エピローグ〜手紙〜
ピピッ、ピピッっと目覚ましのアラームがなる。
「にゃー……」
猫の声も一緒に聞こえる。何かふかふかした感触。ジグは自分にすり寄ってきた猫の頭を無意識に撫で、目覚ましを止めると、ゆっくりと目を開けた。
「ん……ここは、俺の部屋だ。どういうことだ?」
ベッドから立ち上がると、時刻を確認する。夜の10時。……そう言えば、仮眠を取っていたんだっけ。今日、徹夜する予定だったから。
レックスの代わりに目覚ましと猫の声で起きたのは偶然だろうか。だが、今回目覚ましを止めたのは自分自身だ。
しかし、今までのことはすべて夢だったのだろうか? あまりにも現実的でリアリティがあった。無重力になったことも、牛の乳搾りも、畑やキッチンで食べた感触なども、あまりにも実際に自分の身に起こっているようだった。宇宙戦争はなかったのか……?
「そうだ!」
窓に近寄る。まだ当然夜なのだから、外は暗い。防犯用のライトが少しの距離を置いて点灯しているくらいだ。
ジグは自分の部屋の窓から庭を眺めると、そこでは父親が何か準備をしていた。自分も急いでスマホを持ち、上着を羽織ると、庭に向かう。
「おう、ジグ。起きたか」
「父さん! 今夜は流星群が流れるんだよな? もしかして、衛星とかじゃないのか?」
「衛星? 何の話だ」
「だから、衛星や彗星、流星が地球に落下するんじゃないかって話だよ」
血相を変えて家を飛び出してきたジグに、父は笑ってみせた。
「はっはっは。まぁその可能性はなきにしもあらずだけどな。彗星や流星群、衛星を見張っている組織はあるから、心配しなくていいと思うぞ? 今のところそんな情報を私は聞いていない」
「……宇宙戦争の話は、実際にないのか?」
「ない、とは言い切れないが……」
ジグの父は顎をさすって少し考えたのち、笑った。
「もし宇宙戦争があったとしても、君は今や明日をどう生きるか? 今という瞬間をしっかりと楽しみながら生きることも大切だと私は思う」
「父さん……」
「なんだ、急に心配になったのか? はっはっは! まだまだジグは子どもだな」
笑ってから、手元にあった望遠鏡に目をやる。
「ほら、流星群の観測のために仮眠を取ったんだろう? 望遠鏡のセットはもうしてあるぞ」
「流星は見えるのか?」
「どうだろうな、天気は晴れているが……あとは星たちのご機嫌次第といったところだな」
ジグは望遠鏡をのぞき込んだ。空には星が瞬いていて、いつ流星が降ってくるか待っている状況だ。
「ジグ、何か願い事は考えたか?」
「願い事?」
「流星群……星に願いを託すのは、昔からだろう」
「迷信だ、そんなの」
「そうか? 君には何か願いはないのか?」
「願い……」
強いて言うなら、宇宙戦争など起きてほしくない。そして、それとは別に夢の中のメンバーと実際に会って話がしてみたい。特にユタと。でも夢とは違ってきっと言語の壁はあるんだろうがーー。そんなことをふと考えながら望遠鏡を再びのぞくと、ちょうど星が流れた。
「あっ」
そのタイミングで、ジグの父親のスマホが鳴る。
「もしもし。なんだ、こんな夜中に……え? なんだって?」
ジグは父親と電話の会話をBGMに流星群を眺め続ける。
ピッ。父親は電話を切ると、ジグに静かに言った。
「何が起こったんだ……? 私が生きている間にそんな奇跡のようなことが起こるなんて……」
「どうかしたのか?」
「全世界一時休戦命令だ。ジグの言った通り、衛星落下の危険性があるらしい。だが、それを口実に一時休戦して、全世界協力して衛星や星々の監視などを強化するとのことだ」
「嘘だろ……」
自分の願いが通じたことに、ジグは驚く。さらにジグの父親の元にメールが届いた。
「……もうひとつ。ジグ、君はペンフレンドを持つことに興味あるか?」
「ペンフレンド? メールやSNSで事足りるのに文通相手?」
「この使命は重要だ。なにせ、戦争のあった国の子どもへ送るものだからな」
「どういうことだ?」
「戦争があった場合、一番に必要なのは安否確認だ。だが、インフラが使えるかわからない。インフラの構築で欠かせないのは、支援物資輸送路の確保だからな。そのついでではあるが……手紙の宛名はある部族の長の子どもたちだ。彼らのメンタル面の保護と、生きる希望を与えるための手紙……君に書けるか?」
ジグは少し考えてから、拳を強く握ってうなずく。宇宙のコロニーで、自分は何もできなかった。だけど、今自分がペンを執ることで、もしかしたら救える相手がいるかもしれない。少しの勇気で救われる人がいるなら、それはすごいことなのではないだろうか?
自分一人では何もできない。だけど、自分ができることもある。コロニーでは、4人が協力してことをなしていた。自分ができたことは、『士気ーーやる気を出させること』だったのだ。これは自分に適任だと、ジグは思った。
「父さん、できるかどうかわからないけど、やってみるよ」
「そうか。じゃあ大変になるな。まずはその国の言葉を勉強することから始めないといけない。明日から語学の勉強もあるぞ?」
「ああ、頑張ってみる。ところで、文通相手はどんな子なんだ?」
「えーと……名前は……『ユタ』って書いてあるな」
「! ユタだって?」
ジグは目を輝かせる。ユタと、現実で手紙のやり取りができる。星にお願いごとをするなんて迷信だと思っていたけれど、こんな奇跡が本当にあるなんて……。
「お、おいおい! 泣いているのか?」
「え? あっ……」
ジグは自分でも気づかないうちに、目に涙をためていた。それを擦ると、父親に向かって笑顔を見せる。
「な、泣くわけないだろう? 終戦記念の一報が入ったし、俺も……ぜひ話がしてみたかったんだ。ユタと」
「はっはっは! 男でも、嬉しいときでも涙は出る。それが人間だ」
ジグの父は、息子の肩を引き寄せると、一緒に空を仰ぐ。ユタ、待っていてくれ。頑張ってきっと手紙を書き上げる。そして、それが届くようにーー。そんな思いをジグは、強く持っていた。
ポロン、と軽快な音が鳴った。
『メッセージが来たよ!』
スマホの通知音が部屋に響く。パソコンは何日もつけっぱなしで、この部屋の主である人間が寝ているときは同時にスリープモードになっていた。
スマホの画面をのぞくと、ガイは眠い目を擦った。
「……うーん……まだ眠い……」
そういいながら、もう一度スマホを置いて布団に潜ろうとする。嫌な夢を見た。寝直そう。それでもスマホの通知音は鳴り止まない。ガイは観念してのっそりと体を起こすと、スマホと連動しているパソコンの前に座る。
「あれは夢……だったのか? にしては嫌にリアルだったな」
ガイは見ていた夢をジグと同じ様に思い出す。宇宙戦争が始まり、セレスのコロニーに避難する夢。父さんや母さん、妹の姿に絶望して、傷ついた心。……あんな悲しい夢はもうごめんだ。実際に宇宙戦争なんて起きてはならない。家族を失うのは、平和なときを失うのは絶対に嫌だ。
だけど、夢によって救われたところもあった。友達ーーというのはおこがましいだろうか? 初めてリアルのようにできた、友達。いつもはネットの中しか友達はいないし、学校ではいじめられている。それでも、みんなと一緒に乳搾りや料理、読書を楽しめた。その高揚した感情の記憶はあまりにも鮮明だった。
「ネットばっかりっていうのもよくないのかな……でも、僕にはリアルの友達がいないし」
そうつぶやきながら、スマホに送られてきたSNSの通知をパソコンで開く。SNSでつながっている友達からだった。
『今日、流星群が降るらしいぞ。日本では見られる?』
『宇宙人とかいるのかなぁ? 流星に紛れてUFOが来たりして!』
そのテンションの高いメッセージの連続に、ガイは思わず苦笑した。流星群や宇宙人かぁ……。流れ星自体は見ていて楽しいものだ。その景色は確かに美しい。だけど、宇宙人なんて本当にいるのか? 夢の中では宇宙戦争なんて悲惨なことが起きていたけれど、そういえば宇宙人は出てこなかったなと思い出す。宇宙人にさらわれた! と思ったら、実際は『人類の保険』扱いで避難を余儀なくされた話だったし、侵入者かと思ったら、ただの蝿だったりした。
暗い部屋でパソコンの前に座っていたら、耳元で小さいぷーん……という音がした。
「あ、こいつか」
ガイはメガネをすると、音の鳴る方にパンッ! と手を叩く。
「おお、偶然仕留めたと思ったけど、まだ生きてそうだな」
その正体は、蚊だった。どうやら血は吸われてはいないようだ。ティッシュで蚊をつまむと、ガイはそれを窓の外に弾く。無駄な殺生はしないに限る。
一度手を洗うために部屋を出た。するとまだ、妹のゆきは起きてテレビを見ていた。
「まだ起きてたの?」
「お兄ちゃんこそ」
「僕は起こされたんだよ。SNS友達に」
「ふうん」
「なんでも流星が見られるってテンション高くってね」
「ああ、私もだよ。ラジオで流星が見られるって聞いたから、星空を眺めるのもいいかなと思ってるんだ。この家から見えるかねぇ?」
少しだけわくわくしているように見えるゆき。元気そうな妹の様子に、内心ほっとする。妹は生きている。本当に、夢でよかったーー。あんな夢は現実に起きてはいけないんだ。戦争が起きないことを祈るために、平和を守るために、僕たちは存在しているのだから。改めて強く思うと、涙が溢れてきた。
「お兄ちゃん、泣いてる? なんで?」
兄の様子を不思議そうに見る妹に、ガイは言い訳する。
「め、目にゴミが入ったんだって! それより、流星を見たら寝るんだよ?」
「はーい。わかったー」
「まったく……」
小言をこぼして、くすっと笑った。こうやって妹に文句を言うことができるのも、平和な証なんだ。
手を洗って戻って来ると、またガイはパソコンの前に座って文字を打つ。
『ジーンのところでは、流星見えそう?』
『昨日まで雨が降っていたんだけど、今は運良く晴れてるっぽい! この調子なら、星空観察はできるかも? 妹のミュウと一緒に、ホットミルクとスモアでも食べながら見ることにするよ』
「え……ミュウ?」
突然出てきた、SNS友達の妹の名前にガイは驚き、急いで返信する。
『妹さん、ミュウって名前なの!?』
『そうだけど、それがどうかした?』
『嘘でしょ? 今寝てたんだけど……夢の中で出てきたんだよ、ミュウって女の子が!』
『ははっ、それで? 俺の妹は運命の人だー! とか言い出すなよ? 妹はまだ恋愛とは無縁なんだ』
『そ、そういうわけでは……』
『わかってるって。でも、何か面白いな。流星群の降る日に、俺の妹がネットの友達の夢に出てくるなんて。これってSFか?』
ジーンとのメッセージは止まらないが、ガイはジグとユタについても考えていた。ミュウとは実際につながることができるかもしれない。でも、ジグやユタは……? ガイは少し考えてから、ジーンにメッセージを送った。
『ジーン、僕、ある人たちを探したいんだけど、どこかの国の衛星カメラをハッキングしたら見つかるかな?』
『ハッキング? 大胆なことを言うな。それをやったらお尋ね者だぞ?』
『クラッキングじゃないし、見るだけなら大丈夫でしょ? そこをサポートしてくれるんじゃないの? ジーンが』
そう綴ると、ジーンは『仕方ないなぁ、そんな風に言われたら断れないよ』と返事をくれた。
「……よし!」
ガイは自分の頬を叩いて気合を入れると、パソコンの画面を見つめる。ジグとユタ。ユタに関しては自分のことをあまり話さなかったけど、ジグは「自分は軍人の息子だ」と言っていた。
『で、どうするんだ?』
ジーンが急かすと、ガイは指示を出す。
『世界の軍人リストを見て、その家族のデータを割り出してくれ。その中に『ジグ』って名前の子どものアカウントかメールアドレスを探してほしい』
『わかった。それで? 君はそのジグってやつに何か言いたいことでもあるのか?』
『……そうだなぁ、『元気?』ってメッセージを送りたい』
『なんだそりゃ。本当に欲がないなぁ、そのメッセージ。まぁいいよ、やってみよう』
『まるで特に意味のない宇宙人からのメッセージみたいかもね』
『おいおい、君は宇宙人じゃないだろ?』
その言葉に、ガイは噴き出す。笑っている間に、データ照合は可能だった。裏のネット網を使えば、あっという間に特定ができてしまった。
『ひゅう! ガイの作った新しい検索システムもすごいな!』
『それをフォローしてくれたのがジーンでしょ? よし、このジグが夢に出てきたジグかはわからないけどメールしてみよう』
『これも夢の中の話か? 俺はそろそろログアウトするぞ〜』
『わかった。ありがとう』
ジグのアドレスがわかると、さっそくメールフォームを開く。本人かどうかはわからないけれど……。 ーー『ジグへ。夢の中で会ったかもしれない、ガイです。本当の君は元気ですか? ユタとも連絡が着くといいんだけど……』




