Vol.10 ポジティブマインド
ユタの次はガイ、そしてミュウと順番にシャワーを浴びると、全員さっぱりした心持ちになり、のんびりと図書室で本を読んでいた。知りたいことというか、研究しなくてはならないことは山程ある。しかし、一気に片付けることは不可能だ。それだけこのコロニーのことは何もわかっていない。
植物について、簡単に書かれた専門書を読み終えたミュウは、再び音楽雑誌に手を伸ばして、ぼそっとつぶやいた。
「なんというか……静かなのもいいけれど、音楽は聞きたいわね」
「そう言えばここは無音だな。宇宙だから当然なのかも知れないが」
「これが地球だったら、やれテレビだ、ラジオだって何かと騒がしかったからね。活気があったってことだけど」
「よく考えたら、街にいるだけで人の声や雑踏の音が聞こえていたもんね!」
無音、静寂。落ち着くと言えば落ち着くのだが、雨の音も鳥のさえずりもなく、本当の意味での静けさである。せいぜいこの場所で聞こえるとしたら、電気が通る音くらいだろうか? しかしそれすらもこのコロニーでは聞こえないようだ。
「静かなのは嫌かにゃ?」
レックスが聞くと、ミュウは困ったような表情で笑った。
「うーん、少しだけ物足りないかしら?」
「人というのはわがままにゃね」
「そう言われると面目ないとしかいいようがないな」
ジグが頭をかく。最初はレックスに暴力を振るおうとしていたが、今は違う心持ちのようだ。AIと人間の共存。難しい問題ではあるのだが、それがここのコロニーではAIと人間がいつの間にか自然に交流できているようであった。
「ふんふんふ〜ん、ふんふんふ〜ん」
ユタが机を軽く叩きながら鼻歌を歌うと、ガイがそれに反応した。
「ユタ、その曲は?」
「おばあちゃんから聞いた曲だよ。本当は机じゃなくて太鼓を叩くんだけどね」
「いい声だな、ユタは。だが、太鼓か……」
「ジグ、太鼓がどうかしたの?」
「いや、音楽が人の心を和ませる作用があるというのはよく聞くだろう? このコロニーにはCDやレコードはないのか? まさかそれも楽器が用意されていて、自分たちで演奏するように! って言われるのかと思ってな」
「レックス、音楽を再生することはできる?」
ガイが聞くと、レックスはまた糸目になった。
「音楽の再生はできなくもないにゃが、ジグの言う通り、楽器の準備があるにゃ……」
「そうは言っても、私は何も楽器を演奏できないわ」
ミュウが肩をすくめると、ユタは明るく言った。
「楽器ができなくても、歌うことはできるじゃん?」
「私はみんなの前で歌うのは苦手よ」
「まぁ、それを言うと僕もだ」
ガイも苦笑いを浮かべる。
「そう? 歌うのは楽しいけどなぁ。ふんふんふ〜ん」
「…………」
歌うユタを、ジグは静かに見つめ、何かを考えている。少しばかり考えたのち、口を開いた。
「センシティブなことを聞いてもいいか? ユタ」
「なに? 改まって」
「ユタは……自分のことを男だと思っているのか?」
あまりにもセンシティブな話をずばりと聞くジグに反応したのはミュウだった。
「本当に直球ね」
「そんなに気にするものかな? LGBTQとは違うニュアンスかもしれないけど、日本にも男の娘とか、男装の麗人とかはいるから、ここではそんなことあまり気にする必要はないと思うけど……」
ガイがフォローするが、当のユタはあっけらかんとしていた。
「ボク? 特に男だとか女だとかは気にしていないだけだよ。ボクの国では男も女も戦場にいたようなものだからね」
「……その芯の強さからくる明るさに、俺は救われている気がしたんだよ」
「ははっ、大げさだなぁ!」
明るく笑うユタだが、ミュウやガイもそれには大きくうなずいた。
「でも、ユタがいたことで場の雰囲気がよくなることは結構あったわ」
「言われてみればそうだね」
「みんな、持ち上げすぎ!」
ユタを褒めたところで、今度はユタ自身が提案した。
「そうだ、今日の反省会的な感じで、みんなのよかったところをひとつずつ言っていこうよ! そうすることで『明日も頑張ろう!』ってなるじゃん?」
「それは素晴らしい考えね。やってみる価値はありだわ」
「じゃあ、次は一番にユタを褒めたジグのいいところだね」
「お、おいおい!」
何気なくユタを褒めただけだったはずなのに、今度は自分が褒められる番になり、ジグは思わぬ展開に笑ってしまった。
「俺に褒めるところなんてあったか? 3人は乳搾りやら料理で活躍したけども、俺は何もないぞ?」
「そうかな? 何事も率先して士気を高めてくれたと思ったけど。僕は料理するときに、ジグがやる気を見せてくれたから頑張れたんだよ?」
「そ、そうか?」
大きい体だが、厳しい親に育てられたためあまり褒められた経験がなかったジグは、ガイの素直な反応に初めて「照れくさい」という感情を持った。今までは「軍人の息子だからできて当たり前」というのが、先に出ていた。だが、ここではどうだ。同じ年代の子どもたちと、まったく同じスタートラインから同じ経験をした。食物は買えばいい。料理も、すぐ食べられればいい。そのくらいの認識だったが、実際はそんな当たり前のことすら難しいことがわかったのだ。
「ミュウはスクランブルエッグ最高だった! もっと栄養のことや音楽のこと、色々教えてほしいなぁ」
今度はユタがミュウを褒める。ミュウも照れながら微笑みを浮かべる。
「ありがとう、そう言ってもらえて嬉しいわ。でも、私の性格的に褒められると図に乗っちゃうのよね……」
「いいんじゃない? それはそれで」
ガイが少しばかり茶化すように言うと、ミュウは何故かほっとしたような顔をした。それを見たジグが、ミュウに軽いアドバイスをする。
「ミュウは自分に厳しいところがあるんだろうな。だが、それは自分をしっかり管理できているという証拠だろう」
「! そういう受け取り方もあるのね。勉強になるわ」
自分の思考の癖をポジティブに受け取られたミュウは、新たな自分の一面を発見できたような気がして、心の荷物が軽くなった気がした。
「ガイも今日は頼りになったわ。料理のレシピをさらっと書いたり、あなた頭の回転が速いのね」
「頭だけよくてもどうかなとは思ってるよ。僕は協調性がなくていじめられていたから……」
「何言ってんの! いじめられっこがあんなに手際よく料理の指示できる?」
「本当にその通りだ。あんまり自分を卑下するな」
ユタとジグが笑いながらガイにツッコむと、ガイもしっかりと笑顔になった。
「……ふーむ」
その様子を見ていたレックスは、また糸目になって考え込む。そして、ひとつみんなに提案した。
「みんな、今日はこの辺で就寝にしたほうがいいにゃね。さっきもうたた寝していたにゃが、ここでは時間の概念があまりないにゃ。だから適度に睡眠を取ることも大事なんにゃよ」
「え〜? まだ本を読んだり、みんなと話していたりしたいよ〜!」
「僕も。漫画を読んでいたいな。地球にいたときは、深夜アニメをよく見ていたし、少しくらい睡眠時間が削れたって大丈夫だよ」
ユタとガイが抗議の声を上げるが、ミュウがそれを諌めた。
「レックスの言うとおりかもしれないわ。人間は睡眠を取らないと、脳が暴走をするってネットの記事で読んだ」
「動きすぎて誰かが倒れても困るしな。ここには4人しかいないし、4人は誰一人欠けてはいけない」
「そういうことにゃ」
ミュウとジグの声をまとめると、レックスが締める。
「寝るところは、さっき起きた場所? この上のフロアの、円形になったカプセル」
「また時限式で起きたりするのかな〜……」
「そうにゃが、ちょっと違うにゃ」
レックスは側面の画面を4人に見せる。映ったのは目覚めた、カプセルのある場所だ。カメラは天井につけられているのか、真ん中の目覚ましがあった場所を中心に、カプセルが4つ。時計の盤面に例えると、2時、4時、7時、11時のところにカプセルがある。4人が注視すると、突然ガコン! と音がした。
「なんだ?」
じっと見つめていると、目覚ましの置かれた場所を中心として、カプセルの間に壁ができ始める。そして、そこを中心として3層になっていた重力の部屋と、地球が見えるガラス張りの空間が一体になり、ケーキの1ピースの形の個室に変化した。
「すごいわ……」
「プライバシー空間というのも必要にゃと思ったにゃ。だから、元からこのカプセルのある場所は個室にもにもなるにゃよ。あと、窓から地球も見られるにゃよ」
「窓って言うには大きすぎだよ!」
ユタが驚く。まるでこの個室は、宇宙に置かれたガラス張りのタワーマンションの一室のようだ。だが、この広い窓は、宇宙を身近に感じて少しだけ怖い。
「まるで僕らが宇宙の一部になった気分だね」
「元からそうだろう? 少々落ち着かないがな」
「大丈夫にゃ。カプセルの置いてある場所と、重力を操作した場所と、ガラス張りのところは、全部が一部屋と言ってもカーテンのように仕切りのところで開閉は可能にゃ」
「それなら安心だね!」
「よかった……宇宙があまりにも暗くて、吸い込まれそうだったから」
ミュウの言葉は核心を突いていた。宇宙は暗く、広い。4人は今、惑星セレスというひとつの天体になっているようなものだ。しかし、この環境にもなれなくてはいけない。地球にはもう、戻れないのだから。
「じゃあ、さっそく部屋に移動するにゃが……寝具はともかく、パジャマの準備は必要にゃね」
「このジャージでいいけど?」
「ガイは身なりを気にしなさすぎだ」
「ははっ……」
「寝付けるかわからないから、絵本を持ってっていいかな〜?」
「いいにゃよ」
「私は……」
ミュウが言い淀む。何事かと3人が思っていると、照れながらミュウは告白した。
「実は、いつも一緒に眠っていたぬいぐるみがいるの。それがないと眠れないかも」
「ぬいぐるみか……それがこのコロニーにあるのか?」
ジグが考える人と同じようなポーズになったところで、レックスの耳がピコンと反応した。
「こうなる可能性があるとはわかっていたにゃ。だから、少しだけどみんなの私物をきちんと倉庫に保管しているにゃよ。そこから荷物を持っていくといいにゃ。ミュウのぬいぐるみもあったと思ったにゃよ」
「本当?」
「僕の携帯用ゲーム機なんかもある?」
「それは、充電が切れたらオシマイにゃからにゃい。スマホもないにゃ」
「ケチだなぁ」
「ジグとユタは何か必要なものはないの?」
「俺は……そうだな、ここにある本を1冊持っていってもいいか?」
「あまり根を詰めてはダメにゃが、いいにゃよ」
「よしっ!」
「ボクは、寝る前にミルクが飲みたいなぁ〜。また絞ってこなきゃダメかな?」
「さっきミルクスープで全部使っちゃったから、今度は寝る前用に多く絞ることにしようか?」
「そうだね!」
「では、倉庫に案内するにゃー!」
レックスと4人は図書室を出ると、同じフロアの行き止まりまで歩くことになった。行き止まりには、ドアがあり、そこを開くと電気がパッと点く。そこは手前には棚があり、リネンやタオル、服などが置かれていたが、奥はジャンク屋のように乱雑に、地球で見かける様々なものが置かれているようだった。
4人の私物と思われるものはすぐに見つかった。入口の扉の前にすぐ置かれていたからだ。4人は自分の荷物がどれか、すぐにわかった。バッグも自分たちのものだったからだ。
「俺たちがすぐに必要とすることを見越していたんだな」
「そうにゃ!」
「このリュックサック、小学校のときに使ったやつだ」
「私も、サマーキャンプのときのだわ」
「そのくらい気楽でいいってことじゃん? ボクも普段使っている袋だよ」
4人は中身をすぐに確認した。中に入っているのは……。
「着替えと、衛生用品、水筒もある。水筒は夜中喉が乾いたとき用のピッチャー代わりに使えるよ!」
「アイマスクなんかも入ってるね」
「裁縫用具もあるが、糸も紡がなきゃいけなくなるんだったな……」
「私のぬいぐるみも入ってたわ。よかった」
「ここは基本的に寝具の換えや服、タオルなどがあるにゃが、奥にあるジャンク品は部品として使えるにゃよ。今じゃなくていいから、ここもあとでチェックしてほしいにゃ」
「こういうのに強いのは……ガイ、行ける?」
「うーん、どうだろう? ジグやユタは?」
「ボクはぜんっぜんだね」
「俺も簡単な模型程度は触ったことがあるが……」
「何度も言ってるにゃが、ゆっくりでいいにゃ。さっきの読書みたいに、少しずつ環境に慣れてほしいにゃ!」
「そうだね」
全員がうなずき、持ち物の中身を確認すると、それを背負ってレックスと共に倉庫を出た。やっと就寝の時間ーープライベートタイムだ。




