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16. 尻目を尻目に


 チラリとそちらに目を向けると、シューっと滑り台を降りてきたのっぺらぼうが見えた。


 こののっぺらぼう、以前にも出会った事がある。

 この後おもむろに服を脱ぎはじめて、尻を出すのだ。

 そして尻にある一つ目をパチパチさせて私を驚かしたあの妖怪、そう『尻目』が再び現れた。しかもよりにもよってこの大事なタイミングで。

 

「香恋さ……」

 

 私の視線に気付いた貧乏神は、今にも尻を出そうと企む尻目に気が付いて、あの時のように追い返そうと動く。


 私はそんな貧乏神を手で制した。

 

「貧乏神、いいの。それより、大切な話だからちゃんと聞いて欲しいの」

 

 私の態度に驚いた様子の貧乏神は、チラチラと(既に尻目がお尻を出しているのが私にも横目に確認出来た)尻目の方を確認した後に私の方へと向き直る。


 よし、これでいい。実は私は決めていたのだ、もしまた尻目が現れた時には驚いたりせずに『尻目を尻目にかけてやろう』と。


 けれどまさかこのタイミングとは思わなかったけれど。

 

「はい、香恋様がそうおっしゃるのなら。承知しました」

 

 どうせならこの尻目に、私にとって一世一代の大勝負! プロポーズの証人になってもらおうではないか。


 そう思えば急に肩の力が抜けて気持ちが楽になる。

 横目に見える尻目のパチパチとした目玉も、妖怪達に散々驚かされた今となっては案外愛らしいものだ。

 

「貧乏神、聞いて欲しいの」

 

 そうは言ってもこのドストライクなイケメンを前にプロポーズの言葉を告げようと思えば、やはり少し声が震える。

 

「はい、何でしょうか?」

 

 あ……、きっと貧乏神は私が今からする大切な話というのを嫌な方向へと想像しているんだろう。

 今にも泣きそうなこの表情は私が一番苦手なものだ。


 そうだ、こんな辛そうな顔を見たくないから私は彼の妻になるんだ。

 

「私、貧乏神のそんな顔をもう見たくないから」

「申し訳ありません」

 

 あぁん! 言い方を間違えた! そうじゃないよ!

 

「違うの! だから、貧乏神がもうそんな不安そうで辛そうな顔をしなくていいように私が……」

 

 私が貧乏神の為に結婚するの? 違うでしょ、私が貧乏神に結婚して欲しいの。

 

「香恋様が?」

 

 ああ! 不思議そうにコテンと首を傾げるその動作、目が眩みそうな程に好き!

 

「いや、私と……結婚して欲しいのっ! 私、貧乏神の事が目が眩むほど好きで、これからもずっと一番近くでいて欲しいから! お願いしますっ!」

 

 勢いのまま、ガバリと頭を下げる。


 はずみでブランコがキイッと鳴った。

 俯いたままの視界の端では、滑り台の近くで尻目がじっとしているのが見える。

 

 一緒に貧乏神の返事を待っているつもりなのだろうか。


 しかし、いつまで経っても貧乏神は言葉を発しようとしない。

 まさか断られる事はないと思うけれど、不安になった私はそおっと顔を上げた。

 

「え……」

 

 そこには、もう尊すぎて見ていられないほどの光景が……。


 浅い青色の羽織に着物を身につけた美丈夫が電灯の光でも分かるほどに頬を赤らめ、口元を隠すようにスッと長い手指を添えていた。

 切長の瞳はキラキラと潤んで、普段よりも目尻を下げている。

 

「貧乏神っ!」

 

 そんな姿を見せられたらもう我慢など出来るわけもなく、プロポーズの答えを貰う前にブランコから飛び降りる。

 そして立ち尽くす貧乏神の胸へと猛然と飛び込んだ。

 

「ねえ、返事は⁉︎」

「香恋様……、本当に私で宜しいのですか?」

 

 突然飛び込んだ私を危なげなく受け止めた貧乏神は、甘い声を震わせて尋ねてくる。

 貧乏神の胸がドクドクと激しく脈打っているのが頬で感じられた。

 

「だから、結婚して欲しいの! いいよね⁉︎」

 

 なかなか返事が貰えないことに焦れて、ついせっつくような口調になるのは許して欲しい。


 だってこの人、さっさと返事をしてくれたらいいものを、余程自分に自信が無いからか、なかなか答えを言わないんだもの。

 

「は、はい! 私も香恋様とずっと一緒にいたいです。どうか私の、妻になって頂けますか?」

「なる。貧乏でもいいから、二人で幸せになろうよ」

 

 やっとカチカチに強張った体をぎこちなく緩めた貧乏神は、私を優しく抱きしめた。

 最初からずっと同じ場所で尻目がこちらをまだ見ていたけれど、きっと私達を祝福してくれているんだろう。

 

「ああ、どうしましょう。こんなに幸せな事があると、反動でとんでもないご利益があったりしませんかね?」

「やめてよ、縁起でもない」

「そうですよね、まさかそんな事……」

 

 遠くの方で消防車のサイレンが聞こえてくる。


 いつもなら聞き流すそれが、いやに耳についた。

 思わずアパートの方角へ目をやると、闇夜に赤々と炎が舞い上がっているように見えた。

 

「嘘……」

 

 尻目はいつの間にか居なくなっていて、嫌な予感のした私達は二人同時にアパートの方へと駆け出した。


 嘘でしょ、こんな事ってないよね⁉︎


 まさかこれでアパートが火事で一文無しになるだとか、そんなお約束な貧乏アクシデントなんてやめてよ! 


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