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Vol.2 Gravity

 中心には先程眠っていたコクーン。それとアラーム。円形の部屋のさらに円周を描いている白い空間にも、窓や扉はない。

「ここも何もない、か」

「アラームのボタンは最初の部屋から出るときに使うのはわかったけど、ここも『外の部屋』があるのかな?」

 細く黒い溝は、壁ーー最初のドアの通り道だが、部屋と部屋、空間と空間の境界線も示している。眠っていたコクーンを中心に、円の外側へと4人は足を踏み出す。ジグとユタがまず出ると、ミュウとガイもそれに続く。

 全員が境界線を跨いで外の部屋へと出ると、ガコンと扉が閉まる。その瞬間、警報が鳴った。

「え? な、何!?」

「落ち着け!」

 ユタをはじめに慌てる3人を落ち着かせるため、ジグが大声を出す。

「コレヨリ訓練ヲ開始シマス、コレヨリ訓練ヲ開始シマス」

 無機質だが、人間並みになめらかな機械の声が響くと、ピー……と何か電波や音波の摩擦音のようなものが耳を通さず脳で感じる。何かが始まることを理解できたときには、体がふわりと浮いていた。

「わぁ!」

「これって……無重力なの?」

「ちょっと待って。今、僕らの体内大丈夫!?」

 突然無重力になり驚いているユタとミュウだったが、ガイは焦った。無重力だと体内の血液が逆流してしまう可能性があるはずだと前に学校の課題で調べたことがあったのだ。

「みんな、体に違和感はない!?」

 ガイもふわふわと浮かび上がりながら3人に確認するが、特段何もなさそうだ。

「もしかして、すでに僕らの体は血液が逆流しないための弁が入っているのかもしれない。だとしたら、知らない間に改造手術を受けている可能性も……」

 ブツブツ呟いていると、ジグも横で神妙な顔をしている。

「宇宙人に誘拐されたという説は、濃厚なのか」

「でも待って。今私たちは『訓練を始める』っていうアナウンスを聞いているわ。もし宇宙人が私たちをただ誘拐しただけなら、わざわざ無重力に慣らす訓練をするかしら?」

「わかんないよ、宇宙でボクらを飼う計画とかがあるのかもしれないし」

 物騒なことを言い出すユタに、ガイは案外冷静に言い放った。

「いや、宇宙人は人間よりも高度な文明と知能を持っているって聞いたことがある。人間をペットのように飼うことはしないと思うけどな」

「それはネットの情報でしょ?」

「ネットの情報だけど、航空宇宙局生データだよ」

 訝しげにしているミュウだったが、どこまで信憑性があるかどうかなんて今は調べることができない。そこで、大事なことに気がついた。

「そうよ! スマホ! さっきの部屋にスマホなかったかしら」

「あ」

 いつも手元には何かしらのガジェットがあるのが普通だったガイだが、あまりの異常事態に忘れていた。だが、指摘したミュウも含め全員がそうだったらしく、無重力のまま意気消沈する。

「スマホがあったらすぐに助けとか呼べたかもしれない! 失敗した〜……」

「……仕方ない」

「でもここが本当に宇宙だとしたら、スマホは使えない」

 その言葉をジグが否定した。

「待て、アナウンスは『訓練』だと言った。もしかしたら宇宙ではなく、君がハッキングしていた航空宇宙局とか宇宙基地局に俺たちはいるのかもわからない」

「ということは、地球にいるってこと?」

 ミュウに向かってジグがうなずくが、ユタが声を荒らげた。

「それって結局誘拐されたことには変わりないじゃん! 何が目的で!? ボク、宇宙に縁なんてないよ」

「それはどうかな? もしかしたら人類は地球外生命体がもたらしたものかもしれない」

「ここで言い争ってもどうにもならないぞ。とりあえず、この無重力状態をどうにかしないといけないだろう」

 ユタとガイの間にジグが割って入ると、ミュウがふわふわと浮きながらあごに手を当てて何か考え始める。

「ミュウ、案はあるの?」

 ガイが聞くが、まだ思案中で答えが出ない。全員が同じようなポーズで「この先どうすればよいか」を考え始める。

 まずは「訓練だ」と流れたアナウンス。『訓練』というのは多分この無重力状態のことだろう。体内の血液が逆流しないのは、すでにそうした状況に適応できる体にされていたーーと考えるのが妥当だろう。

 そして、ここはどこかという問題。地球なのか、宇宙なのか。それは外に出ない限りわかることではない。その問題と繋がっているのが、脱出先の問題だ。

「これは僕の仮説なんだけど……」

 口火を切ったのがガイだった。

「もしかしたら、僕らは宇宙関係の会社に誘拐されて、宇宙飛行士とかの試験を受けさせられているとかじゃない?」

「あなたとジグはなんとなく選ばれる理由はわかる。でも私やユタはなんで選ばれたの?」

 ミュウが不思議そうに聞くと、ガイは口ごもった。 

「実は……超能力があるとか?」

「ないよ、そんなの」

「自分が気づいてないだけかもよ? もしそうだったらどうする?」

 ばっさりと言い切ったユタへ逆に質問するガイ。意外な言葉に思わず目をぱちくりとさせた。

「完全にありえない話ではないな」

「もしこれが本当に宇宙関係のテストだとしても、まずは無重力で浮いているだけの状態じゃいけないわよね。それに結局出口を探さないといけないことは変わらない」

「それも一理ある」

ひとりで納得するジグをよそに、小柄なユタはスイスイとこの無重力空間で移動を始めていた。

「とりあえず、ここの空間……さっきいた部屋の外周になるのかな? 一周してみない? 何かヒントがあるかもしれない」

「ユタは器用ね。この状況で難なく動き回れるなんて」

「僕もだよ。ジタバタしてもなかなか前に進めない」

「俺は進みすぎる……」

「簡単だよ、なんていうか……流れに身を任せる感じ」

 ユタは簡単というが、3人にとってはその感覚が理解できず、結局自分たち個人で努力するしかないらしい。

「ユタの説明は抽象的でわからない」

「文句言わないでよ、ガイ。こういう感覚をうまく説明できるほど、語学力もなければ勉強もできないんだよ、ボクは」

『勉強はできない』というユタだが、無重力遊泳は誰よりもセンスがある。ミュウはユタの動きをできるだけコピーしようと努力するが、自分のものにするのは難儀だった。

 そんな中、あることに気づいたのはジグだった。

「ユタ、もしかして何かスポーツをやっていたのか? バランス系のものとか。君は小柄だが、筋肉はあるみたいだ」

「スポーツも特にはしていないかな。ただ筋肉ってことなら、毎日重い荷物を長い距離運んだりしているから、自然につくと言えばついてるかもね」

 ガイとミュウもその言葉に納得する。筋肉だ。うまく無重力遊泳するには、絶妙なバランス感覚と体の細部まで調節できる筋力が必要なのだ。

「俺ももう少し運動しておくべきだったか」

「筋肉だけ増やしても意味ないのよ? 同時にバランス感覚も養わないと。普段の生活でどれだけ運動不足だったかわかるわ」

「僕は部屋から出なかったからなぁ……」

「まぁ人は得意不得意あるからさ」

 3人が自己反省する中、ユタがフォローする。

 スイスイ動き回るユタと3人は、壁と壁の間の間隔を使って、どのくらいの力加減で自分の思う通り進めるか確認し、しばらく練習してからようやく全員がうまく前に移動できるようになった。

 全員が自分の思う方向に進めるようになったら、いざ出口の探索ーー出口のヒントになるものの調査だ。

「まずはさっきユタが言った通り、一周してみましょうか?」

 ミュウが仕切り直すと、先陣を切ったのがユタだ。3人も前より動きに慣れたとは言え、スピードがあまり出ない。無重力の移動が水泳に似ていることに気づいたジグが、平泳ぎのような動きをすると、ミュウとガイも真似をした。

「……スイッチやボタンのようなものはなさそうだね」

 3人より早く一周したユタが報告すると、他の3人はさらに念入りに辺りを見回した。何かヒントはないだろうか。この場所から脱出するヒントはーー。

「あら? これは何かしら」

 ミュウが外側の壁に手が入りそうな溝を見つけると、ジグが近づく。

「ちょうど手が入りそうだな」

「それならあっちにもあったよ。ユタ、気づかなかったの?」

 ガイに言われたユタは、急いで空間を一周して確認する。

「本当だ、下の方だったからわからなかった。ごめん、ボクの注意力不足だったみたい」

「こういうことは全員で協力しないとな。ユタが気づけなくても他がフォローできたんだから、大丈夫だ」

 今度はユタをジグがフォローすると、ミュウが溝に手を入れた。

「これってもしかして、シャッターと同じ原理で上に開けるんじゃない?」

「だけどここの壁は継ぎ目がない……シャッターと同じだとしても、どこを持ち上げる?」

「そこまではわからないわ」

 ガイがもう一度溝のある箇所を確認する。あったのは4箇所だ。

「あのさぁ、ちょっと物理的にできるかどうかはわからないんだけど」

 前置きすると、ガイはひとつの可能性を示唆した。

「全員で溝のある箇所を持ち上げるんだ。溝がある場所は離れているし、この壁に継ぎ目がないとしたら、『一枚の壁シャッターだ』とシンプルに考えればいいんじゃないかな」

「でもそれじゃ、重すぎて持ち上がらないんじゃないか?」

 ジグの問いかけにもガイは素直に応じる。

「だからここは『無重力』なんだ。無重力なら、どんなに重い壁も持ち上げられるはずだ」

「試してみる価値はあるんじゃないかしら?」

「そうだね、そのまま外に出られるかもしれない」

 ミュウとユタも賛成すると、メンバーは溝がある場所に各自散らばる。

「1、2、3で持ち上げるぞ。……1、2、3!」

 ジグの合図で全員が壁を持ち上げると、ミュウの考えた通り、それはシャッターと同じ原理で開いた。

 外への扉はまたひとつ開いた。しかし、その扉の外にあったのは『宇宙』だった。

「どういうこと……?」

 ユタは目の前に広がる真っ暗な世界に驚きを隠せない。

「きれい……」

 輝く地球に目を奪われるミュウだが、ガイはあまりのことに言葉を失っていた。

 外に出ているわけではない。何故なら、自分たちは宇宙服を着ていないからだ。ガイ自身は最初からTシャツにジャージという格好。他のメンバーもほぼ似たような姿だ。ベッドで横になっているときの軽装。そんな服装で宇宙になんて出て生きていられるわけがない。なのに、ここは宇宙だ。

「本当に宇宙人に誘拐されたのか? 俺たちは」

 ジグがようやく言葉をひねり出すと、ユタは呆れたように返した。

「キミがそう言う? ボクは最初から人間に誘拐されたと思ってたけど、キミとガイは宇宙人にさらわれた可能性についてずっと話してたじゃない」

「そうなんだけど、さすがに本当だとは……」

「ちょっと待って。私たち、どうやって呼吸しているの? 宇宙に酸素はないわよ」

 ミュウはそう言って大きく呼吸する。

「ほら、息はできてる」

「これ、ガラスか何かだ。外界……宇宙空間とは一応隔たりがあるんだ」

 ガイが外側を拳で叩くと、コンと音がした。それを合図に、またアナウンスが流れる。

「訓練終了、訓練終了。通常重力ニ戻シマス」

 アナウンスが終わると、4人はそのまま何もない床にドンッと叩き落される。

「痛ぁっ……ここが本当に宇宙ということはわかったわ。だから無重力の訓練だったのね」

「でもここが宇宙だとして、どうして、どうやって俺たちはここに来たんだ? 地球には……帰れる……のか?」

 今までリーダーシップを発揮していたジグの語尾が弱々しくなっていく。当然だ。彼も、他の3人もまだ14歳くらいの子どもたちだ。今まで外に出れば何かわかるかと思っていったが、ここが宇宙で帰る手立てがないとなると、話は変わってくる。

「……もうこれ以上『外』はないよ。出てしまったら宇宙だ。僕らはここから出られない」

 ガイが言い切ると、ユタがショックを受けた顔をする。

「そんなぁ……やっぱり本当に宇宙人に飼われるんじゃん」

「まだ諦めるのは早いわよ。もしかしたら地球に戻る宇宙船がこの建物か何かわからない空間の中にあるかもしれないじゃない」

「それがあったとしてもだ。誰が運転できるんだ? そんなもの」

 ミュウが望みの薄いアイデアを口にすると、ジグが反論する。

「僕たちはこの宇宙でどうやって生きていけばいいんだ……?」

 ガイの呟きだけが虚しく空間に響いた。

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