1
ねえ知ってる? と。挨拶よりも先に。
「なっつみんに彼氏できたって」
囁く声が晶の耳を擽り、楽しげなクラスメイトにつられて笑みを返す。
「ほんと? いつの間に」
「ね! やばー! もしかして、ずっと片想いしてた相手?」
昇降口から晶と一緒に歩いてきていた友人が、直前までの眠気もなかったかのように目を開き喜色を浮かべた。教室で待ち構えていた恋愛話は、晶との可もなく不可もない会話より明確に彼女の脳細胞に刺激を与えたらしい。途端に姦しく高い声をあげ始める。
「でもなっつみんの好きな人って結局誰なの?」
背負っていたリュックサックを机の横に掛けながら、晶は二人に尋ねた。
渦中のなっつみんこと夏見とは、同じクラスになったことをきっかけに晶も親しくしているが、彼女の片想い相手については詳しく聞いたことがない。この二人含む友人ら何人かは知っているようだったが、何故だか暗黙の了解のように晶には固有名詞という決定的情報を与えようとしないのだ。
一学年時から仲の良いメンバーと、二学年に上がってから接点を持ち始めた晶とでは仲の度合いが違うのだと納得はしていたものの、共通の話題が足らず話に入りきれないことは未だ多い。
「えーと、晶、まだ知らなかったんだっけ……」
あれだけ盛り上がっていた二人は晶の問いに困ったように顔を見合わせ、笑みを固くした。
と、そこで夏見の声がした。登校してきたらしい夏見はしかしすぐに教室には入らず、入り口の側で誰かと談笑しているようだった。彼女の声は甲高く特徴的で、よく通ってわかりやすい。
夏見と今話しているのが件の彼氏だろうか。遠目から覗き込むみたいに夏見の対面する相手を窺って、晶は息が止まってしまいそうになった。
夏見の好きな人は同じ学校で同じ学年の生徒である、とヒントになるようでならない情報をもらったのはいつのことだったか。
当時は予測する気にもならなかった晶は、今ようやく彼女たちが晶にだけ秘密にしていた理由を察する。
「……雅巳くん?」
呆然と呟く晶の声に、友人二人は何も答えられないようだった。