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Vol.3 レックス

 無限に広がる闇に、ぷかりと浮いている地球。そして星たち。外の世界は美しくもあり、酸素がなく残酷なことは4人にはわかっていた。ーーここを出たら、死ぬ。でもどうやってここに連れてこられたのだろう? そもそもなんで自分たちが選ばれたのか? 宇宙人による誘拐が本当のことだったとは。

 ガラス壁に触れていたガイが、ぼそっと呟いた。

「本当に誘拐されたのかな」

「されたんでしょう? だって、ここ宇宙よ?」

「誘拐されたにしても、目的がわからない」

「だからボクたちをペットにしようとしてるとか」

「いや……どうだろうな。もうここまで来ると想像がつかなくなってきてしまった」

 みんなを牽引してきたジグからも弱気な発言が出てくる。4人はがっくりとその場に座り込み、頭を垂れる。

 そのとき、廊下の先からガタガタと音がした。

「な、何!?」

「うーうーうー! にゃーにゃーにゃー! コロニーにようこそにゃー!!」

「きゃっ!!」

 円形の、カーブで先が見えなくなっていたところからどうやって来たのかわからないが、地球のレストランで人手不足解消するために作られたロボットらしきものがミュウめがけて走ってくる。

「なんだ、こいつは!」

「何って、見た目はボックス型の配膳ロボットみたいだけど」

「ようこそにゃー!」

「わ、わかったから!」

 驚くジグと冷静に分析するガイ。猫の顔をつけた配膳ロボットはミュウにじゃれつく……という言葉が正しいのだろうか。

「ねぇ、このロボット、『コロニー』って言ったよね? ここは宇宙ステーションとは違うの?」

 ユタがロボットに尋ねると、ロボットは目をパチリとしてうなずいたような顔をした。

「そうにゃ。ここはセレスというちぃ〜さな星を開拓して作ったコロニーにゃ!」

「セレス……なんか聞いたことがある名前だけど、詳しくは知らないな」

 ガイがボソボソつぶやく横で、ミュウはロボットの頭を撫でる。

「……撫で心地、どう? なんかプラスチックを撫でてます! って感じに見えるけど」

 様子を見ていたユタがミュウに聞く前に、ロボットが返事をした。

「気持ちいにゃー!」

「こいつ、なかなか賢いな」

「ジグ、最近のロボットはAIを搭載しているのよ?」

「そのくらいは知ってるよ」

 ミュウに当然知っていると思われることを説明されたジグは少々恥ずかしそうにする。そんな中、ロボットは「こほん」とロボットらしくない咳払いをしてから自己紹介を始めた。

「申し遅れました、ワタクシは『レックス』という名前のナビゲーターロボットにゃ。みんな、よろしくにゃ!」

「この四角いボディには何が入っているの? 配膳ロボットみたいに食料?」

「んにゃー!! 体を触るにゃー!!」

「うわぁっ!」

 バチバチバチっ!!

 ボディ部分に触れようとしたガイが、軽く静電気のようなものを食らう。

「こいつ、攻撃するのか?」

 ジグは武器のようなものはないかと辺りを見回すが、そんなものは見当たらない。それを止めたのがミュウだった。

「待って、この子は触られたくないところに触れたから怒っただけよ」

「……ミュウ、こいつ本当に信用して大丈夫かな?」

 半信半疑と言った感じのユタだが、今現在ここの場所についてナビゲートしてくれるのはレックスしかいない。それは4人もわかっていることだった。

「信用する道しかない、か」

 振り上げようとした拳をジグが下ろすと、レックスはため息をつく。

「ふう、人間は野蛮にゃー……」

「仕方ないでしょ? ボクらはいきなりこんな場所に連れてこられて、意味も何もわかってないんだから」

 肩をすくめながらユタが4人の人間側の思いを代表して言う。

「ねぇレックス。私たちはなんでここに連れてこられたの? 説明してほしいんだけど」

 できるだけ穏やかな口調でミュウがレックスに聞くと、レックスは了承した。

「わかったにゃ。まずは君たちがなんでここに連れてこられたのか……それを説明するにゃ」

 そう言うと、ガラスだった場所が昔のテレビ画面ーー若い人にはこう言っても伝わらないだろうがーー七色の画面調整に使われる画像に変わった。あまりの原色に、目がちかちかしてくる。ピーッ……と音が鳴ったあと、画面には戦地のような画面が全方位に映し出された。

「地球は現在第一次宇宙戦争中で、どの大陸も戦のさなかにゃ……」

「待て、そんな話は父から聞いていないし、昨日の夜はちゃんと『おやすみ』の挨拶をしたぞ」

「私だって、昨日はゆっくりとした夜を過ごしていたわ。宿題も出なかったことだし……」

「ボクもホットミルクを飲んでいつも通りに……」

「そもそも僕の国がそんな簡単に戦争を始めるわけがない!」

 全員が好き勝手に話しているが、レックスは淡々とかわいらしい声で話し続ける。

「宇宙戦争は2030年に始まったにゃ。地球を取り囲んでいた衛星が、地球めがけて降ってきたにゃよ……それは地球上から宇宙に発信される電波が影響しているにゃ」

 映像が変わる。地球に大きな衛星がいくつも落下している。ドーン! という轟音とともに、地響きまで伝わってくるのが臨場感あふれる。

「映画みたい……」

 ユタが思わずこぼすと、「映画じゃないにゃ」とレックスが反論した。

「でもおかしいわ。私たちは昨日きちんとベッドに入った。そして目覚めたのはここ。宇宙戦争なんて、いつ始まったの? 衛星が落下してきたなんて知らないわ」

 ミュウの言葉にレックスは耳をぴょこんと動かした。

「そりゃそうにゃ! 衛星が落下する前に、君たちを避難させたんだからにゃ!」

「それってどういうこと? 僕らは寝ている間に宇宙空間に来たってことだよね。でもなんで選ばれたのかがまったくわからない」

 ガイ以外の3人も同じようにうなずく。

「この4人の人種が違うことはわかっている。種の保存的なものだろうか? だとしてももっと適任者がいたのではないと思う。選ばれた俺がいうことではないとは思うが……」

「適任? 何にゃそれは。食べられるものなのにゃのか?」

 レックスの人間的ではない上に「食べられるかどうか」という問いかけに、一同ピリッとする。すぐに反応したのがユタだった。

「このロボット、もしかしたら宇宙人が操っているのかもしれない! ボクたちを食べる気なんじゃ!?」

「にゃんにゃんにゃんにゃん〜! そんなことしないにゃー! ワタクシはナビゲートAIねこにゃんなので、人間を食べることはできないにゃー!」

「……お前を操っているやつはいるだろう?」

 ジグも再び構える。いくらロボットとは言え、油断はできない。だが、誰かに操られているのではないかという疑問もレックスは否定した。

「ワタクシは完全自立AIにゃよ〜! 地球で作られて、ここに君たちと一緒に連れてこられたにゃー!」

「私たちが眠っていた部屋に、あなたはいなかったわよ?」

「ワタクシもスリープモードだったにゃ……でも、起動スイッチを押してもらったにゃよ」

「スイッチ? あ」

 口もとを抑えるガイ。その様子をカメラで認識したのか、レックスは大きく画面でうなずいた。

「そうにゃ! 最初のアラーム停止のボタンが起動スイッチだったにゃ! ワタクシはそれまでこの廊下の収納庫で待っていたにゃ!」

「油断できないな」

「ボクもそう思う」

「これって僕のせい?」

 臨戦態勢のジグとユタ、慌てるガイだが、唯一ミュウだけがレックスに友好的だった。

「みんな待って。レックスの話をもっと聞くべきだわ。私たちにある手がかりはこの子だけなんだから。そりゃあ……何者かはわからないけど、何かあったらその時は壊せばいい」

「にゃにゃにゃ〜!? 壊すとは、やっぱり野蛮にゃ〜!! ミュウだけは優しいと思ったにょに〜!!」

「あら、私たちのデータを認識してるの?」

「全員の個人データや体調管理はばっちりにゃ。いいかにゃ? ワタクシを怒らせると、とっても困ることになるにゃよ? 例えば……こんなこともできるにゃ」

 画面の表情が消えると、グワンと音が響いて4人の体が浮き上がる。

「ま、また無重力空間〜!?」

「ミュウ、なんとかしてくれ!」

「ジグとユタもワタクシに暴力を振るおうとしないと誓うかにゃ?」

「もう! 2人の代わりに僕が謝るから、無重力空間にいきなりしないで!」

 ガイがそういうと、一気に地球の重力に戻る。体が床に打ち付けられると、ミュウは何かに気づいたようだ。

「……わ、わかったわ。つまりレックスがこの空間……コロニーを管理しているってところ?」

「そうにゃ! コロニーだけじゃなく、君たちの体調管理もしているにゃ! だからワタクシに暴力を振るったらダメにゃのだ!」

「なんて機械だ」

 床に落ちたとき頭を軽く打ったのか、自分の頭を撫でるジグ。ユタも体が痛いのかさすっている。

「ボクもわかったよ……レックスをどうこうしようとは考えないから」

「みんな仲良く平和に! にゃ!」

「レックス、ともかく僕らが宇宙に連れてこられたのはわかった。理由はピンと来ないけど、探るなってことかな……まぁいいや」

「そうね、地球が宇宙戦争中ってことは、帰りようもなさそうだけど……手段はあるの?」

 ミュウの質問に、レックスは画面を左右に揺らし、眉毛らしきものをへの字にする。

「残念ながら、君たちが地球に帰る手段は今のところないにゃ……君たちは気づいていると思うけど、種の保存ーー人類の保険として選ばれたんにゃ。地球人が全滅してしまったとき、どうにか人間という動物を宇宙空間に残せるようにってにゃ」

 種の保存。宇宙戦争。地球にはもう帰れないーー。次々と受け止められないような言葉の羅列が耳をかすめていく。4人はショックを受けていたが、それでもどうにかまともな精神を保とうとしていた。

「そうだ、宇宙戦争中ってことは、ボクらの親や家族は……?」

 ユタが恐る恐る小声でレックスに聞くと、またレックスは画面を左右に揺らした。

「残念にゃが、君たちのご家族までは助けられなかったにゃ……家族の所在を確かめることはできるにゃが、どうするにゃか?」

 レックスの問いかけに、4人は顔を見合わせた。いつの間にか宇宙に連れてこられ、もう家族と再会することができないかもしれない。地球に残った家族や友達が心配だが……どうなっているか、安全なところに避難ができているかどうかの保証はない。

「私は家族の安否の確認をしたいわ」

「僕も」

 ミュウとガイが声を上げた。ユタとジグも強くうなずく。

「……わかったにゃ。でも、どうなっているかわからないにゃよ? 覚悟するにゃ……」

 そういうとレックスは、まずガイの家族の様子をガラス画面に映し出す。どうやら妹と両親は広い体育館のような場所に避難をしているようだ。しかし、轟音が鳴り響いている。そしてーードンッ! という地響きと閃光とともに、通信は切れた。

「……父さん、母さん、ゆき……っ!」

 画面に貼り付くガイだが、眼前には砂嵐のみ。その場にへたり込む。

「嘘でしょ……」

 次に映ったのがミュウの兄と両親だった。父親は兄とともに教会の入り口で、避難してきている人々のためにドアを開けて何か大声で叫んでいる。母親は小さい子どもたちを抱き寄せていたが、ガイと同じようにーー地響きとともに通信が切れる。

「そんな……」

 ユタの父は、大きな刀を持って人々を先導していたが、降りかかる衛星の巨大隕石からは身を守れなかった。

「父さん……」

 ガイの父は大きな雄叫びとともに、航空機で衛星に突っ込んでいく。

 ーーこんな家族の姿は誰も見たくなかった。全員の家族の末路がわかったところで、画面はガラスに戻り、宇宙空間が外に映った。何もかもが空虚だった。家族の最期を見た4人は、ただただ無言だった。

「……できるなら見せたくはなかったにゃが、見せないと先に進むこともできにゃい……ごめんにゃ……」

 画面に涙を浮かべた猫の顔が浮かび上がる。猫が癒しになると言ったのは誰だっただろうか。それは平和な地球だけのことで、この宇宙の猫AIは悲しみしかくれない。そんな絶望感が4人を襲う。かといって、この猫AIを壊してどうにかしようということもできない。

 八方塞がりだ。

 これから4人はこの広い宇宙空間をたった4人とAIロボット1台で生きていかないとならないのだろうか。本当の意味で途方に暮れるということを身をもって経験する。

 地球には帰れない。家族はもうーー。こんな暗闇の中で、種の保存として生きる意味なんて果たしてあるのだろうか?

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