1. 訳あり物件は私だけの城……?
「今日からここが、私だけの城……」
普通に登るだけでガンガン音がする鉄骨製の外階段は、ところどころ錆びてはいるが真っ赤な塗装が何とも可愛らしい。
昭和チックなクリーム色の外壁は、表面の凸凹にほんのり汚れは見られるけれどそれも愛嬌だ。
やっと一人暮らしが出来る様になったのだから、そのくらい気にしない気にしない。
こんなに駅近で職場も徒歩圏内、周囲にはスーパーやコンビニも揃っているのに、家賃は破格。そんな夢みたいな物件が見つかるなんて、これは主任に昇進早々ツイてる。
引っ越しは知り合いの不動産屋が手配してくれるという『引っ越し代金コミコミお得物件』だなんてなかなか無いし。
「最高にツイてる私のお部屋は、えーっと……二〇四号室。ここだ」
不動産屋から渡された鍵二本のうち一本には、早速お気に入りのアマビエキーホルダーを付けている。
もしかするとこの幸運は少し前からハマっているアマビエグッズのおかげかも知れない。
「さぁ、引っ越しはきちんとできてるかなぁ?」
不動産屋から引っ越しに立ち合いは不要ですからと言われて、この部屋に足を踏み入れるのは実は初めてなんだよね。
何てったって物件を決める時も「今すぐ決めて頂けるのならこの訳あり物件、引っ越し代金こみで安くしますよ」なんて言われたものだから、写真だけ見て決めちゃったし。
お陰で家賃は相場の半額以下。これなら別に万が一事故物件だったりしてもいいかぁって感じで。
元々楽天家の私はそういう事を気にしない性質だった。
ガチャリと鍵が開き、レトロな薄茶色のドアに付いている銀色のノブを回す。
今時こんな扉もあるんだなぁと思いつつ、私はこの昭和チックな外観のアパートが存外気に入っていた。
「おじゃましまーす」
自分の家なのに、初めて足を踏み入れる感覚は不思議だった。
まだ電気を点けるほど暗くはないけれど、試しに玄関にあるスイッチをパチリと押してみる。
ピカピカッと点滅してから、玄関入ってすぐのダイニングキッチンの電気が点いた。
「ダイニングキッチン……というより、台所と食堂かな?」
レトロなクッションフロアの床と年季の入ったキッチンは、実家のものよりも相当懐かしい感じがする。
壁の白いタイルも木目調のキッチンも、見ようによっては可愛らしいではないか。
表面が擦り傷だらけで顔なんか映らないステンレスのシンクだって、きちんと掃除されているようで清潔だ。
「良い、思ったよりも良い! さて、ここからは居室」
ダイニングキッチンと居室の間は懐かしいすりガラスが嵌め込まれた引き戸で、ガラガラと音を立てて開けてみれば、そこは和室がふた部屋続いている。
この物件、一人暮らしにしては豪華な2DK。洋室が無いのは少し残念だけど、和室でも畳は新品で綺麗だし、い草の匂いもさわやかで案外素敵。
「さぁて、バルコニーはどうなのかなぁ?」
二間続きの和室、手前の和室には引っ越しの段ボールが六つ。
私の荷物はこれだけだ。
家具は引っ越ししてから後々揃えようと思っていたから、荷造りも簡単だった。
段ボールをかき分けて次の和室へ向かおうと襖に手を掛ける。
「ん?」
何となく歪な気配を感じた。襖の向こうに誰か居るような、そんな気配。
まさかまだ引っ越し業者が居るわけないし。だって鍵は先程私が開けたわけだから、この部屋はついさっきまで密室で……。
何となく恐ろしくなって、そおっと静かに襖の取っ手に手を掛ける。
自分の拍動がいやに耳障りに感じた。
スウウウッと静かに襖を開けてみれば、まだカーテンもかけていない窓から射し込む夕日に照らされて、そこには確かに誰かが居た。