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4. 貧乏神に見送られ、出勤!


「いってらっしゃいませ」

「いってきます」

 

 昨日は引っ越し早々貧乏神を同居人とし、その貧乏神に何故か告白され、そしてテキパキと家事をこなす貧乏神につい見惚れてしまった。

 

 その後必要最低限の家具と家電をクレジットカードで購入し、ついでに交番に寄って財布の遺失届を出した。

 途中、さりげなく荷物を持ってくれたりする貧乏神には無駄にドキドキしたものだ。

 

 基本的に用事が無い時には邪魔にならぬよう押入れの中で過ごすという貧乏神は、まるで熟練の家政婦さんのように思える。

 今だって職場で食べるようにと節約弁当を持たされ(あの後一緒に買い物に出掛けた。貧乏神は自由に出掛ける事もできるらしい)、ドストライクなイケメンの素敵な笑顔で仕事に送り出されているのだ。


 これはちょっと癖になりそう。

 

「香恋様、お帰りをお待ちしております」

 

 何となく貧乏神が寂しげな表情になったような気がして、もしかしたら今まで出掛けたまま帰らなかった住人も居たのでは無いかと考えた。

 貧乏神と同居する事に不安を感じて去った人たちが沢山いたのかも知れないと。

 

「うん、ありがとう。夕飯、楽しみにしてるね」

 

 私の言葉にハッとした様子の貧乏神は、一瞬目を見開いたけれどすぐにフワリと穏やかな笑みを浮かべた。

 別にイケメン貧乏神に恋したわけじゃ無いけれど、それでもなるべく悲しい顔は見たくない。

 誰に言うわけでもなく、言い訳みたいな事を思いながら職場に向かうべく私のお城を出た。

 

 私の職場はアパートを出て徒歩で行ける距離にある。制服の入ったトートバッグを提げて、まだ慣れぬ道のりを十五分ほど歩く。

 スマホの地図アプリは優秀で、ちゃんと時間通りに職場に着いた。

 それでも『彩歌市社会福祉協議会デイサービスセンター』という見慣れた看板が見えるまでは迷子にならないかと少しドキドキしたけれど。

 

「おはようございまーす」

「おはよう、有栖川ちゃん。で、新しいお家はどうだった?」

 

 女子更衣室に入るなり同僚の赤井さんが声を掛けてきた。

 赤井さんは介護士歴三十ウン年のベテランで、私が就職した時から親身になって手取り足取り色々と教えてくれた先輩でもある。

 

「んー、思ったより良かった……ですよ。レトロで可愛くて」

「訳あり物件だって言ってたけど、大丈夫だった?」

 

 赤井さんは興味津々な表情を隠さずに聞いてくる。幽霊が出たとか、怪奇現象に見舞われたとか聞きたいのかも知れないが、まさか貧乏神と同居する事になりましたとは言えない。

 

「はい、幽霊は居ませんでした」

「ふうん……。そうなんだ」

 

 何だか少し残念そうに言うけれど、きっと訳あり物件の何が訳ありなのか気になっていたんだろう。

 けれど、赤井さんの喜びそうな話を馬鹿正直にする訳にはいかない。

 

「ちょっと古い感じがするからじゃないですかね。昭和の香りはしますよ、すごく」

「なるほどねぇ。若い子にとってはそれも訳あり物件か」

「あはは……」

 

 乾いた笑い声でその場を誤魔化し、さっさと女子更衣室を出て仕事に向かった。


 途中ですっ転んで、ポケットに入れていたお気に入りのボールペンが割れたりしたけれど、もしかしてこれも貧乏神のご利益なんだろうか? そうだとしたら、こんな風に地味に出費が嵩む事もあるのね。

 なるほど、これが続くとちょっとジワジワくるなぁ。

 

 そして私の仕事は通所介護、いわゆるデイサービスの介護士をしている。

 高齢者を朝自宅までお迎えに行き、レクリエーションや入浴、そして食事の介助を行う。

 そしてまた夕方には自宅に送り届けるという仕事だ。


 利用者さんの中には「まるで保育園みたいねぇ」と言う人もいるけれど、童心に戻ってレクリエーションに励む方も多いから、あながちその感覚も間違っていないのかも知れない。

 

 元々おばあちゃん子で高齢者と関わるのが好きな私にとっては天職みたいなもので、この彩歌市にある社会福祉協議会に就職が決まってはや半年。

 他に適当な若い職員が居ないからという理由で早々と主任に昇進したのだ。

 はじめは隣の市にある実家から通っていたものの、通勤の利便性を考えたのとやはり一人暮らしというものに憧れて、主任に昇進が決まったのを機に引っ越した。

 

「では、今日もよろしくお願いします」

 

 朝のミーティングを終えて利用者さん達の家に送迎に出ようとした時、上司の天野さんがこちらに向かって手招きをする。

 天野さんは五十歳を越えていると言うけれど、見た目はまだ三十代後半くらいにしか見えないクールビューティーで、今日も長い黒髪をひっつめて後頭部でシニヨンにしていた。

 正直愛想は無いけれど、その実とても優しくて部下思いの上司だ。

 

「天野さん、どうかしましたか?」

「有栖川さん、何だか顔が疲れてるわよ。昨日は引っ越して初めての夜だったわよね。きちんと眠れたの?」

「あ、分かります? 実はあまり眠れなくて」

 

 自分の事を好きだと訴えるイケメン貧乏神が同じ空間で存在していると思うだけで落ち着かず、慣れない新居ということもあってなかなか寝付けなかった。


 まさか天野さんにバレちゃうほどだとは思わなかったけど。

 

「新居に引っ越してすぐはなかなか眠れないわよね。私も経験があるから分かるわ。けれど、事故には気をつけてね。利用者さんの安全が第一よ」

「はい、すみません」

「じゃあ、今日も安全運転で送迎を頑張りましょう」

 

 颯爽と送迎に出る天野さんの背中はキリリと引き締まっていた。


 だめだ、職場では家の事を考えないようにしないと。

 あまりに非現実的な事が起こったものだから、ついぼんやりしてしまっていたのかも知れない。安全運転、利用者さんの安全第一!

 

「よし、行こう!」

 

 気合いを入れ直して、私は施設の送迎車に乗り込んだ。





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