レイの父親、そして都へ
十二月六日。
俺はリガの村に来ている。今日はウラン族の族長と話し合いを行う予定だ。レイにも同行をと誘ったが嫌だと言われた。
「親父に会いたくない」
父親のことを嫌っているらしい。
村長の家をまた借りることになり、いつものように礼金を渡す。
「ご領主様、おかげ様で畑を荒らされることもないですし、家畜を奪われることもなくなりました」
こう言って感謝をしてくれる村長に、俺は笑顔を見せてその室に入る。
すでに男がいて、がっしりとした体格のいかにも戦士という威圧感がある。太い眉に顎、四角い顔、広い肩は堂々としたものだ。身長は俺より低いが、俺よりもでかい印象を受けた。
二年前から変わっていない。
「お待たせした。レジト侯爵フレデリクです。ご無沙汰しています」
「婿殿、娘が世話になる。ウラン族の族長で、神々の山の民をまとめるギルギアンデルターエントスメアカオーザだ。こちらこそ……あの時のようにギルと呼べ」
レイと出会って、名前が長いのはこの人だけではないということがわかったのである。
「ギル殿、さっそく村への手出しを止めて頂き助かります」
「こちらも戦いで怪我をすることもある……言葉遣いを普段にしてよいか? 疲れる」
「どうぞ」
「レイのことはホンマありがとう! 助かったわ! どっこにももらってくれる先がおらんかったんや」
すっごい訛ってる……。
「いえ、本当に素晴らしい娘さんを娶らせて頂き、ありがとうございます」
「孫を早う見せてくれ」
……あの一件いらい、お互いになんとなくできていないのである……。
「はい、なんとか!」
元気に答えておけば乗り切れる。
「頼むわ! しっかし、あんたとこうして向かい合うのは二年ぶりか?」
「ええ、あの時はご賢明な判断、ありがとうございました」
「よう言うわ! 逃げていったリタニア人どもを追いまくったら、レジト侯爵軍に急襲されて戦況が膠着……勝ち戦が泥沼にされた……休戦を結べたのはワシらにとっても良かった。若い指揮官のくせに嫌な軍の動かし方しよるなと思うとったんよ」
「お褒め頂き恐縮です」
「あの戦、今でもよく思い出す。だからレイを嫁にくれと言われた時、ワシは賛成した……あんたとは戦いとうない。で、本題や。実はおたくさんところを襲わないことに一部の部族から不満がでておるんや」
でしょうね。
これまで略奪で得ていた物品を、得られなくなってしまったのだから。
「かといって、ワシはあんたの信用を裏切ることはしたくない。大事な婿はんやし」
それは俺もだ。
「そこで交易を本格的に始めたいんやが、ワシらにはおたくさんが欲しがるものがわからん。こちらは食料、衣服、薬品や」
俺達がほしいのは平和だ。だから、平和を維持するためにいくばくかの援助をするとう手もあるだろうが、それはいずれ貢物という誤解になると面倒だ。
やはり物々交換がいいだろう。こちらから食料や衣服に薬品を売るといっても、彼らには買う金がない。
「木材、石材、鉄鉱石……このあたりを望みます。木材は森の維持を第一に計画的におこなう必要があるので当方から学者と職人を派遣し、案内料や護衛料ということで物品をお渡しする。石材、鉄鉱石は鑑定士を送り、これもまた職人を送りますので、案内や護衛に人を出して頂ければ……あと運搬もお願いしたい」
「承知した。木や石はいくらでもあるからな。鉄鉱石も問題ない」
「……つかぬことをお聞きしますが、川で光る石が取れますか?」
「光る石? ああ、あるぞ。いくらでもあるが、研磨する技術がない」
俺は悩む。
だけど、宝の山を前に無視はできなかった。
「ダイヤ……いろいろな色に輝くダイヤが採れる川があるはずです。一緒に開発をしましょう。島だけでなく、世界各国で売れます。大きな収入になります」
「……取り分はどないするんや?」
「学者、職人の派遣、売買ルート開発と交渉などはこちらで、採掘作業と運搬はそちらで行うとして、折半でどうでしょう?」
「七、三でワシらが七や。ワシらの土地や」
「しかし技術がなく、売りさばくことができなければただの石ころです」
「……六、四」
「……」
「わーた! 半分こや!」
「ありがとうございます。現金収入があれば、そちらも入手できる先が増えます。きっと暮らしは豊かになりますよ」
「結局な、ワシらはその豊かな暮らしっちゅうのがわからん。金をもらってもよくわからんから、その金の分、食料や酒、薬品や武器で納めてくれ」
「かまいません。では、契約書を作成して、お互いに内容を確認して署名と捺印をしましょうか……契約の日取りはいつにします?」
ギルは頭をガシガシと掻いて笑う。
「文字なんて読めんから、レイに任すわ。あの子はブッサイクやが頭がええ。本をな、よく読んでたんよ」
「ですが、彼女は俺の妻ですから、そちらから不満はでませんか?」
「不満言う奴はこれよ!」
ギルは拳を握ってみせる。
恐ろしい……。
「冗談や。皆、どうせわからん。わからんから性質が悪い。ワシは学がないがそれはわかる。無知は罪や……だけど、レイならワシらを見捨てんやろ。だから任せる」
「信用されてるんですね?」
「あんたも信用してるで? ひとつよろしゅう頼むわ」
「こちらこそ、今後ともよろしく」
「連絡は密にとろう。こちらの責任者は弟のギガンテールワトキンハウデルに任すから、一度、挨拶に行かすわ」
「はい、お待ちしています」
話は済んだ。
俺は岳父を外まで送り、そこで運んできた荷を指差す。
「食料と衣料品です。数はそうありませんがお土産でもってきました」
「助かるわ! ありがと! ほな、またな!」
レイの親父さんは笑顔で帰っていった。
しっかし似てない親子だなと思う。
-フレデリク-
十二月は忙しい。
「あ!」
と言う間に日が過ぎているので驚く。
今期はカツカツだけどなんとか赤字にはならなくてすんだ。先期までは連続赤字記録を更新し続けていて、あちこちからの借り入れの返済はシャレにならない額である。
全ては度重なる北伐に付き合わされたせいだ。
損益計算書を作るのが怖かったのも、今年はなんとか黒字。
五百リーグの黒字!
すばらしい!
これはもう本格的に石拾いで儲けて借金を早く返してしまいたい。鉄鉱石もありがたいし、木材も石材も嬉しい。
ウラン族との取引はとてもいい!
レイのおかげだ。
俺は内務卿のオリビエを呼び、北峰山脈に派遣する学者や職人の件で民間に委託する方針であることを説明し、手配を依頼する。
こちらで段取りすると、お金がかかるから丸投げして利益を出すのです。
公共事業の大元である強みを活かす。
悪いことじゃない! そこは強く言いたい!
ともかく、金が当家はないので開発に投資できんので仕方ないのである。しかし、商人達には儲け話を横流ししてあげているわけで、彼らは感謝してくれるだろう。
これで来期は黒字の額も増えて……ふっふっふ。
北の守りに使っていた予算をごっそり削れたので、それも大きい。もちろん、最小限の見張りと、村々の治安維持の為に騎士や兵士を配置しているが、これまでの一割にも満たない負担ですんでいる!
いつ戦いが起きても対処できるようにと保つのは、それだけ金がかかるってことだと改めてわかった。
ここで手紙の束から請求書を見つけた……忘れていた。
レイのドレスを作ったんだった。
本人、恥ずかしがっていたけど喜んでくれたみたいだ。
だから、四千リーグもかかったとしても良しとしようじゃないか……しょうがないじゃないか……三千リーグの予算だったのに、レイがとっても可愛い顔で「赤い色がいいな! フレデリク、僕は赤いのがいい」と言うんだもの……そうかそうか、赤いやつにしようねと答えるじゃないか!
赤いドレス、高かった……。
-フレデリク-
慌ただしく走り去っていった十二月よ、さようなら。
今期の始まり、一月よ、こんにちは。
新年の祝賀会が王宮で開かれるので、それに出席するべく一日の早朝には馬車に乗り込む。
都まで十日。
普通なら、十日はかかる。
しかし当家は金がない。
馬車一台は空で、俺とレイはそれぞれ馬に乗り、護衛の騎兵は五騎、徒歩の歩兵は二十名で爺は馬に乗る。さらに馬の世話人、荷物運びの運搬員などなど総勢五十人が「おらぁ! おららぁ!」と都まで走るのだ。
日数を縮めるために!
旅費を少しでも浮かすために!
どうして馬車がいるのか?
宿場町を通過する時、馬車に乗り替えるのである。そして、侯爵一行であーる! という優雅な行進を見せるのである。
もちろん、都に入る前にも乗り替える!
三日と半日で、都に到着した。
「日ごろの訓練の成果だ! お前達、よくやった!」
俺の褒め言葉に、騎士や兵達が皆、歓声で応えた。
こうして王都別邸に入ったのは一月四日の昼過ぎで、祝賀会まで五日ほど余裕がある。
レイを誘って、都見物に出ることにした。
「フレデリク、あれはなんだ?」
「あれは動物園だ。行ってみるか?」
「行く!」
二人で動物園に入る。入場料は自分で払った。侯爵家へ請求書を回せと格好をつけたいところであるが、今期の予算は一分の隙もないほど組みあげていて、予備費用すらこんなことで使いたくないのでできるはずがなかった。
獅子、虎、ヒグマ、小型の竜、翼竜を見てまわりながら、レイが北峰山脈に住むという白狼に関して教えてくれた。巨大な狼で人語も理解するというその動物を、彼女は子供の頃に見たことがあるらしい。
「大きかった。食べられるかと思って目を閉じたら、食べたりしないからおいでと言ってくれた。それで温めてもらったのを覚えている」
「山で迷子になっていたのか?」
「たぶん、そうだったと思う。ヒグマを狩って食べる最強の動物だった……あ! 見ろ! 象がいるぞ!」
南方大陸から運ばれた象は巨大だが、とてもおとなしく見えた。それでも、近づけば危険という看板がある。
次に鳥が見物できる場所を歩き、動物園を出ると二人とも空腹に勝てなくなった。
庶民であれば立ち食いの店でサッと済ませるのだが、さすがに俺はそうもいかんと思ったけど、レイが串焼きの店に自然体で並ぶ。
手招きされた。
並ぶ。
「美味しそうだ」
レイが焼ける肉を眺めて言う。
だが、彼女はここでいきなり俯くと、俺の手をひき列から離れた。
なんだろう? と思い周囲をうかがうと、皆が彼女を見ていた。
少し離れた場所で、レイが俺に言う。
「すまない……じろじろと見られるのは嫌いだ」
「ああ、それはきっと――」
「帰ってご飯を食べよう。疲れた」
それはきっと君がキレイだから皆が見ていたんだよ、と言いたかったが遮られた。
レイは、自分は醜いと周囲に言われて育ったせいで、呪われてしまっていると思う。
言葉とは恐ろしいなと、つくづく思ったのだ。




