18. 手長の長手さんの不器用な親切
火事で住む所が無くなって、すぐに知らせを受けて来てくれたのは長手不動産の長手さん。
泊まるところが無いならウチにおいでよと言ってくれたご近所さん達にありがたくお礼を言いつつ、たまたま空いているからと言う長手さんの案内で、素敵な日本家屋の一戸建てに急遽泊まらせて貰うことになった。
何だかものすごく悪い気がして、はじめはお断りしようと思ったのに、この家の管理を今後もしてくれるなら格安に貸し出すとまで言われた。
しかもここは長手さんが個人的に所有する不動産だと言うし、どう見ても新築なんですけど。
「泊まらせて貰えるだけでもありがたいのに、こんな素敵なお家を貸してもらえるなんて、何だか申し訳ないですよ」
知らせを聞いて家から急いで来たんだろう、寝巻き姿に上着を羽織っただけの長手さんは、初めて見る息子さんに付き添われながら家を案内してくれた。
息子さんは長手さんのようなダルマ顔というよりは、気の弱そうな優しそうな人だ。
「どうせ誰も住んでなかったんだし、有栖川がしっかり管理してくれたらいい」
「でも、これってつい最近建てたばかりの新築のお家じゃないですか?」
「まぁな。息子夫婦の為に建ててやったが、ワシと同居する事になったから要らないんだとさ」
そんな事があるのかと息子さんの方をチラリと見ると、息子さんは「シーッ」と言うように人差し指を口の前で立てる。
何か事情があるらしいと分かって口をつぐんだ。
「いいか、有栖川。明日からまた元気出して仕事に励めよ」
息子さんの車に乗った長手さんは、いつも通りのニヤニヤとしたダルマ顔で私に手を振った。
長く歩くと辛いからと先に車に乗り込んだのだ。息子さんはまだ家の中で貧乏神に設備の説明をしているが、そろそろ戻ってくる頃だろう。
「長手さん、本当にありがとうございました」
「いいって事よ。有栖川が宿なし金無しで困ってるなんて言ったら、ここら辺の妖怪達がみんなこぞって『うちに来い』って言うだろうけどな。それよりこの家の管理をしてもらった方がワシも助かる。だから火事の知らせを聞いてさっさとお前達を迎えに来たんじゃ」
さも自分にも得があるように話しているけれど、長手さんにはメリットなんてきっとほとんどないんだろう。
それなのにこういう言い方をしてくれるのが、いかにも長手さんらしい。
「ありがとうございます」
ほわっと胸が温かくなって、目の前が少し滲んできたところで貧乏神と長手さんの息子さんが戻って来た。
「じゃあな、有栖川に貧乏神。この家でせいぜい仲良くな」
そう言って長手さんは帰って行った。
息子さんの車が見えなくなると、貧乏神がそっと私の背を押して家の中へと入る。
本当にこの家はまだ建てたばかりのように、そこら中がピカピカでしっかりと木の香りがした。
家具も一通り揃っているようだけれど、昔ながらの日本家屋に似合う、どこか懐かしい雰囲気の家具ばかりだ。
まるで田舎のおばあちゃんの家に遊びに来たみたいな。
「息子さん、せっかく長手さんが建ててくれた家なのに勿体なかったね。こんなに素敵なのに」
「香恋様、実は……」
貧乏神が息子さんから聞いたというこの家の秘密を聞いた時、私はもう我慢出来なくて子どもみたいにワンワン大きな声を出して泣いた。
思い出の詰まった部屋が燃えてしまった事より、結婚資金の百万円も家具も何もかもが無くなってしまった事よりもずっと、この家の秘密の方がよっぽど私の胸を締め付けて涙を誘ったから。
「長手さんのばかぁ……」
なんと長手さんはこの家を、『有栖川が本当に貧乏神の嫁になったら、結婚祝いとして安く住まわせてやる』と言ってわざわざ日本家屋を得意とする大工さんに頼んで建てたらしい。
私がおばあちゃん子で、田舎のおばあちゃんの住んでいた家が好きだったと話した事を覚えてくれていたのだと、息子さんは貧乏神に話してくれたそうだ。
息子さんからは『近頃父親は生きがいを見つけたみたいで、穏やかでとても楽しそうなんです。ありがとうございます』と逆に感謝されたとか。そんなの聞いたら『妖怪うわん』みたいにワンワン泣いちゃうよ。
「ふふっ……。香恋様の『馬鹿』は『大好き』って事だと理解しております」
「うるさい、馬鹿ぁ」
私を抱きしめる貧乏神の胸に顔を寄せて、思わず涙と鼻水を拭いてしまった。
優しく背中をさする貧乏神は私の耳元でそっと囁く。綿菓子みたいに柔らかくて甘い声に背筋が震えた。
「香恋様の日頃の頑張りのおかげですよ。早く長手さんに結婚の報告をしないと、ですね」
「うん、そうだね」
もう汚れたついでだからとばかりに、グリグリっと涙で濡れた顔を貧乏神の胸に押し付けた。
せっかくの着物を汚してしまったけれど、どうか今日だけは許してもらおう。