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9. ちょろい女じゃないんだから!


「申し訳ありません。私が鍵を掛けずに出て行ったばかりに……」

「仕方ないよ。それに、二口女って悲しい妖怪だよね。おばあちゃんから聞いた事あるんだ」

 

 二口女は子どもを餓死させてしまった母親の妖怪で、死んだ子どもの霊がいくらでも欲しがるから沢山食べるのだという。

 

「それはそうなのですが……。でも、香恋様の夕飯が無くなってしまいました。申し訳ありません。これもきっと貧乏神のご利益なんです」

 

 シュンとした表情の貧乏神は、ほとんど空っぽになった鍋と炊飯器を見て肩を落とした。

 

 貧乏神のご利益というのはお財布を無くすだけじゃなく、こんな風に食べ物も無くなる事があるのか。

 

「でも、それは貧乏神にはどうしようもない事でしょ? だから謝らないで」

 

 何度も謝る貧乏神を見ていると居た堪れなくなる。

 きっと今までも何度も何度も過去の住人に謝ってきたんだろう。


 その中には女の人もいたのかな?


 貧乏神が他の女の人と話したり、私にするみたいに触れたりしている事を想像して少しだけ嫉妬の気持ちが芽生えた。

 

「けれど……」

「とりあえず、昨日買った物で何か食べようよ。せっかく作ってくれたのに残念だったけど、今日はとりあえずそうしよう!」

「はい。申し訳……いや、香恋様はお優しいんですね」

 

 ドストライクなイケメンの眩しい笑顔でそう言われると、ものすごく照れ臭い。

 どうしよう、何だかいつの間にか妖怪達の思う壺のような気がしてきた。

 貧乏神の嫁候補として囲い込まれた私は、いやでも貧乏神の事を意識しまくっている。

 そもそも、貧乏神は知っていたのだろうか? 妖怪達のお節介のことを。

 

「ねえ、聞いてもいい?」

「はい、何でしょう?」

 

 昨日買ったばかりの小さな冷蔵庫の中を、腰を屈めて探っていた貧乏神がくるりと振り返ってこちらを見る。

 はらりと頬に落ちた黒髪が何ともセクシーというか、とにかくイケメン過ぎて目を合わせるのも辛い。

 

「香恋様? どうしました?」

 

 パタリと冷蔵庫の扉を閉めると、貧乏神はこちらへと向き直る。

 真剣に話を聞こうという姿勢だ。

 逆に話しにくくなってしまった私は台所のクッションフロアのレトロな模様を目で追いながら、モゴモゴと口を開いた。

 

「あの、今日彩歌市の秘密を聞いたの。職場にも沢山の妖怪が居て、皆人間と共存してるって知った。たまに個性的な衝動が抑えられなくなるみたいだけれど、それでも皆人間と変わらないんだなって思った。それでね……」

 

 貧乏神は私の話をちゃんと聞いてくれているのだと分かるけれど、真面目に聞こうとされればされる程何だか照れ臭くて。

 

「貧乏神の……嫁候補に何故か私が選ばれて、それで長手さん……手長っていう妖怪の仲介でこの部屋に住むことになったらしいんだけれど、知ってた?」

「いいえ、それは存じ上げませんでした」

 

 嘘を言っているようには見えない。

 貧乏神は真剣な眼差しをこちらに真っ直ぐ向けて、その切長な瞳は少し潤んでいるようにも見えた。

 

 私が怒っていると思ったのかな。


 そうじゃないんだと言わなければと口を開こうとした時、先に貧乏神の方が言葉を紡いだ。

 

「けれど、それならば手長に感謝しなければ。私は香恋様に出会えて初めて恋を知りました。いいえ、この強い気持ちはもはや噂に聞く愛と言っても過言では無いでしょう。私は貴女の優しさに心を奪われたのです」

 

 貧乏神はふわりと頬を緩めて、私の好きな形の口元が弧を描いた。


 反則だ、反則でしかない。


 ドストライクなイケメンにここまで言われて落ちない女がいるものか。

 いや、しかし相手は貧乏神。ご利益とやらで一万三千円を無くし、お気に入りのボールペンは割れたし、楽しみにしていた夕飯は食べ損ねた。

 これからもきっとこんな事は多々あるのだろう。


 大丈夫なのか、私。

 

「家事の出来るイケメンと貧乏、貧乏と家事の出来るイケメン……」

 

 口の中で声にならないように何度も呟いた。

 これ程までに究極の選択を迫られた事など過去にあっただろうか。

 しかも、まだ出会ってたった二日。

 それなのに、どうして私はこの貧乏神にここまで心を揺さぶられるのか。

 やはりそこのところはあまりに魅力的な貧乏神のせいだ。

 

「香恋様、急いで答えを出す必要はありません。私はただ香恋様に好きになって頂けるよう最善を尽くすのみですから」

「そう……、ありがとう」

 

 今日は色々な事があった。

 わざわざこんな時に答えを出さずとも良いだろう。

 

 貧乏神もこう言ってくれている訳だし。


 とりあえず場の雰囲気に流されて「実は私も好きになっちゃった」と言いそうになっていた自分を叱咤して、一旦冷静になる事に成功した。

 

「とりあえず今日はパスタでもいいですか? 昨日買った特売のパスタで何か作りますね」

 

 そう言ってスーパーで買ったプライベートブランドの激安パスタをフリフリとして見せてくるその仕草さえカッコいいのは、もはや罪だ。

 

 いつまで私の冷静さは保つのだろうか。


 こんな素敵な貧乏神を前にすると、いつかうっかりして「私も貴方が好き」とポロリと言ってしまいそうだけれど、ただの交際ではなく結婚ともなれば話は別。

 そもそも同居人だという始まりから、既に結婚の事まで考えてしまっている時点で随分チョロイなとは思うけれど、まだたった二日なんだから。

 これから実はマイナス面の方が多く見えて来るかも知れない。


 とにかく返事はすぐに出さずに様子を見よう。

 逆に、一緒にいるうちに貧乏神の方が私という女にガッカリするかもしれないんだから。

 

「香恋様、夕飯出来ましたよ。お待たせしました」

 

 思ったよりも長く考え事に耽っていたようで、気付けば美味しそうなパスタが出来上がっていた。

 パスタの上に目玉焼きの乗っかったもので、初めて見るそのパスタは貧乏神によるとイタリアで『貧乏人のパスタ』と言うらしい。「少し自己流にアレンジしました」と言っていたが、とんでもなく美味しかった。

 お陰で思わず「好きです」と言いそうになったが、その言葉は美味しいパスタと共に何とか飲み込んだ。

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