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Vol.6 田園

「レックス、地図を印刷できる? あなたを連れていけないけど、地図がないと……」

「覚えるにゃー!」

「スパルタだな、レックスは」

 ミュウのお願いに厳しい答えを返したレックスに、ジグは呆れたように言ってから少し考えた。もし、地球に帰れることがあったとしても、地上は多分惨憺たる状況だ。標になっていたような建物もあるかわからない。そうなると、地図などあってないようなものだ……。それに、軍人である父がマップも何もないところへ連れて行かれ、帰ってくるようにという訓練を受けさせられたことも聞いている。そう言った意味では、まだ子どもである自分たちに課されたことの難易度はさほど高くないだろう。地図と言っても、この先は一本道だということは変わりなく、その先に建物があることもわかっているのだから。

「とりあえず行ってみよう。何か食べないとイライラしてしまうからね」

 ジグの様子を見ていたガイが早めに動くことを促すと、ユタもうなずいた。

「そうだね! 進もう!」

「いってらっしゃいにゃー!」

 こうして4人は歩みを進めることにした。

 ーーてくてくと歩いて少し。特段変わったことのない一本道。獣道じゃなかっただけマシだろうか。「モー」という鳴き声が聞こえた。そこには牛舎があり、牛2頭が繋がれていた。

「牛だ!」

「うーん、この子達はどうやってお世話されていたのかしら?」

「見てくれ、柵は電動だ」

「もしかしたら時間が来ると開いて自動で放牧され、自動制御で餌を与えられたり搾乳されていたりしたのかもしれないね」

「でもこの子たち健康そうだよ?」

 ユタは柵の外から牛の頭を撫でる。確かに毛艶も悪くないし、健康状態も意外とよさそうだ。

「牛は確認できたし、どうやら自動制御で育てられていることはわかるが……食事となると、この牛を殺すのか!?」

 ジグは突然声を上げる。『生き物を殺すーー』。それにショックを受けたのはミュウだが、彼女は冷静だった。

「待って、そんなことをしても意味はないわ。この牛たち、オスとメスよ。生かして繁殖させるという手もある。それに、乳牛だったらミルクも採れる。単純に殺して食肉にするのはいい考えではないわね」

「確かにね。それに今ちょっと見た感じだと、あそこに鶏もいるよ。しかもこっちも2羽!」

 ユタは斜め先を指さした。牛にばかり気を取られていたが、確かに鶏もいる。

「ってことは、卵も食べられるってことだね。しかも多分こちらもオスとメスだと思うし、繁殖させられる」

 ガイは表情を明るくした。ジグもそれを聞いて、少しほっとした様子だった。一時的にしか食べられない肉よりも、地道だが長くとれる牛乳や卵のほうがこのコロニーには合っているだろう。

「人間は生きるために動物性タンパク質も必要だからね」

 鶏に近寄ると、ガイは卵があるかどうかを確認しようとする。が、鶏に突かれた。

「い、痛いって! 誰か鶏を抑えてくれる?」

「ははっ、ガイ、大丈夫?」

ユタとミュウが鶏を持ち上げると、ガイは卵を確認し、手に持った。

「2つあったよ」

「2つじゃ、ゆで卵だと半分ずつか?」

 ジグが難しい顔をすると、ミュウが笑った。

「割って溶けばいいんじゃない?」

「少なくともこれでボクたちの食物は手に入ったね!」

「だけど、卵ばっかり食べているわけには行かないよ」

「それもそうだな。そうだ、牛の乳を絞るのはどうだ?」

 ジグもアイデアを出すと、ユタが手を上げた。

「それならできるかも! バケツか何か探してきてくれる?」

 3人は辺りを見回す。その間にユタは柵を乗り越え、牛の近くへと向かった。

「蹴ったりしないでね?」

 優しくなでていると、ミュウが近くからバケツを持ってきた。

「これでいい?」

「うん!」

「俺たちもユタのやり方を見ておこう」

「そうだね、分担してできるようになれば、食事の支度も早くできるようになる」

「よおーし……」

 ユタは腕まくりをすると、牛の乳に手を触れる。牛はまた「モォー」と鳴いたが、自分に触れさせてくれた。優しく乳を絞ると、バケツにミルクがこぼれる。一同は歓声を上げた。

「牛乳がとれたな」

「喉も乾いてたからね」

「コップがあるといいんだけど……」

「ほら、たっぷりとれたよ」

 手際よく牛の乳を絞ったユタは、3人にバケツの中身を見せる。そこにはたっぷりと牛乳が入っていた。

「誰から飲む?」

「それはユタからでしょ?」

「いいの?」

「ああ」

 ユタが飲むと、3人も続いて回し飲みをする。そこに順番など関係はなかった。

 喉の乾きが癒えると、4人は卵とバケツを持って小屋をあとにする。まだまだやることはある。川を確認したり、食べられる草などを探さないといけないからだ。

「あれはなんだ?」

 今度はジグが道の脇を指す。そこには何か球体の植物があった。

「キャベツだわ!」

「他にも野菜っぽいのがあるみたいだよ! 野菜があるって知れただけでもいいことじゃん。あとで収穫していこう」

 ミュウとユタが目をキラキラさせている中、ガイは考えていた。

「畑……ってことは、僕の推測が正しければ、川も近いよ。水はそこで確保できる」

「さっきのバケツ、持ってきて正解だったな」

 畑の横を通ると、ガイの予想通りに川があった。牛乳を飲んだあとだったが、4人はそこでもまた喉を潤す。あまりの過酷な状態に喉の乾きすら忘れていたが、今は違う。命の水とはよく言うが、水を飲んだことにより本当に生き返った感じがした。

「だけどこの川、どうやってできているんだろう? ここは宇宙空間だよ?」

 ガイは自然にすっかり感化されていて忘れていた事実を思い出させる。だが、言われてみればそうだ。なぜ宇宙空間に川があるのだろう。

「あとでレックスに聞いてみようよ。何か知ってるかも」

 ユタが言うと、ミュウとジグも強くうなずいた。レックスはこのコロニーを管理しているAIだ。宇宙空間での川の仕組みを知らなくても支障はないだろうが、何か起こったときに対処できるようになっておかないと困るのも自分たちなのだ。

 水を飲むことで、少しだけ空腹を紛らわせることができたが、やはりまだ腹はへっている。卵は手に入れたし、牛乳がとれることもわかった。

「あれ? あの滑車は何かしら?」

「水車だね。風車と同じ原理だったら、あれで物を挽くことができるはずだよ。詳しくは僕も知らないから、これもレックスに聞いてみないと」

 ミュウの視線の先には丸い、川の流れで動くものがあった。ガイの予想通り、水車だ。4人は少し活路を見出してきていた。自分たち以外の生命体ーーこの場合、牛や鶏が生きていることの喜びもあるが、何よりも食事ができるという確証がなんとか得られたからだ。

 川から逸れると、今度は耕されている畑へと移動する。

「キャベツがあるのはわかったけど、あと他には何がありそう?」

 ユタがきくと、3人は畑を見回す。ジグは地面の上に出ているツタのような葉の根本を掘り返してみた。

「……これは、葉の部分も食べられるのか? 根っこには芋みたいなのがついているぞ」

「根菜もあるんだ。ひとまず今食べる分には苦労しないかもね」

「見て! 向こうには温室みたいなものもあるわよ!」

「本当にここ、地下なのかなぁ? 上の空間よりよっぽど広いや」

 ユタが不思議そうにするが、それは他の3人も同じだった。だが、今の優先事由はそれについて考えることではない。食事を摂ることだ。

「私、温室の方を見てこようか?」

 ミュウがポジティブに手を上げるが、3人は首を振った。

「一応全員で見て回ったほうがいいと思うな、迷っても困ると思うからさ。念の為?」

「先遣隊を出すのは効率的だが……今は協力して行動するほうがいい」

「僕たち全員がこの場所を把握できてからのほうがいいかもしれないね」

「わかったわ、それもそうね」

 いくつか気になる作物を掘り返したりして農作物を観察する。キャベツと、芋、大根は見つかった。他にも大豆のようなものや小麦、米のようなものがあるが、その辺はすぐには調理できないだろうということで、すぐにそのままでも食べられるようなものを収穫した。

「このままでも食べられるんじゃない?」

 ユタの言葉に目を丸くする3人。ガイは農家の人が言っていたことを思い出した。「とりたての野菜ほどおいしいものはない」。これが今のごちそうなのだ。

「そうだよ! 料理することも今後は考えないとだけど、今はこの『とりたて』を味わってみない?」

「それもそうね。というか、お腹がへりすぎてどうしようもないわ!」

「この中でそのまま生で食べられるものはなんだ?」

「キャベツ!!」

 4人は声を揃えると、先ほど見かけたキャベツに駆け寄る。そして一玉収穫すると、葉っぱの部分をちぎって分けた。

「なんだかうさぎみたいだな」

 ジグがつぶやくと、ミュウが笑いながら答える。

「だとしたら、動物はいいものを食べていたってことになるわね?」

「それより食べようよ、絶対おいしいよ!」

「空腹はなによりの調味料って聞くからね」

 それぞれキャベツの葉を口にする。とりたてで新鮮なキャベツは、歯ごたえがあり、よく噛んで食べると甘みを感じた。

「おいしい……」

 ガイが思わずもらすと、3人も黙ってうなずく。それほど食べることに夢中なのだ。4人はキャベツの葉を1枚ずつ食べていたが、あっという間に一玉平らげてしまった。

「あれ、もう一玉食べちゃった?」

「もうひとつ穫るか?」

 ユタがあまりの速さに驚いていると、ジグがキャベツに手をかけようとする。そこでミュウは言った。

「とりあえず空腹は紛れたし、今度は温室の方にも行ってみましょうよ。野菜は生で食べられることに気づいたわけだし。温室の中には他のものもあるかもよ」

「そうだね。キャベツは帰りに穫って行こう。まずは温室探検だ!」

 ガイとミュウが温室の方向へ自然と歩きだすと、ジグとユタもやれやれと思いながらも明るい気持ちでそちらへと向かった。

 ーー川沿いを歩いてどのくらいだろうか? コロニーの中なので、地球よりは長い距離を歩いてはいない。時間という概念自体ないが、畑と温室はさほど離れてはいなかった。

「わぁ!」

 温室の中に入ると4人は声を上げた。中にはレタスやトマト、ナス、きゅうりがなっている。

「これだけあれば、サラダが作れるぞ!」

 ジグが言うと、またガイが今度はトマトに手を伸ばした。

「みんなもそれぞれ野菜を食べてみてよ。とりあえずトマトがあるってことは、ビタミンCの供給は大丈夫そうだよ」

「人工とは言え、陽の光があるならばビタミンC生成は大丈夫じゃない?」

「細かいことはあとで話すとして、食べようよ!」

 4人は今度トマトを口にする。ちょうど赤く熟れていて、おいしそうだ。

「ん〜……口の中に酸味が広がって、最高!」

 ミュウが頬に手を当てて感想を述べているうちに、ジグはぺろりとひとつ食べ終わっていて、今度はきゅうりへと手を伸ばしていた。

 同じようにトマトを食べ終えていたガイも、レタスに手を伸ばす。

「ナスは……生では食べられないけど、焼けばおいしいよね! 穫っていこう」

 ユタがナスを収穫していると、きゅうりを食べていたジグとガイも感嘆の声を上げた。

「きゅうりもみずみずしいぞ!」

「レタスもだよ。……強いて言うなら、マヨネーズがほしいところだけど……それは卵があれば作れるはずだった」

「料理に詳しいのね?」

ミュウが茶化すと、ガイもミュウに言った。

「料理は科学だからね。ミュウは栄養素に詳しい」

「ガイ、マヨネーズって何?」

 ユタの質問にガイは簡単に答える。

「卵を使ったソースみたいなものだよ」

「マヨネーズは卵でできるのか?」

 今度の質問はジグ。それにも同じようにガイは答えた。

「うん。酢があればだけど。でも、この野菜なら塩コショウでもいけるかもね」

「それとオイルがかかればドレッシングにもなるわね」

「俺はあまり料理に詳しくないから、色々教えてくれると助かる」

「ボクも!」

「でも僕は乳搾りはできないから、そこはユタが教えてね」

「ジグにも頼ることがでてくると思うわ。そのときはよろしくね」

 4人は結束を深めながら、野菜を少しずつ収穫する。そして帰りに来た道と同じように、根菜とキャベツも収穫し、今度は3人がユタに教わりながら乳搾りを体験し、レックスの元へと戻る。

 少しだけではあるが、地球上で起こっている残酷な事態を目にした子どもたちは、自然と触れ合うことで多少の癒しを得られたのである。

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