1 地球人の移民のため、他惑星の魔王城に引き渡しを要求する
俺は、この惑星の魔王と呼ばれる存在の城に乗り込んでいた。
俺の正面に、玉座に座る、まがまがしい闇に形を与えたような魔の一族が腰掛けている。
俺の背後に、いつもいるはずの相棒がいない。
「貴様……ミラーゴーレムか?」
存在自体がまがまがしい存在に、俺は奇妙な名前で呼ばれた。
「俺は、キャプテン・ヒルコ。地球人の移民のために、この城と領地は明け渡してもらう」
言いながら、輝く指先をぴしりと魔王に向けた。
突き出した自分の指を見て、魔王が俺を『ミラーゴーレム』と呼んだ理由に気がついた。
俺は全身を輝く装甲で覆われている。ただの鎧ではない。身体能力を引き上げ、武器を内蔵した西暦3000年台の戦闘スーツだ。地球産である。
魔法がはびこるこの惑星でも、科学技術の結晶は効果抜群だった。
「勇者が余を倒しに来たのではないのか?」
魔王がただ座る場所にしては、実にもったいない広い部屋だ。
壁際には、人間では着られない巨大な甲冑や、人間を一飲みにしそうな魔獣の剥製が並んでいる。壁そのものは、まるで血を塗りつけたような赤黒い色彩をしていた。
「違う。俺はこの惑星に侵略に来た地球人だ。地球はもう、人間で一杯なんだ。俺の母船に五億の地球人がいる。近々目覚めるんだ。場所を空け渡せ」
「なんと自分勝手な……人間よ、地球人……というのが何かはわからぬが、身の程を教えてくれる」
魔王が玉座に座ったまま、両手を打ち鳴らした。
床が揺れた。
地響きだ。
動いているのは床ではない。俺は、広い部屋の壁際に立つ鎧が、足を踏み鳴らしているのを見た。
剥製だと思っていた魔獣が、床の絨毯をかきむしっているのを見た。
俺は、自分の顔を覆う銀色のヘルメットの耳にあたる部分に触れた。通信装置があるのだ。
「ビッチ、何処にいる? 近くにいるのだろう」
「貴様の連れていた女なら、この部屋に入った瞬間、罠に囚われて毒鰐の巣に落とされた。生きているはずがない。しかし……ビッチと呼んでいるのか? 仲間ではないのか?」
魔王に心配されるとは心外だ。俺は釈明した。
「ビッチというのは、あいつの名前だ」
「ひどい名前だ。どんな親が名付けたんだ?」
「あいつが生まれる時、もっとも多く聞いた言葉を名前にしたと言っていた。いや……俺がそう指示したんだが、まさかそんな言葉だとは思わなかった。何度か変えるように言ったんだが、最初の命令が優先だと拒否された」
「人間ではないのか?」
「俺は人間だ」
俺が答えた時、通信機が俺の鼓膜を震わせた。
『キャプテン・ヒルコ、回避してください』
地響きを起こしていた巨大な鎧たちと魔獣の剥製だったものが、俺に向かって殺到する。
「上か? 下か?」
できれば、城は無傷で手に入れたい。その思いから、俺は尋ねた。
『下です』
「了解した」
俺は飛びあがらず、俺を踏みつけにしようとした鎧の足元に転がった。
俺が転がった瞬間、床に円柱が出現した。
光の束だ。床を貫通し、天井に至り、屋根を穿った。
「な、なに?」
魔王が声を裏返した。
光の円柱に触れたものは、全てが消滅した。
床の上に、細く華奢ともいえる人影が立った。俺の手を取り、助け起こす。
白い肌に金色の髪、均整のとれた容貌に垂涎のスタイルを持った、地球科学の限界とまで言われた、メイドロボットである。
「ビッチ、無事だったか?」
「キャプテン・ヒルコの真下にずっといましたので」
俺は、床に空いた穴を見下ろした。
その間にも、巨大な魔獣が噛み付いてきた。
ビッチが殴り飛ばした。
「床の厚さは3メートルか……これなら大丈夫だな」
「はい。キャプテン・ヒルコから離れないように命じられておりましたので」
「『離れないように』か……だが、物理的に隔絶されたら、早く合流しようと思わなかったか?」
言いながら、俺はビームサーベルで巨大な鎧の足を切り飛ばした。
「直線距離を優先しました」
ビッチには、俺の位置を正確に把握できる機能が備わっている。
「まあ、間違ってはいない」
俺は、光線銃で魔獣の眉間を焼きながら答えた。
「恐れ入ります」
ビッチが、巨大な鎧を穴に落とした。
「貴様、殺してやる!」
巨大な鎧と魔獣の間から、魔王が赤い光線を俺に放った。
俺は電磁バリアを展開したが、その前にビッチが立ち、赤い光線を腕の一振りで払いのけた。
ビッチが着ているのは、穴だらけのメイド服である。ビッチは、俺のサポートをするためのお世話ロボットであり、見た目は全く人間と変わらない。
唯一人間らしくないところは、スタイルにも顔の造形にも、非の打ち所がないところだ。
「ビッチ、不要だ」
「お召しものが汚れます」
「戦闘キットが汚れたところで、構うものか。魔王、お前たちでは、地球の文明に勝てないことはわかっただろう。おとなしく、城と領地を明け渡せ。そうすれば、命は助けてやる」
「先程は、領地のことなど言わなかったではないか」
「ああ。今思いついた。城だけでは、五億人が生活するには狭いからな」
俺は言いながら、最後の魔獣をビームサーベルで切り裂いた。
魔王が玉座から立ち上がる。
「調子に乗るなよ、小僧。魔王城にたった二人で来たこと、後悔させてくれる」
魔王の全身を、青白い細い光が舞った。放電している。
電気を溜めているのだ。
「ビッチ、手を出すな」
「承知いたしました。キャプテン・ヒルコ」
俺は、地球人の移民のために調査にきている。さまざまな目的に対応できるよう、万能のアイテムを与えられている。
その一つが戦闘キットで、始動させると母船から全身を覆う戦闘用マシンが転送される。武器もレーザービームとビームサーベルという大盤振る舞いなのだ。
俺は、戦闘キットを使ってみたかったのだ。
魔王が滑るように移動する。
俺は、魔王をビームサーベルで切りつけた。
魔王が半分になる。
だが、手応えはない。サーベルの斬れ味が凄すぎて、手応えがないのかと心配するほどだ。
魔王は俺が縦に分断した場所で二つに別れ、左右に飛んだ。
二つの実態が生じる。
そのうちの一つが俺に飛びかかって来た。
レーザービームを放つ。魔王の腹に穴が空き、二つの魔王のうち、片方が消滅した。
「こっちだ」
おどろおどろしい声に俺が振り向くと、二つの分裂した魔王の片割れが、ビッチを拘束していた。
抱きかかえている。
「この女は頂く。返して欲しければ、武器を捨てろ」
魔王が高笑いとともに、浮かび上がった。
「女? なんのことだ?」
「女ではないのか?」
魔王が、脇に抱きかかえているビッチに視線を向けた。何を確認したか俺にはわからなかったが、魔王は怒鳴った。
「女ではないか!」
「ビッチ、何をしている?」
俺が怒鳴ったのは、ビッチが動けなくなるような、巨大な力など存在しないと知っているからだ。
しかし、ビッチはまるで、昼寝中の猫のようにぐったりとしている。
「ご命令に従っています」
「ご命令? 誰の……ああ、俺か」
「はい」
ビッチが、俺以外の命令に従うはずがない。俺は思い出し、同時にビッチに下した命令も思い出した。
「まあいい。この女の命が惜しければ、武器を捨て、城から出て行け。城から出たところで、女は返してやろう」
「いいのか?」
「はい」
ビッチが答えたが、俺は魔王に向かって言った。
「いいとは?」
魔王は玉座がある場所から離れ、窓から外に出ようとしていた。
窓から出てどこにいくつもりなのかは、俺にはわからない。
だが、窓から出るということは、俺から遠ざかるということだ。
俺は言った。
「ビッチは俺の世話するために、地球の科学技術の全てを費やして作られている」
「なんのことかわからんが、それがどうした?」
「俺からは離れられないし、俺から10メートル以上離れると、爆発する」
「……なに?」
魔王は気づくのが遅かった。
ちょうど10メートルだったらしい。
魔王が脇に抱えた、見た目は絶世の美女であるロボットは、爆発した。
俺の足元までが崩壊するような爆発っぷりである。
見事に俺の足元の石畳までが消し飛んだのは、爆発で俺が傷つくことがないようにとの配慮である。
地球の技術は、魔王を吹き飛ばすほどにまで進化しているのだ。