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Vol.1 目覚め

 ピッ……ピッ……ピッ……。定速を保った電子音が室内に響く。

 室内温度20℃。4つの人間個体は、コクーンと呼ばれている機械の中で呼吸している。酸素を吸って、二酸化炭素を吐き出す。地球にいる動物ならばごく自然で当たり前のこの行為も、ここでは人工的である。

 ピッ……ピッ……ピッ……ピピピピピーー。

 アラームが鳴ると、4つのコクーンはその大きなふたをワニの口のように開いた。

「……」

 シュウ……とふたが静かに開くと、中にいたひとつの人間個体はもぞりと体を動かした。

 まだ眠っていたい。この温かい部屋で。母の体内のようなぬくもりを感じる繭の中で。起き上がらず、寝返りをうつ。心地よい。それほどまでにコクーン内部のマットレスは有能だった。そのマットレスは、眠ることを忘れかけていた地球人が求める最高で最上の寝心地をこの4つの人間個体たちに与えていた。

 ピピピピピ……寝返りをうったひとつの人間個体は、そのアラームの音に耳を塞ぐ。体に掛けていた薄いブランケットを顔まで被せた。

 それでもアラームは鳴り止まない。さらにひとつの人間個体は、自分の使っていたこれまた上質な枕を無意識のうちに空に投げつける。

 ピッ……音が止まった。起き上がったひとつの人間個体ーーいや、「人間」は、けたたましく鳴っていたアラーム音のほうへ歩き出し、よくわからないうちにーー近代文明の遺伝子を受け継いだ人間だったように、その「目覚まし時計」の音を止めたのだ。

「ん……」

 呼吸とともに、他の3人の人間たちも目覚め始める。大きく伸びをする者がいた。マットレスは最上級だったが、結局寝ていた空間は狭かったのだ。いくら飛行機のファーストクラスのような場所だとしても、何時間ーー何日間ーー何年間もその場所に寝かされていたら誰でも疲れを感じるだろう。

 あくびが出た者もいた。まだぼけっとしている。頭の中に薄い、寝起き特有のモヤがかかっているようだ。

「ここは……」

 声を発した人物は、アラームを止めた人間に声をかける。アラームを止めた人物もコクーンに戻ると、またその中に入り、ブランケットを掛けた。

「悪い夢だよ。もう一度寝よう」

「いや、待てよ! この状況はどういうことなんだ!?」

 アラームを止めた少年は、笑顔で先程伸びをした同じ年齢くらいの子どもに言った。

「知らない」

「ちょっと、知らないじゃないわよ! ここ、どこよ!」

あくびをしていた少女も声を荒げる。もうひとり、冷静だった少女も周囲を見回す。

「ここ、ボクが寝ていた部屋じゃない」

「そうだね、僕が寝ていたところでもない。これは悪夢だ。だからもう一度寝直そう」

「そんなわけないだろ! 笑ってる場合か?」

「あのねぇ……『目覚まし時計』というものがあるならば、それを止めてもう一度寝ることが僕らにとって最善の選択だと思うんだけど? こんな無機質な空間、夢の中以外に説明っつくっていうの?」

「あなたはなんでそんなにのんきなのよ。頬をつねってみた? これは夢じゃない」

 金髪の少女が他の子どもたちにうながすと、黒い肌の少年と、黒く長い髪の少女も同じようにした。

「やっぱり夢じゃない。アラームを止めた君」

「僕?」

 黒い肌の少年が黄色い肌の少年に話しかける。

「君はここがどこかわかるのか?」

「わからない」

「でもアラームを止めた」

「え? 音が鳴っててうるさかったから止めたんだけど。君たちは悪い夢の中にいたいの? こんな非現実的な場所にいるなんて、夢以外の何ものでもない」

「夢じゃないでしょ? 現実を見たら?」

 長い髪の少女が黄色い肌の少年をたしなめると、ようやく彼は自分の頬をつねった。

「……認めたくはないけど、夢じゃないようだね」

「だからそう言ってるじゃない」

 金髪の少女が呆れたように笑うと、黒い肌の少年がその場にいた全員に質問した。

「さて……ところで君たちは何者だ? 分かっていることはここにいる全員の人種が違うということくらいしかない」

「そうね。ここは自己紹介する場面じゃない? ボクはユタだよ」

 黒髪の少女ーーユタが名乗ると、次に金髪の少女が名乗った。

「私はミュウ」

「ジグだ」

 続けて黒い肌の少年も名乗る。最後に、まだ頬をつねっていた少年が口を開く。

「ガイだよ。でもこの場所が夢じゃないってことは、まるでアニメかゲームの世界そのものじゃない?」

「メタバースの世界にも似てるわよ」

 ミュウはコクーンの外へ出ると、コクーン自体に触れる。

「これ、ハリボテでもなさそうね」

 軽く拳でコクーンを殴ってみると固かった。

「あのさ、ボクらってもしかして、誘拐されてきたとか? だってボクは昨日、ちゃんと普通の木でできたベッドに入ったわけだし……そもそもボクはキミたちのことを知らない」

「私だって夏休みのキャンプに来た覚えなんてないわ。ましてやこんな近未来の」

「まずは落ち着こう。ここがどこか、俺らはそれを知らないと」

 ジグとユタもミュウと同じように起き上がって、コクーンの周りを歩き出す。しかしガイだけはのんきだった。

「ここはアニメかゲーム、もしくは異世界。昨日VRチャットしたまま寝ちゃったっけ?」

「まだ認めないの? ガイ。私たちは誘拐されてきたのかもしれないのよ。まずはこの場所がどこか、確かめないといけないんじゃない?」

「ミュウは神経質だなぁ」

「あなたがのんきすぎるんでしょ」

「それもそうか」

 ガイもいよいよ起き上がると、室内を見回す。

 窓のない部屋には、4つのコクーン。コクーンという名の彼らがベッドにしていたもの。それ以外には、先程4人が目覚めるきっかけとなったアラーム。しかし、時計とは言えない代物だった。なぜなら時刻が表記されていないからだ。ヒントとなるものはこのふたつしかない。出入り口となるような扉もないことが、4人に軽くショックを与えたことは間違いなかった。

「どうしよう……ここ、密室ってやつじゃない?」

 ユタがつぶやくと、ジグは首を振った。

「そんなわけあるか。もし密室だとしたら、俺たちはどうやってこの部屋に運ばれてきたんだ?」

「このベッドが空間転移されてきたのかもしれないよ。実際空間転移はもう可能らしいからね」

「なんでそんなこと知ってるの?」

 ユタが尋ねると、ガイは笑った。

「宇宙基地局のデータに侵入したことがあるんだ」

「ガイはハッカーなの?」

「いや、ただの趣味だよ」

 ミュウの質問を軽くいなすと、今度はガイがみんなに質問した。

「僕はただの一般の小市民。まぁちょっと特殊だとしたら、システム関係に詳しいことくらい。でも君たちは? もしかしたらどこかのお金持ちの子どもだとかで、それで誘拐されたってことはない?」

「私もそれはないわ。ただの学生よ」

 ミュウはガイの言葉に驚きながらもその説を否定する。ガイは小市民と自分のことを言ううが、本当は凄腕のハッカーかもしれない。それが原因で誘拐されてきたという説はあり得る。しかし、自分は何も特殊な能力も何もない、普通の子どもだ。家が特別富豪というわけでもない。強いて言うならそこそこの学業成績を収めて入るが、それにも上には上がいる。

「親の仕事で誘拐されたという可能性があるなら、俺は心当たりがある。軍人の息子だ」

「原因はそこだよ、ジグはきっと。でもボクも特にはないかな〜。この4人の共通点って何かあるのかな? もし親の仕事に要因があるんだったら、ジグだけを誘拐すればいいじゃん」

「それもそうだね」

「ガイはハッキングの腕を買われてるとかあるかもしれないわよ?」

「……それもそうだね」

 ミュウにつっこまれて頭をかくガイ。しかし、この4人の共通点? まだヒントがなさすぎる。もし自分が変な場所に面白半分でネットワーク侵入などをしていたことが原因だったとしても、それにミュウやユタは関係ないだろう。もちろんジグの親の仕事だって、彼女らには関係あるかどうかがわからない。

「もしかして、無作為に宇宙人にさらわれたとかない?」

「ガイ、さっきから冗談はやめて」

 ミュウが困まって諌めようとしたが、それはジグの言葉に否定された。

「……いや、今の時代ありえない話ではないと思う」

「嘘でしょ?」

 ユタがジグのほうを向く。自分たちが宇宙人にさらわれた? 不謹慎ではあるが、まだ「人間に」さらわれたと考えたほうが現実味がある。宇宙人なんて、最近ネットのニュースなどでその存在が証明されつつあると言っても、まだまだ夢見話だと思っていたユタにはショックな話だった。

「ともかくまずはこの部屋を抜け出して、『ここがどこか』を確認しないといけないかもしれないわね。ガイやジグの言う通り、宇宙人に誘拐されたなんて冗談じゃないわ」

 ミュウは室内の壁を調べ始めた。どうやって自分たちがここへ来たか。この部屋に入ってきたか。もし出口がわかって、外の様子を知ることができたら、何かしらのヒントがあるかもしれない。

 ユタも同じように壁に手を当ててみるが、特に不自然に凹凸がある場所などはなさそうだ。

 ジグは周囲を見回したあと、人差し指をピンと上げた。

「風の流れだね」

「ああ、ご名答だ。ガイ」

「そっか、ここで息ができているってことはダクトか何かがあるってことか!」

 ユタも同じように人差し指を立てて風が出ている場所がないかを探す。そのとき、壁を触っていたミュウが何かを思い出したような顔をした。

「こういうシチュエーション、覚えがある……」

「何?」

「ほら、脱出ゲームよ。映画でよくあるじゃない。ああ、こんな時に嫌なこと思い出しちゃった」

 話を聞いたガイは、思わずふき出した。

「ちょっとミュウ、宇宙人は信じないのに、フィクションの映画は真に受けるんだね?」

「だって、こっちのほうがあり得るじゃない!」

「そうかなぁ、ボクは何者かに誘拐されて閉じ込められてるほうがあると思うけど」

「誘拐にせよ、脱出ゲームにせよ、俺は誰かが考えたくだらないことに巻き込まれている場合じゃない」

「同感。ここがバーチャルでもアニメの世界でもないのなら、さっさと出たい」

 どういう原因かはわからない。しかし、4人がここから出たいという思いを一緒にしたことは変わらなかった。

「ともかく出ましょう、ここから」

 そうミュウが決意を新たにするようなセリフを口にしたが、出口に関する手がかりが全くない。風の流れを頼りにするも、どういう部屋の構造かがわからない。風をまったく感じないのだ。

 ミュウは壁の隙間を探すが、一面どんな物質でできたかもわからない。ただ固く、溝や隙間などはなさそうだ。

 どうしよう……。もしこのまま閉じ込められたままだったら。誰かに誘拐されてきたとしていたら。脱出ゲームという体のデスゲームだったら……。そんな絶望感が襲いかかりそうになったそのとき。

 ガコン、と大きな音がし、密室の中に空気が一気に入り込んできた。継ぎ目のない固い壁だと思っていた場所が、円形劇場のカーテンのようにぐるりと開く。暗めの部屋だった場所が、一気に白い壁面の空間に変わった。

「え?」

 一番驚いたのは、原因を作ったガイだった。

「ガイ、何をしたんだ!」

「何をって……ただ、ボタンを押したんだ」

「ボタン? そんなものは壁のどこにも……」

 ミュウが首をかしげると、ガイは手元を指さした。

「アラームのボタン? ガイがうるさいって止めた……」

 ユタは驚いたように口を開く。

「もしかして、って思ったんだ。初心に帰れってわけじゃないけど。それで、もしかしたらこうなんじゃ?」

「おい!」

 ジグが止める間もなく、ガイはもう一度ボタンを押す。すると、また部屋の壁面が現れ、密室に戻った。

「ちょっと! また密室に……」

「だから、こういうことかなと」

 さらにもう一度ボタンを押すと、また壁が開かれ、白い空間になる。

「つまりここがドアってこと」

 偶然の手柄を上げたガイだが、ジグは驚いたような呆れたような表情を浮かべる。

「こんなでかいドアがあるか」

「あったから出られたんでしょ? さ、今度はこの場所がどうなっているか、また窓か出口を探そう」

 ユタの一声で、ミュウは白い空間をぐるぐる歩き始める。

「でも、ここも同じような円形の空間よ? 密室を出たら、また密室になっているって……まるでロールケーキね」

「同じようにボタンなりスイッチがあるのかもしれない。探してみる価値はあると思うよ! 頑張ろう!」

 ミュウを元気づけようと明るい声をかけるユタにうなずくと、また地道なヒント探しだ。

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