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「晶ちゃん、サボりはよくないよ。サボるなら俺も誘ってくれないと」


「いや、サボりはよくないよ」


 すたすたと長い脚で二人の元に近寄ってきた章は、雅巳に跨がったままの晶の脇に手を差し入れると猫の子を持ち上げるように軽々と雅巳から引き離した。


 あれほど頑なに晶を掴んでいた雅巳の手は、浮き上がっていく晶に吊られて持ち上がり、そのままぽとりと落ちていった。解放された左手首がなんだかスースーする。床に座り込んだままの雅巳は空っぽになった右手を呆然と見下ろしていた。


「……章くん?」


「はあい」


「どうしてここにいるの」


「んー? んー……そうね、俺の晶ちゃんセンサーが電波を受信してね」


「なんか気持ち悪いね」


「気持ち悪いは傷付くなあ」


 章がやたらと落ち込みながら、大事に抱えていた晶をそうっと地面に下ろした。


 もうホームルームは始まっていることだろう。つまり点呼もとられている。間に合う時間に登校したのに、遅刻の申請をしなければならないことを思うと、げんなりしてしまう。


「もうむしろ帰っちゃう?」


「……サボりはよくないよ……」


 楽しげな章に背後から囁かれ、気持ちが揺らいでしまった。


 先程自分の教室に向かったのに当然のような顔をして晶の髪を撫でている章が、実際のところ何故ここに現れたのかはわからない。尋ねたときに一瞬生まれた意味深な間は不穏だが、誤魔化したということは再度訊いても答えてはくれないだろう。


「ああ、君は早く教室行きなよ?」


 今気がついた、とでもいうように、章が雅巳を見下ろして声をかけた。


 学年の違う二人に接点はない。晶にとってはどちらも幼馴染みと言えるほどの付き合いの長さだが、学年の異なる二人は初めて対面したはずだ。


「……先輩こそ、自分の教室行くなり帰るなり、勝手にしたらいいんじゃないすか? 晶と俺はクラス同じなんで、一緒に行きますよ」


「晶ちゃんの意思を無視するのはどうかと思うなあ。邪魔者だって自覚したら? みっともないよ」


 その割に、随分と険悪に見えるけれど。


 下から強く睨み付ける雅巳を、飄々としつつも敵意をもって見下す章。間に立つ晶はきょろきょろと二人に視線を行き来させ、それからそっと二人から距離をとった。


 再びチャイムが少し離れた場所から聞こえてくる。ホームルームが終わる時間だ。一時間目が何の教科だったか思い出そうとしてみる。苦手な教科だったら帰ろうかな。


「邪魔者はあんただろ。何も関係ないくせに」


 低い声が唸るように吠えた。ここ数年の晶に対する態度が随分可愛いものだったと思えるほどに憎悪の籠った響きだ。


 その険しい横顔を見つめていると、晶の視線に気がついた雅巳と目が合う。攻撃的な雰囲気があっという間に霧散して、途端に怯える子犬になってしまった。


「あきら……」


「なんで」


 あまりの変わり身にぱちぱちと瞬きを繰り返す。いっそ面白いかもしれない。晶の思考を察したのか、大きな体が晶の視界を覆って雅巳を隠した。


「だめだよ晶ちゃん」


「なんで」


 なんでしか言えない晶の肩を章が掴み、真剣な顔をぐっと寄せてくる。今にも触れてしまいそうなほどの近距離で掠れた声が囁いた。


「もしまた変な遊びを始めるようなら、もう晶ちゃんのこと閉じ込めるしかないよね?」


「なんで……」


 はは、と空々しい笑いだけが返ってきて、彼にとっては冗談のつもりでないことを知る。光の消えた目が不気味で距離をとろうと体を捩れば、肩を掴んでいた手は存外あっさり外れた。けれどそのままその腕は晶の首の後ろに回り、抱き締められるような体勢になり、章の胸に顔が埋まる。


「長いこと、晶の暇潰しになってくれてありがとう。でもこの子はずっと前から俺のだから、もう返してもらうよ」


 章の声は優越感に浸る恍惚とした響きをしていた。晶に向けた言葉ではない。視界が物理的に塞がれた晶の耳には誰かの息を呑む音が届く。


「なんかさっきから言葉選びが気色悪いね」


「気色悪いは傷付くなあ」


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