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幾重もの層をなして雪が積もっている。足元をとられたかのように、アルフォンス・クーベリックは雪原に倒れこんだ。大量に降る雪は、空気をさらに凍えさせている。周囲にたちこめていた血と硝煙の臭いすら、もう届かない。耳を澄ますと遠くでいくつもの銃声や怒号が響き渡るのが聞こえた。けれどもそれは氷の中に閉じ込められた世界のように、アルフォンスに現実を感じさせなかった。
胸が熱い。見事に左胸を貫いた弾丸は、アルフォンスの背後から放たれたものだった。胸からあふれ出す鮮血はアルフォンスの着ている軍服だけでは飽き足らず、白い雪をも染め上げていく。
耳の奥から海鳴りが聞こえる。それにあわせて意識が遠のいていく。海から遠く離れた戦場で、海鳴りなど聞こえるはずもない。幻聴に違いない。けれどもその潮騒は、氷に閉ざされた現実世界の物音よりも、ずっと生々しいもののようにアルフォンスには聞こえた。もしかしたなら、かつて海中に沈んだアルフォンスの左眼が聞く音なのかもしれない。
「クーベリック提督、悪く思わないでくれ。プレナイト号と運命を共にしなかった君のやり方に納得できんのだ」
海鳴りに半ば飲み込まれた雑音が、アルフォンスの耳に届いた。彼はようやく状況を理解する。味方に裏切られたのだ。残り少ない味方を討つとは、旧帝国徹底抗戦派が聞いて呆れる。
「生きたいと思うのなら、はじめからこんなところに来なければよかったんだ」
吐き捨てるような声に呼応するように、幾人もの怒声と銃声が聞こえた。アルフォンスを撃った男が雪上に倒れこむのが見えた。額に大輪の血の華を咲かせている。提督、という声が聞こえる。船を持たないのに提督と呼ばれるのは不思議な気分だ。数人の兵士たちが叫びながら駆け寄ってくる。一瞬がひどく長い。静止画をいくつも繋げたように見える光景に、アルフォンスは妙に感心した。
海鳴りが一層強くなる。波が身体をなでていく感触すら感じ取れるほどだ。身体が重力からわずかに解放され、ゆっくりと海中に沈んでいく。薄れてゆく意識の中、アルフォンスの脳裏に浮かんだのは先日戦場で散った友の姿でも故郷の街でもなく、穢土に住む、大酒飲みの女神だった。