お金がない
リガから城があるベリオットに帰った日の翌日。
王家に結婚の許可を求める手紙を書いて発送し、家臣達を集めてウラン族の族長の娘と結婚することを告げる。
円卓の間に集まった面々に、爺が交渉を進めていた俺の結婚に関する経緯を説明した。
一から話すのは、彼らには把握してもらいたいからだ。
恥ずかしいが、俺には嫁がこうでもしないとこないことと、蛮族の娘とはいえ俺達の結婚が領政にとって良いものであることを話した。
反対はなかった。
皆、口々に「よかった」「蛮族もよい奴はいるな」と言う。
それから俺は爺に今期の予算が書かれた資料を室に運ばせ、来期の予算を相談しようと思った。年が明ける前には確定させたいが、全く足りなくて一向に決まらないのである。
「やはり二百万リーグ、たりませぬな……」
爺……当家の困窮ぶりを一言で済ますな。
実際、ない。
はっきり言って、俺の私財を売ればいいのだが、これはもう最悪の事態に備えてのものだ。大きな戦争やらでどうしても金がいる時の為に、へそくりはとっておきたい。
王家への税の大きなこと……半期で百万リーグもとっていきよってからに……。
「爺、しかたない。もう攻撃されることはないだろうから、北の守りを減らす。砦も撤去だ。維持費がでかい。期間雇用の兵士は期間満了をもって離れてもらおう」
「契約をきればすぐにでも解雇できます。今期はもうあとわずかですが、式の予算には回せるかもしれませんよ?」
……嫌なことを思いだしたよ、ありがとう。
結婚式にかかる費用をどうしよう……いや、それよりもまずは領政の予算が先だ。こっちを固めないと領内全体が困る。
「……兵が無職となれば、野盗になるかもしれないし、彼らにも生活がある……読み書き計算ができる者は事務方への異動を命じて、それができない者には契約期間内は城の警備を命じよう。砦の備蓄物資は使えるものは各部署へ送って新規の購入費用を削減する」
「油、紙、羊皮紙、蝋燭……武器や防具の類は南側の領地境の砦へ運びますか?」
「いや、そんなことはすぐに知られて、武器を運びこんでいるのはどうしてだ? やるのか? ああ? と因縁とつけられたくない。城に集めておいてくれ」
「お館様……しかし本当に大丈夫でしょうか? まだ夫婦になってもいないのですよ?」
「爺、レイに会ってひとつわかったことがある」
「何でしょう?」
「彼らも争いを好んでいるわけではないのだ。レイは、これからは争いではなく交易で富みたいと言っていた。信用しよう」
「……承知しました」
爺の不安はわかるけど、お金がありませんから結婚できませんと彼女に伝えることのほうが不安なのだよ……。
結婚資金、どうやって捻出しようかな……。
-レイ-
リガの村から本拠地に帰ったのは、軟弱と会ってから三日後だ。
僕はようやく結婚相手を見つけることができてホっとしていた。軟弱だったけど悪い奴ではないみたいだし、贅沢はいっていられない。
僕みたいな女を妻にしようと言ってくれているんだ。
戦うことしか能がない僕を受け入れてくれるという軟弱に、感謝している。それに、戦うのが得意な僕がこう思うのもなんだけど、戦いはできるなら避けたい……。
僕は族長である親父に報告しようと、集落の真ん中にある小屋に入る。親父は女達に酒を注がせて酔っぱらっていたけど会話はできる状態だった。
「親父、結婚できる。レジト侯爵フレデリクに決めた。向こうも承知してくれたよ」
親父に伝えると、珍しく笑顔を見せてくれた。
「ホンマか! いや、よかった。おまえさんはめっちゃ顔が悪いからのう! 心配しとったんで!」
「……顔のことはつっこまれていないから安心しな」
「ま、これでようやく行き遅れもおらんようになるから、新しいかみさんをワシももろうて、またガキを仕込もうかな!」
親父のこういうところは嫌いだ。
部族の中でも女達に好かれる容姿だから、とっかえひっかえだ。母さんが死んでからずっとだ。
親父は上機嫌で続ける。
「今度はおまえみたいなブッサイクなのは作らんから安心せい! がはははは!」
「……じゃ、日取りなどの連絡があったら、また相談する」
僕は親父への報告を終えて、兄貴に結婚のことを伝えるべく訪ねた。
すると、兄貴と手下達がなにやら戦う準備をしている。
「兄貴、戦いか? どうした?」
「レイか。いや、ふもとに行かせている斥候から報告があったんよ。リタニア人達の砦、撤収を始めているみたいっちゃ。どや? ふもとの村々をガツンといったろうよ!」
まずい。
「馬鹿兄貴! 駄目だ。リタニア人の領主と僕は結婚することになった」
「はぁ? おまえ、またどうしてだ?」
こいつはすぐに物事を忘れる。親父の後、我が部族はどうなってしまうんだろう……。
「レジト侯爵のところから、僕に結婚の話がきていただろ? お互いに仲良くしようという目的で。親父も乗り気だったじゃないか。それをぶち壊そうとしてるんだぞ?」
「……そうか。そうだったか! いや、ガチで勘弁してくれ。まだ襲ってないから大丈夫や! そういや、そんなことを言うとったな? 思い出したわ!」
このクソ兄貴が!
「でも、レイ。相手はおまえなんかを嫁にもらってくれるんだな? ブサイクが好きなんか? その男は? え?」
「……親父や兄貴は顔がよくてうらやましいよ……」
僕は傷ついた内心を隠して兄貴の前を辞す。
自分の小屋へと入り、丸太の椅子へと座ったところで悲しみを涙に変えた。
ブス。
ブサイク。
ひょろ草みたいな女。
どうしようもない女。
親父も兄貴も、周りの奴らも、僕をこうして笑いものにする。
この顔を望んで生まれたわけじゃない。
僕だって、部族一の美人といわれるアキメランソーパダラネリアのように、四角い顔で鼻も太く短く唇もぶ厚くなりたかった。そして目もきれいな細めの一重がよかった。体格だって、身長は低めで丈夫そうながっしりとした体格がよかった。そうなりたくて、たくさん食べてもすぐにお腹いっぱいになって駄目だったし……こんな戦えばすぐに負けるような腰つきなんてなりたくてなったわけじゃない……。
皆は僕を笑いものにして楽しむけど、とても悲しいんだ。
……軟弱、あいつは僕を嫌な目で見なかった。
馬鹿にしたり、軽蔑したり、見たくないものを見るような、好奇心から見るような、そんな目はしなかった。
よかった。
それに、さっそく砦を無くしてくれようとしている。
信用できる相手が、夫になる人でよかった。
僕は、この結婚がとても嬉しい。だから、親父や兄貴と違って弱々しい外見でも気にならない。
僕は、はやく日取りが決まることを願った。