10
「メンヘラストーカーキチガイ男」
「流石に泣くんだけど」
翌朝、晶が家を出ると、すぐ横に制服姿の章が待っていた。
反射的に覚えたての言葉を並べた晶は、流石オリジナルはレベルが違うなあと感嘆する。所詮真似事だった晶程度では、わざわざ早起きして雅巳の家まで行くことはしなかった。
とはいえ、偶然だろうか、週に何度か時間が合うときがあったので、歩く先に雅巳の後ろ姿を見かけたら走って追いかけることはしていた。大抵嫌な顔をされたけれど学校までの道のりは彼の隣を陣取ったものだ。
おはよう、と爽やかに笑いかけてくる章に挨拶を返しながらその横を通り過ぎれば、当然のように晶の隣に並んで歩き出す。
ふ、と吐息混じりの笑い声が聞こえた気がして、晶が怪訝に隣を歩く章を見ると、彼は嬉しくて仕方がないというようにうっとりと目尻を垂らして晶を見つめていた。
「もっと早くこうして一緒に登下校できていればよかったのに。俺の学生生活の青春が勿体ないと泣いているよ。ねえ手繋いでもいい?」
「繋がないけど、下校も一緒なの?」
「迎えに行くから教室で待っててね」
「帰りのホームルーム終わったらすぐ帰るよ」
「この子待つ気ないな?」
やはりまだ貧血気味の晶の歩くペースはきっと彼からしたら酷く遅いはずだが、自然と歩調を合わせている。昔から過保護なのだ。
昨日も結局、晶の母がパートタイマーで働いているスーパーから帰ってくるまで、ずっと晶の隣に居続けた。別に隣に章がいようがいまいが体調に変わりはないのだが、帰宅した晶の母がやたらと感謝していたのでこの愛情表現とは有り難いものなのかもしれない。
雅巳に対して上手く作用していたようには思えないこのお手本が結局適したものなのか、晶にはよくわからないままだ。
初めは軽度のからかいのみだった晶に対する周囲の反応は、雅巳が集団生活に適応するにつれて年々嘲りや侮蔑を含むようになり、そして雅巳自身も晶を突き放すような態度になっていったのだ。たぶん何かを間違えているのだろうとは思ったが、正しい形がわからなかった。
「私が下手だったのかな」
「晶ちゃんは色々なものが鈍いからねえ。俺みたいなのを嫌がらない時点で何が間違っていたかはわからないと思うよ」
何気なく呟いた晶の声に、何が、と問うこともなくつらつらと返事が返ってくる。
「晶ちゃんがこうだから、俺は自由にするけどね。でももう要らないものは拾ってきちゃだめだよ」
「要らないもの」
「そーそ」
なんか拾ったっけ。首を傾げる晶の横顔をじいと見つめて、章は薄く笑う。晶を見る瞳がじっとりと黒く翳っていくのに晶は気がつかない。
「次、嘘でも演技でもお遊びでも、俺以外に好きなんて言葉使ったら、殺しちゃうかも」
「お母さんは好きだよ」
「おばさんやさしーもんね」
やけくそみたいな声が通学路に響いた。




