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 夏見に好きな人がいる事実が仲間内で周知されていたならば、晶が幼馴染みの雅巳に妄執している事実は学校内で周知されていた。


 それほど明確に明白に明瞭に、日頃から晶は彼に愛情表現を欠かさなかったのだ。


 無言で夏見と彼の元に歩きだす晶を、二人の友人は止めなかった。それは晶の気持ちを慮ったのではなく、目の前の愛憎劇に興味を抑えきれなかったからだと容易く予想することができたけれど、友人思いの体で引き留められても迷惑だったため、晶は何の障害もなく雅巳の元に辿り着く。


 晶に気がついた雅巳は眉をひそめ、面倒なものを見たかのようにふいと視線を他所に逃した。ああ、気に食わない。どうして晶のことは見てくれないのに、夏見とは楽しそうに話しているのか。


「雅巳くん、なっつみんと付き合うの?」


「あっ、あの、あきちゃん、ごめんね、わたし、あきちゃんの気持ち知ってたのに、その、」


 晶が尋ねたのは雅巳であるのに、割り込むように慌てて弁明を始めたのは夏見であった。頬を赤く染め、普段より心なし気合いの入った髪型とメイクを施された彼女は昨日までとは違う人間に見えた。


 いいや、違うのだ。


 晶にとって、彼女は昨日までと違う。親しいクラスメイトではなく、愛しい人を横取りした敵だ。憎むべき、妬むべき、嫉むべき、排除すべき、敵なのだ。


 苛立ちのままに夏見を睨み付けると、華奢な体が怯えて震えだす。弱い。こんなに弱いくせに雅巳の隣にいようとするなんて、甘いのではないだろうか。


「おいやめろ」


 血色良好な直前までとは一転、サアッと顔色を悪くした夏見を背に庇うと、雅巳は相貌を険しくさせた。


 凛々しく目を細め晶を睨み付ける姿はさながら騎士のように見えて、晶はほう、と熱い息を吐いた。この彼の憎悪の対象が自分でさえなければ、そして彼の背に庇われるのが自分でさえあれば、最高のシーンだというのに。


 思うままに舌打ちでもしてしまいそうになるが、舌打ちという行為は可愛くない。目の前に愛しい人がいることを思い出して晶はぐっと唇を噛み、雅巳の目を見つめた。いつもと同じように、懇願するように。


「私は雅巳くんが好きだよ。小さいときからずっと好き。何度も伝えてきたよね? なのにどうしてこんな子と付き合おうとするの? どうして私のことを好きになってくれないの?」


 丁度横を通った別のクラスの生徒であろう男子がぎょっとしてから、だが晶の姿を認めると拍子抜けしたように自分のクラスに向け歩き去った。それだけ晶の求愛は見慣れたものなのだ。


「お前なんか好きにならない。俺が好きになる相手は俺が決める。前から言っているだろ。人を束縛しようとするな。うざいんだよ」


 温度のない声音は晶をあっさりと切り捨てる。それはいつものことだった。晶だって、今更それに傷つくつもりはなかった。彼の背に、別の女さえいなければ。


 雅巳の背後で、まるで悲劇のヒロインかの如く可愛らしく縮こまっていた夏見の腕を強引に掴む。引っ張り出すと、細い体躯は容易に晶の方へと傾き、よろよろとたたらを踏んだ。怯えきった顔が恐る恐る、こちらを見つめている。


 夏見の方が晶より身長は高いのに、自分より小さな相手に震える姿は酷くみっともなく見えた。無様。惨め。可哀想だ。


「晶、離せ」


 熱い手に、肩を掴まれた。乱雑で乱暴。とても女子に対する扱いではないと文句を言いそうになるが、晶が夏見の腕を離さないせいか、ぎりぎりと手の力を強めていく雅巳の目を見て、その気はすっかり失せてしまった。


 夏見の腕を掴む晶の肩を掴む雅巳、なんて馬鹿みたいな光景。クラスメイトたちは口も手も何も出せずにいるらしい。


 存在する意味も必要もないほどの有象無象に、それこそ興味すらないが、好奇の目は鬱陶しい。先刻晶と話していた友人ら二人は、肩を寄せ合い何やらこそこそと囁き合っていた。


 間もなく担任教師が来ればこの膠着状態は晶に不利な形で解消されるだろう。少し考えてから、夏見の腕を掴んでいた手をゆっくりと離した。やや遅れて、雅巳も晶の肩から手を下ろす。


 解放された自身の腕を見下ろし、ほっと息を付く夏見の口元。


 以前は無色の薬用リップを愛用していた彼女のピンク色に艶めく唇に手を伸ばし、シャツの袖でぐいと痛むほどに擦ってやった。


 避ける間もなかった夏見と、止める間もなかった雅巳は呆然と立ち竦むのみだ。


「似合わないから」


 嘲る晶を、雅巳はついに怒鳴り付けた。




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