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君、ジェリービーンズついてるよ

作者: 奈宮伊呂波

こんにちは。奈宮です。

今回の話は陰陽師をモチーフにしました。

よろしくお願いします。

「君、ついてるよ」


 突然、彼から言われた。

 それは大学の食堂で彼、鴨野正平と二人で昼食を食べている時だった。

 私は思わずカレーをすくうスプーンを止めた。


「ついてるって、何が?」


 ついてる、と言ってもどこに、何がついてるのか言われなければわからない。おそらく、私を気遣ってのことだろうことはわかるけど。

 肝心な部分が分からないと対処法がわからない。

 何もわからないので、つまり彼は何も言っていないのと変わらない。


「ほら、そこ」


 鴨野は私の肩のあたりに視線を移した。

 つまり、彼の言う「ついてる」ものは私の肩にあるのだ。

 私は「それ」が何か知っていた。この土御門春代は知っていた。

 土御門、とは安倍晴明を祖とする一族で明治時代に陰陽寮が廃止される時まで幕府の要職に就いていた、権威ある一族だったのだ。


 そう。だった。


 今はほぼ全員、九割九分が普通の職に就き、社会の歯車となって日々を過ごしている。

 私はその末裔の一人で、何の変哲もない女子大生をやっているが、陰陽道の力を強く受け継いでいた。

 まあ、見えるのだ。幽霊とか。あと頑張ったら呪いとかもかけられる。

 文明開化のあおりを受けて、政府から迷信と断じられた陰陽道だが、残念。彼らの科学への信奉はむなしく、陰陽道は実在した。

 私の頭がおかしいだけかもしれないと、ひた隠しにしていたけど、もしかしたら目の前の鴨野も同じ力を持っているのかもしれない。


「もしかして、鴨野も?」


 恐る恐る尋ねると、鴨野はゆっくりと首を左右に振った。


「いや、俺にはない」


 明確な否定。

 でも、鴨野は何を否定したというのだろう。

 私の質問は「鴨野も?」という短い質問だ。短すぎる。鴨野に何も言っていないのと変わらない、と言いながら私も同じことをしてしまった。反省。


 鴨野は私と違って、後に続く言葉を察していたようだ。だから「俺にはない」などと明確に返答して見せた。


 これには参った。鴨野は私よりも頭の回転が速いらしい。学食のラーメンに狂ったように塩をかけていた男とは思えない。二十回くらいは振ってたぞ。


 だがおかしい。鴨野にはないのに、私にはついている。

 仮に私の質問に対して鴨野は「俺には(陰陽道の力は)ない」という意味なのならば、それでは言っていることが破綻する。

 最初に鴨野が言った「ついてる」というのはおそらく守護霊のことで間違いない。守護霊は誰にでもいる。もちろん、鴨野にも。こうしている今も私には見えている。

 鴨野は「ついてる」と言った後に私の肩を見たのだ。私の背後を。そこに「ついて」いるものは守護霊に他ならない。だったら鴨野にも陰陽道の力が無ければ変だ。


 だって見えてなければ突然「ついてる」などと言うわけがないのだから。だから鴨野には陰陽道の力があるはずだ。


 ……いや待て。


 守護霊のことではない?


 例えば―――鴨野め。暢気に麺をすすりやがって。うまいのか? その塩たっぷりラーメンは。


 例えば、私に「ついてる」のは悪霊……?

 それならば辻褄は合う。だって鴨野には守護霊はついているが、悪霊はいない。だから鴨野は「俺にはない」と言ったのだ。


 え?

 いるの?


 今。私の真後ろに。悪霊が。

 いったいいつのまに。というかどうやって? 私は曲りなりにも陰陽師の一族だ。お守りは最強の物を鞄の奥に常備している。そこらの悪霊が近寄ってこれるはずが―――そういうことか。

 おそらく、この悪霊はかなり強い。もし、私が軽い気持ちで振り返ったりしたら、私の命が終わる。その程度だ。

 逆に言えば、何もしなければ危害は加えられない。だって鴨野は暢気に麺をすすっているのだから。


「ねえ鴨野。私についてるのって、どんなの?」


 聞くだけなら、危険はないはずだ。

 鴨野の肩がピクリと揺れる。まずかったか? 余計なことをしてしまったのだろうか。


「どんなのって、ジェリービーンズだけど」


 ……。

 ポンと右手で左肩を触ってみた。

 何度か触る場所を変えてみたら、人差し指にべたりとした感触の物体が触れた。

 それを摘まんで眼前に持ってきた。

 うん。

 ジェリービーンズだ。


「ナニコレ?」


「ジェリービーンズだろ。どこでそんなのつけてきたんだ」


「いや、知らないし」


 馬鹿?

 私馬鹿?

 なんか色々考えてたのが超馬鹿じゃん。土御門の一族がどうとか、心の中で考えてるだけだったけど、馬鹿じゃん。よかった言葉にしてなくて。

 私は黒いジェリービーンズをティッシュにくるんだ。


 そうだよ。

 大体、さっきたまたま同じ講義で隣り合っただけの男子がたまたま陰陽師の力を持っていて、唐突に共通の秘密を打ち明けたりなんてことあるわけないじゃん。


「そういやさ」


 鴨野は麺をすすり切った。


「彼氏とは仲良くやってるのか?」


 え。と驚いた。まさかそんなことを聞かれるとは。


「なんで知ってんの? まあいっか。まあ速攻別れたよ。だって美穂がブスのくせにムカつくから彼氏奪ってやっただけだし。憂さ晴らしがすんだからすぐ別れたっつーの」


「なんだ。やっぱりそうなのか」


「やっぱり?」


「いや、なんでもない。それよりそろそろカレー食った方がいいんじゃないか? 次の講義の場所遠いんだろ?」


「え? あ!」


 時間を見たら講義の時間まで十分を切っている。

 私は慌ててカレーをお腹に流し込み、「ごめん。じゃあ行くね!」と鴨野に別れを告げた。

 いやあ、時間を教えてくれるなんて優しい奴だな。

 でも、そういえば。なんで私、ほとんど初対面の鴨野に彼氏のこととか話しちゃったんだろう。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 鴨野。

 元々は「賀茂」という苗字だった。

 土御門家の祖である安倍晴明の名に隠れてしまっているが、「賀茂」も陰陽道では名の知れた一族だった。

 安倍晴明の師となった人物の一族でもある。

 その末裔が鴨野正平だ。

 彼の持つ陰陽師としての力は安倍晴明をもしのぐと言われている。陰陽師には1080の術が伝えられているが、鴨野正平の持つ術の数は1500。

 残りの420は鴨野正平自身が編み出した術だ。

 例えば、口が軽くなる術なんてのもその一つだ。


「ついてんだよなあ。悲恋の悪魔が」


 もっとも、つけたのは鴨野正平自身だったが、土御門春代がそのことを知ることは無い。

 この先、一生、好きな男と結ばれることも。


ご拝読ありがとうございます。

自分の力を過信するのはよくないという話でした。ではまた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作品内で一捻りも二捻りもある構造はとても面白かったです。それが軽快な文体で描かれていたので、小難しそうなパーとも楽しく読めました! [一言] これからも応援してます!ぜひいっぱい書いてくだ…
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