インド洋通商破壊戦 もし誉発動機が完調だったら・外伝
ドイツとイタリアの強い希望で、インド洋通商破壊戦は続けられている。希望というのは、非常に強いあるいは命令に近いような恫喝混じりの要請を日本側が非常に遺憾で有るとしたためで有る。
その原因の一つである駐ドイツ大使大島浩は、日本国公務員では無くナチス党員の如く振る舞い、日本政府に流す情報は都合の良い情報を選んで流すなどしたため罷免された。現状帰国困難でありドイツに留まっているが、新たに指名された駐ドイツ大使よりも駐ドイツ大使らしく振る舞っているらしい。
「こちら電探室。対空電探に反応。単機、方位270、距離60海里」
「速力100ノット前後」
「航空参謀」
「は、巡航100ノットですと水上機か恐らくイギリス海軍のソードフィッシュかと。」
「航海参謀。艦隊回頭、方位30」
「艦隊回頭。方位30。各艦に伝達」
「回頭用意」
「発動」
「砲術参謀。艦隊、対空戦闘用意」
「対空戦闘用意。各艦に伝達」
「電探室。敵機接近中。距離20海里」
「航海、見付けられるかな」
「目が良ければですが、奴らも目は良いでしょう」
「電探室。敵機接近中。距離10海里」
「見える頃かな」
「電探室。敵機、進路変更。近づきます」
「こちら後部見張り。敵機。機数1。近づく。距離10000」
「敵機、電波発信中」
「見つかったな。砲術参謀。撃ち方始め」
「撃ち方始め」
近づいてきた敵機に対空砲火と言っても撃っているのは、瑞鳳と翔鳳の2隻だが。照尺が甘いのか、爆煙が離れている。
「敵機は水上機では無い。艦上機。フロートが見えない。複葉機。ソードフィッシュと思われる」
シンガポールでのドック入りを終えて瑞鳳は翔鳳と共にインド洋にいる。瑞鳳の代わりに龍鳳がドック入りしている。
通常ローテーションだった。最近は獲物が少ない。皆インド海岸沿いを航行するからだ。防空能力や哨戒能力もある沿岸部で無理に獲物を求め痛手を与えれば、英米軍に本気を出されこんな戦隊はあっという間だ。連合艦隊からも無理すること無く、嫌がらせ程度の戦果が有れば良いというお墨付きも有る。それで敵が戦力分散をしてくれればいいらしい。
良いらしいが、ソードフィッシュが何も無い方位からやって来た。敵空母が来たのだろう。
我が九艦隊の対空火力は……考えるの止めよう。
「敵機、遠ざかります」
「撃ち方待て」
帰るか。敵空母が正規空母複数だった場合、四航戦の2隻合計56機では勝負にもならん。それに艦攻艦爆合わせて24機では攻撃力も知れている。家の連中の腕を信用していない訳では無いが、一航戦二航戦ほどでは無いだろう。高角砲も瑞鳳と翔鳳しか積んでいない。しかも2隻で8門だ。球磨の8センチなど命中どころか近くに炸裂するのかも怪しい。機銃も少ないし、機銃指揮装置も積んでいない。今のソードフィッシュにも、高角砲弾20発くらいを発射したが、墜とすどころか逃げられている。多分数機の敵機でも撃ち落とせないだろう。要するに攻撃隊が見えたら終わりと言うことだ。
「撃ち方止め。帰るぞ。艦隊進路90。艦隊速力第三戦速」
「帰るのですか」
「何だ、航空はやりたいのか」
「この戦力ではちょっとやりたくないですな。しかし、敵の正体を確認しなくても良いのでしょうか」
「敵艦載機が現れた。この事実だけで十分だろう。連合艦隊からも消耗はしないで欲しいと言ってきている。今回も戦果は商船4隻を沈めた。戦果も十分だ」
「分かりました。帰投しましょう」
「司令官。第三戦速はいつまで維持しますか。ペナンまで油が持たない艦があります」
「機関参謀か。日没までだ。敵から離れたい」
日没になっても新たな敵機は現れなかった。ひょっとして敵航空戦力は小さいのだろうか。しかし航空戦力が小さくても大型艦が多ければ勝負にもならんな。一番強いのが球磨だ。後は、睦月型と神風型の駆逐艦4隻だ。少なくとも敵機動部隊と戦える戦力では無い。
当時インド洋には第九艦隊の他、第六艦隊から分派されているイ号潜が4隻でローテーションを組んで出撃している。常に戦力の空白を最小限にしてイギリスにプレッシャーを与えようと。かと言ってやり過ぎて戦力の強化をされない程度にと、さじ加減も必要だった。なので発見して攻撃可能であっても見逃している船は多い。
そんな所へ「敵艦載機ミユ」であった。情報が少なく、敵の能力が分からない。しばらくセイロン島以西へ九艦隊が行くことは禁止された。六艦隊からロ号潜が増派され、哨戒を強化した。長大な航続距離を誇るイ号潜は広い太平洋での哨戒活動に欠かせなかった。インド洋の近場ならロ号潜でも十分おつりが来た。
結果、アラビア湾方面は哨戒が強化され小型空母を含む対潜部隊の展開が分かった。未帰還潜水艦もでている。大本営はこの情報の扱いに苦慮した。今のマラッカ艦隊の戦力でもやれるだろうが損害も大きいだろうと。当面九艦隊はセイロン島以西に出張らないよう指示したが、敵戦力が小さい内に叩けばこちらの損害を抑えて打撃を与えられないか?軍令部と連合艦隊にやりようが無いか研究を指示した。命令にしなかったのは、命令にすると実行するだろうからである。
軍令部と連合艦隊がやったのは、船のやりくりからだった。アメリカ海軍機動部隊に対抗する戦力を残したままで、如何に絞り出すか。無理だと最初から分かっている。じゃあ、どのくらいまで出せるのか。
空母は速力に難がある三航戦の隼鷹と飛鷹を派遣することにした。これで、隼鷹・飛鷹・瑞鳳・翔鳳・龍鳳の5隻だ。5隻で170機は少ないなりに攻撃力はあるだろう。正規空母2隻分以上だ。
護衛艦艇の対空能力欠如には、ようやく数が揃いつつある松級14隻中8隻を充て対応する。従来のマラッカ艦隊所属駆逐艦は編成を解除。本土に戻し、対潜対空兵装の強化を図るとなった。
皆無と言っていい対艦能力は、二戦隊、五戦隊、第三水雷戦隊を派遣する事で決着した。
二戦隊、五戦隊、第三水雷戦隊は機銃増備や主砲と高角砲を換装するなど対空能力を高めている。
金剛級が派遣されないのは、一機艦が離さなかったせいと、守るべき空母の速度が隼鷹で24ノットと遅いこと。それなら伊勢級でとなった。
艦隊名インド洋艦隊 秘匿名称 松部隊とされた。
旗艦 伊勢
第三航空戦隊 隼鷹 飛鷹
駆逐艦 桑 桐 杉 槇
第四航空戦隊 瑞鳳 翔鳳 龍鳳
駆逐艦 樅 楢 櫻 樫
第二戦隊 伊勢 日向
第五戦隊 妙高 羽黒
第三水雷戦隊
軽巡 名取(旗艦)
第十一駆逐隊 白雪 初雪 夕霧 薄雲
第十九駆逐隊 磯波 浦波 敷波
松級は戦時急造艦として数を揃えることを第一とし、性能を抑え工期と価格も抑えることとなった。ただ対空対潜能力は艦隊型駆逐艦とは違い充実している。将来余地もとられている。当初構想ではディーゼルエレクトリックも上がったが、とても日本の工業力で量産出来る物ではなく通常の蒸気タービンになっている。使い慣れた蒸気圧と蒸気温度の缶で故障も無く、無理な出力を絞り出していない主機と共に機関員には評判が良かった。速力は何としても30ノット以上という声を抑え「安く造るから30ノットは無理」が通った。機関配置として缶機缶機のシフト配置を採用しており、1発で行動不能になる可能性を低くした。最初から多数の電装品を想定しており、陽炎型の三倍の発電容量を持つ。主砲の砲塔式防楯は重量過大として前面楯のみとなった。高射装置と機銃指揮装置は最新型の電探連動型で、今までの装置とは目標追尾能力に格段の差があった。砲塔の信管秒時設定は連動出来た。この装置は新造艦から装備され、従来艦は改修が大規模になることから、機銃指揮装置が導入されたのみであった。
水雷兵装は、軽量化を図るために潜水艦用53センチ酸素魚雷の耐衝撃性を上げ水上発射管から撃てるようにした物である。予備魚雷は無い。
航続距離が短く速力が遅い他は、優秀な艦であった。
松級
基準排水量 1350トン
水線長 98メートル
水線幅 9.8メートル
機関出力 20000馬力
主機 ギヤードタービン2基
速力 28ノット
航続距離 3500海里/18ノット
兵装
八九式12.7センチ連装高角砲 1基
八九式12.7センチ単装高角砲 1基
三式40ミリ機関砲 連装 4基
九六式25ミリ機銃 3連装 4基
九六式25ミリ機銃 単装 8基
53センチ魚雷発射管 4連装 1基 九三式改 予備魚雷無し
三式対潜迫撃砲 24連装 1基 予備弾 48発
爆雷投下軌道 2条 爆雷 16発
十三号電探 2基
二二号電探 2基
二式水中聴音機 1基
三式水中探針儀 1基
高射装置 専用電探1基 1基
機銃指揮装置 専用電探1基 4基
他に補給艦など補助艦艇数隻が入る。
さすがにペナンでは入りきらないため、シンガポールとペナンに分かれている。当然ながらイギリスの耳にも入った。
少し前より、日本潜水艦の行動が活発になっているのに商船の被害は増えていない事から、イギリスでは日本海軍が大規模な通商破壊戦に出るのでは、あるいは要地空襲かと騒ぎになった。そこに空母5隻がシンガポールやペナンに配備されたという情報が届いた。実際は小型空母3隻と中型空母相当の商船改造空母全部で搭載機170機だが、現地諜報員は艦艇に素人で平らなら空母くらいの識別しか出来なかった。
イギリス海軍は、今まで活動していた小型空母3隻に正規空母2隻と戦艦2隻を加えて何をするのだと悩んだ。アラビア海沿岸を荒らし回るなら、戦力不足だ。
結果、イギリス海軍の出した答えは「大規模な通商破壊戦を行う可能性が大」と言うものであった。
まさか、自分たちの空母戦力を狙われていたとは考えなかった。
もっと問題が有った。対抗できる空母戦力が無いのである。インド洋にあったのは対潜掃討部隊兼船団護衛としての護衛空母3隻であり、下手すると一蹴だった。傘下にある空母は、フーリアスとイラストリアス級のイラストリアス、ヴィクトリアス、フォーミダブルの4隻だった。インドミダブルは損傷してドック入りしており、当面出てこない。そして全艦派遣することは出来ない。しても艦載機の総数は日本側と大差ない。大西洋で活動する護衛空母も入れれば優位になるが、船団護衛が出来なくなり潜水艦の跳梁を許してしまうかも知れなかった。
困った。しかし、大金持ちの味方がいた。正規空母2隻貸していただきたい。
アメリカもこの申し出を断りにくかった。どうするか検討した結果、レキシントンとサラトガを貸し出すこととなった。アメリカ海軍機動部隊の象徴とも言える空母だが、既にエセックス級が主役であり貸し出しに問題は無かった。
レキシントンとサラトガは、護衛の軽巡1隻と駆逐艦8隻を従えハワイからサモアへ。ニュージーランド北方を通過してシドニーに入港。その後ロアリングフォーティーを航海してパースへ。そしてムンバイで東洋艦隊と合流した。1万海里の長旅だった。
レキシントンとサラトガがムンバイに着く頃ラバウル撤収が分かり、貸してしまった正規空母2隻の不足を新規配備を待ち作戦行動に移った。ラバウル撤収は予想外だったようだ。
エセックス、ヨークタウン(2世)、イントレピッド、ホーネット(2世)、ブルラン、バンカーヒルの6隻にフランクリン、ワスプ(2世)の配備で8隻として、さらにインディペンデンス級8隻とエンタープライズを加えた空母部隊5群を編成。搭載機1200機という万全の態勢で日本海軍を潰しに掛かった。
松部隊がインド洋に繰り出したのは、昭和19年4月だった。東洋艦隊が助っ人を呼んだのは知らない。
トラック沖で連合艦隊がアメリカに損害を与えたが大敗したことがインド洋にも伝わってきた。その中で気になったのが、レキシントンとサラトガが居なかったと言うことだ。まさかという思いと定期整備でドック入りしているのではと言う希望的な思いが交錯する。
そして現実は、まさかな方だった。
第九艦隊では支えきれない敵機の群れに、なすすべも無かった。空母は全部改造空母であり、装甲も薄く耐久力も小さい。
松級直衛艦も奮闘したが、二戦隊と五戦隊が空母の楯になるように損害担当艦になった。
第三航空戦隊 隼鷹(小破) 飛鷹(中破)
駆逐艦 桑(沈没) 桐 杉 槇
第四航空戦隊 瑞鳳 翔鳳(小破) 龍鳳(沈没)
駆逐艦 樅 槇(沈没) 櫻(中破) 樫
第二戦隊 伊勢(自沈) 日向(中破)
第五戦隊 妙高(沈没) 羽黒(自沈)
第三水雷戦隊
軽巡 名取(沈没)
第十一駆逐隊 白雪 初雪(沈没) 夕霧(中破) 薄雲
第十九駆逐隊 磯波(自沈) 浦波 敷波
この海戦でインド洋の制海権は連合国側に渡り、潜水艦でも侵入が危険な海域になる。インド洋通商破壊戦の終了であった。
先に発見されてしまい、防戦一方で英米艦隊への攻撃は出来なかった。
九艦隊が回頭して帰ったこの接触は、イギリス東洋艦隊の記録によると護衛空母1隻とダナイー級軽巡1隻に1000トン級駆逐艦4隻の対潜掃討部隊だった。この部隊も敵空母発見により、海域を去っている。
後年、それを知った者達は勝てたと悔しがるが、自分たちの能力からして司令官の判断も正しかったと理解する。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。




