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教室に戻ると、何人かの視線が不躾に向けられた。
晶の雅巳に対する執着は公然のものであるが、教師に呼び出されるほどの揉め事を起こしたのは流石に初めてだ。皆気になって仕方がないのだろう。
無遠慮で下世話な目を通り越して雅巳の席を見ると、複数のクラスメイトに囲まれていた。夏見もその輪にいるようで、晶と目が合うと怯えながら雅巳の後ろに隠れる。
雅巳含め、そこに集う彼らの非難じみた目が晶に向いた。
晶は悪者なのだろう。まるで犯罪者でも見ているようだ。自分達を正義だと思い込んだ彼らにとっては排除しなくてはならない存在なのかもしれない。
晶は雅巳が好きなだけなのに。
好きな人とは一緒にいないといけないんじゃないの?
晶は雅巳を好きでいないといけないのに。
こんなに敵視されたら、何が正しいのかわからない。
どうせ間もなく午後の授業が始まると思い、自分の席についた。いつもだったら僅かでも時間があれば雅巳の元に駆け寄っていた晶がそれをしなかったことに雅巳だけが気がつき、顔を強張らせたが、側にいた夏見はその様子に気がつくことはなかった。
「…………よく平気な顔できるよね」
誰かの声が聞こえた。休み時間の騒々しさの中で、何故かその声だけが晶の耳に届いた。誰のものかはわからないし、突き止める気にもならなかった。
平気なんかじゃない。
平気じゃだめなのに。
どうしてうまくできなくなっちゃったんだろう。
雅巳くんから離れて、と馬鹿みたいに騒ぎながらあの輪に突っ込むべきだろうか、と考えて、そこまで頑張る気力もないことに気がつく。でも少し前までなら出来ていた筈なのに。
頭が痛い。章が言っていたように、もしかしたら貧血気味なのかもしれない。月経不順の晶は自身も思わぬタイミングで体調を崩すため、大抵家族か章に指摘されて体調不良を自覚する。
考えていたらお腹もチクチク痛みだした。病は気から、と言うが、気から病がくるパターンもあるのだなあと言葉遊びで現実逃避に勤しむ。
だからこそ気がつくのが遅れた。
「お前さあ、いい加減、雅巳に付きまとうのやめろよ。気持ち悪いんだよ」
晶の机をよく知らぬ男子生徒が叩き、それから肩を小突かれる。大した力ではなかったが、不意を突かれた晶は言葉も出ず、ただただその突然の衝撃に目を見開くのみだ。
「おい、暴力は止めろよ」
「つっても言ってわかる奴じゃねえだろ? こいつ、頭おかしいんだから」
諌める言葉は雅巳によるものだった。そして話しながら晶の机の脚を蹴りつける彼は雅巳の友人らしい。
いつの間にか晶の席まで来ていたらしい二人を呆けた顔で見上げている間に、ガタガタと机が音を立てて揺れる。
「雅巳もはっきり言えよな。メンヘラストーカー女なんて、害悪でしかねえだろ!」
「害悪って……」
どうやら一人で盛り上がってしまっているらしい彼を止めたいんだか止めたくないんだかわからない、曖昧な態度で雅巳は言葉を濁らせた。
「こんな気持ち悪い女、迷惑だろ」
「……それは、」
「幼馴染みだからって優しくしてやる必要ねえよ。好きでいられても迷惑なだけだろ。な?」
「……あ、ああ」
戸惑いながらも頷く雅巳の姿に、晶は頭が真っ白になるのを感じた。