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発動機

高オクタンで対デトネーション性能が高いガソリンと高性能基油を使ったエンジンオイルは必須ですね。

 実験室では十分な品質と製造時の安定性を作り出すことが出来た。小規模な実証試験装置でも成功した。

 後はデカい精製装置で量産に向けた試験が成功すれば。


 恐る恐る稼働を始めて最初の出来上がりは、満足すべき物だった。

 最初の留分を試験した所、実験室とほぼ変わりない品質だった。

 後は連続稼働で装置の安定性を確保できれば。


 連続稼働は成功した。既に1ヶ月運転を続けているが、品質や装置の安定性は問題無く、98/128グレード航空用揮発油の開発製造に成功したのだった。

 軍産学一体となって開発されたガソリンである。潤滑油も高性能な基油の試作に成功しており、再生油やカストロ油に頼る事も無くなるだろう。

 このガソリンは、国内各基地に少量ずつ送られた他、ラバウルやトラックの他シンガポール方面にも送られた。

 評判は良かった。全ての発動機が性能向上したかのように、上昇力・加速力・最高速度が良くなり、始動性までついでのように良くなった。

 当然、供給される揮発油は全部これにしろという要求は来た。ただ、生産量はいきなり増えない。外地8割内地2割で供給されることとなった。ただし、今までの航空揮発油も有るのでブレンドだが。それでもいままでの航空揮発油よりも良かった。

 ただブレンド無しで供給された相手も有った。空母と陸軍では新司偵向けだ。

 後に、官民の試作開発部門へも供給量の増大とともにブレンド無しで供給されるようになった。

 昭和17年夏のことで有る。


 


 発動機は順調に廻っている。数値は1速公称相当ブースト+250mmHg/2900rpmで1700馬力だ。

「1速公称で5時間廻ってるな」

「信じられんよ。ガソリンとオイルが新しくなってからだ」

「おい、ガソリンなんて言うなよ。揮発油と滑油だ」

「あー、大丈夫だぞ。そう言う奴らは排除されたからな。敵性言語だって目の敵にしてたおかしい奴らは」

「そう言えばそうだった。監督に来ていた奴らも大分変わったな」

「今までは威張り垂らすのが得意な奴が多かったが」

「かなり協調的になってくれる。海軍と陸軍の壁も無くなりそうだ」


 中島飛行機の発動機部門ではそんな会話が成されていた。

 新しいガソリンとオイルを使った耐久試験だ。今まではブーストを上げると早い段階で根を上げていたのが、ガソリンとオイルが変わっただけでこうだ。


「排気が黒くない」

「異常燃焼が明らかに減っているな」

「筒温も安定している。高めだが規定以内だな」

「水メタノール噴射がいらなくなったのが大きい」


 試作部門に回されるガソリンは当初、アメリカ製100オクタン航空ガソリンだった。潤滑油もアメリカ製の高性能な物だった。

 それが開戦後に起きたドタバタで、前線は余り影響を受けなかったが後方はかなり混乱した。試作部門も影響を受け、前線で提供される品質の物が廻ってくるようになった。担当者が変わり、いわく「現場で使う物だから、現場で使う燃料や潤滑油で開発を」。

 そこからが苦労の始まりだ。既に耐久試験をパスし機上試験を始めた所でこれだ。やり直しになったようなものだ。ろくに出力が上がらない。ブーストを上げると不整燃焼で振動が酷い。筒温が高くなりすぎる。潤滑不足で焼き付く。とにかく問題が出た。考えられる対策をしたつもりだった。しかし、現場ではこの揮発油と滑油でやっていると思えば泣き言は言えない。

 結局、自社では出来る対策にも限界が有り、他を頼った。この発動機も軍産学一体の開発目標になった。

 様々な検討の結果、直径を大きくして余裕を持たせることとなった。1180ミリから1210ミリへの拡大で有る。外形も当然だが30ミリ大きくなる。冷却を考えるとカウリングも40ミリくらい大きくなるだろう。それは機体に任せればいいんだが。

 拡大したのはクランクケースだった。シリンダー寸法は変わっていない。各軸受けやクランケースの強度に余裕を持たせるためだった。 


 今、耐久試験で回しているのは、この新しいクランクケースに合わせて作り直したクランクやコンロッド等を使用したNK9Bだった。新型合金を使用した軸受けは滑油を通すオイル溝を大きくして各ベアリングへ回る油量を増やし、高回転でも焼き付きにくいとされている。他にもオイルポンプの容量を上げたり、点火系に絶縁性能が上がった新型プラグコードや新型点火プラグを使用している。ディストリビューターキャップも絶縁性能が上がった部品を使用している。

 ピストンリングもオイルリングのオイル保持性能を上げ、シリンダー内部保護と圧縮ガスや燃焼ガスの漏れを少なくしている。コンプレッションリングの耐摩耗性も若干良くなったようだ。

 ガソリンとオイルは、新しい98/128グレードのガソリンと、新しく開発された基油を使い試作されたエンジンオイルだ。

 ちなみに初期の発動機はNK9Aとされた。

 ようやく誉発動機制式化への目処めどが付いた。



 この頃、軍は新しく導入された戦略方針により、多種多様の装備品群を整理する方向へと向かっていた。

 これは開戦後すぐに起こった軍部内クーデターとも言える大改革で、主戦派と強硬派が軍中枢からかなり排除され、停戦または休戦に向け戦線の現状維持と攻勢の中止が戦略として取り上げられたことによる。

 その中で、航空機用発動機とおびただしい開発機種もやり玉に挙げられた。

 開発機種の中には試作機が出来ている物も有ったが、大戦略の変更により有効性が低いと予想される機種は整理対象になった。特に水上機部門で紫雲と強風が整理対象になった川西の受けるダメージは大きかった。代わりに大艇はできる限り作るとされた。

 また現用機でも中島製発動機が原因とされる稼働率の低さが問題とされ、中島にもダメージが来た。ハ41とハ109搭載機に三菱火星発動機への換装命令が出た。鍾馗と呑龍である。開発中の天山も護発動機から火星への変更が指示された。

 鍾馗二型の生産はごく少量で終わり、火星発動機搭載の三型が主力となった。より大きい発動機だったので、カウリング形状が大きく変わっている。さらに前方視界が悪化した。三型からは照準器が望遠鏡式では無く光像式になっている。

 火星発動機の整備教育には、三菱のみならず海軍からも指導教官として現場の整備関係者が派遣され急速に実戦化されていった。

 発動機の問題さえ無ければ非常に優秀な機体で有り、航続距離も迎撃機として使う分には問題は無かった。

 鍾馗の問題として弱武装が有ったが、大きくてもホ103しか装備できない現状では打開策は無い。炸裂弾自体にも問題が有り、18年1月の新型信管登場まで打撃力不足に悩まされた。

 17年末に登場した鍾馗四型では、火星に合わせた胴体になったのを始め、主翼も改修され九九式二号四型が搭載可能になった。

 鍾馗の生産は、隼の生産を絞る代わりに拡大されていた。

 隼のような制空型戦闘機よりも迎撃機が重要になったからだった。

 呑龍の換装もカウリング形状の違いで手間取ったが、稼働率が向上した。



 軍はこの統合事業に於ける民間各社の損得にも留意しており、誉は小型機用として各機に推奨。三菱火星系は大型機用として各機に推奨となる。ただし、採用を強要するものでは無いとした。お勧めはこうだけどね、と言う程度で有った。


 この余波で三菱が独自に開発していたMK9はNK9と大差無しとして整理対象にされた。これは開発が進んでいないことも原因だった。軍が関わらない社内開発として実行するのは認められていたが、今から同規模の発動機を開発しても予想される戦争終了に間に合わないだろうとされ、三菱は金星や火星と火星の18気筒版の熟成に集中することになる。


あのアメリカでさえ、100/150グレードのガソリンは全機に供給しなかったようです。かなり細かい機種用途別供給設定があったようです。

第2次大戦中に日本軍が航空機用潤滑油として「カストロ油(ヒマシ油)」を使用したようです。


ピストンリングは本田宗一郎も東海精機で作っていました。初期の頃は不良品の山だったようですが。

ピストンリングは普通の乗用車くらいだと。コンプレッションリング2本とオイルリング1本ですが、トラック用だとコンプレッションリングが1本増えたりもします。

レーシングカーだとコンプレッションリングが1本の場合も有ったと思います。オイルリングは必須ですので必ず付いています。


次回更新 8月12日05:00 予約済み

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― 新着の感想 ―
[一言] ポルシェの古いのは4本だとかトミタクちゃんねるで言ってた様な。 昔はオイルシールも石綿であまり軸を細く出来なかったとかオイル漏れ防止加工があったとか、自動車の話だが、なかなかにすごくマニア…
[一言] >予想される戦争終了に間に合わないだろうとされ これが普通の認識として通る雰囲気なら結末も、まあまあで落ち着くのでしょうか。
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