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3. とんでもなく〇〇な〇〇をいただいてしまう?


 貧乏神の料理は材料こそ貧乏らしく……いや、質素だけれど、出来上がってみればものすごく美味しそうな物で。

 家事全般が大嫌いな私にとってこれは、まさにベストな選択だったと思う。

 

「どうですか? 香恋様。お味は?」

「めちゃくちゃ美味しいよぉ! これ、何ていう料理?」

 

 とにかく美味しい創作料理と鍋で炊いたご飯に、思わず頬が緩んでしまう。

 これから同居人となる貧乏神の節約料理の腕前は相当な物だ。

 

「名前などありませんよ。『高野豆腐を戻して甘辛く味付けしてジュワリと揚げたやつ』です」

 

 はじめは遠慮して食べずにいた貧乏神に、「ちゃんと食べてよ」と勧めて箸を持たせた。

 良かった、「良い所に就職できますように」って母さんが神社で貰ってきたお守りのお箸が役に立って。

 貧乏神が他所の神様のお守り箸を使ってもいいのかどうかは分からない。

 しかし他に箸は無いのだから仕方ない。

 このお守り箸の効果は今の職場に就職出来た時点で十分感じられたのだから、もうこれからは普通の箸として使っていこう。

 

「もう、本っ当に美味しい! 貧乏神なのに、どうしてこんなに女子力高めなの? 家事が苦手で大っ嫌いな私なんかより全然凄いよ」

 

 コトリ、と箸を置いた貧乏神は長いまつ毛を伏せて悲しそうに語り始めた。

 私と出会う前までにどのような苦労があったのかを。

 

「まず、近頃の人間は貧乏を嫌います。昔は貧乏神だってそこまで嫌われてはいなかったのですよ。それなのに、今はまず挨拶しただけで逃げて行くのです。大概は一目見て『幽霊!』と叫ばれるのですが、厳密に言えば私は妖怪(あやかし)の類であって、幽霊では無いのですがね」

「まあ、妖怪も幽霊も似たような物だと思っている人は多いかもね」

 

 確かにその辺の境目は曖昧になっているかも知れない。

 実は私はかなりのおばあちゃん子で、田舎のおばあちゃんの家に遊びに行けば、いつも身近にいるという妖怪の昔話を聞かされていた。

 そのお陰というか、幼い頃から妖怪にはそこそこ詳しく、また彼らの存在を今でも信じている。

 おばあちゃんも妖怪という存在を身近に感じて、個性的な性質を持つ彼らが好きだったから孫の私に話をしたのだろうと思う。

 

 もしかしたら友達になったりしていたのかも。


 もっとたくさん話を聞きたかったけれど、私が中学生になる前に亡くなってしまった。

 

「実は私には兄がおりまして、兄の方は『福の神』なのです。そんな兄は隣の部屋で毎日とても楽しそうに暮らしていて。ある時から私は兄がとても羨ましくなりました。私だって兄のように誰かと恋愛をしたり、楽しく幸せな日々を送ってみたいのです」

 

 そう言って貧乏神は、形が良くて美しく煌めく瞳を最大限に活用し、じいっと私の方へと熱い視線を向けてくる。


 ちょっと待て、確かに同居はする事になったけれど、まさか本気で恋人を探していたなんて後出しにも甚だしいではないか。

 

「でも、香恋様ならば……」

 

 どうにも居心地が悪くなったので、私は視線をお皿の上の高野豆腐の方へと向ける。

 

 あぁ、これは本当に美味しいのに。

 でも、貧乏神と恋愛だなんて。


 確かに貧乏神はドストライクなイケメンで、同居するだけならまだしも恋人となると話は変わってくる。

 早速私の一万三千円は貧乏神のご利益とやらで紛失したし、これからもお金は無くなるだろう。

 稼いでも稼いでも貧乏な暮らしとは、一体どんなものなのか。

 

「香恋様ならばきっと、いつか私の事を好いてくれるのではないかと。そう期待してしまったのです」

 

 ダメよ、いくらなんでも貧乏神を恋人にするなんて。いやっ! そんな私好みの顔でこちらを見つめないで!

 

「貧乏神は、恋をした事がないのよね?」

 

 そうだ、別に相手は私でなくともいいのではないのか。

 単に同居しているというだけの私と恋愛をしなければならないという道理は無いし。

 今の貧乏神は同居をすんなり受け入れた私の事を、とても素晴らしい人間に見えているに違いない。

 これが、吊り橋効果というやつかな?

 

「はい、お恥ずかしながら」

「いい? 私は家事が大っ嫌いな非家庭的ズボラ女で、外見だって良くて中の上。やっと見つかった同居人だからって、わざわざ私と恋愛する必要は無いと思うの」

「え……っ」

 

 あぁ、貧乏神はまた悲しげに長いまつ毛を伏せてしまう。

 イケメンがそんな憂い顔をしちゃダメよ。

 

「きっと、今現在の貧乏神の気持ちは気のせいだから! すんなり同居を受け入れてくれた事が嬉しすぎて、それを初めての恋心と勘違いしてるのよ。だからね、よーく考えてみて」

 

 すっかり俯いてしまった貧乏神に、私は良心がチクチク痛むのを感じつつも言葉を重ねた。

 

「恋というのはね、もっとこう……激しいものなのよ。誰にも渡したくない、この人とずっと一緒にいたい、辛い事も一緒に乗り越えていけるっていう相当な覚悟が大切なの」

 

 私の力強い演説にゆっくり顔を上げる貧乏神。同時に、揺れる黒髪の間から切長の瞳が覗いた。

 きゅっと強く引き締められた唇を見ていたら、まるで私が彼を虐める悪者みたいで。

 

「そうですか……。恋というものは簡単な物ではないのですね」

「そう、そうなの! 分かってくれて嬉しいわ! だから、私と貧乏神はこれからも仲の良い同居人、良きパートナーでいましょう!」

「はぁ……」

 

 何て狡い女なんだろう。貧乏神の恋人は嫌だけど同居人なら良いだなんて。


 だって仕方ないじゃない、私だって突然の同居騒動で驚いている上に、流石に人外を恋人にするなんて無理。無理無理無理!

 

 けれども何だかんだ言って良心の呵責に耐えかね項垂れてしまった私に、貧乏神はこれまた私好みの素敵な声で宣言した。

 

「では香恋様に『どうしても私を恋人にしたい』と、そう思っていただけるように。これからはなお一層誠心誠意努めてまいりますね」

「いや! 何でそうなるのぉ⁉︎」

 

 思わず顔を上げて貧乏神を見ると、それはそれは神々しいほどに美しい笑みをたたえてらっしゃる。

 しかも、私がその仕草に弱いと知ってか知らずか、首をコテンと傾げるのだ。

 

「だって、私はすでに香恋様の事を『誰にも渡したくない、この人とずっと一緒にいたい、辛い事も一緒に乗り越えていける』という気持ちで想っておりますから」

 

 少しばかり頬を桜色に染めた貧乏神はそう言いつつゆるゆると微笑んで、その上恥ずかしげに視線を下げた。


 いちいち仕草が私好み過ぎて辛い。


 何故か貧乏神に好かれてしまった私の、これからの生活は一体どうなるのか。

 いくら楽天家の私でも、この先波瀾万丈な日々が待っているのではないかと心配になり、思わず背筋がブルリと震えた。

 

「とりあえず、食べようか」

「はい!」

 

 あぁ、また無駄にキラキラした笑顔を向けられて心なしか胸がキュンとなった気がしたけれど、これは気のせいだ。

 好かれていると分かって自意識過剰になっているだけだ。

 なるようにしかならない。とにかく今は目の前にある、このとんでもなく美味しい高野豆腐を平らげよう。


 


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