第三章 14話 溢れ涙
逃れるように後退って、ジリジリと土を靴の踵で引き摺る音が轟く。
蒼空がどんなに後ろへ引こうが、スカーは尋問するような言葉と共に追いかけてくる。たじろぐ蒼空に追い打ちをかけるように、スカーが蒼空の肩を抱きしっかりと確保した。距離が近いスカーの胸板を軽く叩いて抵抗してみるけど、押しても止まる気は無いようで更に顔を近づける。
「スカー離れて、距離近いよ……」
「はぁあ? 離れたら詰問の意味ないだろう?」
詰問に距離は近くなくてもいいでしょ、と内心思うけど口に出したら何をされるか分からないので閉口した。
距離の近さに威圧され、目線を逸らそうとするも目の前にスカーが広がりやり場に困る。
「それで? 聖女様はこんな暗い雨中に何処へ行こうとしてたのか?」
「街に、薬か医者を探しに行こうと……」
「でも、私一人じゃ辿り着けなかった。お願いスカー! ケイラくん酷い高熱なの、だから私を街へ連れて行って欲しい!」
思考をするように顎に左手を置くスカーの表情は、何色にも彩られなく反応も示さない。
問うて来たのはスカーのはずなのに、全て知っていたかのように冷静だ。
「ふーん……。無駄だな」
「どうして……!?」
「呪いに薬も何も効かないだろ。医者なんて専門違いだしな、動力の無駄だったな聖女様」
高熱は呪いから来ていたんだ……。じゃあ、彼は楽になれないの? 今も苦しんでいるというのに、見守ることしか出来ない。
落胆というより絶望に近い落ち込み具合な蒼空を知らず、スカーは帰るぞと蒼空の肩を押して急かす。
他の方法は、とスカーに聞いてもきっと答えは出てこない。
雨に感化されて悲痛に満ちた心に、ヒタリと一粒の雫に頭を冷やされる。その雫はすぐに私の頬に溶けて言ってしまったけど、私にとってはその一瞬でも閃いた。
──本当は私は知っている。彼を高熱から救い出す方法を。
──そして、それがスカーへの裏切りとなることも。
私の肩を抱えていた腕を払い、彼の胸板を両手で力強く突き放した。
積もりに溜まった不安がグラスから溢れ出る。その不安が零れ落ちて影を覆った。
目の前には驚愕で瞳孔を丸めるスカーの瞳に、鏡のこどく反射した私の表情も愕然としていた。そして突き放した影の手を、もう一度握ることは出来ないのだと悟った。
私が行った事は、完全にスカーに対する線引であり否定だ。境界線を超えた私は、スカーの知恵をもう借りれない。
「救いならある、呪いを癒す方法をスカーだって知っているでしょう? それなのに、教えてくれなかった!」
「蒼空、それは……」
「ケイラくん、とっても辛そうだった。私、やっぱり苦しんでいる人の前で自分のことばかり考えていられないよ」
「……!? お前、まさか」
「うん……、私の力でケイラくんが楽になれるなら助けてあげたい」
両手に力いっぱい込めて突き飛ばしたのに、距離が離れただけで蹌踉けもしていないスカーの表情は、怒りというよりも困惑と混乱としていた。眉を下げて、蒼空に伸ばした左手は慰めのようだったけど、一瞬思い悩んだのかその手は中途半端に止まる。
「お前に憎まれることは仕方ないと思ったし、それでもいいとも思った。契約が続行出来るなら……」
「でもお前は……あいつのとこへ行くのか? 元の世界は……!」
スカーの言う通り、花の命を奪った時私はスカーを憎んだし恨んだ……。その言葉が呪いとなり私は自分の心を守れた。でもそれは長く続かず、言い訳に過ぎなかった。スカーに命じられたのは確かだけど、奪ったのは私に変わりは無い。それを断れなかったのも私。
スカーと過ごすうちに、彼が段々と憎めなくなった。彼は皮肉を言って私を傷つけるけど、彼はそれが性分で善を知らない。スカーの言動がケイラくんと重なって、彼が時々行う気遣いが私の心を揺さぶっていた。
だけど今日は、スカーに私の気持ちは届かない。
二人で悲痛の表情を浮かべ、互いの気持ちは混じり合えない。その事を互いに認知し、スカーから乾いた笑いが零れる。
口元を右手で覆って隠そうとしても、色の違う双眸が私に傷ついたと訴える。左目は覗いてはならないほど漆黒さが深まり、右目の赤い光も重たい前髪によって影が差し、今は黒く塗り潰されているように見えて一瞬、ケイラくんかと内心動揺した。
「ハハ……オレはケイラの呪いだ。呪いとしてあいつを苦しめる。でもオレはあいつの影で、ケイラはオレの主でもあるんだ」
「……。」
「その本体が苦しいなら、影のオレだって今苦しんでるんだ!!」
「!?」
「それに、あいつのこと誰が今まで面倒見ていたと思っている!? 影で、家事をしていたのは全部オレなのに」
「え"!?」
段々と雲行きが怪しくなるほど、スカーとは思えない発言に私は三段階反応して目を張る。
外方に背けているその横顔は、唇の先を尖らせて不満を垂らしている。
癇癪を起こすような地団駄を踏む子供の幻覚がスカーと重なった。私はいつから保育士にでもなったのだろうかと、軽く現実逃避をした。
先程までの暗い雰囲気は消し飛んで、零れ落ちそうになった涙は引っ込んでしまった。どうゆうことでしょう。
スカーが語る話はこうだ。
ケイラくんと同様、スカーも熱なのか分からないけど、最後会った時以降ずっと具合が悪いのが今も続いていると。
そして、突然ケイラくんの保護者発言……? スカーと家事、想像もつかない組み合わせだと、先程の拒絶はどこへやら、そんなことを考えていた。
振り返ってみると、書庫は長いこと使ってないのか黴臭かったけど、日常に欠かせない場所はある程度使えるように整理整頓されており、埃もそこまで落ちていなかった。てっきりケイラくんが掃除していたのかなっと思っていたが、まさかスカーがやっていたんだ……!?
「オレの存在が居ないと……! まず呪いの制御なんて出来ないし、あいつが! ケイラが今も呪い殺されてないのはオレのお陰でもあるのに!!」
「ス、スカー? どうしたの!? え、と、えと……」
「それに! それに……!」
二人で事切れながら言葉を詰まらせ、顔を合わせてくれなかったスカーが向き直る。
「やっと、お前と分かり合えたと思ったのに……」
……。
…………。
………………?
スカーの述べる事に申し訳ないと思いながらも、分かり合えたとは? と疑問にまず思った。
確かに、スカーには色々と助けて貰った……はず。うん、希望となってくれた。
だけど、私にとってスカーはあまりにも謎が深く、今もスカーの考えがていることが分からない。
「あ! またそうやって、オレを裏切る!! 酷いじゃないか!」
「ひ、酷い!? ごごごめんね!?」
また脳内を流れるようにさらりと読まれたのか、訴えるスカーの勢いに押され、発する言葉が吃り始めて段々と対応に困ってきた。両手があわあわと行き場を失い、どうしようどうしよう!? と頭は混乱する。
あまりにもキャラ違い、というようにスカーが別人のように思えてきたが彼は正真正銘スカーだ。
幼子の相手をするようにとりあえず頭を撫でて落ち着かせてみるが、掴まれた右腕が強く握られて、痛いと思っても今は大人しく受け入れた。
「オレの何が信用出来ないんだ!」
「えっと……何を考えているか分からない、とこ?」
「……!!」
無意識に返していた言葉にスカーは反応して、フグのようにむくっと空気を頬張った。突くと風船のように割れてしまいそうな大きさだ。その仕草が、ケイラくんとそっくりで突き放つことも出来ず、つい蝶や花のように繊細に触れる。
正直に出会い方がなんというか悪かったのもあり、これまで脅迫地味た事も受けていたせいか、中々心を許せなかったのもあった。
「なら、オレが今! 考えていることを教えてあげるから、しっかり聞いてよ!まだ引き返せる……だから──」
「わ、わかった! その、ありがとう?」
最後の方はスカーの独り言に近く上手く私の耳に聞き届けられなかった為、変な返事をした自覚はある。だけどスカーは満足したようで、スカーの頭に乗せていた私の右手を掴み降ろして、スカーは私の手相をなぞったりと遊び始めた。擽ったいけど何も言えずにスカーの話に耳を傾ける。
「あいつは、ケイラは呪いの治療をするために、この森を訪れた客だった。」
「この森トータスは、元々聖域だったんだ。その話は聞いたことはあるか?」
私はこくりと頷き、脳裏で思考を回す。
初めの頃確かに、ケイラくんがそのような話をしていた。だけど此処が聖域だったなんて、そんなすごい場所がなぜ呪われてしまったのか、ケイラくんとスカーが関していることは明白だった。
「そこで、あいつが治療の為にした食事がウルの実だ」
「あの美味しい果実!?」
「嗚呼、そのクソ不味い果実だ」
「あれは神の食事と呼ばれているほど、聖力に満ちた食べ物だ。けど、あいつはその事を知らず禁忌を犯した」
禁忌……。あぁ、嫌な予感。聞きたくなくても、止めることは出来ない為受け入れる準備をした。それに、全てを知って受け入れていこうと覚悟をしている。
ケイラくんのことも、スカーのことも。無知とは一番無力な事だから。
「聖力と呪いの相対。交わらない力を二つも取り込んだケイラの体内で、ぐちゃぐちゃに敵対し争っている」
「何が、禁忌だったの……?」
「聖力と呪いの二つの力を持っている事だ。だから呪いを、毒を毒で制す事も出来ない、だから薬も治療も効果は得られないんだ」
「だから一応聖女でもあるお前が、傍に居てくれるだけでオレらは安らぐんだ」
一応……。その言葉に内心ズキリと傷ませながらも、ケイラくんが私の傍に居たい理由はそうだったのかと納得する。
それにスカーも、私を必要としていたんだ。多分、そう言っているはず……。違ったら恥ずかしいし、悲しいのでそうであって欲しい。
でもあぁ、傍に居るだけしか出来ないのは変わり無かった……。そこで、はたと思う。
先程私が閃いた通り、薬が無理なら聖力は結局どうなんだろう?
私は確かにスカーを突き放した。それは、聖力を使ってケイラくんを助けられると思ったから。
「スカー、私の力じゃケイラくんは救えないの?」
「お前っっ!! またっ!」
「分かってるよ……、この言っている意味がスカーを裏切ることだと」
「でも、これだけは聞きたいの」
「私がこの選択をすることで、呪いであるスカーはどうなっちゃうの?」
一番怖い問だった。ケイラくんを選んだことによって、スカーが苦しむなら私はどちらか選べるのだろうか。
ケイラくんも、スカーもどちらとも私は救われていた。どちらかを裏切ることになるなら、それ相応の考えが必要だ。
私にはどちらかを選ぶ時間が足りていない。それは、私の心が弱いから起きている事だと自認している。
スカーと契約した時彼は言った、呪いを解くことはスカーに対する宣戦布告だと。だけど呪いを解くのではなく、癒すことは許されないのだろうか?
「嗚呼、そうだ。聖女様があいつを選べばオレは死ぬ」
「っ……!?」
「──なんて、言えればよかったな」
「どうゆう、こと?」
「そうだな、癒すことは出来る。そしてそのことに、オレは害はない」
言葉を発した時に顔を下へ俯いていたスカーは、しばらくの沈痛の間の後顔を上げた。
瞳に睫毛の影が伸び、儚さを演出させる。
これ以上何も言いたくないというかのように唇を噛み締めたが、私の視線に気づき渋々という面持ちで口を開く。
「あーあ、後悔した」
「オレはあいつの呪いであるとは何度も言ってるが、オレはあいつを苦しめようと思って呪ってるわけではない」
「あいつの影が呪いによって具現化したのがオレで、呪いとは別だ。あいつの魂が分別したようなものに近いただのドッペルゲンガーだ」
「だから呪いの影響によって、オレだって痛いし辛いし苦しい……」
「呪いから救って欲しい。けど、もし呪いが解かれたらオレは消えてしまうんじゃないかって怖いんだよ……」
「だから、お前が聖力を使うことをオレは反対だ。どうしてなんだ……! 元の世界からまた一歩遠ざくことになるのは分かっているんだろう? それに」
「──せっかく、人に近付けたのに」
スカーは空へと左手を伸ばした。森に覆われているから空は見えないけども、その左手が森の奥を掴もうとしているように映った。
暗い景色の中、スカーの赤い片目がきらりと光った気がする。それは、何かを渇望しているような熱い光。
「スカーは、人になりたかったの……?」
「嗚呼、そうだよ。オレは元々悪魔に近い存在で、呪いとしての道具だ」
「あいつを呪うために憑けられた、影の怪物とでも言おうか?」
「お前も出会っただろう、オレの従者に」
その言葉で、確信に変わった。あの怪物がスカーの言う従者だ。やはり、怪物とスカーは関わりがあった。
だけど何故、スカーが怪物に私を追いかけさせたり泉に落とそうとしたのか? 落ちたのは私だけども、落とされたに近い。目の前が突然、泉の上になっていたなんてこと出来るのはスカー以外心当たりがない。
「なんで、あんなことを!?」
「ん? どんなことだ?」
「私を泉に落としたこと!」
「嗚呼、必要だったから」
「お前が記憶を取り戻すことに」
体が硬直する、全部スカーが仕組んでいたの?
記憶を取り戻すことに協力すると言っていたけど、スカーはなんのために? スカーにとって、メリットがあるように思えない。
私が見る夢は、スカーが操っていたの? ケイラくんの夢を見せたのもスカー?
「いいや、少し違うな。魔法はある程度操れるが、オレは主に影を操る怪物だ。そしてオレは夢を操ったことはない」
「だから、どうゆうことだ? あいつの夢って」
「その、ケイラくんの幼い頃の夢を見た気がするの。確証は無いけど、夢の人物はケイラくんだと思う」
「髪は白髪で瞳だって若草色だったけど。スカーが前言っていた話から、その人物は昔のケイラくんなんだよね?」
はぁぁ、と長いため息をついて、左手で目を覆って頭を抱えてるスカーの反応は、既に答えを出していた。
スカーが仕組んでは無いとすると、私がケイラくんの夢を見たのは偶然? いや、必然な気がする。偶然にしたってあまりにもタイミングがよかった。
──ならば、私に夢を見せているのは一体誰なの?




