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第三章 9話 悟る心

 あの劇的な夜から二日、三日、そして四日目と深更を過ごした。

 私の手元には生気を失いぐったりと横たわっている花……。この光景を既に幾度となく見届けてしまっていた。


「上達してきたな」


 遠くからその様子を観察していたスカーは、未だ行為に慣れず虚ける少女の左腕を引っ張り上げる。

 反応が鈍い少女の耳に、イタズラをするみたいに耳元で声を落として擽ってみせた。


「お目覚めだ、聖女サマ。急がないと夜が過ぎてしまう」

「あ、スカー……もうそんな時間なの?」

「嗚呼、そうだな。夢中に取り組んでもらえて、先生は嬉しいよ」


 スカーの戯れには慣れたのだろう、スルースキルを身につけた蒼空に効果は無い。

 最初は躊躇っていたこの行為が、今では日常となってしまった。だと言うのにケイラくんと過ごす日も、恐ろしいほど何も変わらず穏やかだ。


 あの出来事から日が経つ度に、数え切れないほどの生命が私の掌の上で犠牲となった。

 毎晩スカーに繰り出されているからか、まともに睡眠を取った記憶が無いな……、あの太陽の夢がとても恋しい。

 この行いをする度、全身が重くなって意識が霞む。あぁ、疲れた。


「スカー、帰ろう? ケイラくん起きちゃうよ」

「……あははっ! いやあ、この事をあいつが知ったら、どうな気持ちを抱くだろうな?」

「……? 知られちゃいけないんじゃ?」


 それが、スカーが出した契約の条件の一つなのにおかしなことを言う。思わず、スカーを擬視するがスカーにとってその視線は痛くも痒くもない。


「フッそんなに疑いの目で向けられてしまうとは……。大丈夫だ、契約はそのまま変わらない」

「けど、気づかないか?」


 何か変わりでもあっただろうか? 至って、いつも通りに過ごしていたはずだ。

 スカーの言葉に私は全くもって心当たりがなくて、質疑した。


「ククッ、お前……ずっとオレのことスカーって最初から呼んでるよな。」

「初日はあいつに呼び捨ては慣れてないって。だからか、オレに自ずとそう呼んでいるのがとても愉快でな」


 確かに……、スカーに追及されるまで無意識に呼んでいたから気づかなかった。

 どうしてなんだろう? 初めて名前を呼び捨てしたけど、スカーにはあまりに躊躇いがなく自然と発していた。

 無性に口惜しくて、気にしていないふりをする。


「そうですね、スカーさん。早く行きますよ、夜が過ぎてしまうので」

「減らず口なのはこの口か? よくないな、認めてくれよ?」

「はにゃひて!」


 スカーの両手が伸び、私の頬を左右に引っ張るから話しずらいし、痛いのですぐにでも離してほしい。

 これから私のことをおちょくる気で満ちているスカーの両手を払い、彼を置き去りにして私は先へと進む。

 けどすぐさま後ろから、私の跡を追う足音が聞こえてきたから、きっとついてきているのだろう。


「あーぁ、逃げられた。まぁ、そうだな。そろそろ帰るか」

「んで、お前は一人で歩くな。危ないだろ」


 朝と夜、ケイラくんとスカーに森を連れ回されているから私一人でも帰れる思っていた所、足音が真後ろで聞こえた直後に後ろへと左腕を引かれた。

 瞬く間に、私とスカーの距離は詰まっていたようだ。それもきっとスカーのリーチの長い脚の所為だろう。一歩一歩の歩幅が広いため、いつも後を追いかけるのが大変なのだ。

 今回は追いかけられる側だけど、それでも差が埋まるのもあっという間だった。


「帰り道はこっちな。間抜けな聖女サマ」


 私は二つの意味で何も言えなくなる。

 道を間違えたことと、本当に私はこの森を一人で歩いていけないことを知る。

 何故か分からないけど、私は必ず迷う。どうにも先程までと見えてる景色が違うのだ。スカーに教えてもらうまで、帰り道が違う事に気づかなかった。

 迷ってしまうのは多分、前ケイラくんに教えてもらった光石を持っていないからだろう。今度また光石について聞いてみよう、二人の手を頼ってばかりだとあまりに独りで森を歩けないなんて不自由すぎるし、彼らにも迷惑だ。

 それに森には、謎に包まれている怪物(・・)だっている。

 あの怪物(・・)はスカーとなにか関係がありそうだけど、深く追及したい訳ではないから今は知らないフリをしている。




 別れ道で目印となる白い切り株の所へ着いた時、目の前の影が地面へ踞った。

 思考の渦から森へと意識が戻され、追い討ちをかけるようにスカーの苦しそうな声が辺り一面に響く。


「……ゔぅッ、く……、ッハ……」

「スカー!? スカー、どうしたの!?」


 スカーの元へ駆け寄ろうとしたけど、目の前に突き出されたスカーの右手によってそれは止められた。


「悪いが今日は一人で帰れ、あともう少しで夜が明ける」

「でも私、その独りで帰れないんじゃ……?それに、こんな状態のスカーを置いていくなんて出来ないよ」


 私の言葉にスカーは珍しく目を見開いたけど、またいつものように飄々とした笑いを浮かべた。


「すっかり、オレに絆されてしまったな聖女サマ?」

「ちがっ、わないけど……」

「……、これをやる」


 スカーは私の右手にあるものを握らせた。私は指を開いて手中の物を見つめる。

 これは……、今度は私が大きく目を見開いた。そこにあったのは、先程思考の中心にいた光石だった。

 陽光に照らされたような輝く若草色の光石。夢の中で出会ったペリドットそのものだけど、すこし中心が黒く荒んでいる。


「それがお前を帰り道に導いてくれる。大丈夫だ、お前が思うような危険は訪れない」


 影は光石と言葉を残して、暗闇に身を溶かしていった。

 こうして今私に残されたのは、導くように道を照らす光石と、どうしようもない心の不安だけだった。




 暗い森の中を独りで歩いているけど、如何せん気が気じゃなく今にも森に迷うんじゃないかと恐ろしい。

 頼りになるのはペリドットの光石だけ。間違っている道に進むと輝きを失っていき、正解に近づけば光は強さを増していく、なんとわかりやすい道案内だ。

 この世界では、光石はコンパスのようなものなのかな。

 そうして自身の脚を前にのそのそと働かせているとと、黒い大きな影が目の前に聳え立つ。


 やっとついた、例の怪物(・・)は現れずスカーの言う通り無事に帰って来れた。悲しきかな、独りで帰ることが出来てほっとしている自分がいた。スカーも、先に帰っていたらいいけど、心配だ。

 ドッと疲労を感じながら扉へ近づくと、扉の傍で座り込む小さな影に驚愕する。


 一瞬、スカーが帰ってきていたと思ったが、私は彼らの違いを見分けられる。

 彼は自分を包むように回す腕の間から覗いた、幼さの残る寝顔がスカーではないと確信する。


「どうしてケイラくんがここに……」


 今頃寝ていたはずのケイラくんが起きていることに驚いて、つい言葉が零れた。その私の声に反応してか、眠っていた影がムクリと顔を上げて目線が交じ合う。

 ガン見の域で私の身体に穴が空きそうなほど見つめてくる事以外何もせず、彼はまるで私の言葉を待っているかのように大人しい。

 狼狽えている私は、なんて声をかければいいか伺うが、言葉が見つからなく沈黙が続く。

 もしかしたらバレてしまったかもしれないと、嫌な予感がしてこめかみからツゥーと汗が垂れた。


「えと、えっと……」

「……。」

「お、はようございます……?」


 絶対に台詞を間違えた……。

 自分の言葉の情けなさに唖然としていると、体が突然に勢いよくガバッと抱きつかれて、暖かい体温に包まれる。


「蒼空!蒼空だ!ねぇね、

 起きたら蒼空が居なくて、ほんとうに本当に怖かったよ……」

「あ、の……」


 ごめんなさい、と謝罪の言葉は言い出せなかった。

 ケイラくんの真剣に貫く目差しに、私は言葉が吃ってこれ以上声を発せられない。

 何か言わなければ、この流れはどこか不穏に揺れている。肌をヒリつかせる空間が私にそう思わせた。

 喉を震わせて言葉を絞り出す、何でもいいからこの沈黙を破りたい。


「……ケイラくん、ここは寒いからお家の中入ろう」


 抱きつく彼の体温は酷く冷たく、外で眠ってしまうほどずっと私のことを待っていたようだ。

 早くこの冷たさを溶かさないと、会話をすることも難しいような気がする。彼の心も凍りついているような。

 数秒の間が空き、ケイラくんが頷いた事を確認すると扉の中へ一緒に帰った。



 ***



 数分後、ケイラくんを部屋に押しやり、私は無事に居室に辿り着いた。そして奥に進み、焜炉に火をつける。鍋を取り出して水を入れ、水が温まってぐつぐつと沸騰したタイミングで、他に紅茶のような風味のある茶葉と、カットした多種の果実を入れてさらに蒸していく。

 茶葉はケイラくんと森に探検した時に、見つけたものでこの異世界では紅茶のように使えると教えてもらった。香り高く程よい苦味が私の目を覚ましてくれて、最近よく朝に嗜んでいる。果実と混ぜてフルーツティーにしても、きっと合うだろうと思い試み中だ。

 本当はもう少し蒸したい所だけど、ケイラくんを待たせているのでコップに注いでいく。ふわりと湯気が鼻腔をくすぐる、当たり前だけど心地よいフルーツの香りが微かに広がっている。

 味見で、そろりと一口飲むも出来たては熱くて、少し舌を火傷してしまい少量しか飲めなかった。それでもとても美味しいし、もっと蒸してもさらに味が深まるだろう。

 ケイラくんは甘党なことを一緒に暮らして行くにつれ知ったので、もう少し甘い方が好きかもしれない。

 以前、調理室の物を掘り返していたら、砂糖の入った袋がたくさんの物の山に埋もれているのを見つけたので、 彼のコップに砂糖を加え、スプーンで軽く数回混ぜてから彼のところへ向った。


 ケイラくんの部屋に初めて訪れた、そこは居室と同じで置かれているものは少ないけど大量の本が棚の中に詰まっていた。前家内を探索していた時、見つけた書庫は使われていないようだったけど、本が好きなのかな。

 少し意外だ、ジロジロと眺めてしまうことに申し訳なく思いながら視界を横にズラすと布団にくるまったケイラくんに目が合う。

 そいえば、私がケイラくんを布団でぐるぐる巻きにしたんだった……。ケイラくんは動きづらいだろうけど、大人しく私のことを待っていた。

 ケイラくんを布団から解放して、人の体温ほどになったフルーツティーを手渡しした。

「ありがとう」と、ケイラくんはコップを受け取って香りを嗅いだ後、口をつけコクリとケイラくんの喉仏が上に動く。

 その後一口、二口とちびちびと嚥下していき、コップを膝の上に置く頃には空っぽになっていた。

 ほっと、ぼんやりと落ち着いた雰囲気で「美味しかった」と、呟く彼に安心する。

 美味く出来たようでよかったと、私もつい飲むのを忘れて、緊張した様子で彼が嚥下するところを見届けてしまった。

 私も頂戴しようと、唇にコップを近づけて口を開き咥内にフルーツティーを招き入れる。

 だけど私宛の目差しに気づき、口に入れたものを飲み込んだあとコップを膝元に下ろした。


「蒼空。お話し、しよっか」

「う、ん。出来る限り答えるよ」

「出来る限り……??」

「な、なんでも答えます!!」


 ケイラくんはいつも通りに笑って、いつも以上に圧の強い言葉遣いで私を問い詰める。

 楽しくティータイムとはいかないようで。この後、冷めたフルーツティーは、アイスティーにでもして飲もうと内心自身に誓った。


「僕はね、蒼空を探しに行こうと外に出たんだよ。はい、次蒼空」

「えと……?」

「告白して、蒼空は何をしに外出たの」


 ド直球過ぎる、答えづらい質問に行き詰まる。返せる答えを、用意出来ていない。

 閉口した私にケイラくんは悲しい顔をして、私の代わりに口を開く。


「答えられないんだね。嘘つき」


 その言葉に心に激痛が走る。当然だ、そう思われてしまっても。私は何度ケイラくんを騙していたのだろう。

 何も変わらない日常と思っていたけど、私にとっては変わっていた。ケイラくんも感じ取っていたのかな。

 いつも通りに見えて、心に思い浮かべていることは出会った時とは全く変わっているんだ。

 知ってしまった(呪いを)隠してしまった(心を)騙してしまった(ケイラくんを)

 呪いについて私はどう接したらいいか未だに分からない。ケイラくんと暮らしている中でも、私は元の世界を恋しがっていた。ケイラくんと離れる準備の中には、ケイラくんを騙すことは必要だった。


「僕ね、蒼空を探しに行こうとした」


 先程と同じことを二度言う彼は、先程と違いとても張り詰めた表情をして口を一度閉ざして、一呼吸置いてから開く。


「でも、行けなかった…。」

「え……?」

「夜が怖い……、怖いんだ。影に覆われた森は、決して僕の味方をしてくれるとは限らない」

「この呪いのように!」


 苦い顔をして悔しげにケイラくんはそう話すけど、彼の話にドキリと心音が鳴り響く。

 スカーのことを知っていたのか、なんて聞いてしまいそうになるものの、私は嘘を張りつけて知らないフリを突き通した。


「この森は僕が訪れた時から影一帯が支配している。特に夜は影の縄張りだから尚更」

「国の人間だって、影に襲われたって聞いたんだ。事実、それ以降この森には訪れる者は誰も居なくなった。僕を独り此処に置いて」


 初めて会った時、私に驚いていた理由に一致した。

 人間が訪れなくなった森、トータス。そんな呪われた森の中で突如現れた私。


「それに、影は僕の呪いなんだ」


 !!?

 スカーが前に話していた通り、ケイラくんは本当にスカーのことを悟っていたんだ。だけど、呪いが影だということまで辿り着いているとは。

 ケイラくんは、勘が鋭い子だと思っていたけど、恐ろしいほど自分の状況を理解している。そしてそれを背負って生きていたんだ。


「影はね、幼い僕を苦しませた。だから蒼空まで影に取られてしまうんじゃないかって、一番怖ろしいよ」

「嗚呼、だけどよかった僕のところにまた、帰ってきてくれて。僕には願うことしか出来なかったけど、その願いは届けられたんだね」

「嗚呼、嗚呼! ほんとにほんとうによかった……。よかったよ」


 彼はよく同じことを二度言う口癖があるが、その口調の時は本当に強く彼が心から思っていること。だけど彼の今の態度は少し……いや、少し所ではなく異常だ。これはまずい、ケイラくんの様子がおかしい。

 彼はまるで陶然したような心ここに在らず。

 目元をうっとりと緩ませてはにかむ笑顔はどこか不自然で。そして笑顔なのに見え隠れする、黒く染った瞳の奥に浮かぶ執着の文字。

 私は心のどこかで感じていた、彼の私に対する固執。それは全部、彼をここまで追いやった孤独から来ているのだと私は考えている。


 嗚呼これから、私は彼から離れられるの。置いて、いけるのかな? ──

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