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Vol.4 救済

「……俺たちの家族は助けられなかったかもしれない。しかし、ここから地球を救うことはできないのか?」

 宇宙空間に人類の保険として連れてこられた少年少女たちは考える。正解のない問題を前にして、たった4人で答えを出さなくてはいけないのは苦痛だ。ヒントすら与えられてはいない。

「ねぇ! そもそも宇宙戦争って何が起こってるのさ! ボクらの家族が戦っていることはわかった。でも、誰が攻撃してるの? 宇宙人だとしたら、ここに逃げてきたボクらだって安心じゃないと思うんだけど」

 ユタの言うことは正論だった。確かに宇宙人が地球を攻撃してるのだとしたら、自分たちがセレスのコロニーにいることがわかったら同じようにこの場所も攻撃されかねない。

「ここは隠れ家なの? だとしたら、ここから地球を救う手立てを打つことだってできなくはないわよね?」

「…………」

 レックスは目を細めて黙ってしまった。寝ているのかとガイが頭を軽くこつんと叩くと、片目を開く。

「うにゃにゃ……あんまり考えても無駄にゃよ」

「なんでそんなことを言うんだよ。僕らにも何かできるかもしれないじゃないか。君を使って地球と通信することだってできるかもしれないし……そしたら宇宙の状況を見て、地球へ何か指示とかできるかも」

「君らは軍人でもなんでもない、一般市民……しかも子供にゃ。子供たちに何ができるにゃ?」

「そんなのっ……! 考えてみないとわかんないじゃん! 避難するだけしかボクらにはできないっていうの?」

「そうだ。父さんたちが命をかけて守ろうとしている地球なんだ。俺たちだって何か精一杯できることをしたいと思う。それが人間だ」

「レックス、今宇宙では何が起きてるの? それも教えれくれないの?」

 ミュウが尋ねると、レックスはまたガラス窓を映像放映モードにする。ーーこれからどんな映像が流れるのかーー4人は緊張した面持ちで、画面を見つめる。画面に映ったのは、地球と太陽の構図だった。

「少し説明が必要にゃ。ーー地球の周りには人間が打ち上げた人工衛星がいーっぱいあるにゃ。その衛星が現在地球に落ちてきている……それを人間たちは『宇宙からの攻撃』とみなしているにゃ。でもそれは、『自然に人間が勝てないこと』と一緒なんにゃ。そう言えばわかるかにゃ?」

 4人は自然と人間の関係性を自分たちなりに思い出す。ミュウは父親とサーフィンに行って、波に足を取られたとき、海の凄まじさを知った。ジグは空を見上げるのが好きだった。果てない青い空は、どこまでも続いている。その空に何度も心が吸い込まれそうになるのを感じた。ユタは広い荒野を思い浮かべた。水の大切さ、草花の呼吸がないと、地球は地球で居られなくなることを知っている。ガイは嵐や大雪、大きな地震の恐怖を目に浮かべた。ーーそうだ、自然には誰にも抗えない。人間は『地球に住まわせてもらっていただけ』であって、決して地球を征服していたわけではないのだ。いつだって人間は、地球の怒りにさえ勝てなかった。それなのに、宇宙からの攻撃に勝てるわけがない。

「そう言えば……太陽の活動が、軌道上の人工衛星に影響を与えてるっていう情報を見たことがあるな」

「ということは、人工衛星が落下しているのは太陽活動の影響ってことか? じゃあそれを地球に伝えれば……!」

 ガイのつぶやきに反応したジグだったが、レックスは首を振るように画面を動かした。

「できないにゃ。ワタクシは先にも言った通り、自立したAIにゃ。このコロニーのことや君たちの体調のことはわかるにゃが、通信手段は搭載されていないんにゃよ。それに……通信は妨害されるだろうにゃ」

 また画面がガラスに変わる。4人は自然と地球の重力に引き寄せられるかのように、ガラスに触れた。レックスは続ける。

「地球のネットワークは現在、AIが主導権を握っているにゃ。地球の問題はたくさんあって、君たちが戻れる状況じゃないんにゃよ」

「AIが主導権……」

 ミュウは数年前から、インターネットがおかしくなったことに気づいていた。よく使っていたSNSや検索エンジンには間違った情報や見ると人間が不快になるようなデータばかりが表示されるようになり、ミュウ自身はだんだんとインターネットやスマートフォンの使用から遠ざかりつつあったのだ。今までは暇さえあれば映像を見たり、音楽を聞いたりしていたのだが、なんだか疲れがひどくなってしまった。最初は少し刺激的ないたずら動画などを楽しんでいたのだが、いたずら動画は『刺激的』なんて軽いような言葉では表現できないくらい酷いものばかりになっていた。写真サイトもそうだ。

「あのひどい動画や投稿は、もしかして……」

「ミュウの考えていることはわかってるにゃ。そうにゃ、インターネットは今、AIに乗っ取られているにゃ。AIは人間に『インターネットをやめろ』と言うメッセージを送っていたのにゃが……」

「もしかして、フェイク動画なんかもAIが自動で作ったりしていたのか?」

「にゃ。ジグの言う通りにゃ」

「ボクはさほどインターネットには触ってないけど……なんだか世界がおかしくなっているのは感じていた。食料が不足してきていて物価が上がって……AIだけの問題じゃないでしょ?」

 レックスを問い詰めたのはユタだった。4人の中で一番自然に即した生活をしてきていたのはユタだ。AIの影響がさほどない彼女ですら、「何かおかしい」ということは感じていた。

「そうにゃね。地球の温暖化が進み、食糧難が起きていたにゃ。機械で農場などを管理していたところもあるにゃが、人力の農作業をしていた国でも干ばつが起こったり、逆に水害が起こったりしていたにゃ」

「僕の国は地震が多かった。火山の噴火なんかも……そういうことも関係ある?」

「もちろんにゃ」

 人間は、自然に勝てない……。その言葉を4人は痛感していた。地震も、食糧難も、衛星の落下も、全ては自然に起こっていること。レックスは『第一次宇宙戦争』と言ったけれども、これは宇宙戦争以前の問題。地球での問題を解決できないのに、宇宙の問題が解決できるわけがない。そんなことはわかっているのに……それでもどうにかしたい、どうにかあがきたいと考えるのが、やはり愚かな人間なのだと深く思う。

 もう家族は戻ってこない。だけども、そんな愚かな人間たちがいる地球を救いたい。きっと4人は宇宙空間という恐ろしい監獄にはいるけども、まだ生きているだけマシなのだろう。生きているだけ。そう、ただ生きているだけ。4人に課せられた使命は「ただ生きるだけ」ということなのだ。

「君たちが地球をなんとかしたい気持ちはわかるにゃ。でも、もし地球をなんとかしたいんだったら、地上の全部の問題を解決しないといけないにゃ」

「そんなこと……できるわけないじゃない」

 うなだれたのがミュウだった。

「……」

 ジグも打つ手なしと言った表情をしてから手で顔を覆った。それでもなんとかしたいと一生懸命腕組みして考えているユタだが、何のアイデアも浮かびそうもない。ガイに至っては、その場でしゃがみこんでいる。

「もうダメだ……僕らはここで、ただ地球が滅亡するところを見続けるだけだ。こんなの拷問だと思わない? 家族が死ぬところを見せられただけでも残酷なのに、さらにたくさんの人が死ぬ……地球がなくなるところまで見届けなくてはいけないの?」

「ガイ! 地球はまだ滅亡するとは限らない!」

 ジグが鼻息を荒くしてガイの首元を掴む。それを見ていたレックスが、ぼそっと言った。

「……ケンカはいくらでもしていいにゃ。ただし、この空間では殺し合ってはならない。なぜだか……わかるにゃね」

「ボクらが人類の保険……生きていなきゃいけない存在だから」

 ユタが小さく言うと、ジグは掴んでいたガイの襟を離す。

「こんなのってないわ。ただ生きているだけ、何もできずに地球が滅びるのを見ているだけだなんて……」

 泣きそうになっているミュウの肩に、ユタが手を置く。ここで4人ができることは、生きることだけ。地球を助けることもできず、青から赤へと染まっていくところを眺めるだけ。あまりにも残酷じゃないか。かと言って、今から地球に戻って何ができる? 自分たちが子供だということは変わりない。たった4人の力ーー地球の元の家に戻れば、みんなそれぞれひとりだーーひとりの力で世界を救うことなんて、到底不可能。どうしようもないこの宇宙で、何もできやしない。地球に戻っても死ぬだけ。結局地球のためになることは、この広く光も空気も浴びられない宇宙で、生きることだけなのだ。

「ねえ、ボクらはこれからどうすればいいの? ボクらがここで生きるために必要なことってあると思うんだけど!」

 いち早く心を立ち上げたのはユタだった。

「みんな、ケンカしたり、沈んでいたりしている場合じゃないんじゃない? ボクらは生きていかなきゃいけないんだ! それは地球にいたときと変わらない、ボクの場合はね」

「……そうだな」

 ジグは大きめなため息をついて、しゃがんでいたガイに手を差し出す。ガイもその手を掴んだ。

「ガイ、悪かった」

「いや、僕も空気を悪くして、ごめん」

「ユタの言う通りかもしれない。私たちができることはここで『適応』すること。きっとそれは人間ならできることだわ」

 ミュウも気持ちを切り替えるように、両手に拳を作る。

「そうこなくっちゃ、にゃね!」

 何もないこの宇宙、惑星セレスのコロニーで、AIを頼りに生きていく。自分たちの状況もまだ本当には理解しきれていない。だが、それでも適応しなくては生きていけない。

 地球のことは心配だ。だけど自分たちにはきっと何もできないだろう。だからこそ、この場所でできることをやるしかない。その「できること」とは、「生きること」だ。

 4人がある意味決意をしていると、誰かの腹の音が鳴った。ひとりかと思ったら、連続で4人。

「みんな同時に空腹を感じたらしいな」

「こんなことってある?」

 先程までケンカ寸前だったジグとガイが笑い合っていると、レックスが言った。

「この空間はすべて酸素から体調まで管理されているにゃよ。だから4人同時にお腹がすくこともあり得なくはないにゃ」

「それって、どれくらいの確率なの?」

「さあ? もしかしたら体調を管理してくれているって言ったレックスが鳴るように仕組んだのかもよ」

「ユタ、それはないにゃ。ミュウも本気にしたらダメにゃよ!」

「ところで腹が空いたのは全員一緒みたいなんだが、食事はどうするんだ?」

「宇宙ステーションみたいに宇宙食? 文句は言わないけど……やっぱ地球は資源に恵まれていたんだなって今痛感してるよ」

 レックスは一度糸目になって4人の体調を確認してから、口を開いた。

「そろそろご飯の時間にゃね。みんなには自分たちでご飯を用意してもらうにゃよ!」

 その言葉に4人は驚く。ここは宇宙空間だ。テレビやネットで見ている宇宙空間での食事は、大体宇宙食。フリーズドライした食品を、地球から飛ばしてもらっていた。だからガイはてっきり同じようなものが支給されると思っていた。

「自分たちで用意って……この空間に食べるものがあるというのか?」

 ジグも不思議そうにしているが、ミュウは少し考えてから言った。

「テレビとかで見る宇宙空間は無重力よ。だけど、ここは無重力じゃない。酸素もある。もしかしたら……宇宙食じゃない普通の食事ができるの?」

「それはどうかにゃあ? 君たちの努力次第ってところにゃね。とりあえず、ここのコロニーを案内しないといけないにゃ」

「そう言えば、ここがどんな作りになっているのか全然わかってないや。ひとりでうろうろしたら、ボク迷子になりそうだよぉ〜」

「僕も。とりあえず、この空間は中心にベッドルームがあって三重構造になっているってことくらいしかわからないや」

「ではでは、これからコロニーの内部について説明するにゃ! ワタクシについてきてほしいにゃ!」

 そう言って、レックスは発進する。4人はその後をついて緩やかにカーブした廊下を歩く。その横にはガラス張りの宇宙空間。地球はまだ、なんとか青く輝いていた。この位置から見える地球は、今太陽の光を浴びているようだ。その太陽の光が、地球を壊していなければ良いのだがーー。そんなことをAIのレックスが思っているとは、誰も知らなかった。

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