Vol.13 Meeting
最後まで起きていたジグが眠りにつき、ちょうど9時間後。耳元でレックスの大きな声がした。
「おはよーにゃー! そろそろ起きるにゃー! 寝すぎてもよくないにゃー!」
その音にびっくりしたジグは、コクーンから転げ落ちそうになる。ガイもいきなりの大きな音に驚き、枕で耳を塞ごうとする。ミュウだけは寝起きがよく、すんなりと起きて伸びをしたが、ユタにおいては未だに夢の中だ。
「ガイ、ユタ! 起きるにゃー! みんな起きたらロビーに集合にゃー!」
「わかったよ、レックス」
「ふわぁ……」
ようやく二人もベッドから身を起こすと、4人はロビーに集合した。
「おはよう」
誰からともなく起床後の挨拶をする。ガイとユタはまだ眠そうだが、ジグはコクーンから落ちそうになりひやりとして完全に覚醒した。ミュウはよく運動したからか、寝起きはばっちりだった。
「なんだか寝心地よくって、まだぼーっとする」
「ガイ、しっかりしろ。今日も動くぞ」
「でも、ガイの言う通りだよ! ここは空調もちょうどいいし、寝具はサイコーだし、もっと眠っていたいと思っちゃうって」
「ユタの気持ちはわかるけどもね」
ミュウも笑顔を浮かべる。
「さて、しかし今日はどうする? とりあえず、起きたら食事の用意をまたしなくてはいけないな」
「……そのことなんだけどさ」
ガイが口をつき、昨日読んだ漫画の話を始めた。
「食事もさ、何か保存食を作るのはどうだろう? そうすればわざわざいちいち食材を運ばなくてもするむし」
「保存食?」
ユタとミュウはぽかんとするが、ジグもうなずいた。
「そうだな、あと冷蔵庫はあっただろうか? 冷蔵庫があれば、牛乳を置いておけるぞ」
「それは便利だね!」
「ガイ、保存食ってどんなのが思いつくの?」
「うん、昨日読んだ漫画では、『塩漬け』っていうのがあったよ。日本でも野菜を塩漬けにして、漬物を作ったりする」
「塩漬けの文化は他国にもあるぞ。魚などを漬けるんだ」
ジグが補足すると、ガイは「その通り!」と肯定した。
「他にも大豆があれば、保存食のレパートリーはかなり広がる。納豆……これは他国の人は苦手なことが多いけど、味噌や醤油なんかの調味料ができるし、大豆から豆腐を作れば、それから出る豆乳やおからなんかも食材になるんだよ」
「大豆? 豆のことだね。豆も主食になるんだよね!」
「ふむ……大豆か。自然フロアにあるだろうか。あったとしても、俺たちに調理ができるのか?」
「それはわからないけど、トライアンドエラーよ。やってみなきゃわからないわ」
「じゃ、今日の予定は決まったかにゃ?」
レックスが4人にたずねると、ユタが言った。
「大豆を探すのは時間がかかりそうだよ。あと茶畑や果樹園なんかも探したいと思うし、まずは昨日と同じように乳搾りと卵、畑で野菜をとって、腹ごなししてから自然フロア散策にするのがいいと思う!」
「私もユタに賛成だわ。ついでに野菜の塩漬けも作れるじゃない? キッチンで冷蔵庫を確認して、そこに保存できるかも見てみましょう。あと、私も思ったことを発表していい?」
ミュウがおずおずと言うと、ガイが「どうぞ」と言うように手を差し出した。
「ジグは小麦でパンが食べたいと言っていたわね」
「そうだ」
「主食はお芋でもいいけど、パンもお米もあるといいよねぇ」
「選択肢は多くあって損はないからね。それこそ僕らと同じく、主食の保険だ」
「その話も重要なのだけど、パンにはあるものが必要なのよ」
「なんだ、あるものって」
ジグが不思議そうにすると、ミュウは人差し指をぴんと立てた。
「ずばり、イースト菌よ。菌がなくてもパン自体は作れるんだけど、膨らまないの」
「納豆と同じだね。発酵というやつだ」
「発酵……?」
ユタが不思議そうにすると、ジグが考えてから発言した。
「……つまり、腐ったときに出るもの……とか、細菌とかか? チーズも場合によっては発酵食品かもしれないな」
「チーズかぁ。牛さん、お乳たくさん出してくれるかなぁ? 動物たちの健康管理は全自動でやってくれて、昨日は元気ではあったけど……」
「まだあるわ。昨日気づいたことなんだけど、油と塩は今のところ有限だわ。これらもどうにかして増やす手段を考えないと。特に塩は私たち人間の体には必要不可欠だから」
「塩漬けを作るにしても重要だけど、調味料や栄養素として使う分は残しておかないといけないってことだね」
「小麦について、俺も意見がある」
次に口を開いたのはジグだった。ジグの手には、昨日寝る前に読もうとしていた水車の作りについての本があった。
「本当は読んでおきたかったんだが……。今日、自然フロアに行くとき、水車も見ておきたいんだ。もしかしたら水車を使って小麦を粉にしたりすることができるかもしれない。それだけじゃない。水車の仕組みを理解することを手始めに、自然フロアの作りや物理的なことも勉強できるかもしれないと思ってな」
「へぇ、それはいい考えだね! 今日、自然フロアでやることはいっぱいだぁ〜!」
ユタが同意すると、ジグは少しだけ照れくさそうに笑った。
「水車の作りがわかれば、川の流れの仕組みもわかるかもしれないわね」
「調べることが本当にたくさんありすぎるよ……」
ガイが大げさにぐったりしたポーズを見せると、ミュウがやれやれと呆れた様子で笑みを浮かべる。
「ボクはとりあえず、画材があったらいいな〜とは思ったよ。絵が描ければ、自然フロアでうろうろできないレックスに、どんな植物があるか調べてもらえるじゃん?」
「私にはなかった視点だわ。絵ね。絵もここでは重要になるのね、画材探しもしなくちゃね」
「写真が撮れたらベストだけどね」
「カメラはないのか? レックス」
ジグがたずねると、レックスは耳をピコンと動かした。
「倉庫にあるかもしれないにゃが、あそこは人力で探さないと出てこないにゃ。画材だったら図書室にあるにゃよ」
「図書室かぁ。そうだ、絵本も返さないと。倉庫でカメラを探すのは宝探しってことにしておこうよ!」
「ユタは楽観的ね。それならまず、カメラ探しよりやっぱり画材を使って絵を描くほうが効率はいいかもしれないわ」
「じゃあまずは図書室に行くのがいいのかな?」
「いや、先に自然フロアへ向かい、食材の調達。料理を作った後、図書室へ向かい、画材を調達し再び自然フロアで調べごと……と言ったところだろう」
ジグがまとめると、レックスが声を上げた。
「じゃあ、まずは朝食作りにゃね。みんな、そろそろお腹は減っているにゃか?」
意識していなかったが、「空腹か」と聞かれるとなんとなく突然腹が空いた気になってくるのが人間の不思議だ。4人は9時間寝て起きたばかりだ。その間は何も食べていなかったのだから、言われてみると確かに空腹だ。
「何かすぐにでも食べたいわね」
「うん、空腹のままで自然フロアで牛の乳搾りと収穫……できるかな」
「図書室におやつはあるとは言え、これも有限だからな。あまりそれに頼るのはよくない」
「もう! みんな、やろうと思ってできないことはないよ! 空腹のほうが食べたときおいしいって感じるし、悩んだりする前に動こう! 待ってたってご飯は出てこないよ!」
ユタに活を入れられると、3人ははっとした。その通りなのだ。待っていてもここでは食事は自分たちで用意しなければ出てこない。このロビーで作戦を練っているだけじゃ、何も始まらない。まずは行動しなくては。
「本当にサバイバルだな」
「まだ環境はマシなんじゃない? 畑も温室もあって、作物は収穫できているんだし」
「お腹が空きすぎたら、また野菜をつまみ食いするっていう手もあるわよ」
「その前に牛の乳搾りだよ〜。喉も乾いちゃった」
「それじゃあ、移動にゃ!」
レックスとともに、また昨日と同じようにエレベーターに乗り込む4人。また大変で新しい日が始まるーーそれでも生きて、勉強していかなくてはならない。まずはここで生きていく。そして、努力するとこができたら、いずれは地球に帰るーー。そう考えると本当に大変ではあるが、やっていかなくてはならない。ここでやらなくてはいけないのは、他でもない、この4人自身なのだから。
エレベーターが自然フロアで止まると、レックスは昨日と一緒でまた入口でお留守番だ。
「気をつけて行ってくるにゃよ!」
「はーい!」
ユタとミュウが手を振り、4人は歩き出す。まずは遠くから行こうということで、温室へと向かう。温室には相変わらずみずみずしい野菜が実っている。4人は昨日と同じように、少しの腹ごなしということで実っている野菜を採り、口にする。
「うーん、少しお腹に何か入れるだけで違うよねぇ」
「僕もすっごくお腹空いてたみたい。トマト食べるの、昨日と同じく一瞬だ」
「料理を作るのは、このあとだ。献立は昨日と一緒か?」
「そうね、この自然フロアに何があるかを完全には把握していないから、まずは昨日と同じレシピで行きましょう」
そう話しながら、4人はトマトとナス、レタスなどを収穫する。温室を出ると、同じようにキャベツを穫り、大根、さつまいもを掘り出す。それだけでもう泥だらけだが、次は牛と鶏のいる場所で、乳搾りと卵採取だ。
「今日は手分けをしないか? 乳搾り係と卵を取る係の2班にわけて。そのほうが効率もいいだろう」
「そうね。どうやって仕事を決める?」
「朝の乳搾りはボクが最初やるよ。もう一人、やり方を教えるから手伝って!」
「じゃあ……」
「私がやるわ」
ジグが名乗りを上げようとしたところ、ミュウに遮られる。
「鶏を捕まえるのは力がある人のほうが適任よ。昨日やったけど、大変だったわ」
「じゃあ僕とガイが卵を。でも、誰もが仕事をできるように慣れることは忘れないようにしよう」
少しだけがっかりしたジグだが、今、私情を挟むのは芳しくない。ジグは「そうだな」と強くうなずいた。
昨日とは違い、多少コツを掴んだのか、淡々と順調に作業は進んでいく。いい調子だ。このペースだと、食事にありつくのも昨日より早くなるはずだ。
「ジグ、オスの鶏は放っておいていいから! 今日は僕がメスを持ち上げるから、その隙に卵を!」
「わ、わかった!」
「ユタ、今日の牛さんたちの様子はどう見える?」
「そうだなぁ、なんか昨日より元気かも? ボクたちと一緒で、自分たち以外にも生き物がいたってわかったから安心してるとかあるのかなぁ? 牛たちの気持ちがわかったらいいんだけどねぇ」
呑気に話をしながら乳搾りを済ませ卵を得ると、各自収穫物を持ってレックスの元へと戻る。
「おかえりにゃー! 収穫はどうにゃか?」
「まずまずだよ」
「あとは料理するだけだ」
「塩漬けのことも考えないといけないわね」
「少しつまみ食いしたけど、もうお腹ぺこぺこ! やっぱり動いたからかなぁ?」
そして今度はキッチンで料理だ。そう思いながらエレベーターで上の階に行き、廊下を移動しているときだった。
「……おかしいにゃ。なんか変にゃ」
「え?」
耳をピコンとした瞬間、レックスは大声で騒ぎ始めた。
「Warnig! Warnig! ……侵入者にゃー! 非常事態にゃー!」
「な、何!?」
「レックス! 落ち着け!」
いきなりブレーカーがガコンと落ちたように廊下が暗くなり、レックスが大声を上げる。
「どうしたの!? レックス、何が起きてるの!?」
「……警報……」
慌てるガイに、レックスを落ち着かせようとするジグ。そして状況を把握しようとするミュウに警報で胸をドキリとさせるユタ。
「みんな、とりあえずキッチンに避難にゃー!!」
「避難してどうにかなるの!? 侵入者なんだよね!?」
「ガイも落ち着け! とりあえずは避難が優先だ!」
「行きましょう、ユタ! 大丈夫よね!」
「う、うんっ!」
キッチンに4人と1AIが入ると、レックスが居場所を防衛するモードを始動させる。
「シェルターモードにゃ!」
レックスの声で、キッチンの扉と壁にシャッターが閉まる。これでひとまず避難は完了だが……。
「……レックス、侵入者ってなんだ?」
「そ、そうだよ! まさか……宇宙人とか?」
「自然フロアに行けなくなってしまったら、今後食料が……」
「っていうか、本当に緊急事態じゃん! どーする!?」
まだコロニーのすべてを把握してすらいないのに、一体どうすればいいのだろうか。沈黙を4人とAIが襲った。




