Vol.11 想う
エレベーターを上がると、今度は目覚ましがあった場所へと移動する。ここが各自の部屋へとアクセスできるホールと言うことになるらしい。
「それぞれの部屋は、ドアのところにネームプレートがあるにゃよ。自分の部屋を確認したら、今日はもうゆっくり眠ってほしいにゃ。翌朝……この場合朝と呼ぶかどうかはわからにゃいにゃが、起床時間になったらワタクシが起こしに来るにゃよ」
「わかった〜!」
4人はレックスに同意すると、それぞれの部屋へと散っていった。
「ーーさてと」
ウィーンとドアが開き、部屋に入ると、ガイはようやくため息をついた。本当にため息をつく暇もなかったが、やっと本当の意味で一息ついたと言える。言われた通りベッドに入って早々に寝ようかとも思ったが、正直なところまだ少し自然フロアや図書室でリフレッシュできたとは言え、心の整理がついていない。地球にはもう帰れない。ひとりになると地球上でのことを思い出してしまう。いじめられっこだったから、学校にいい思い出はない。だけどもガイにはネット上の友達と家族がいた。父と母、妹はもう……。当然ネットなんてできる状況じゃないだろう。画面の向こう側の友達は大丈夫だろうか? いや、大丈夫なんかじゃないだろうな。そんなことは容易に想像がつく。そもそも隕石や衛星が落ちてくるとなったら、電波環境だって正常じゃなくなるだろう。ネットもつながらず、みんなはーー。ここのコロニーに来てからは、3人といたから気が紛れたというのは嘘ではない。人はひとりになると、こうも弱くなるのか……。
ガイはガラスに近づき、そっと手を触れた。地球は手の中にすっぽり収まってしまうくらい小さい。セレスから地球はどのくらい離れているっけ? そんなことすら、スマホやインターネットサービスを使わないとわからない。しかし、この宇宙は本物なのだろうか? という疑問も沸いてくる。セレスから地球の距離はどれだけあるのだろう? 自分は何もできない、何も知らない人間だ。
「人間って、本当に無知でひとりじゃ何もできなんだな……」
宇宙空間を眺めながらそんなことをひとりつぶやくガイ。ネガティブな感情に心を潰されそうになる。しかし、そんな自分を自分で慰めるために首を振る。今日の自分は、キッチンでみんなと一緒に料理ができたじゃないか。地球にいたらきっと、そんなことはできなかった。学校の家庭科の調理実習は、他の女子が陣頭指揮を執っていた。だが、今日指揮を執ったのはミュウと自分だ。何もできないと思っていたゲーム三昧で引きこもりがちの自分だけど、牛の乳搾りや畑での野菜収穫なんかもできた。今まで調べごとはネットで一発! アイデアもAIに頼ればなんとかなる。少々怠惰だったろうか。そのくらい気楽に生きられると思っていたが、ここに来てからは違う。レックスのサポートは必要ではあるが、自分たちで何事も考え、積極的に、ポジティブに考えていかないとすぐにダメになってしまうことがわかった。それだけでも十分な収穫だ。
でも、戦争が起きない国だと自分の国を信用していたのに……。そんな気持ちも出てくる。戦争ーーいや、戦争と呼べるのだろうか? どちらかというと、天災なのかもしれない。レックスは「宇宙戦争」と言ったが、これは災害だとも思える。地球の電波に異常をきたし、重力に引きずられて隕石や宇宙ゴミが落ちてくるならば、それはもはや戦争というよりも災害だ。自然には抗えない。それは自分の国がよく知っていることではないか。
はぁ、とまたため息がこぼれる。レックスはプライベート空間も必要だと言ったが、むしろひとりになることに耐えられない。今まではむしろひとりでこもりきりになっていたというのに。いや、違うか。ひとりではなかったんだ。自分の部屋の中には、ゲームで一緒になる友人たちがいたんだ。決してひとりなんかじゃなかったんだ。それはきっと、今もそうなのだろう。このコロニーにい3人と1AIが友人だ。少し環境は変わったが、人はひとりじゃない。ひとりでは生きていけない動物なのだ。
もう一度、地球を見てみる。宇宙戦争とは言われているが、宇宙空間から見る地球は青い。まだ真っ黒な死の星なんかじゃない。人類の保険と言われているけども、ジグの言う通り、もしかしたらここで生活していくうちに何か解決策が見つかるかもしれない。ここには膨大な専門書があることだし、手立てが思いつくことだって不可能じゃない。人間という動物は、きっと不可能を可能にする力を持つ動物だと、自分は信じていたい。そういった未知の力があると、この天災から生き残る術を持っていると。今はそう信じることしかできない。
こうやって遠くから地球を見ると、ただ青く澄んでいるきれいな星だということしかわからない。宇宙デブリか隕石の影響か、たまに地面と思われる箇所が点滅する。点滅するたびに目を背けたくなるが……これも見ておかなくてはいけないことかもしれない。自分が隔離された理由。人類の保険として選ばれた理由。それが少しだけわかった気がする。「人類の生きた記録を残すこと」。大それたことはできないし、歴史のテストなんてさほど点数はよくなかった。それでも記しておかなくてはならないのだろう。
ベッド代わりになるコクーンの横には、電気スタンドと台があった。そこにはホテルのように、メモ帳とペンが置かれている。とりあえず、今日のところはこれでいいや。ガイはペンを手にすると、地球を凝視する。今の気持ちを書き留めておこう。自然とそんな気持ちがわいてくる。
「蒼き星 空から落ちる天災は 宇宙の広さと ちっぽけな自分」
ーー日本の文化である和歌だ。見たものや感じたことを文章にして残しておこうと思った今、ふと思い浮かんだのがこれだった。書いてみて、ガイはふと笑みがこぼれた。自分は和歌なんて書いたことはなかったのに。普段触れていた文化だって、カルチャーではなくサブカルチャーだったというのに。本当に自分は自分の国を愛していたんだなぁ。知らなかったし、無意識だったのかもしれないが、宇宙に来て初めて痛感させられた気がする。自分は国をーー国だけじゃない。地球にある文化や自然を愛している。それが跡形もなくなってしまうのは、悲しすぎる。
「ああ! 疲れてるんだ、もっとポジティブにならないと! とりあえず今日は寝よう。寝ないと明日も大変なんだろうから」
和歌を書いたメモを台の上に置き、ようやくガイはコクーンの中の布団に潜り込んだ。
「ふう……」
ようやくひとりきりになれたなぁと、ミュウもガイのようにため息をついた。新しくできた友達と一緒にいるのは楽しい。というか、やっぱり気分は紛れる。地球は今非常事態だが、そんなことを考える間もなく次から次へと新しいことにチャレンジしていくのは刺激的だ。だが、常に緊張していたというのも本音だ。慣れない環境、初めて一緒に作業する3人。確かに打ち解けてきてはいるが、レックスの言う通りひとりになる時間ーープライベートタイムは必要なのだろう。これから3人とは毎日顔を合わせる。ケンカなどしないといいけれど……と思ったとき、ふとミュウは自分の兄を思い出した。
「ジーン……パパ、ママ……」
地球にいる兄や家族は、レックスの動画を見させられた時点でもう……。それを思い出すと、胸をえぐられたような気持ちになる。
ミュウの兄であるジーンとミュウは、5歳離れているせいか、ジーンはミュウをそれなりにかわいがっていた。学校から帰ると、大体ジーンは家にいることが多かった。隣の家の友人と遊ぶこともあったが、家にあるバスケットシュートを使ってミュウとゲームをしたり、下手くそなギターを聞かせてくれたりした。そのお礼というわけではないが、ミュウはおやつにクッキーやパイを焼いたりして、家での時間を過ごしていたのだ。
思えば楽しい家族だった。父は会社勤務の傍ら農業に勤しみ、母もその手伝いをしていた。自分はそんな家族が大好きだった。家族だけではない。友達にも会いたい……。リュックに目をやると、サマーキャンプのことを思い出す。今コロニーにいるように、違う学校の生徒と一緒にひと夏を過ごした。あのときのスモアはおいしかったなぁ……。でも、この空間は焚き火やキャンプファイヤーなんてできるのかしら? ……もうできないかもしれないなと思った。コンロもクッキングヒーターだったし。もしできることなら、今一緒にいる4人で、地球に戻ってキャンプがしたい。というか、今の状況が単なるサマーキャンプだったらどんなによかっただろうか。サマーキャンプには終わりがあるが、このコロニーでは終わりが見えない。キャンプだったら終わりがあって、ちゃんと家に帰って「ただいま」が言えた。それを父や母、兄が出迎えてくれるのだ。でも、それはないーー。ここには兄も父も母もいないのだ。
それを思うと、我慢していたのか、あまりにも急に知らされた事実でショックだったからか今まで出なかった涙が、止めどもなく溢れてくる。
「うう……ぐすっ」
気丈だった分、溢れ出る涙は我慢できない。嗚咽を漏らしながら泣くなんて、もっと小さいときの兄とのケンカ以来かもしれない……。そのことを思い出して、また涙が出る。兄とケンカすること自体が奇跡で、貴重なことだったんだと気づく。いなくなって、手が届かなくなって、初めて家族の大切さを痛感するのだ。
「会いたいよ、ジーン……パパ、ママ……」
こんなところ、他の3人には見せられない。プライベート空間があってよかった。でも、いくら会いたいと言って泣いたとしても、もう……。これからは3人と一緒に生きていかなくてはいけない。それこそ、本当の意味で強く、たくましく。家族の一員だったことを誇りに思うように、大切な家族に恥じないように生きなくては。
「ぐすっ…………泣いてばかりじゃダメよね。よしっ! 泣くのはもうお終い!」
涙を拭うと、ミュウは気合をいれるかのように自分の頬を叩いた。
「いつまでもジーンの後ろをこっそりついていくような妹じゃ、ジーンやパパ、ママに自分を誇れないわ! ……待ってて、今は生きるために順応するだけしかできないけれど……きっと地球を救う手立てだって考えられるようになる。そしたらきっと、地球に戻るからね」
ガラス張りの窓から星々を眺める。暗い宇宙に吸い込まれそうだと思ったけども、もう怖くない。自分はきっと、『家族と生きた証』なのだから。
ミュウはコクーンの横の電気スタンドの引き出しを開けてみる。あったのは、ノートとペンだった。それを目の前にしたミュウは、あることを思いついた。ーーそうだ、日記を付けるのはどうかしら? 日記は自分の心を整理するために有効だと聞いたことがある。今日感じた気持ちを整頓するのに、日記を書くというのも悪くはない。
スタンドのライトをつけると、ミュウはさっそくペンを執る。
「何から書こうかしら?」
ノートを広げると、ペンを鼻と唇の間で挟む。挟んでから、小さい頃からの自分の癖だと思い出す。いつもこれをしているところを兄に見られてからかわれたっけ。
「ふふっ、ジーンはいつも私のことをからかっていたなぁ。それを見たパパが注意してママがフォローしてたんだっけ?」
家族のことも書き留めておきたいと思った。もう会えないだろう。それでも、思い出として記しておくことはできる。家族の思い出を忘れないように。アルバムのように、この日記を見て、家族のことを思い出せるように。そんな想いを込めて、ミュウは書き出し始める。家族との思い出をーー。
自分は宇宙という過酷な状況にいるが、地球はもっと過酷だ。今夜も衛星が降り注いでいるのを確認できる。本当のことを言うと見たくはない。地球で何が起きているかなんて、知りたくない。今はサマーキャンプ中だと思いたい。家に帰って「おかえり」と言われたい。でも……。
それが叶わなくても、私はきっと、いつか地球に帰る。そのことを明日、みんなに言ってみよう。衛星をどうにかする手立てと、地球に戻る方法を考える。きっと4人でアイデアを出せば、いい案が浮かぶはず。だけどその前に、明日の朝ご飯はどうするんだろう? 料理のレシピも増やしたいし、自然コロニーのことも知らなくてはならない。やることはいっぱいだ。
「考えてもしょうがないわね。今日のところは眠りにつきましょう」
ミュウは日記を書くと、布団を被った。




