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拝啓 勇者のいらなくなった世界で(上)

 目の前に広がるその裸体は、悪夢だと言われたら信じてしまいそうだった。

 事実だとしても、実は何かあるのではないかと裏を探りたくなる。


 これが夢だと言ってもらえたら、僕はその人にとても感謝するだろう。

 持っているお金を全て渡したって良い。なんなら、こちらから渡させて欲しいと懇願する。


 だから

 お願いだから



 ─────嘘だと言って欲しかった



               ☆☆☆



 心強い仲間を連れて、世界の人々の希望を授かって、聖剣の光に導かれて、勇者は冒険の旅に出る。

 街を巡り、人の依頼をこなし、魔物を討伐し、魔王の元へと向かう。


 始まりの街は希望に溢れ、一本のひのきのぼうを手に勇者は突き進む。

 次の街は娯楽に溢れ、人々に快楽を与え楽しませる。

 第三の街はお金に溢れ、通貨や物品が街中を巡る。

 第四の街は強者に溢れ、己の肉体を信ずる者たちが自らの強さを見せつける。

 第五の街は疫病に溢れ、魔王の幹部によってまかれた毒により病に倒れる。

 第六の街は負傷者に溢れ、魔王の部下との激戦によって兵士たちが疲弊する。

 第七の街は魔物に溢れ、魔王侵攻の最初の餌食となった街に勇者たちは前進する。

 最後の街は静寂に包まれ、足音だけが響き渡る。


 そして最後、魔王の城は悪意に溢れ、無数の魔法が勇者たちに襲いかかる。

 激戦の末、聖剣は煌めき、絶対なる正義の鉄槌を食らわす。


 勇者に選ばれし少年は、運命の定めに従いそれを全うする。

 魔王を討伐し、勇者としての使命を仲間と共に果たした。


 人々の願いを心に灯して、聖剣を振り、正義を掲げる。

 世界を救った勇者たちに世界の人々は歓喜する。


 選ばれし勇者とそんな勇者を助けた英雄たちの物語。

 それは瞬く間に世界に広がり、勇者伝説として語り継がれる。


 始まりの街から魔王の城へと至り、魔王を討伐する栄光のお話。

 子供たちを魅了して、大人たちに勇気をもたらす偉大な伝説。


 魔王の城で一方的に終わりを告げて、ハッピーなエンドを見せてくれる歴史の一面。

 物語はこれで終わる。魔王を討伐するための勇者の物語は終わりを告げ、彼らは別れる。


 元いた場所へと戻る。

 過去を振り返りながら、思い出の街へと戻る。


 だが。


 選ばれし勇者に。


 魔王の討伐を使命とした勇者に。


 過去はなく。


 与えられた未来もなく。


 倒すべき巨悪はなく。




 ─────向かうべき次の街はもうどこにもない。



                 ☆☆☆



 街は活気に溢れて、人々がごった返している。

 子供の笑い声が聞こえ、商人が何か果物をたたき売りしている。多くの人だかりがところかしこにでき、まるでお祭りだ。


 雲一つない青空に浮かぶ太陽に照らされて、僕の鎧は輝く。

 丁寧に補修された鎧は、鏡のように日光を反射させてその存在を周囲の人々に知らしめていた。


「この鎧、やっぱりちょっと磨きすぎだよね」


 鎧をなでながら、僕は一人そうつぶやく。

 元仲間の彼から、分かれの選別として最後に補修してもらったけど、いくらなんでもやりすぎだ。間違いなく新品同然にはなったが、ここまでやられるとは思わなかった。


 魔王との戦いで負った傷は跡形もないし、なんなら彼なりに改良すら加えられている。

 体に良くフィットするし、所々にあった鎧の隙間は強度を増す魔法をかけた布で覆われていた。


 もう戦いはないというのに……。

 嬉しくはあるが、この装備を有効活用できなさそうなのが申し訳ない。


 これからは、この魔物のいなくなった世界を歩いて回りいつものように人々を助けるだけの簡単な依頼ばかりだ。

 炎をはくドラゴンや、大木を振り回す巨人はもうどこにもいない。


 辺地で穏やかに暮らそうかとも思ったけど、まだ困ってる人がたくさんいるんだ。

 仕事に激しさこそないかもしれないけど、どれも人助けには変わりない。


 勇者として、街の人を助ける旅はまだ終わらないんだ!!




 と、意気込んだときはまだ良かったさ。

 魔王の元へ向かうときはいろんな依頼をこなしてきたから経験もある。それにみんなそれなりに困り事が存在した。


 西の森に行った子供が帰ってこないとか、魔物が道を塞いで商人が来られないとか、魔物が動物を襲って商売にならないとか、魔物が……、魔物が……。


「困り事の大半が魔物じゃないか……」


 魔物がいなくなった今、存在したみんなの困り事は魔物の消滅によって跡形もなく消え去っていた。

 魔物と共に消えてしまった。


 そりゃそうだ。

 魔物で困っている人ほとんどで、今それはいない。


 それに、冒険者ギルドに行って困り事を解決して欲しいと依頼を出すことだって出来る。

 わざわざ勇者が来るのを待たなくたって、今の冒険者たちは暇だ。魔物がいなくなった以上、仕事がないのだ。何だってやってくれる。


 花集めだって、木こりだって、ドブさらいだってなんでも。

 廃業寸前とまで言われた冒険者は、今じゃ何でも屋として商売の範囲を広げている。


 それに比べて勇者ときたら……。


「冒険者ギルドなんて入ってないし、仲間はきっと故郷で頑張ってるのに」


 何もしていない。

 これじゃあニートだ。


 毎日だらだらと王都を歩く日々、みんな汗水垂らして頑張っているのにどうしてこんな余生を楽しみご老人みたいな生活をしているんだ!

 まだ肉体を衰えていないぞ! 働け若者!


「はぁ……! そうだ───


 このときの僕は、何を思ったのでしょうか。

 いや、今振り返ってみれば当然だったのかも知れません。


 何もないなら、何かある場所へに行けば良い。

 世界は広い、色々あるんだ。


 ない場所にこだわる必要はない。

 ある場所に行こう。



 ─────王都を出よう」



 僕は数日後、泊まっていた宿から出たっきり戻らなかった。



              ☆☆☆



「ふう、この辺で休もうかな」


 王都を出てから四日。

 魔物のいなくなった街道は、実に平和だった。


 食い散らかされていることが多かった行き先を示す看板は新品になり、傷一つない。

 穴が開いていて慎重に歩く必要があった道は、整備が進み始めている。王都の周辺は石畳になり、段差も少ない。


「街の外でこんなぼけぇ~っと出来るなんて。前じゃ考えられなかったなぁ」


 いくら勇者とはいえ、気を抜いているところを攻撃されるとやられてしまう。

 頭を一発殴られれば人は死んでしまうのだ。だから、周りに仲間がいるときだって油断できなかった。自分の不始末で仲間が死んでしまう光景なんて見たくない。


 そんなもの見てしまったら、きっと僕はもう僕じゃいられなくなる気がする。

 立ち直れない自信がある。


 でも、魔物がいなくなった今そんな心配はしなくて良い。

 外で楽しくピクニックしたって問題ないんだ。


「こういうとき、自分たちの努力って言うのを感じるよね」


 ああ、これが自分たちが取り戻したものなんだって、元気がもらえる。

 まだまだ頑張ろうと思えるんだ。


確かに誰かに直接感謝を言われることはとても嬉しい。

 でも、こうやって今まで出来なかったことができるという事実を知ると、同じぐらい嬉しくなる。


 魔物の襲撃を気にせずに寝て、商品の在庫を気にせずに買い物をして、鎧ではなく普通の服を買う。

 これらは全て、仲間と共に勝ち取った勝利の結果なんだってこういうときに強く感じる。


 自分たちが成したことの大きさと、そしてそれらもきっといつか感じなくなるんだろうなという悲しさが入り乱れる。

 複雑な感情って言うのは、きっとこんな感じだろう。


「よし! じゃあ、行こうか!」


 でも、この瞬間はどうにも慣れない。

 死と隣り合わせだったけども、そんな時は常に仲間が側に居た。


 聞こえなくなってしまった仲間の声に、僕の心は悲しみに包まれてしまった。

 少し前まで一緒にいて、いることが当たり前になっていた彼らはみんな各々の場所へと帰ってしまった。


 僕と出会った場所であり、彼らの故郷に。


 魔物のいなくなった道はどこまで行っても平穏で、たまに商人が馬車に乗って横を通るだけだった。

 川が見え、雪の積もった山が見え、動物たちが暮らす森が見える。


 今まで気にとめることすら出来なかった自然をこれでもかと感じられる。

 太陽に照らされてキラキラと輝き、自然たちは王都の人々のように元気である。


 毒に犯されてしまった川、ドラゴンが住み着いた山、魔法で燃やされてしまった森、魔王がいた頃に見た自然は、どれも鮮やかさがなかった。

 押しつけられた現状にしかたなく従っている。そんな風に見えていた。


 が、今の自然にそんな辛そうな面影は一切ない。


「風景画を描く画家の気持ちが少し分かった気がするな。まあ、僕は絵が下手だから描かないけど」


 どれだけ良い風景を見てこの瞬間を残したくても、それを残すことは僕にはできない。

 絵の具の量に特徴、水の量とか、紙との相性と色々考える事が多く全く分からない。


 どうせならこの景色が一瞬で切り取れる魔法とかあれば便利なのにどうして魔法塔の人たちは作らないんだろう。

 それなりに人気が出ると思うんだけどなぁ。今度手紙でも出してみようかな。


 もしかしたら僕のこのひらめきが世界を多く変えるかも知れない。

 人生何があるか分からないもんね。


 平和を謳歌しながら歩いていると、遠くにうっすらとだが街が見えてきた。

 僕が道を間違えてさえいなければ、あれは『ゲール』のはずだ。


 地図通りに歩いてきたはずだけどどうだろう。

 地図を読み間違えたことはなかったが、少し不安になる。


 が、そんな疑問はすぐに流されてしまった。


「わぁ、きれいだ」


 街を囲う壁が見えてきた辺りで、僕の視界はほとんどが黄金色に覆われた。

 思わず口から乾燥が出るほど綺麗に輝いている小麦たち。


 ゲールの名産であるパンの元、小麦が壁をさらに囲うように並んでいる。

 日光をふんだんに浴びて、風に揺られている。


 小麦畑が綺麗だという噂は聞いていたけど、ここまでとは驚きだ。

 街に向かうために進んでいた足は、小麦畑の景色に驚いて止まってしまった。この景色をずっと見ていていたい、そう心が伝えているように感じた。


 実際、見ていたいと思うほどに綺麗だと思える景色だったし、正しくこれが画家の描きたい景色の代表格だと思えた。

 やっぱり、景色を切り取る魔法のお願いは大急ぎでした方が良さそうだ。実現できたらこの景色がずっと見られる。


 黄金色の小麦畑の間を抜けて、さらに奥にそびえ立つ壁の門を通り抜ける。

 魔物の襲撃に備えて常に閉まっていた門はどこにもなく、少ない門番のみの簡易的な配置となっていた。


 魔物の脅威に怯えることのなくなった世界だと、門番という仕事も必要なくなって来るのだろうかと疑問を浮かべながら、僕はゲールの街を進む。

 王都は全てが集まる場所と言う事もあり、活気に溢れていて無邪気な子供のような街だったが、ゲールは落ち着いた大人のような街だった。


 緑豊かで、街中には綺麗に整備されている水路が回っている。

 いつも綺麗な水を手に入れることができる。きっと小麦畑がここまで拡大した理由はそこにあるのだろう。


少し歩くだけで王都とは景色が全然違う。街で売っているものはもちろん、見たことのある人は誰もいない。

この街には仲間とも来たことがなかった初めての場所だ。全てにおいて初めてで、視界に入ってくるありとあらゆるものが新鮮だ。


 この大通りに面したあそこには宿屋がある。

 少し細くなっているあの道にあるのは服屋だろうか。


 どこになにがあるのかなんて何も分からないし。

 なにがどこにあるのかも分からない。


 知っている事なんて何もない。

 と言っても過言じゃないぐらい何も知らないこの地では、誰か困っているだろうか。


 何か困り事がある人はいるだろうか。

 いなくなった待ち人を探すかのように、僕は街をぐるぐると歩き回る。


 無計画に、気持ちに導かれてなんとなく道を曲がったり、来た道を戻ったり。時には元いた場所に戻りながら、道に迷いながら僕は誰かを探す。


「なあ、アンタ。ちょいと手伝ってくれないか」


「はい!」


 最初は肉屋のおじさんだった。

 なんでも肉を仕入れたけど重くて持ち運べないらしい。


 もちろん僕は承諾した。

 やっと人の役に立てた。やっと仕事がやって来た。


 とても嬉しかった。

 ただ人から頼られただけだというのに、その達成感は魔王と討伐したときのようだった。多幸感に包まれ、幸せな一日だと思えた。


 その日は少し奮発して良い宿に泊まってしまった。

 あまりお金は持ってきていなかったけど、この幸せな気持ちを消したくなかった。


 今までの経験上、安い宿は埃っぽくて健康にも良くない。

 次の日、喉が痛くて苦労したのを覚えてていた。


 と、自分に言い聞かせて良い宿に泊まったのだ。

 でも、そのおかげが次の日は二つも依頼があった。


 一つは物置きの片付け、ご老人が久しぶりに物置を開けたところ中がぐちゃぐちゃでほしいものが見つからないと言っているところを見かけたので、探すついてに中の物も片付けた。

 探しの物はすぐに見つかったので、どっちかというと片付けにかけた時間の方が多かった気がする。


 それに、おじさんが出してくれたお茶は美味しかった。

 それだけは間違いない。


 二つ目はお花摘みだった。

 小さな女の子がなんでもお母さんにお花のリースを作ってあげたいらしかった。


 でも、子供一人で外に出るのは魔物がいなくとも危険な動物がいるので危険。

 と言うことで、護衛を頼みたいという依頼だった。


 冒険者ギルドに言ったら間違いなく金銭を取られる案件。

 普通ならば、僕もそれなりにいただくべき何だろうけど子供から奪うのは気が引けた。それに、子供の勝手によって親が金銭を支払うというのもなんとも言えない気分なので、無償でやってあげる事にした。



「それで、どこに行くんだい」


「向こうの丘! 遠くまで見えるから景色も良いの!」


「へえ~」


 景色が良い。

 その言葉に、僕は胸躍った。


 つい先日綺麗な小麦畑に心動かされたばかりで、綺麗な景色というものに貪欲になっていた。

 どんな景色だろう。ぜひ見てみてみたい。


 そんな感情に背中を押されながら、僕は少女と一緒に共に丘へと向かう。


「どんな花で作りたいとかある?」


「え、うーん……」


 僕の質問に少女は黙ってしまった。

 変な質問ではないと思うけど、そんなに難しいことだっただろうか。


「あんまり考えてない。綺麗はお花だったらお母さん喜んでくれるよね!」


「そうだね」


 お母さんのためにリースを作りたいという所からも覗えたが、年相応の反応が返ってきた。

 子供はそれぐらい無邪気な方が良いね。と、暢気に考えながら歩いていると目的地と思われる丘が見えてきた。


「あそこ?」


「うん!」


 そう言うと、少女は一人で走り出してしまう。

 置いてかれまいと僕も走るが、さすが子供恐ろしいすばしっこさであっという間に丘の上へと行ってしまった。


 動物に襲われたときにと鎧を着ていた僕は、重い鎧に悪戦苦闘しながら必死に登る。

 平原を走るときとは打って変わって、坂道を登るのはとても辛かった。


「はっ、はっ、はぁ。ひ、一人でっ、ひっ、行っちゃダメだ───」


 ふと、あげた顔。

 草が広がっていた僕の視界は、急転する。


 小麦畑を見たとき、その色合いと視界いっぱいに広がる小麦から綺麗だという感想が出た。

 心の底からそう思った感想だ。圧巻の風景に、足が止まってしまった。だけど、この丘から見える景色はあのときの風景とは比べものにならなかった。


 過去に、山のドラゴン退治を行ったときに山頂から見た景色は素晴らしかった。

 綺麗な空の青、輝く太陽の赤、森が見せる緑、雲が隠す白。


 一つ一つの色が際立ちながら、互いを邪魔しないぐらいの表現で魅せてくれる。

 あのとき、初めて風景というものに心動かされた。


 そんな感動が、今再び感じられている。

 流れる川の青、立ち並ぶ家の屋根の赤、草原に広がる草の緑、丘の広がる花の白。


 山での景色と比べると見える葉には狭い。

 きっと半分にも満たないだろう。だけど、それと同じぐらいの光景が目の前には広がっている。


 あまりの美しさに呼吸を忘れ────


「ゴホッ、ゴッ、ゴホッ、おっ、おえ」


「だ、大丈夫?」


「う、うん。だいじょ───ゴホッ」


「ちょっと休もっか」


「う……ごめん」


 少女に心配されながら、小休憩を挟む。

 今にも吐き出しそうだった体調はすぐに戻り、辺りに生えているお花集めの仕事が始まった。


 リースの作り方は分からないので女の子に任せ、生えているお花を一つ一つ丁寧に摘むのが僕の仕事だ。

 花の摘み方を教えて貰い、お母さんに贈ると言っていたので一つ一つ心を込めて。


 かわいい花のリースを送ってもらえて、母親も嬉しいだろう。

 太陽の傾きで時の流れを感じながら、リースを作っていく。少女の手際は実に上手で、渡した花を次々とリースに組み込んでいく。


 その道のプロと言っても過言ではない速さだった。

 ただの少女ではない、花作りの少女だ……。花に愛されているような存在だ。


「できた!」


 少女の小さな両手には、大きな花のリースがあった。

 最初から最後まで少女の手によって作られた、愛情のこもった花のリースである。見ていてとても心温まる。


「じゃあ、帰ろうか」


 周囲を見渡してみると日が傾いて、空が茜色に染まっている。

 もう夕方だ。ここまで襲ってくる動物はいなかったが帰り道が安全とは限らない。


 少女に離れないことを強く言い聞かせて、来た道を戻っていく。

 夕焼け空が視界の半分を占める道は、丘に向かうときの印象とは大きく変化を遂げている。


 自然から帰ろうと言われているような気分だ。おうちへ帰って寝ましょうと。

 優しさに包まれているような気分になる。


 まだ慣れない街へと戻り、少女に案内されながら家へと向かう。

 暗くなり始めた以上、子供一人で帰らせるのは憚られたので最後まで付き合うことにした。


 少女からもお花のリース作りを手伝ってくれたお兄ちゃんをお母さんに紹介したいと言われてしまったので、その少女の願いも叶えることにする。

 王都とは違い、こちらの街は夜になると段々と静かになっていく。


 しっかりとしたお店ではなく、露店が多い以上日が沈んでくるとお店が減る。それによってわざわざ外に出てくる人が少なくなっているようだ。

 王都では夜だろうが昼だろうがところかしこにある酒場で男女関係なく酒樽を開けまくっているので夜もどんちゃん騒ぎ、夜という概念を知らなさそうな王都とは対照的な静けさだ。


「ここだよ!」


 暗い街中を抜けて、さらに薄暗い路地へ入ると所々壊れている扉が目の前にはあった。

 そんな場所の前で、少女はここだと宣言する。


「え」


 それを見たとき、僕は理解ができなかった。

 これが家? こんなボロボロな扉……。


 冗談だと思った。

 僕が今まで見てきた物にこんなボロボロな扉はない。


 もっと丈夫で、しっかりとしたものだった。

 時に簡素でこそあったが、こんなただの板を張り付けましたみたいな家……あるのか?


 不思議ではあった。

 謎ではあったが。


 でも僕は、少女に案内されるまま家へと入っていく。

 埃っぽくて、ジメジメとしている。


 壁の木は穴だらけで、所々腐って色が変わっていたりきつい匂いがしていたりいる。

 いくら安い宿でも、ここまでのものは今まで一つもなかった。こんなに崩れた家は、見たことがなかった。


 もしこの後冗談だよと言われたら僕は信じる自信があるし、本当に家だと言われたらこの疑問をぶつけないとどうしようもない感情に襲われる自信もある。

 家という物の定義が何か分からなくなりそうだった。


 しかし


 そんな僕の驚きの感情は、それによって嘲われた。

 その程度どうしたと、僕の心を第三者ずらして見定めるかのようにそれは僕の前へとやって来た。


「お母さん!」


 少女は抱きつく。

 お母さんと呼びながら、その手に掴んだ花のリースを渡しながら。


「───ッ!!!!」



 僕は

 何も言えなかった。



 ただその光景を見て

 ひたすらに傍観をして




 ─────ひどく顔を歪ませることしかできなかった。

 本作品は上下構成を予定しております。

 下の方はただいま誠意作成中です。


 予定では二月上旬中に投稿を考えております。

 今しばらくお待ちいただけると幸いです。


※追記 『下』を投稿しました。

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