12
チャイムの音が教室の外から聴こえてくる。この空き教室にはスピーカーがついていないようだ。
「もうホームルーム始まっちゃうよ」
「そんなのいいから」
晶はよくない。つい先日に担任教師を苛つかせたばかりだ。
しかも雅巳と揃って遅刻なんてしようものなら、また晶がやらかしたとクラスメイトは勘繰るに違いない。
勝手を働くなら事前に周囲の信頼を得ておくという手順も必要なのかもしれない。章もそういうことは巧そうだ。本人にまとわりつくか周囲に噛みつくことしかしてこなかった稚拙な自分のやり方になんだか今更恥ずかしくなってきた。
生まれた羞恥心に座りが悪くなり、密着した雅巳から離れようとするも、そもそも左手が解放されていない。逆の手で彼の腕を離そうとすれば、手首を掴んだ力が強まるだけだった。
「離れて」
「嫌だ」
意固地になったみたいに晶の肩にぐりぐりと頭が押し付けられる。体調が悪かった昨夜、幼馴染み相手に似たようなことをした自分を思い出して晶はつい遠い目になった。
一応自由なままの右手で雅巳の髪を掻き掴む。案外指通りのいい黒髪を毟り取る勢いで掴んで引き剥がすと、ぶち、と嫌な感触と同時、くぐもった声が痛みに呻いた。
「っい……!」
「離れてって言った」
髪を引っ張られ無理矢理顔を上げさせられた雅巳と目が合う。瞳の奥に怯えのようなものが走った。
「泣いてる」
「泣いてねえ」
吠えるみたいに否定した衝撃で、うるうると瑞々しく潤んだ雅巳の目からぼろっと涙が溢れる。
かっかと赤く火照る頬。泣き止もうと堪えているのだろう、眉間は切なくぎゅっと寄っており、ひくひくと震える口元は下唇を噛んでいる。
まるで幼い子どもの泣き顔だ。口に出したらもっと泣いてしまいそうだったので、晶は内心で呟いた。
「雅巳くんは何がしたいの?」
結局、雅巳の手は離れていない。雅巳の髪を掴む手をゆっくり開いていくと、数本、黒の髪が指の間からぱらりと落ちていった。
「雅巳くんが言う通りにしてたでしょ」
無表情の晶がやや不機嫌に雅巳を見上げながら一歩、距離を詰めると、怯むように彼は後退り、けれど直後、へにゃりと脱力して尻餅をついてしまった。
繰り返すが、晶は雅巳に手首を掴まれたままである。引っ張られるようにして彼の体の上に倒れ込んだ。
「……あのさあ」
「っごめ、ごめん、今のは違う、わざとじゃなくて」
しかも何故だか雅巳の方がよっぽど動揺しているようで、何度目かわからない溜め息をこぼす晶は彼の胸に手をついて上半身を起こした。まるで晶が雅巳を押し倒しているかのような体勢だ。
「ごめん晶、怪我してない……?」
「……してないけど」
「不愉快な思いはしているかなあ」
突然の第三者の声に、晶の下にいる雅巳の体が大きく震えた。
いつの間に現れたのか、開いたドアに寄り掛かるようにして立っている章は、二人の視線に晒されて、片手を上げながらにっこりと微笑む。
他人の感情の機微に疎い晶でも彼の機嫌が悪いことはよくわかった。




