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好きでいられても迷惑。
なら、好きでいる必要はない?
「……もう終わっていいってこと?」
じ、と見つめて問いかける晶に、雅巳はハッと目を開いた。
「は? 何言ってんだよキチガイ女」
彼の友人だけは晶の言葉が何を指しているかわからず、ただ晶を威嚇するように暴言を吐き続けている。虚勢だけはご立派で何より。
けれど、雅巳は何かを察したらしい。
直前まで無表情を保っていた晶が機嫌よく笑みを浮かべたのを見て慌てだした。
「あ、晶、まって」
「迷惑って、言ったもんね。これで終わりだ。長かったね」
「晶、違うから、違うんだよ」
「お願いは一回だけだよ。ちゃーんと叶えたよ。偉いな私」
にこにこ、この場にいる誰もが今まで一度も見たことない無邪気な笑みを浮かべる晶と、今まで邪険にしてきた晶に必死になって追い縋る雅巳。
異様な光景にクラスメイトたちが混乱する中、チャイムが鳴った。
「授業始まっちゃうよ」
「そんなことより、晶、聞いて、俺は、」
「もう飽きちゃってたし、丁度よかったね」
醒めた声に雅巳は怯んだように言葉を途切れさせ、同時に教室に入ってきた教師の声掛けに従ってのろのろと席に戻っていく。
その背を見送りながら晶は、不調な身をしかし満たす解放感に、吹けもしない口笛でも吹きたい気分になっていた。
章は正しい。晶はこのお遊びにとうに飽きていたのだ。
けれどそもそもは晶が言い出したことなので、やめることもプライドが許さず、しかも若干方向性が迷走していたのは否めない。過剰になっていく好意の表現がメンヘラストーカーキチガイ女と評されるとは思わず、先程はつい笑ってしまいそうになった。
晶と雅巳の約束を知っているのは二人の他には章のみだ。
ひとりぼっちのかわいそうな男の子の涙を止めるため、彼の特別になってみようかと、彼を自分にとっての特別にしてみようかと、幼い自分は一つの企みを始めた。
多忙の両親に構ってもらえず、年の離れた兄に疎まれ、露骨に萎縮した態度から友人も作れない彼にとっての願いは、誰かに好きになってほしい、だった。
だから好きになった。好きだとたくさん伝えた。いつも側にいて、彼に恋をする少女であり続けた。
雅巳が晶から向けられる好意に胡座をかき始めたのはいつからだったか忘れたけれど、家族との関係が改善され、学校で友人が作れるようになったことで、無理に作り上げた晶の一途な恋心を晶自身が持て余していたのは確かだ。
終わるきっかけは雅巳がくれた。
晶はやり遂げたのだ。難易度の高いゲームをクリアできたかのような達成感に、勝手に笑みが浮かんできてしまう口元を両手で抑える晶を、雅巳は離れた席から絶望したような目で見ていた。