そしてその日はきた
王国暦一三八年、十一月二十日が結婚日だ。
リタニア人同士、とくに俺みたいな諸侯であれば客を招いて宴を開き、王都でも同じように宴を開いてとするのが普通なのだろうけど、遠慮しておいた。
そういうことをするとお金がかかりますもん。
ご祝儀でチャラになる? まさか! そういう甘い言葉で宴を開いたら、せっかくなので最高のご馳走を! ドレスの着替えもしちゃいましょう! オーダーメイドで! などなどと、「せっかくなので!」「晴れの舞台に!」「一生に一度ですよ」と言われて散財してしまうのである。そして、ご祝儀では回収できないわけだ。
普通のご家庭ならどうぞと思うが、当家は金がない。領政の予算を俺の個人的なことに転用するのも気がひける。王家へ許可を求めるのに十万リーグを使わせてもらっただけでも胸が痛いのだ。
「しかしお館様、宴を開いて皆様をお招きするのも立派な政治でございますぞ」
爺、一理ある。
お前はまったくもって正しい。
しかし、金がないのだ、金が!
……だが、そうだな。爺の言うとおり、本領での宴は省略してもよいが、都の別邸では陛下や他の奴らを招いて宴をせんと駄目かもしれんな……しょうもないことで叛意があるとか言われると困る。
「爺、なんとか金を工面できんか? こちらでの宴は身内やお前達だけで済ませるとして、都ではちゃんとしたものをやろうと思う」
「さようですな。それがようございます……先日、北峰山脈に近い複数の砦を空にしましたが、武器が余っております」
「うん」
「売りましょう」
「しかし、島は今は平和だ」
「大陸では大戦中……城下の商人を呼び、北大陸へ売りにいけと命じましょう。取り分は……折半でよろしいでしょう」
「それは払いすぎではないか?」
「ですが、我々では売れませぬ。ルートがありませぬゆえ……成功報酬で折半となれば、商人もやる気を出しましょうぞ」
「わかった。確かにケチるのはよくない。あの王と同じになりたくない。民がまず豊かになれば、俺達も富む」
「そうです、お館様。ではさっそく手配します」
「爺、矢は売るな。矢は残しておけ」
「は? 矢ですか?」
「そうだ。矢は余っていてもいい。使う時は一気になくなるし、戦場で最も使うものだ」
「仰せの通りに」
高く売れてくれることを祈る!
-フレデリク
商人達が武器や防具を運び出した日から五日後の現在、十月も終わり十一月になった。
あと二十日で、俺は妻をめとる。
怖いけど……。
大丈夫だろうか?
斬り殺されたりしないだろうか……。
ちょっとした失言で殴られたりしないだろうか……?
いかん。
悪いほうへわるいほうへ考えている。
これは、あれだ。
結婚を前にして不安になるやつだ……。
情けない。
冷静に考えて、俺よりも彼女のほうが不安に決まっている。
俺は今の暮らしはそのまま続くが、彼女は俺の妻として侯爵家に入ってもらう。俺が婿として行くのではない。
生活も、価値観も、文化も信仰も何もかもが違う社会へ彼女は来てくれるんだ。
俺が不安がってどうする!
不安だろうレイどのが、来てくれた日から笑ってもらえるように準備せねば。
好きなものとかを聞いておけばよかった……。
そういえば、お互いのことを全く知らないんではないか?
わかっているのは、僕っ娘ということだけだ。
いや、もうひとつある。
照れ屋だ。
-レイ-
嫁入りにあたり、オジキが僕に教えてくれる。
「リタニア人は結婚式というものを神様の前で行うが、お前は黙って俯いていればいい。そして誓うか? と訊かれたらはいと言って頷け」
「おう」
「おう、じゃなく、はいだ」
「はい」
「リタニア人は宴をするからな、酒が飲めるぞ」
「ありがたい」
「でも奴らの酒は葡萄の酒だ。軽い」
そういえば、軟弱はスピリットを飲ませたら吐き出していたな……。
「おまえ、嫁入り道具はあるのか?」
「どんな道具だ?」
「箪笥や衣装棚や鏡……あるわけないか。共有財産の小屋から俺が適当に見繕ってやるからそれを持っていけ」
「運べるのか?」
「さすがに人を貸してやるよ。おまえは運がいい。俺みたいな物知りがいるおかげで恥をかかなくてすむ」
「うん、オジキ、ありがとう」
「あと、何か贈り物を用意しておけ」
「贈り物?」
「機嫌をとっておけ。侯爵といえば大きな貴族だ。しかも領主だぞ。その男が領地のためとはいえ、おまえを娶ってくれるんだ。お礼の品をもっていけ」
「おう。オジキはリタニア人社会にいたから物知りだな?」
「ほかに何か思いついたら教える」
「ああ、ありがとう! 本当に助かる!」
オジキの小屋を出て、集落のなかを歩きながらいろいろと考える。
贈り物、何がいいだろうか。
お守りに、首飾りを作って贈ろうかな。
鹿、熊、狼、猪の牙と骨を使って……光る石も使って作ろう。
鹿は知恵を得て、熊は力を得て、狼は仲間に恵まれるという加護を得らえる。光る石は見た目のためだ。
喜んでもらえたら嬉しいのだが……。
-フレデリク
年が明けた一月に、都での披露宴を行うことにした。
これは、商人たちが頑張って余った武具を売ってくれたからだ。北部前線の砦撤去でうまれた余りものは、長剣百本、槍百本、手投げ槍二百本、鎖帷子百着、各部位を守る防具類二百式、フード付き外套四百着、革ベルト五百本などなど、あげればもっとあるがきりがない。そういうものをそのまま転売してもらうことで、利益折半とはいえ八万リーグの資金を得ることができた。
一部の騎士達は、武器や防具を売るなんてもったいない! という意見があり、それは明日にでも戦が始まったらどうするのかという訴えだったが、戦なんてものはいきなり始まったりしない。いや、いきなり戦が始まる可能性があるとすれば、蛮族に襲撃されることだがそれは今はない。とすれば島へ大陸から侵略戦争を仕掛けられる場合か、島の中で内戦が勃発するもので、それらは前兆がある。
前兆は、ない。
よって南側の領境の戦力や備蓄は現状維持でかまわない。逆に増やせば王領やコンラード候側の斥候が必ずそれをつかみ、上に報告するから質問状が届くことになって、いろいろと面倒くさいわけだ。
この八万リーグのうち、料理や音楽に五万リーグを割り当てた。これをケチると後でずっと延々と忘れてくれと言いたくなるほどしつこく言われ続ける。
来客へのお土産に一万リーグ。
あとはレイの衣装を整える――きっと宴に出席するドレスをもっていないので、こちらで用意する金が三千リーグ。
俺の礼服は親父のものを直して使うとして五百リーグ。
警備兵は王都別邸の兵を使えばいいと思うがおそらく足りないので、一個小隊をこちらから連れていくとして移動やあれやこれで八千リーグ。
予備費五千リーグみてみると……ギリギリ。
これは恐い。
もう少し削ろう。
こういうことを考えながら、ベリオットでの式の準備をしていると、あっという間に日は進み、十一月二十日となったのである。