二話
導入長いです。
ケビンの出番は多分もうないので覚えなくても大丈夫です。
宝石展のチケットを受け取って二日後。ヴィエラはきっちりとめかしこんで、国立博物館を訪れていた。好きなものを見にいくなら中途半端な格好で行きたくないという気持ちもあったが、最大の理由は母の助言である。
「王家の協力で開催されているから、王家の方々が視察に来ることもあるそうよ。変な格好をしていては失礼でしょう?」
確かに。王家の方も平民が来ていることは承知しているだろうが、だからといってこちらが開き直って何も気にしなくていいという訳ではないのだ。いくら貧相だろうが何だろうが、礼は尽くすべきである。
ヴィエラは自分の黒髪と菫色の瞳を気に入っているので、着飾ること自体は嫌いじゃない。早く出かけたいときは面倒だと思うこともあるが、基本的には嫌いではない。必要な時は気合も入れる。
そういうわけで、ヴィエラはお気に入りのワンピースとアクセサリーで身を固めて出陣した。気持ちは戦場に向かう兵士である。気持ちだけは。
天気はヴィエラの気合と打って変わって曇天だが、これはもう当然のことだ。近頃では、晴天の方が珍しい。
「お嬢様、逸るお気持ちは分かりますが、私のことをお忘れなきよう」
しれっと横に並んで釘を刺したのは、ヴィエラの護衛として同行している使用人のケビンだ。逞しい身体つきをした男性である。
ケビンはヴィエラの父の商会に勤めており、父の覚えも良い、将来有望な若手である。見かけによらず頭の回転も早い。頭が良くて力もあるとなれば、当然とも言えるが。
ヴィエラも幼い頃から紹介に出入りしているので、付き合いは長い。なので、あまり物言いに遠慮がない。ヴィエラとしては、その方がありがたかった。商会長の一人娘、という立場ではあるが、ヴィエラは商会の皆を一緒に働く仲間だと思っているので、商会の働き手とは距離は近い。
「分かっているわ。というか、存在感がありすぎて忘れられないわ」
隣どころか、人混みにいても圧倒的な存在感である。
「ようございました。あまりうろうろなさいませんよう」
「言い方何とかならないの?」
いつものことながら歯に絹着せぬ物言いに噛みつくふりをするヴィエラだったが、宝石展を回り始めるとすぐに静かになった。
(ああ…なんて素敵なの!)
ガラスケースの中に並び、ライトを浴びて輝く宝石たちは、ヴィエラを歓喜の渦に引き込んだ。
率直に言って、ヴィエラの家は金持ちだ。自分の宝飾品も持っているし、商品としての取り扱いもしているから、宝石を眺める機会はいくらでもある。だが、それらは新しいものばかり。目の前に陳列している、それぞれが違う歴史を持つ、由緒ある品々が持つ魅力とは全く違うのだ。
古い宝石は、魔力を持つ。
本当かどうか定かではないが、古い宝石特有の美しさを感じるヴィエラはなんとなくその話を信じている。持ち主を呪う呪いの宝石、というものもあるらしい。そちらは眉唾だが。
魅入られる、という感覚なら――分かるかも。
観覧に来ている人達も、釘付けとしか表現できないくらい見つめている人もいれば、あまり興味なさそうにしている人もいる。
いや、興味ないなら来るなよ。
あまりに人気だからとりあえず行ってみて話のタネに――
あるいは王家の協力だからあわよくば王家の人間と接触できるかも――
そういった考えの者もいるのだろう。一度は涙を呑んだ身としては、許し難いことだが。
(……こんな素敵な宝石たちの前で怒りを覚えるのは間違っているわ。今はこの瞬間を楽しまなければ)
気を取り直して宝石の方に再び集中する。
素晴らしい一日は、始まったばかりなのだ。
お読みいただきありがとうございました。
どれくらいの文字数だと読みやすいのか模索中です。
千文字前後で考えています。