残念な出来事
当日、ベリオットの城はやけに静かだった。
当直の兵達も皆、俺を見ると「おめでとうございます」と言ってくれるが、ばか騒ぎをしない。
いつもは冗談を言いあって笑い合うのだが、それもない。
もうすぐ、到着するはずだ。
俺は出迎えをしようと、城の正門へと向かう。
俺は普段、城から少し離れた屋敷で生活をしているが、仕事は城でおこなう。それに、式典や来客と会ったり、裁判をおこなったりは城を使う。
過去、この城は磨き上げられてそれはもう美しかったらしいが、北伐に付き合わされて金がなくなった二代前から清掃しておらず薄汚れている。
それでもまだ、威容はあった。これは財政悪化によって弱体化したとはいえ侯爵であると威張る当家の象徴にも思えるようで笑える。
ベリオットの市街地を見渡せる小高い丘に建つ城の正門に来ると、我が城下街を一望できる。ここに五千人の人々が暮らし、領地全体では十万人にもなる。王領や他の侯爵たちに比べれば人は少ないし土地は豊かではないが、俺の大事な領民たちが暮らす領地だから、しっかりと彼らを助けていかねばとここに立つたびに思うのだ。
見ると、市街地の中を馬車がこちらに進んできている。
すぐにわかった。
レイが乗っているに違いない。
沿道で、民たちが花弁を馬車へと投げかけて歓声をあげた。冬を前にしているから集めるのは苦労しただろうと思い、感謝で目頭が熱くなる。
レジトアイビーの花弁をいたるところにくっつけた馬車が、正門に到着した。
扉が開き、小柄だががっしりとした女性がウラン族の衣装で現れ、俺に一礼する。どうやらレイのお供らしい。
少し遅れ、スラリとした脚がのぞき、白い手が見えて、黒髪をかきあげながら現れたレイが、馬車から降りて可愛らしい笑みをみせてくれた。
「来たぞ。よろしく頼む」
「こちらこそ。よく来てくれたね」
俺は無意識に彼女に手を差し出していた。
レイは少し悩み、「ああ!」と声を出すと懐から首飾りを取り出し、俺の手の平にのせる……?
「妻にしてくれるお礼の贈り物だ」
「……すごくキレイだ! ありがとう!」
何かの動物の骨と宝石で組まれた首飾りはとても美しい。でかいダイヤは偽物だろうと思うが、手作りだとわかるので心遣いが嬉しかった。
俺は首飾りをつける。
見守っていた兵士達が、囃し始めた。
「似合ってますよ!」
「幸せもの!」
レイは、顔を赤くして俯いている。
照れているみたいだ。
俺は可愛らしく思えて、彼女の手を許可なく握った。
レイが俺を見る。
「行こうか」
「おう」
花嫁の手をひき、式場へと向かうのは異例のことだけど、考えなくやっていた。ただただ、全く違う社会に来ることを承知してくれた彼女への感謝と尊敬で、可愛らしいけど剣を握ることに慣れた手をひく。
兵達が歓声をあげて整列する。
普通は厳かにするものだが、異例ずくめでいいと思う。
いつの間にか、不安は消えていた。
隣の彼女を見る。
レイも俺を見ていた。
こうして並ぶと、彼女のほうが少し背が高い。
「不安はないかい?」
「わからないことばかりだから、いろいろと教えろ」
「もちろん」
彼女が微笑む。
俺は、彼女に惚れたことを自覚した。
順序は違うだろうけど、嬉しかった。
-レイ-
城はすごい。
こんな大きな建物は攻撃したことがない。
砦の攻撃にも大変な思いをしていたのに、この城ときたら市街地全体を二重の城壁と堀で囲み、さらに市街地の道も入り組んでいて簡単に城には入れない。さらに城を守る城壁には防御兵器が備え付けられていて、力攻めは無理だと思わせられた。
一方で、城の内部は機能的だ。素早く人が移動できる工夫があちこちにある。通路も広くとってあるけど、侵入者側は内部へと進む際に通路が狭まる。
考えられているなぁと感心していると、へんてこな格好をした老人の前に立っていた。
軟弱が手をひいてくれていたので、任せていたらいつの間にかという感じだ。
老人の背後には、青年の姿をした石像がある。
オジキが教えてくれた、神の前で約束するってやつだ。
老人がごにょごにょと難しいことを言い、軟弱が「誓います」と答える。
老人がうなずき、僕を見た。
ごにょごにょと難しいことを言う。
「レイ、誓いますと答えてください」
軟弱が親切に教えてくれた。
こいつ、やっぱりいいやつだ。
僕は答える。
「誓います」
老人が両手を広げ、難しい言葉で何事かを宣言する。勉強不足でわからないけど、きっと古代ラーグ語だと思う。
それからが楽しかった。
大きな広間に案内されると、領内の主だった爵位持ちの騎士達に囲まれ、酒と食事をふるまわれた。
「質素で悪いね。財政事情が厳しくて」
軟弱はそう言うが、僕たちがふだん山で食べているものよりはずっと美味しい。味付けも多彩で、塩をふって焼いて食べるだけのものに慣れているからとても美味しい。
だが、残念ながら僕は食が細い。
すぐにお腹いっぱいになってしまう。
ふるまわれたものを食べきれないまま、苦しくなってしまった。
「おい、悪い。もう食べられない」
「無理はしなくていい。皆で食べるから」
軟弱が笑い、騎士達も食事へと手を伸ばす。皆で歌い、騒いで、酒を飲んで、美味しい食事を楽しんだ。
リタニア人はいつも僕たちを虐める悪い奴らだと思っていたし、これまでずっと戦ってきたけど、少なくともこの場にいる奴らは好きになれそうだ。
アリアナもご馳走にありついて嬉しそうだ。
良かった。
だけど、その日の夜、僕は残念な気持ちになる。
さあ眠ろうという頃合いになり、軟弱の屋敷へと移動してから風呂を借りてアリアナに身体を洗ってもらった。ここで、これからのことを予想して緊張していた僕は、軟弱に室に案内されて拍子抜けする。
「この室を使っていい。君の室だよ。アリアナには隣の室を用意しよう」
「一緒の室ではないのか?」
僕の問いに、軟弱は微笑むと言う。
「疲れただろう。無理をいって来てもらっているんだ。大事にしたいから今夜は疲れをとってほしいんだ。おやすみ」
おやすみ?
軟弱はやはり軟弱だった。
僕はそんなことを期待していない。
この日のために、兄貴と女達のあれこれを盗み見て勉強したし、集落の女達にいろいろと聞いて学んだというのに、一人で寝ろ?
僕は軟弱の肩を掴む。
「え?」
「馬鹿にするな。行くぞ」
「いくぞ?」
「室に入れ。僕はお前の妻だ」
「あれ? ちょっと……ちょちょ」
軟弱を羽交い締めにして、扉を足でけって閉める。
そして、奴を押し倒した。
……。
……。
「いたぁい!」
痛い! いたたたたた!
なんだこれ!?
なんだこれぇえええええ!?
「レイ、大丈夫?」
「痛い……えぐ……くすん」
泣き顔を見られた……。
恥ずかしいよぉ!
こんなに痛いなんて、誰も教えてくれなかった!
「無理はしなくていいよ。気張らせて悪かった。大丈夫?」
「大丈夫じゃない」
軟弱に抱きしめられる。
……股から血が出ている。
負傷までするなんて……。
僕は泣きながら、恥ずかしさと後悔で軟弱に背を向け、一人でベッドへと潜り込んだ。
残念すぎる……。