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Vol.5 自然

 レックスは緩やかにカーブした通路を進み、その後ろを4人は歩く。太陽光のこと、宇宙戦争のこと、家族のことーーショックなことが重なり心は重いが、地球は一見青く澄んで見える。何も起こっていないように見えるが、それは隔離された宇宙空間から目にする丸い地球だからだ。地上のほうは地獄のようだとレックスを通じてみた景色は語っていた。家族ももう……。

 だが、自分たちは生きている。人類の保険として生きなくてはならない。この空間に適応しなくてはならない。そのためにはまずは食事。しかし、こんな状況で食事なんてできるのだろうか? 宇宙食、というわけでもないらしい。

「どんな食事ができるのかなぁ?」

 ユタの何気ない呑気な問いかけに、ジグは少し怒りそうになるのを我慢する。地球の地上では大変なことになっている……だが、彼女に怒ったところでどうしようもないし、自分たちが食事をしなくてはいけないことには変わりない。しかも、むしろ彼女くらい楽天的な思考を持っていないと、多分こんな隔離された場所でやっていけないのだ。それにこの4人はすでに運命共同体だ。できるだけ温厚に、仲良くしていかなくては諍いが起きてしまう。自分も大人にならなくては。

「さぁね? 宇宙食じゃないって聞いたときはびっくりしたけども、もしかしたらネットニュースで見たように菜園があるのかも」

 意外とガイは適応してきていた。今の状況を楽しんでいるわけではない。それでも前向きに行かなくては……自分が弱いことを誰よりもわかっているからこその前向きさだった。気分を変えていかなくては、自分は一番にメンタルをやられる。そう言った無意識の心の自衛だった。

「菜園ねぇ……。この空間は日光がないはずよ?」

「そこは紫外線を使えばなんとかなるんじゃない?」

 ミュウの質問にガイが答える。ミュウも積極的になることで、少しでもこの息苦しい気持ちから逃れたかったのだ。

「ここからエレベーターに乗るにゃ!」

「エレベーター?」

 レックスは何もなさそうな場所で止まった。4人が円状の通路の壁を見ると、先ほどは全員気づかなかった四角いラインがある。そうか、これはエレベーターの扉の溝だったのか。

「ここから地下へ移動するにゃよ」

「地下があるの? このコロニーは」

「そうにゃ! ついてくるにゃ!」

 レックスがそう言うと、壁の扉が開く。すると、移動用のボックスになっていた。4人はそれに乗り込む。相変わらず壁はガラス張りで、地球や宇宙空間がよく見える。コロニー内部の光しかなく、その場所はまるで近未来のビルなのではないか? という印象も浮かぶ。エレベーターが下に向かうが、4人は決してネガティブにならないようにと自分の心の中である種の呪詛のような強さで誓っていた。ネガティブな心は心を病ませるが、逆に作用させればそれは確固たる意志になる。「どうにかして平穏な気持ちでいることーー」それがこのコロニーで生き延びるには必要な心持ちだということに、4人は気づいていたのだ。

チン、とベルが到着を知らせる。コロニーの地下1階だと思われる場所のドアが開く。今までいた場所は寝床であるカプセルがある場所だったり、無重力空間を作り出すなどのどちらかというと近未来的で無機質な場所だったが、眼の前に広がる光景はまったく想像と違っていて、4人は息を飲んだ。

「まるで草原……だな」

 別世界。そんな言葉が4人の頭をよぎる。人工の太陽光だろうか? 地下のはずなのに空があり、日も射していて明るい。

「どういう仕組みなの?」

 レックスと4人はエレベーターボックスの中から外へと足を踏み出す。そこは土の地面になっていて、道のような場所の横には芝も生えている。ユタの質問にレックスが答えた。

「この空はスクリーンにゃ。太陽の光は人工の紫外線にゃが、地球の牧場を再現しているにゃよ」

「芝生の状態も悪くなさそうだな」

「園芸店の主でもこのコロニーの中には住んでいるの? すごいね」

 無機質な空間にいたせいだろうか。緑を見たせいかジグとガイは気分が少し安らいだ気がした。

「少し風も吹いてる?」

 ユタの髪が少し頬をかすめた。風もここにはある。

「もしかして、この風も人工?」

 ミュウの問いかけをレックスは肯定した。

「そうにゃ。できるだけ君たちがいた場所に近い環境を、このコロニーは作り出しているにゃよ」

やはり自分たちのいた地球の自然とは偉大だ。太陽の光と風、緑を感じるだけでこれだけほっとするなんて。少し心を持ち直した面々だが、ガイはあることに気がついた。

「でも、こんな自然の再現を宇宙空間でしている人間の技術っていうのもすごかったんだね。ハッキング情報だけじゃわからなかったよ」

「確かにそうだな。人工でここまでできるならば、俺たち人類はまだまだ可能性があると言うことだ。前向きに行こう」

「見て、たんぽぽが咲いてる! かわいい」

「光合成とかもするってことかしらね? じゃあ、たんぽぽを育てて増やすこともできる……ということよね?」

「にゃ、これからはここも君たちのベース基地になるにゃ。だからよく観察してほしいにゃ!」

「じゃあさ、少しこの自然を満喫しない? 気分転換に!」

 ユタの提案に一同は満場一致で賛成した。

「いい提案だな」

「芝生に横になるだけでもいい気分になるかもね」

「サンドイッチがあれば最高よ!」

 ミュウの『サンドイッチ』という言葉に、また一同の腹の虫が鳴り始める。そうだった、のんびりしたいところではあるけども、まずは食料調達……。一瞬の現実逃避だったが、多分これからこの場所もベースになるところだ。来ようと思えばきっと、いつでも来れるだろう。

「ゆっくりする前に、食事だったね」

 ユタが失敗したという照れ隠しのように笑みを浮かべると、他の3人も自然と笑顔になる。つらい映像を見させられたが、それでも前向きに行きたいーー4人は意志を再度固くした。

「だけど、サンドイッチと言ってもここじゃそんなものは作れないね」

 ガイが手を広げて肩をすくめると、ユタがミュウにたずねた。

「ミュウ、サンドイッチの材料って何?」

「えーと……まずは食パンが必要ね。あとはハムとか野菜、卵とか」

「食パンか……まさか、パンを焼くところから始めないといけないのか?」

 ジグが気付くと、レックスの表情画面が目を閉じて上下に動くような仕草をした。

「そうにゃね。ワタクシたちが用意しているのは『設備』にゃよ。こう言った場所や自然にゃね」

「『設備』ねぇ。じゃあ、他にここにはどんなものがあるの? お腹はへっているけど、探検しないと料理も作れないじゃん」

「確かに。ユタの言うことは正しい。僕たちに何ができるのか……食料として何が手に入るのか、考えないと」

「レックス、案内をお願いできるか?」

「案内したいところにゃが……ここのフロアは地面が土にゃから、あんまりうろちょろできないにゃよ。だからワタクシはエレベーター前で待機になるにゃ」

「じゃあ、本当にこの辺は私たちが探索しないといけないってこと?」

「できるにゃか?」

 レックスの試すような問いかけに、4人はうなずく。

「地球を眺めているだけの状況よりはマシだ。動いていたほうが気が紛れる」

「そうだね、アイデアも湧くと思うし。……まぁ動いた分お腹は余計減るかもしれないけどね」

「ボクは動くのは慣れているからね!」

「とりあえず、この場所はどういうところで、何があるのかは知らないといけないわね。食料調達をするにも何があるのかがわからないと困るわ」

「はぁ……未来的な中にある原始的生活、かぁ。不思議だなぁ」

 ガイが人工の空を見上げる。太陽こそはないが、空からは人工の紫外線と光が注ぎ、風もあり、心地が良いのは変わらない。だが、冷蔵庫を開けると食料があるというわけではなく、自分たちで食材を調達しなくてはならないという難関に出会ってしまった。

「だけどそれだったら宇宙食のほうが効率がよかったんじゃないの?」

「確かに。言われてみればそうだな」

 ミュウの疑問に同調したジグだったが、それをやんわりといなしたのがユタだった。

「宇宙食じゃ全部食べちゃったら終わりじゃん。でも自然に似た状況があれば、多分食料調達は続けられるよ!」

「それもそうだね。でもカップ麺にお湯を注ぐだけですぐに食べられた生活は便利だったんだなぁ……」

「そんなもの食べてたの?」

「ガイは地球にいたのに宇宙食みたいなものを食べていたのか……」

「すぐできる食品なんてあったの? 便利だね!」

「カップ麺、最近のものはめちゃくちゃおいしいんだよ」

 そんな話をしていたところで、また腹の虫が空腹を知らせる。カップ麺だろうがなんだろうが、食べ物には変わりない。しかし、今の状況ではそれすらも手には入らないのだ。4人は麺を作る小麦すら見つけていない。少し明るさを取り戻しては来ているが、この先も進んでいかなくてはいけない。

「……とりあえず、この場所を探検して、食べられるものを発見することが先決だな」

「だね。話せば話すほど腹が減る」

「その辺の草とかも食べられると言えば食べられるかもだけど、植物のことに詳しい人、いる? ボクは草花に関してはあまりわかんないからさぁ」

「レックスに聞いたら答えてくれるかも!」

 視線が集中するが、レックスは少し困った表情を見せる。

「気になる植物があったら見せてくれたら答えられるにゃが、まずは自分たちで『どれが食べられそうか』とか見つけてくることが大事だとワタクシは思うにゃ」

「このコロニーにある植物を全部把握していないのか?」

「把握はしているにゃが、ワタクシはこのフロアではうろちょろできないにゃよ。だからある程度自分たちで判断もしてもらわないと困るにゃ」

「それもそうね。運が悪いのか道は土だし、石もあるかもしれないわ」

「土があるから植物は育つんだけどもね」

「砂漠でオアシス見つけるようなものなのかな?」

 4人は牧場フロアを見渡す。草原のような心地の良い場所。しかし、まだ何があるかもわかっていない。4人はエレベーターの扉の前から動いていないのだから。

「レックス、この場所に何があるかのマップはないのか?」

「ナイス、ジグ。そうだね、マップがあるのとないのとで動きやすさが変わる。地球にいたときだって、衛星を使ったナビゲーションはあったわけだし」

「ここには衛星はないけども、レックスは内部を把握しているわよね」

「マップがあれば、大体の方向とかもわかるってことだよね? ここは太陽が人工だから、方向感覚が正しいか不安だったし」

「マップだったら出せるにゃよ!」

 レックスが自分の側面ーー胴体部分に大きくマップを表示させる。そこに4人は視線を向けた。

 マップを見ると、まっすぐ道沿いに行った場所に小屋があり、円形の何かもあるということがわかった。それに、どうやらこれも人工のものだろうとは思われるが、川もあるらしい。その奥には森のようなものもあると描かれている。

「この小屋や円形の建物は何かしら?」

「行ってみなくちゃ何も始まらなさそうだよ?」

「そうだね。牧場ってレックスは言っているし、もしかしたら牛とかいるかも?」

「牛か……レックス、俺たち以外の生体はいるのか?」

「ガイの言う通り、牛はいるにゃ。二酸化炭素が植物を育てるところもあるにゃからね。ここに在るものは、すべて何らかの意味があるにゃよ」

 ふむ、と顎に手を当てるジグ。ミュウも二酸化炭素が植物を育てるという言葉に納得する。そんな中、ユタが再び場を仕切り直した。

「だから、行ってみなくちゃわからないって! とりあえず見て、何があるか確認しなくちゃ!」

「このままだと僕らはずっと空腹間違いなしだ。でも、牛がいるということは、肥料もあるということだし、川があるならもしかして水車や風車……つまり、水田や小麦を挽く装置やがあるかもしれない」

「ここで話をしているだけじゃ何も変わらないわ。行くしかなさそうね」

「これから小屋に行って、牛を確認して……やることはたくさんあるようだな」

 地球を憂うことはあるかもしれないが、今は先に進まなければーー。牛や川を確認したり、色々やらなくてはいけないはたくさんある。憂いている場合ではなく、自分たちもこの場所で生きていかなくてはならないことには変わりないのだから。そんな思いを4人は胸に抱いた。

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