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第三章 11話 眠る戦

 夢が霞む。遠くから私の名前を呼んでいる誰かの声。

 んん、でもまだ眠いからあともう少し……。

 穏やかな夢の中へ戻ろうとするけど、それを咎めるように何度も呼びかけられる。


「蒼空。蒼空、ねぇ起きて。起きてよ、お寝坊さん?」


 眠気で油断していた私に、突然耳元で囁かれた。肩がビクッとその声に反応して、飛び起きるように上体を起こした。

 目が合った私を呼びかけた張本人は、飛び起きた私に目をぱちくりと「びっくりしたよ」と言葉を零してクスッと微笑む。

 おどけた様子で、気分が絶好調といった彼に一言申したい。


「……!! びっくりしたのは私の方だよ!」


 何故、ケイラくんがここに!?

 いつもは居室で合流していたから、この場に居ないと思っていた訪問者に更に驚く。あと、寝顔を見られたことが少し恥ずかしくもなった。

 それに、あの夢を見た直後だ。気になって仕方ない。あの少年はケイラくんなのだろうか?

 普段の彼より幼ない顔つきだったから、あの夢の少年が前にスカーが話していた過去のケイラくんなの?

 突如、未練に蝕まれている私に落とされた二つの夢。それは、私の心を左右に揺らすには充分だった。


「どうしたの蒼空?」

「え!? あ、えっと……まだ寝ぼけてて」

「そっか、ふふ。ごめんね、一応ノックはしたんだけど蒼空の反応がなくて見に来ちゃったよ。もう夕方だしそろそろ起きないと、ね?」


 来ちゃった、ですか……。ケイラくんの距離の近さはもう慣れたものだ。それに起きていない私も悪い。

 だけど、もう夕方なんだ!? 窓がない家の中だと時間の感覚が分からなくなるけど、流石にあまりにも寝すぎてしまっている。

 深夜に寝たとしても夕方まで寝ていたなんて、不思議に思えてきた。人間は予定が何も無いと、どこまでも無限に眠れるのか。


「ふふっ飛び起きちゃって、蒼空耳弱いの?」

「次から気をつけるね」


 気遣うような言葉を発しているがニコニコ……、というよりニタニタに近い笑みで揶揄いを潜めている。

 そんな彼を嗜めるように、「おはよう」と昨日のことこそ夢かのように穏やかに挨拶を交わしたが、ケイラくんの息遣いは熱っぽく真っ赤な頬を見る限りまだ熱が下がっていないと伺える。

 ケイラくんを部屋へ帰そうと左手を掴むと、その熱が移ってしまいそうなほど高くて、私の顔は熱に反して青褪めていく。


「ケイラくん! こんな高熱で歩き回っちゃダメだよ!」

「え、熱?」

「早く部屋戻って、横になっていて!」

「蒼空? ……大丈夫だよ! それより、今日は一緒に何をしようか」

「今日のケイラくんはベッドで眠る予定です! ほら、私の手をしっかり握って部屋に戻ろう?」


 ケイラくんが嬉々とした様子で、私の右手を熱い彼の左手が掴む。遠足のように私の右手を掴んで追いかけるケイラくんに、私は弟が居たんだと錯覚を起こしていた。

 階段をゆっくりと一緒に降りていくが、ヒヤヒヤとした気持ちでケイラくんが一歩一歩足を降ろしていく様子を見守る。両手でケイラくんの両手を支える介護で、やっと心が落ち着いた。


 昨日ぶりのケイラくんの部屋に訪れ、そこでケイラくんが弟だと思っていたのは幻覚だと思い出した。芽生えていた母性は、ソワソワと落ち着かない気持ちに気を確かに戻す。チラッとケイラくんを見つめたが、交わった視線は昨日と変わらず熱の篭って陶酔している。彼の様子は、高熱に意識を奪われているだけだと思いたい……。やましいことは何もないはずだ。


「ケイラくん、私お水取ってくるね。他にも食べやすい朝食を用意してくるから少しだけ待っていて」

「蒼空行っちゃうの? ダメ、一緒にいよ」


 引き留めるように、後ろから腰に両手を回されて背中にケイラくんの頭をぐりぐりと押し付けられる。

 あまりに大胆な接触に驚き情けない声が漏れた。手を繋ぐことには慣れたが、これほど距離が近いと流石にケイラくんのことを意識せざる得ない。


「あ、あのぅ……ケイラくん、すぐ戻ってくるから。その……離れて欲しい、かな?」

「ゔゔ!」


 更に頭を強く押し付けられて、獣のような唸り声で返答される。

 どうしたものかと悩んでいると、私を覆っている力が弱々しく腕を降ろしベットに沈んでいく。


「あれ? あれ、蒼空おかしいよ。なんか今ね、頭とっても重いや……、どうして?」


 頭を押えてベッドに伏せているケイラくんに、ヒヤッと心が冷えた。

 ケイラくんごめん! と思いながら調理場にお水を取りに駆けつけ、他にも濡れたタオルを用意する。

 昨日の夜に、薬を探したが見当たらなく今の私に出来ることはここまでだ。

 部屋に戻りコップを手渡しするけど、一人で飲めているか心配だ。零してしまったら、すぐに拭く用のタオルを用意しなきゃ。

 行き過ぎたその心配は無用で、しっかりとした手つきで両手で持ってコップに口付け少しずつ水分補給をするケイラくんに目を伏せる。


「ありがとう蒼空」

「ケイラくん無理に喋らないで、ほらベッドに横になって安静にしていて」

「僕、全然無理してないよ? そんなことよりも、蒼空とお話出来ない方が辛いよ」


 ケイラくんが喋る度に心が抉られているようだ、今から朝食を用意しようとしていたからその言葉に申し訳なくなる。

 だけど、やめることはしない。ケイラくんが体調不良な今、栄養をしっかり取ってもらわないと!


「また! またすぐ戻ってくるから! ごめんね!」


 ささっとその場を後にして、早くケイラくんの元に戻るために朝食を用意しなきゃ、と焦燥感に駆られる。

 習慣となったケイラくんとの森の探検で、食材は色とりどりに揃ってきていてこの森の凄さを知った。

 ただ、動物は森には居なくて、川も森で見かけないから魚も同様、街なんて何処にあるか分からない。その為、お肉とかが食べられない事が少し苦だ。

 お水は無限に水道から出てきてくれるのは謎だけども、綺麗に透き通っていてとても美味しい水は、まるでオアシスのようで有難い。

 今日も今日とてサラダを作っていくが、そろそろ栄養の偏りに不安になってきた。

 食べやすいようにサラダや果物を1口サイズに切って、消化しやすく試みる。

 そして出来上がった朝食をトレーの上に置いて、零さぬように慎重に持ち上げて運び始める。


 蝋燭はいつもケイラくんがつけていたのか、今日は廊下に並ぶ蝋燭達に火が灯っておらず酷く長く感じる廊下だ。

 実際は居室からケイラくんの部屋はすぐそこだ。でも、暗闇に耐性がないのか私の脚は金槌のように足取りが重くなる。

 そういえば、スカーの方も大丈夫なのだろうか? ケイラくんと同様、彼も酷く体調が悪そうだった。

 今のケイラくんをほっとけないのもあって、すぐ会いに行けないけど熱が下がり次第すぐさま探しに行こう。

 もしかしたら、いつものように神出鬼没みたいにスカーがひょこっと顔を出して会いに来てくれるかもしれないし。

 暗い影に覆われた中で考えることはいつもスカーの事ばかりだと、思いながらも手元の朝食や足を転がさないよう気を配りながらゆっくり廊下の中を進んだ。




「蒼空って面倒見いいよね! 兄弟とかいるの? 」


 あの後私の分の朝食を持ってきて、静かにケイラくんが食事するのを見つめる。一緒に朝食を頂いていると、不意にケイラくんから話を振られた。

 私は一人っ子で、両親は既に他界していたことを、この間泉で思い出したところだ。

 面倒見がいいか……。それは多分、幼じみを弟のように思い姉弟のように共に育ったからだ。

 幼じみは一歳年下で、幼い彼はとても泣き虫だった。それで、彼を安心させるために一緒に手を繋いで歩いていた癖がまだ今も残っていたらしい。

 だけど思い返す度に、懐かしいって気持ちを思い出せないのは、叩き込むように入ってきた過去という知識だからだ。

 今日見た夢もそう。実際経験したはずなのに、過去を眺めている視点では、思い出のように感じられなかった。小説の文章を読むように過去の自分の人生を読んでいる読者のようで。

 そのストーリーにはまだ彼の姿は絵写されていないため、幼じみ達の顔は残念ながら分からない。けど、その(思い出)が大切な事に変わりない。そのストーリーは、主人公にとって大事なもの。


「そうだね。血は繋がっていないけど私には一個下の幼じみがいて、姉弟のように一緒に過ごしていたからかな!」

「へぇ……、その幼じみの話もっと僕に聞かせてよ!」

「それはケイラくんが熱を治ったら話すよ。朝食もちゃんと取れたしあとは安静に休むだけ!」


 ケイラくんは自分のペースに持っていくことが得意なのか、また流されてしまいそうになった。

 けど、ケイラくんの肩を優しく押し倒すと、あまり力は込めていないのに重量に従い、ふかふかのベッドに受け止められるケイラくんを見ればかなり熱が辛そうだ。

 ベットに戻されたことにケイラくんは気にせず、頬に空気を貯めてぷくりとした拗ねた表情をあからさまにする。


「えー、けちぃ!」

「熱が直ったらお話するって約束するから、熱を下げることを今は最優先にして」


 駄々っ子のように唇を尖らせるケイラくんをあやして、無意識に彼の長い前髪を左右に払い頭上を撫でていると、バチッと視線がぶつかった。出会った時から変わらない彼の黒曜の瞳のは、またしても光がどこかへ行ってしまっている事は見慣れた。

 最初は感情の分からない瞳に見つめられるとすぐたじろいでしまっていたけど、彼の明るい態度に絆されて今では気にしなくなっていた。


「えへへ、えへ、蒼空の看病してもらえて嬉しい。すぐ治っちゃいそう」


 破顔とした笑みで、私が彼の髪を撫でていた指に彼は左手を添える。触れた温もりが、私が気付かぬうちにケイラくんの頭を撫でていたことに気づかせた。

 そして、触れる彼の左手の温度が以前よりもすごい熱さになっていることを知らされる。咄嗟に私は彼に掴まれてる右手とは反対の手を、彼の額に当てる。


「ケ、ケイラくん! さっきより熱が上がっているよ! ほら、あまり無理しないで?」

「気の所為じゃない? 全然さっきよりふわふわとした気分だよ! 頭痛かった時はぐるぐる目が回っていたから!」


 ふわふわって全然大丈夫じゃなさそう!? 幻覚や目眩など大丈夫だろうか。

 眠る気配のないケイラに蒼空は気が気じゃなく、心配や不安などのネガティブな領域に囚われた。

 今の盤面で、疲労しているのは熱を出しているケイラではなく、顔は青を通り越して白くさせる蒼空の方が今にも心が折れそうな勢いだった。


「蒼空。じゃあその幼じみの話じゃなくていいから、もっと蒼空の話聞きたいな!」

「んん、ケイラくん寝よう? お願い、早く元気になって欲しいの」


 誠実にお願いする蒼空を前に、真っ当に受け入れたケイラは閉口した。不満とした暗い表情を浮かべて。

 だけど蒼空も、負けじとケイラを見つめ返し数秒の沈黙が続く。

 耐えきれないとでも言うかのように、口を開いたのはケイラだった。


「また、また僕一人で眠ったら、蒼空はどこかへ行ってしまうんでしょ?」


 蒼空はその言葉に返そうと口を開くが、何か言いたげに見つめるだけで唇を動かしては、すぐにきつく唇を噤む繰り返し。

 たしかにスカーの様子も見に行きたいという気持ちはあった。

 けど、今はケイラくんの傍に居る予定だったから何処にも行かないと答えてあげても良かった。でもその言葉を返してしまえば今後、夜の行事は出来なくなってしまう気がした。

 結局は後に、スカーに会いに行くからその約束はすぐ破られるだろう。


「ほら、やっぱりね。なんで夜、外へ出たがるか僕には分からないけど、僕は行かせたくない」

「危険だよ! それに隈ができるほど眠れていないのは蒼空の方じゃないか!」

「心配しているのは僕も同じだよ! 次こそは蒼空が帰ってこないんじゃないかと考える度に怖いんだ」


 だから僕は寝ない。蒼空と一緒に起きている。

 それは監視するとでも言われているようで、酷く驚いた。解釈の仕方はとても悪いが、私にはそう言っているようにしか聞こえなかった。

 だが、どういうわけか悪い気はしない。彼は本当に私の心配をしているだけなのだから。

 私の指に触れていた彼の左手を手の空いた自身の左手で包み込む。


「私はケイラくんが熱が下がるまでは傍にいるよ。 今は本当にその気持ちでいる」


 信じて欲しい。この言葉は紛うことなき本心だから。


「ずっと?」

「ずっとは、流石にダメかな……?」


「んー、わかった今はその心を信じるよ。でもいつか理由、教えてもらうからね」

「うん、その時が来たら全部ケイラくんに伝えるよ」


 よし、これでやっとケイラくんが安眠できる。

 この調子で熱もあまり時間が経たず、あっという間に治ってくれていたら嬉しいな。


「じゃあ、ケイラくんおやすみなさい」

「? なにいってるの? 蒼空も一緒に寝るんだよ」


 彼は心の底から不思議そうに言葉を紡いで、発した言葉には疑問符などなかった。

 決まりきったことを言うような、強制を含んだ言い分。

 ここまでが第一回目の争いの結果、勝敗は私の勝ちで終わった多分。

 あぁでもまた、第二回目の譲れない戦争が起きそうな予感……。


 《蒼空VSケイラ》

 [メインクエスト発生! ]

 [難易度★★★★★ケイラくんを寝かしつけよう! ]


 といったところだろうか。

 我ながら、難易度高すぎないか? 無事にケイラくんが、眠ってくれることを祈ろう。

 そうして、どこからか戦いの鐘が鳴り渡った。

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