は扉で閉ざされているが、扉越しにその影へケイラは睨みを効かせた。

 その視線は、太陽に向けたものと同じ嫌悪に近い鋭さだ。


「絶対に、お前なんかに蒼空は渡さないから……!」


 そして影に向けて呟く忠告は、独り言に近かったがそれはしっかりと影は聞き取った。

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