4 潜入キットタイプG
母船から俺に転送されてくるのは、銀色の戦闘スーツだけではない。
潜入キット、調査キット、探索キットを用途に応じて転送するのだ。
俺は、潜入キットを着て領主の屋敷に潜入した。
悲鳴が上がる。黄色くはない。
潜入キットタイプGは、全身に潤滑油をまとわりつかせて、足が速く、壁に張り付き、空を飛び、どんな狭い隙間にも入り込める。
まさに万能である。
地球ではすでに絶滅しているゴキブリという種族に俺を変えてくれる。
変えるといっても、俺の全身を茶色い繊維が包むため、要は着ぐるみである。
これほど万能の生物が滅びるとは、過去にどんな事件があったのだろうかと思いながら、俺は背中にビッチを乗せて領主の屋敷に潜入する。
ビッチが背中に乗っているのは、離れると爆発するからである。
「虫除けはどこだ?」
「あんなでかいのに効くか!」
「熱湯を持ってこい!」
領主の屋敷の使用人には、なぜか敵意を向けられた。
「ビッチのことが嫌いなのか?」
「そうですね。キャプテン・ヒルコが嫌われるはずがありません。この惑星の男たちの中でも、美人が嫌いな者たちなのでしょう」
俺が嫌われていることなどは初めから考慮しない。ただし、ビッチは自分が美しいことも否定はしない。
ビッチの製作者が、最も美しい姿を目指して作成したのだ。
自分の姿を貶すのは、創造者に対する冒涜なのだろう。
階段を上がる。
最も奥の部屋の扉の下に、比較的大きな隙間があった。
俺は隙間から部屋に飛び込んだ。
全身をてからせる油の滑りは素晴らしく、俺の生身では入れない隙間に、俺は潜り込んだ。
「なっ……ゴキブリ?」
「キャアァァァ!」
部屋の奥に腰掛けていた初老の男が腰をあげ、カップを傾けていた若い女が、液体を口から吹き出しながら悲鳴をあげた。
俺は、潜入キットを解除する。
人間の美少年に変化した俺を、まだ領主は睨みつけている。
「……昆虫もどきか? ゴキブリ種がいたとはな」
「いや。俺は人間です。領主様に聞いてもらいたいことがあって潜入しました」
領主は腰を下ろした。相変わらず、俺を睨みつけている。
「潜入することがいいかどうかより、まずでかいゴキブリになることが異常ではないか」
「そうですね。まあ、俺以外にあの変身ができる者はいないでしょう」
「……ゴキブリもどきの一族ではないのか? 虫王の配下か?」
「俺は虫ではありません。普通の人間です」
「普通の人間が、ゴキブリに変身できるはずがないだろう」
「困ったな。平行線だ。ビッチ、何かいい手は……あっ」
俺はいつものように意見を求め、ビッチがいないことに気づいた。
俺は、扉のぎりぎりの隙間から入り込んだ。
背中にビッチを乗せていた。
当然、ビッチは扉にぶつかって落ちたはずだ。
俺が動揺したのは、扉が予想外に遠かったためだ。
「ちょっと待ってください。知り合いを連れてきます」
「待て。その知り合いもゴキブリじゃないだろうな」
「嫌よ、パパ。扉の外に、大量のゴキブリがいるんじゃないの?」
「そうだな。待て」
振り返った俺の肩に、ステッキの柄がかけられた。素手で触りたくなかったとは、俺は思わなかった。
ステッキで背後から引っ張られ、さっきまで潜入キットによって無理な姿勢を強いられていた俺は、背後に倒れた。
尻餅をついた。
扉との距離が空いた。
その途端、爆発が生じた。
「ビッチ、どうなった?」
「キャプテン・ヒルコ、ご無事でしたか」
自ら爆発し、すぐに自己修復をしたビッチが、服の修復が間に合わないのか半裸の姿で俺に近づいてきた。
俺が紹介しようと振り返ると、爆発で飛んで着た扉の破片に、領主と若い女が押しつぶされていた。
ビッチの爆発は、俺にとっては珍しくはない。
だが、その爆発で俺が怪我をしたことはない。ビッチに尋ねても、当然のことだと返される。
地球の科学は、爆発で吹き飛ぶ瓦礫の軌道すら、計算できるのだ。