エピローグ〜未来と時間差の平和〜
ミュウは深夜に夢からパッと目が覚め、起き上がった。ーー夢だったか。そうか、宇宙戦争も、家族がひどい目にあったのも、4人で宇宙空間に孤立させられていたことも、全部全部、悪い夢。今は夢から覚めて、ベッドの中。何度も心の中で呟く……夢だったか。ホッとすると、涙がこぼれてくる。こんなひどい夢は、もう二度と見たくない。
「う、うっ……」
夢の中ではポジティブでいようと頑張っていたが、本当はずっと泣きたかった。できるだけ前向きでありたいと、3人と1AIと一緒に頑張っていこうと、家族や友達の分まで生きて、いずれ地球に戻ろうと思っていた。ーーここは、地球だ。争い自体は確かに今現在も地球には存在している。でも、自分は今、安心して眠れるベッドの中だった。
「パパ、ママ、ジーン!!」
ベッドから飛び出すと、ミュウはまず両親の部屋へと走る。部屋の前でノックをすると、母親が出てきた。ベッドのほうから父親の声も聞こえる。
「ミュウ? どうしたの、眠っていたんじゃないの?」
「ミュウか? 何かあったのか?」
「ママ、パパぁ!!」
母親に抱きつくと、泣きじゃくるミュウ。
「怖い夢を見たの。すっごく怖い夢を」
「そう、大丈夫よ。でも夢だったんでしょう?」
「うん……本当に夢でよかった……」
「ホットミルクでも飲んできたら? 怖い夢のあとは、それが一番よ」
「……ぐすっ、そうするわ」
母親に甘えて少し楽になったのか、ミュウは離れると、父と母にもう一度「おやすみなさい」を言ってキッチンへ向かった。
冷蔵庫の中には牛乳パック。それを取り出して、マグカップに注ぐ。ミルクを注ぎながら、ミュウは考えていた。
夢の中では4人で乳搾りをした。ミルクを飲むのにもとても手間がかかった。でも、現実ではこうして牛乳パックからミルクを簡単に注ぐことができる。確かにとても便利だ。でも、きっとこのミルクを絞ってくれる酪農家の方々がいるから、今自分はこうしてミルクを飲むことができるんだ。
冷たいミルクの入ったマグカップをレンジに入れると、ミュウはまた考えた。家にはパンもある。壁に掛かっているのは玉ねぎの入った袋だ。冷蔵庫の中には、野菜も入っている。牛乳と一緒で、これらの小麦や野菜も、収穫してくれる人がいるから食べられる。宇宙のコロニーにいたときは、小麦はあったが食べられなかった。自分たちには小麦を挽く知識がなかったから。野菜はそのままでもみずみずしかった。あんなにおいしく野菜を食べることができたのは、もしかしたら初めてだったかもしれない。夢の中でのことではあるけども。
なんて自分は恵まれているのだろうか。もし、本当に宇宙戦争など起こってしまったら、きっとこんな恵まれた生活はできなくなるだろう。いや、宇宙だけではない。戦争が起きたら、食事なんてできなくなってしまうのだーー。それどころか、今みたいにゆっくりベッドに入って眠ることもできなくなってしまう。そんなのはきっと、誰も望まないことだ。私たちの望みは、きっと案外シンプルなものかもしれない。しっかりと安眠できる環境があり、食事ができること。そして、人とのつながりと協力しあう精神。幸せは、その基本的な生活が出来た上できっと成り立っていくものだろう。
「宇宙戦争なんて、起こしてはいけない。今の戦争を止めることは、今子どもの私にはまだできないかもしれないけども……宇宙の衛星が落ちるのを防いだりすることはこれから勉強すれば間に合うかも?」
ミュウがそんなことを思いついたとき、レンジの動きが止まった。扉を開けて、マグカップを取り出す。近くにチョコチップクッキーの缶があるのに目が行った。そこからクッキーを一枚出すと、ミルクに浸す。おやつも図書室では有限と言われた。クッキーも小麦粉から作られているし、パンを焼いたりするのにも菌が必要だったりした。
「人間って、実はすごいのね」
そんなことを呟いていると、兄のジーンが自分の部屋から降りてきた。
「ジーン!!」
「ミュウ、起きてたのか?」
兄の姿を確認したミュウの顔がパッと輝いたので、ジーンは何事かと少し驚いたような顔をした。
「うん、怖い夢を見ちゃって。ジーンも起きていたの?」
「今ネットのニュースで見てたんだけど、今夜流星群が見られるらしくってね。海外の友達のガイに教えようかなって思ってたところなんだ」
「ガイ!?」
意外な名前を聞き、ミュウはびっくりした。ガイと兄が友達? ガイって、夢の中で出てきた、ガイ?
「あの……ガイってどんな人?」
「日本に住んでいる、凄腕のシステムエンジニアだよ。まだ学生みたいだけど」
セレスのコロニーにいたガイと同じだ。ミュウは本人だと確信すると、兄にさりげなく言った。
「あの、ジーン。そのガイに、何気なく『自分の妹はミュウって名前だ』って伝えてくれる?」
「え? なんでだ?」
「いいから! その代わり、流星群を見るとき用にホットミルクとスモアを用意するから!」
「……よくわからないけど、まぁいいか」
「やった!」
ガイはもしかして、本当にあのガイなのかも。ジグとユタも、いつか繋がれるといいけれど……。もしかしたら、ガイが他の2人とつながっている可能性もあるし、希望は捨てられない。
見たのは最悪の夢だった。だけど、ミュウの将来への希望へとつながった。『宇宙のことを勉強したい』という、そんな将来の目標だ。その中で、ガイやジグ、ユタとも話し合いができたらきっと、その勉強は深まることだろう。みんなで平和のために知恵を出し合うのだ。夢の中の4人はうまく行っていた。だからこそきっと、4人で、いや、世界中で知恵を出し合ったらきっとーーうまく行くような気がする。うまく行かなくとも、チャレンジしなくてはならないことだ。
その前に、ジーンにスモアとミルクを用意しなくては。家族にも優しく接することこそが、きっと平和への第一歩なのかもしれない。いつもはケンカばっかりしているけども、流星群が見られる日くらいは、ケンカしないでおこう。平和の第一歩は兄妹や家庭からだ。それに気付ける自分は、とても恵まれているんだ……そんなことをふと思うミュウであった。
病院で眠っていたユタは、ゆっくりと目を開けた。
「ユタ、目覚めたの? よかった!」
「うん……」
看護師が、ユタが目覚めたことを医師と両親に知らせると、3人はユタのベッドを囲んだ。医師が簡単に診察する。
「……もう大丈夫そうですね」
「ユタっ!! 本当によかった……」
父親と母親が涙ながらにユタを抱きしめる。
「え? え? どーしちゃったの? 何があったの?」
「何があったのって……ユタは逃げる途中に頭を打って、気絶していたのよ? もう何も異常はない?」
「う、うん」
「そうか、じゃあユタ、よく聞きなさい」
父親はユタの両肩を掴むと、しばらく真剣な面持ちだったが、にっこりと笑った。
「戦争が……終わったんだよ」
「……え? 本当に何が起こったの?」
「私もわからないが、噂では流星群がどうのとか……ともかく星が地球に降ってくる可能性があるから、それまで休戦にして対策を練ろうということらしい」
「あ〜っ! そうだよ! それ、ボクたち夢で見たんだ。それで、コロニーに避難して……」
「ふふっ、ここはコロニーではないけれど、避難施設よ。まだまだ色々大変なことはあるけども、ひとまずは安心していいわ」
母親が微笑むと、ユタは少しだけ残念そうな顔をした。
「ボクらの現実世界での苦労はまだ続くんだね。夢の中では大きな部屋に住めたけど……」
「大きな部屋?」
「うん、宇宙の自分の部屋から見たんだ。地球を。でも、地球はーー」
そこで口をつぐむユタ。地球は宇宙から衛星が落ちてきてーー。いや、でも考えろ。自分は今、地球にいる。戦争が終わったばかりで、まだ何もできない場所だけども、大切な夢を見たのかもしれない。これから自分たちのやること、やらなきゃいけないことは、きっとたくさんある。ユタは考えを巡らせる。
まずは食料と住む場所の確保。それができたら農業だ。宇宙から衛星が降ってくる可能性があるならば、そういった研究者の育成も必要だろう。あと、自分がやりたいと思ったことはーー。
「ねえ、父さん、母さん、この曲、覚えてる?」
ユタはその場で軽く手拍子して、歌を歌う。おばあちゃんの歌ってくれた歌だ。
「あら、懐かしい。ユタ、おばあちゃんの歌、覚えていたのね?」
「当然〜! 記憶力はいいからね」
「……久々に聞くが、やっぱりいい歌だな」
ユタの父親は涙もろくなっているのか、目頭を押さえる。そんな父親に、ユタは言った。
「父さん、母さん。これからきっと、色々忙しくなるよ。やらなきゃいけないことはたくさんある。ボクも眠ってなんかいられない。できることに精一杯チャレンジしていく」
「心強いわね」
「その気持ちはうれしいが、まずは自分が回復することも重要だぞ」
「うん、ありがとう」
ユタにも笑顔が宿ったところで、父親はあるものを取り出した。
「そう言えば、支援物資にこんなものがあったんだ。ユタ宛に手紙とプレゼントだ。目が覚めたら渡そうと思っていてな」
「お父さん、いつ目覚めるかって毎日ドキドキして待っていたのよ?」
母親が茶化すと、父親は照れくさそうにした。本当はこのまま目覚めないのではないかという不安もあったのだが、今ユタが目覚めたことでその不安が一気に消え去ったのだ。
「ボク宛? 何だろう?」
ユタは父親から手紙と小さな小包を受け取ると、まずは手紙を開けた。
「……! ジグ!? ジグからだ!」
「なんだ? 知り合いか? 海外に知り合いがいるなんて、初耳だぞ?」
「夢で会ったんだよ!」
「夢の中の出会い……奇跡かもしれないわね」
母の言葉を聞きながら、ユタは手紙に目をやる。手紙はユタの国の言葉で書かれていた。少しばかり文章はおかしなところがあったが、意味はしっかりと伝わる。
『ユタへ。
大丈夫か?
俺は今、君の生きる希望になりたいと思って、この手紙を書いています。
実は、星に願ったんだ。
戦争がなくなることと、ユタともう一度話がしたいことを。
そしたら君との文通を勧められたんだ。こんな奇跡的なことってあるか?
奇跡はそれだけじゃなかった。
ガイとミュウのお兄さんがネット上の友達で、俺のことをネットワークを使って調べて、連絡をしてくれた。ガイもミュウも元気そうだよ。
ここで提案なんだけど……俺は近い将来、国境を越えてガイとミュウに会いたいと思っている。ユタもその場にいてほしいんだ。
ユタ、戦争があった後だ。過酷だとは思う。
だけど、俺たちといつか出会うことを希望に、生きていてほしい。
そしていつか、必ず再会しよう!
宇宙にいた仲間 ジグより
P.S. よかったらそのときまで文通したいと思う。返事をくれると嬉しい』
「ジグ……ガイもミュウも……」
ユタは涙を手でゴシゴシ拭うと、小包を開けることにした。中には何が入っているんだろうか? 茶色い紙袋を見ても、全く予想がつかない。
「開けてみよう」
袋から中身を取り出すと、出てきたのは色鉛筆とクレヨンとスケッチブックだった。
「わ! これ……コロニーであったらいいなって思っていたやつだ!」
「よかったわね、ユタ」
「うん!」
「手紙には何が書かれていたんだ?」
「ふふっ、4人の約束だよ!」
父親と母親と笑いあうと、病院の代わりになっているテントの外にいた人が騒ぎ始めた。
「ほ、星が降ってるぞ!!」
「……おかしい! 全然地球に突撃しそうにないじゃないか! これじゃただの天文観測だ!!」
色んな人たちが口々に騒ぐ中、ユタと両親も外に出てみる。
「わぁ……きれいだなぁ。星を見たのなんて、久しぶりかも……」
ユタも思わず声を上げる。宇宙から見た地球は衛星が衝突していたが、実際地球から星を眺めたらどうだ。流星群は静かに、すうっと空のカンバスに線を引いて消えていく。ひとつだけではない。いくつも、いくつも。ーーきれいだ。
ユタもジグと同じ様に星へ願いを込めてみる。『4人で笑って再会できますように』ーー。
煙しか漂わない、煙幕の空が晴れた。星々は天体ショーを見せることで、奇跡的に戦争を一時止めたのだ。そしてその星々は、空という名のスクリーンで心に傷を持つ人々へささやかな慰みを見せた。
この流星群を見たのは、ユタだけではない。離れた場所で、時間差はあるが、ジグも、ガイも、ミュウも空を見上げていた。
薄暗い闇を灯す星々は、いつもきっと地球を見守っている。そして、その灯火を宿した希望は、4人の心の中をしっかりと照らしているのだーー。
【了】
参考文献:『納豆は効く 解明された納豆パワーの秘密』ダイナミックセラーズ出版 須見洋行




