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「顔色悪化してるなあ」
「べりべりぽんぽんぺいん」
「ぽんぽんなでなでしたげる」
「撫でるなら腰がうれぴ」
自宅のソファで丸くなる晶の腰に章の手が添えられる。大して高くはない体温がじんわりと緩やかに伝わっていき、微かに晶の顔がほっと緩んだ。
「鎮痛薬効かない?」
「暫し待たれよタイムって感じ。早く効いておくれ」
変な汗をかきそうになりながら、眉間に皺を寄せる晶は堪えるように目を閉じていた。おかしなテンションになっているから相当しんどいのだろう。
数ヵ月に一回程度だろうか、月経が酷く重くて、こうして動けなくなるときがあるらしい。章の母が晶の母と電話で話しているのを聞いて知った。
そして章がそのタイミングで出会すのは滅多にない。そもそも、雅巳優先の晶は理由なく章と会うことはなかった。
「追い薬しようかな」
「駄目だよ。さっき飲んだばかりだから。用法用量守らないと」
「むん」
いじけたような声で返事をすると、晶は同じソファに腰掛けていた章の太ももに横からぐいぐいと頭を押し付けた。攻撃しているつもりらしい。予想外の甘える動作に、章は感極まったように息を詰まらせて、それから笑ってしまった。
「晶ちゃん可愛い」
「……」
「まだ痛い? 毛布持ってこようか」
「いい」
言いながら立ち上がろうとする章の服を晶の手が掴んだ。いつもより血色の悪い手は指先まで真っ白だ。
可哀想に。先程より表情が落ち着いてきているから薬が効いてきたのだろう。それでも彼女の片手はずっと自身の腹部に添えられている。完全に治まってはいないようだ。
辛そうな晶を見ているのは心苦しい。けれど、章は少し気を抜くと今すぐに笑い出してしまいそうなほどの歓喜と興奮の衝動に襲われていた。流石に病人の前でにこにこするわけにもいかない。心配の表情を意識的に浮かべて晶の腰を擦った。
やはり痛みはだいぶ緩和されてきたようだ。長く息を吐きながらガチガチに丸めていた身体を楽な体勢に伸ばした晶は、ふ、と何かに気がついたように章の顔を下から見つめた。
「なんで嬉しそうなの」
「え、へ、っわかるの?」
「えへって笑っちゃってるじゃん」
えへって笑ってしまった。今更遅いけれど片手で口元を覆ったが、晶は完全に病人を前にしてご機嫌に笑う鬼畜野郎を見る目をしている。
何を言えば言い訳になるのかもわからず章があーだのうーだの唸っている間に、晶はもうどうでもよさそうにソファの下に放っていたスマホを拾って触り出した。元気になってきて何よりだ。章は涙を拭いた。
「鬼電だあ」
すっとんきょうな声が晶の小さな口からぽつり、飛び出た。
通知欄にずらりと並んだ不在着信の文字。覗き込んだ章も思わずあらあらと呟く。
「向こうもさあ、もう飽きてて嫌がってんだと思ってたのに」
「いやあ、あれはどう見てもパフォーマンスだったね」
「そうなの? でも私ばっかり好き好き言ってたよ。反抗期ばりに睨まれたけど」
「というか晶ちゃんの愛情表現もなんか途中からえらく過激だったよね……芸人魂働きすぎよ」
スマホを拾おうと頭を動かした拍子に晶の顔にかかってしまった横髪を指でよけてやると、晶はくすぐったそうに口元をむにむに動かした。それから、ふふーとおかしいことを聞いたみたいに笑い出す。
「でもさあ、私の雅巳くんに向けたあれらはぜーんぶ章くんがお手本だよ」
間を置かず雅巳からの着信画面に切り替わるスマホ。その扱いに困ったような顔で晶が指を曲げたり伸ばしたりするのを見て、章は彼女の手からスマホを抜き取った。
愛おしい存在がようやっと下らないお遊びを切り上げて自分の元に帰ってきた喜びが抑えられない章は、着信拒否のボタンをタップしてから、照れたように声を顰めた。
「……やっぱり?」




