一話
話が動くまで時間がかかります。申し訳ないです。
「ヴィエラ、プレゼントだよ」
それは一枚のチケットだった。自分が欲しいものは自分の小遣いで、という教えを持つ父からのプレゼントは珍しい。受け取って、なんとはなしに確認したヴィエラは目を疑った。
「これは……国立博物館の宝石展の特別展示チケット!?」
確認したチケットは、国立博物館が期間限定で開催する宝石展のチケットだった。特別展示も観覧可能となっている。特別展示は王家の協力により、王家秘蔵の宝物まで並ぶという噂だ。この機会を逃したら次に拝めるのは何度生まれ変わった後か。金持ちは大金を積んで手に入れようとしたらしいが、抽選なので金に意味はなかった。必要なのは運のみ、そしてヴィエラには運が足りなかった。
落選して泣き暮らして尚全然諦めきれず夢にまで出てきたチケットが、今手の中にある。
「お父様、大好きです」
「ありがとうヴィエラ。お前があんなに悔しそうにしていたのは久しぶりに見たからね、何とかしてやりたかったんだ」
確かに、泣いて悔しがったのは久しぶりだった。こんなに好きなのに、愛してるのにと泣き言まで言っていた。恋人に振られたってここまで言わない、と目の前の父親どころか使用人にも引かれた。
「お前はどうしてそんなに宝石が好きなんだろうね」
何気なく呟かれた父の言葉に、ヴィエラは笑った。
「星みたいだからかなと思います」
「そうなのか?私は星に詳しくないが、宝石が空に浮いている感じなのか」
「宝石を散りばめたよう、だそうです」
「そりゃすごいな」
「私の言葉ではないから、本当かは分かりませんが」
太陽、月、星。この大地から遙か遠くに浮かぶそれらは、魔力を宿すものである。人々はそれらの力を借りて魔法を使っていた。
かつて、太陽と月、星それぞれの名を冠す魔法使いたちがいた。魔力の源である空に浮かぶそれらと直接契約した彼らは、自らが燃え尽きかねない魔力を手に入れた。太陽の魔法使いは太陽の魔力を恣に操り、世界を暗黒に落としかけた。月と星の魔法使いはこれと戦い、世界に太陽を取り戻した。しかし月と星は空から消えた。
世界の夜空から、月と星が消えて二百年。人々は、夜空とは真っ暗なものだと認識している。
常識として教えられるのはこれくらいまでなので、なぜ月と星が消えたか、かつてはどのような空だったのかといったことは、興味を持って調べなければ知る機会はほとんどない。
ヴィエラは、星に非常に興味を持っていた。幼い頃から魔法が好き、というより星が好きで、長じて宝石にも興味を示したというのが本当のところだ。どうしてなのかは自分でもよくわからないが、夜空を見上げる度に残念に思うのだ。本来、夜空は美しいものであるのに、と。見たこともないのにそう思う。歴史の本――とりわけ魔法の歴史の本には、星は夜空に無数に瞬くものであり、一つ一つに名や意味があったという。さながら宝石を散りばめたようだ、というのは当時の吟遊詩人が、星空が失われたことを嘆く詩の中の言葉だったが、ヴィエラは納得したものだ。宝石が好きになったのはそれからだったと思う。
「明日、早速行ってきます」
星の蘊蓄を語っても仕方ないので、ヴィエラはチケットを握りしめて、決意を語る。本当なら今すぐ行きたいところだが、今からでは時間が足りない。丸一日、たっぷり時間を取らなければ。
「明日は商談の付き添いがあっただろう。明後日にしなさい」
「……」
明後日になった。
お読みいただきありがとうございました。
書きたいことを全部書くと説明っぽくなってしまうので、
国立博物館と王立博物館で悩みましたが国立になりました。
王立のところがあったらそれは誤字です。
宝石展示があったら私が行きたいです