仲が良い二人
僕は皆のおかげで助けてもらえた。
フレデリクが助けてくれた時は驚いた。あの森の中で足を滑らせて崖の下に落ちて足の骨を折った時は、もう駄目だろうと思っていた。
フレデリクと仲直りをしてないことが心残りだった。
だけど、彼は助けてくれた。
僕は、彼と皆のおかげで生きていられる。
屋敷へと運ばれて、骨折の治療をうけた。他にも怪我はあった。
だけど、全て治るものばかりだと医師に言ってもらった。
僕は今、ベッドにいる。上半身をおこして、書斎から運んでもらった本を読んでいる。
扉が開いた。
フレデリクだ。
僕は本を閉じて彼を迎える。
助けてもらってから、二日が経つ。
彼はずっと、僕の傍から離れない。今も、飲み物を用意するために離れていただけだ。
仕事が忙しいだろうから、仕事に戻ってくれと言ってもきかない。
仕事はオリビエとイブラ、爺に任せたからと言って、僕と一緒にいてくれる。
「レイ、杖をついて歩けるようになったら散歩にいこうな」
「おう」
レモネードが美味しい。
彼が僕を見つめる。
フレデリクになら、顔をじろじろと見らえるのが嫌じゃないと思う。
いや、もっと見ていてもらいたい。
僕も彼の顔をよく見つめられるから。
横顔じゃなくて、ちゃんと正面から見ていられる。
下がった眉も、いつも半開きの口も、僕のフレデリクだ。
そして、優しい目の輝きも僕のフレデリクだ。
僕が大好きなフレデリクだ。
フレデリクが、帰ってきてくれた。
僕は、怪我をして皆に迷惑をかけたのに嬉しく感じる今が申し訳ない。
「フレデリク、お金を増やす話、しなくなったな?」
「お金? ああ……爺たちがなんとかするだろ」
「政治の話もしないな?」
「レイが退屈だろ? すごろくやるか?」
「やる!」
「持ってくる!」
笑顔で席を立ち、部屋を出て行く彼を見送る。
フレデリクに何があったのだろう?
だけど僕は訊かない。
いちいち、訊かなくていい。
今のフレデリクが、大好きだからこれでいい。
僕は今、とっても幸せなんだ。
-フレデリク-
いろいろと大変だった五月が終わり、レジト公国となって初めての夏だ。
レイの足、ずいぶんとよくなって、杖で補助すれば歩くことができるようになった。
俺が仕事をする時は、レイが俺の執務室にいてくれる。仕事を手伝ってもらうわけではなく、ただそこにいてもらいたくてお願いした。
本を読んだり、アリアナ相手にすごろくをしている彼女を眺めるのが好きだ。
そして、ふと視線があって、お互いに笑顔になる瞬間が好きなんだ。
俺は、もう少しで彼女を失うところだったと思うと、自分を許せない。だけど、こんな自分を許してくれるレイがいるから、皆のために働こうと改めて思えている。
嫌なことばかりがおきて、仕返しをして喜んでいた時に比べて、領民の為にどうしたらいいかと考える時のほうが何倍も、何十倍も楽しいと思う。
税を安くするには、どこで補えばいいかと悩むのは、敵をどうやって騙そうかと考える時よりもはるかにおもしろい。
そして、今だから気付けたことがたくさんある。
城や屋敷で働く者達に、笑顔が戻ったのだ。
すれ違う時に、挨拶をすると喜んでくれる。
余裕なくバタバタと移動していた自分が恥ずかしい。
上に立つ者は、いつも機嫌よくしておかないと駄目だと思った。
皆がいるところでは、笑顔でいようと心に決める。
そして、大変なことは夜、寝室でレイが聞いてくれる。難しいことやしょうもない愚痴でも、彼女は文句いわずに聞いてくれて、俺を許してくれる。
俺は貧乏侯爵で誰も相手にしてくれなかった過去を許そう。
レイと出会たのだから。
-ガルガンティア-
ロマーナに留学していた時に知り合った友人が結婚していたことを最近知った。
あいつ、知らせてくれたらよかったのに。
祝ってやろうと思い、またリタニア島の海岸洞窟に住む魔龍ナバスに用があったのでリタニア島に行くことにした。
東方大陸のローデシアから、船に乗ってリタニア島を目指す。すると搭乗券を買う時に、友人が治める領地は国家になっていたことに気付いた。
大出世したな! と俺も嬉しい。
ローデシアから、ミテロクロージュを経由してレジト公国のペテルブルグに入った。そこで馬を借りてベリオットを目指す。
街道がすばらしい。宿場町も整備されていて、旅人は困らないだろう。荷の動きも活発なのだとよくわかる。
ベリオットは賑やかだった。
ローデシアを出て、ここまで十日。
魔法で跳べばすぐに到着できるのだけど、俺は魔法をあまり使いたくない。必要な時にだけ魔法は使うものだと、両親から教わったからだ。
あの人達、厳しいから……。
屋敷の衛兵に告げる。
「東方大陸のローデシアから参った。アラギウスとミューレゲイトの子、ガルガンティアである。レジト公王陛下とは旧知である。お目通り願いたい」
「ガルガンティア? 偽名はよくない。本名は?」
「……本名だ」
衛兵は笑う。
「あんたな、ガルガンティアっていったら四大魔王の頂点だ。最強の存在……そんな方がここに……」
俺が帽子をとり、額の角を見せてやると衛兵が口を閉じた。
「本名だ」
「申し訳ありません! すぐに!」
衛兵が慌てて通してくれて、また別の者が屋敷へと走っていく。
俺は玄関で友人を待つ。
すると、リタニア島では珍しい黒髪の女性をともなって現れた。魔族の俺には、その女性が美しいのかどうなのかはわからない。だけど、笑顔で俺を迎える彼女は夜空に浮かぶケンタウリのように綺麗だと思えた。
「ガルガンティア! ひさしぶり!」
「フレデリーク! 教えろよ!」
「お前、研究が忙しいと思って」
「その用事もあってこっちに来ることにしたんだ。彼女が?」
「ああ、彼女が妻のレイだ。こいつは友人のガルガンティア」
レイどのが俺に一礼する。
「ようこそお越しくださいました。夫のご友人を迎えることができてうれしく思います」
「レイ、彼の前では普通でいいよ。気にする奴じゃないから」
どういう意味かと目で問うと、答えが返ってくる前にわかった。
「なんだ。よかった。僕はレイだ。よろしく」
……これが素なのか!
しかも、僕? 僕だと……?
俺は魔族で、人間の女に興味はないがレイ殿には胸をわし掴みにされたように感じる。
「ガルガンティア、しばらくいるんだろ? よければ部屋を使ってもらってもかまわないよ」
「あ……ああ、助かる」
「こっちだ」
俺は動揺したままフレデリクの後に続く。
彼の隣で、レイどのは笑顔だ。
仲がいいのだなと、なんだか嬉しい。
ただ、友人として一言、言っておくべきだと思い、口を開く。
「フレデリク、俺は気にしないというか、そのほうがいいとも思うが……他人の前で奥方が、僕を使うのはやめたほうがいいではないか?」
フレデリクは笑う。
「今のほうがレイらしくて、可愛いからこれでいい」
「おう、僕は僕だ」
二人がそろって笑い合い、歩きだした。
後ろから彼らを見ると、うらやましく思う。
手が触れるかふれないかの距離を保ち、まったく同じ歩調で、少しだけ双方へと身体の軸が傾く姿勢で、機嫌よく歩く姿は微笑ましい。
しかし、フレデリクは若い女性を選んだなと思い、そういう趣味ではなかったはずだがと思ってしまう。
彼女は背が高くて大人びているが、俺の魔眼で見たレイどのの肉体年齢は十五歳だ。
政略結婚などあるから珍しいことではないのかもしれないが……本人達が幸せならそれでいいか。
俺は無言で歩くのも退屈だと思い、話をふろうと年齢をネタにした。
「ちょうど十歳違いなんだな? フレデリクが二十六になるか? じゃ十一違いか。魔族の俺が言うのもおかしな話だが、年が離れていても仲良くできる夫婦は多いと聞くぞ」
フレデリクが雷に打たれたように止まった。
レイどのが、驚いたように振り返る。
俺は、その意味がわからなかった。




